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向かう先は

「ハァ? スライムぅ?」


 テッドの存在を打ち明けたあと、ノエルから疑惑と不満に満ち満ちた声が返ってきた。


 この世界ではスライムは世界最強の生物。

 人間ではどう逆立ちしてもスライムに勝つことはできず、近づくだけでカード化してしまう者もいると言われるほどの存在。

 そんなスライムがこのかばんに入っていると聞かされればそういった反応が出てくるのもわかる。


「信じられないかもしれないが、本当のことだ」

「本当だよ、ノエルちゃん」


 フィナンシェからの援護を受けながら、ノエルの説得を試みる。


 辺りは真っ暗。

 ほとんど何も見えず、敵に居場所を知らせる危険があるため明かりを灯すことこともできない。

 辛うじて手の届く範囲くらいは視認することができるが、三メートル以上離れた場所にあるモノを見ることは絶対に不可能。

 ノエルがテッドの存在を確認しようとした場合、ノエルは確実にテッドの魔力に触れることになる。

 そうなったらノエルは動けなくなってしまうかもしれない。


 できれば、テッドを見せることなく信じてくれるのが一番いい。


「アンタたち、状況がわかってるの? くだらないことことに時間を使ってる場合じゃないって、さっきも言ったわよね?」


 怒りを押し殺したような震え声。

 その声を聞いた直後、背筋が寒くなった。

 背筋の寒さが今のノエルの心情を正確に伝えてくる。

 大きな声を出したら敵に見つかるかもしれない――そんな状況でなければ確実に怒鳴られていた。


「ふざけてるわけじゃない。本当だ。理由あって見せることはできないが、本当にこの中にスライムがいるんだ」

「ノエルちゃん、トールの言葉を信じて」

「アンタたち、人をからかうのもいい加減にしなさいよ。スライムがこんなところにいるわけないでしょ」


 ノエルから出たのは苛立ちを隠す気のない震え声。

 今にも叫びだしそうなほど声が荒立っている。


 やはり信じてもらえないか。

 これはもう、テッドを見せるしかないか?


「それで、本当は何を隠してるのよ? こんなときにアタシを騙そうとするなんて、よっぽどのことよね。何を隠しているのか吐きなさい」


 小さな足音が近づいてくる。

 目線を少し下げると、すぐ目の前まで近づいてきたノエルと目が合った。


「ひっ! …………あ」


 俺と目が合った瞬間、大きな怯え声を上げながら慌てて目を逸らしたノエルが二拍ほど置いてから口元を押さえる。

 ノエルの口から飛び出た「あ」という小さな音には「しまった!」という想いが込められていたように思う。


「ちょちょ、ちょっと、アンタのせいで変な声出ちゃったじゃない! どうしてくれんのよ!」


 少し掠れたような声で、器用に小さく叫ぶノエル。

 その小さな声量からは大きく慌てていることが読み取れる。


 俺はちょっと目を合わせただけでそこまで非難されるようなことをした覚えはない。むしろ声を出したお前の方に問題があるのでは……などと言っている場合ではないか。


「フィナンシェ」

「今のところは大丈夫そうだけど、けっこう大きな声が出ちゃったから念のため移動した方がいいかも」

《テッド、誰か近づいてきたか?》

『反応はない』

「そうか」


 フィナンシェとテッドは敵の気配を感じていない。

 だが、まだ感知できる距離まで近づいてきていないというだけかもしれない。

 さっきのノエルの悲鳴を聞いてこちらに接近中という可能性もある。


 いや、そもそも、俺たちを襲ってきた女は俺たちが部屋の壁に穴を空けて出ていったということに気づいているはず。

 だからこそ結界が張られたのだ。

 それならば、敵は部屋を脱出してすぐのこの地点から俺たちの足跡を辿ろうとするのではないだろうか。

 つまり、ノエルの悲鳴が誰にも聞かれていなかったとしても俺たちが今いるこの場所には敵が来る。


 俺よりも賢いフィナンシェと俺よりも賢いと思われるノエルがこの場を離れようとしないから変に動くよりもここにいた方が安全なのかと思っていたが、ここは一番に敵に見つかる危険がある場所なのではないだろうか。

 フィナンシェたちがこの場に留まっていた方が良いと判断していた理由は謎だが、ノエルの悲鳴によってその利点が失われた可能性があるのであればたしかに今すぐここから離れた方がよさそうだ。


「移動するとして、どこに行けばいいんだ? やっぱり近くのキャンプ地か?」


 敵もこのすぐそばまで来ているかもしれない。

 闇雲に移動して鉢合わせ、なんて事態は絶対に避けたい。

 かといって敵がどこにいるかなんてわからないし、どの方角へ向かって移動するのが正解なのかもわからない。

 ただ、どうせ行くのであれば味方のいるところが良い。

 左右のどちらかに向かって進めばこことは別のキャンプ地に辿り着ける。

 この国の兵士一人一人はそんなに強くないと言っても俺よりは強いし、一つのキャンプ地には五百人ほどの兵士がいる。

 向かうなら、助力を期待できる左右どちらかのキャンプ地に向かった方がよいのではないか。

 そう思ったが、その考えはすぐに否定された。


「ダメね。敵はアタシたちを孤立させたいから隔離結界をつかったのよ」

「そうだよトール。私たちがどこかのキャンプ地に行って戦力を増強するなんて展開は相手からしたら避けたいはずだもん。私たちが近くのキャンプ地に向かうかもしれないことも相手はわかってるだろうし、その方向には罠が仕掛けられてる可能性も高いよ?」


 二人の言う通り、キャンプ地方面はすでに敵の手が回っている可能性が高いか。

 それは納得のいく意見なのだが……。


「じゃあ、どこへ移動するんだ?」

「「ダンジョン」」


 二人の声が揃う。


「ダンジョン?」

「そう、ダンジョンよ。色々考えたのだけど、ダンジョンに逃げるのが一番よさそうなのよ。……説明してる時間が惜しいわね。とにかく、何も言わずについてきなさい」


 俺の疑問の声に返答しながら移動を始めるノエル。


「トールも早く行こ。ノエルちゃん見失っちゃうよ?」


 そんなノエルをフィナンシェが追いかける。

 よくわからないが、俺もついて行くしかない。


 こうして何も見えない夜の闇の中、危険蔓延るダンジョンへと再び足を踏み入れることとなった。

 ほとんど寝てるだけで連休が終わってしまいました……。

 『若返ったおっさん』の方も連休中に一度は更新したかったのですが執筆が間に合いませんでした。申し訳ありません。

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