さらなる異変
執筆に使用しているPCのキーボードが壊れたため更新遅れました。すみません。
扉の前で双剣を構えている女。
アイツを倒すか、退かすかしないとこの部屋から出られない。
ベッド脇、かばんのそばの壁に立てかけてある俺の剣。
あの剣をフィナンシェに渡すことができればなんとかなるか?
だが、女だってあそこに剣が置いてあるのは把握しているはず。
いま女が有利を保っていられるのは俺たちが武器を持っていないからだ。
俺が剣を取りに行こうとしたら女も何らかの行動を起こす可能性が高い。
しかし、どのみちテッドの入ったかばんを回収するためにはあそこまで行かないといけない。
俺があそこまで走り、かばんと剣を回収。回収した剣をフィナンシェに受け渡す。
やることは単純。
女からの妨害と受け渡しの際に隙が生じてしまうことが気になりはするが、それさえできればなんとかなるという自信はある。
闇に乗じた奇襲は失敗した。
それなのに女の仲間がこの部屋に突入してくる様子はない。
テッドの感知にも女以外の存在はひっかかっていない。
もし女に仲間がいて俺たちを不意打ちするつもりなら部屋のすぐ外に待機しているはず。
その気配がないということは敵はこの女一人だけ。
この部屋から出られさえすれば逃げ切ることは可能。
脱出すれば兵士や他の精鋭たちに助けを求めることもできる。
事態は急を要する。
これ以上グダグダ考えている暇はない。
「逃げるぞ」
しっかりとした脱出の算段を立てられたわけではないが大体の方針は決まった。
あとは成り行きに身を任せるしかない。
そう思い、二人に向かって小声で宣言する。
「なんで逃げるのよ。アンタが倒せばいいじゃない」
フィナンシェは顎を軽く引くことで了解の意を示してくれたが、ノエルから小声でそんな台詞が飛んできた。
さすがに、こんな状況なら俺とも普通に会話してくれるみたいだな。
俺と目が合っていないからか、やけに強気な態度だ。
「こっちにも戦えない事情があるんだ。悪いが、大人しく言うことをきいてくれ」
「わかったわ。それで、作戦は?」
思ったよりもあっさり引いてくれたな。
もっと「あんなヤツさっさと倒しなさいよ!」とか言ってくるかと思ったがそんなことはなかったか。
「まずはベッド脇の荷物を回収する。そのあとは成り行き次第だ」
「ノープランじゃない。でも、ちょうどいいわね。私に考えがあるわ。二十秒経ったら後ろの壁に向かって突っ込みなさい」
「わかった。こっちからも提案がある。今すぐ炎を消してくれ」
「何も見えなくなるわよ?」
「構わない。フィナンシェは俺についてきてくれ」
「わかったわ。じゃあ、派手にいくわよ!」
ノエルの「何も見えなくなるわよ?」に対し「構わない」と答え終わる前にかばんに向かって走り始める。
その動きに反応し、右手に持っていた短剣を俺に向かって投擲してきた女の姿が視界に入ったが、無視して走り続ける。
女の行動は予測済み。
何かを投げつけてくるか、女自身が俺を追ってくるかはわからなかったが、俺に対し何かしらの妨害を仕掛けてくることは予想していた。
逃げるぞと宣言した直後に《俺が走り始めたら土壁の魔法玉を俺と女の間に投げてくれ》とテッドに伝えてある。
テッドの投げた魔法玉がきちんと発動してくれたのか、短剣は俺には届かない。
それとほぼ同時、短剣が投擲された一秒ほどのち、ノエルの「派手にいくわよ!」という叫び声とともに先ほどまで俺の頭上で真っ赤に燃えていた炎が女へ向かって一直線に向かっていった気配がした。
一瞬で暗くなった室内。
すでにかばんに向かって走り始めていた俺には炎の行く末がどうなったのかはわからない。
ただ、テッドが何も言ってこないということは女はまだカード化していないのだろう。
……六歩。七歩。
暗くなった室内で記憶を頼りにかばんへと手を伸ばす。
あった!
続いて剣。
《フィナンシェは?》
『すぐ後ろだ』
「フィナンシェ、受け取れ」
テッドに位置を聞き、フィナンシェへと剣を手渡す。
手渡したあとは即座にノエルが指示していた位置へと向かう。
……二十一、二十二。
すでに二十秒は経過している。
《ここを右だ》
テッドの誘導に従い、フィナンシェを引き連れながら先ほどまで俺たちが立っていた場所の背後にあった壁へと突っ込む。
壁は……ない。
一歩、二歩と進んでいくも壁にぶつかることはなく、走り続けるうちに足元の感触が床から地面、地面から草へと変わっていった。
ここは……。
「外か?」
風がある。
星も瞬いている。
足元には草も生えている。
「私の魔術で壁に穴をあけたのよ」
暗くて見えないが、すぐ右横から聞こえてくる声はノエルのもの。
どうやら本当に外に出られたらしい。
今走り抜けてきた感じだと最低でも厚さ三メートルはあっただろうに、その壁に穴を空けるとはやはり魔術というのは凄まじい。
破壊音も瓦礫もなかったが、どうやって穴を空けたのだろうか?
いや、それよりも――――おかしい。
「宴の音が聞こえないぞ」
「そうよ。様子がおかしいのよ」
「明かりもないね?」
俺たちが抜けてきた場所は宴の開かれている場所とは建物を挟んで反対側。
とはいっても、宴の場からそんなに離れているわけでもない。
にもかかわらず、静かすぎる。
宴の音は一切聞こえず、宴の場をあれだけ明るく照らしていた篝火の明かりさえ見えない。
完全に異常事態。
せっかく部屋から脱出することができたというのに、外ではさらなる異変が待ち構えていたらしい。