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震撼する冒険者ギルド

 俺とフィナンシェはリカルドの街を駆ける。

 雑踏をかき分け、ぶつかりかけたおっさんから罵声をもらいながらも、冒険者ギルドを目指し一直線にひた走る。


 まずい、まずい、まずい。かばんを開けられたらテッドが見つかっちまう。見つかって恐れられるだけならいいが、万が一、蛮勇でもいたらテッドが殺されちまう。あいつは最強のスライムじゃない、最弱のスライムなんだ。そこらの子供の攻撃でも死ぬ可能性があるくらい弱いんだぞ。いや、そもそもあのかばんの中にスライムが入っているなんて誰も予想すらしないだろう。俺たちの忘れ物と気付いた筋肉ダルマがかばんに八つ当たりをする可能性もあるし他の誰かに雑に扱われる可能性もある。落ちつけ、俺。従魔契約は切れてないからテッドは生きている。場所も冒険者ギルドからは移動してないようだ。まだ大丈夫。急いで戻れば大丈夫なはずだ。


 走りながら色々な想像が浮かんでは大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 テッドは人魔界にいた頃からいつも一番近くにいてくれた友達だ。そんなテッドがいなくなるかもしれない状況において冷静ではいられなかった。

 最悪の想像をするたびに身体に力が入らなくなり脚も止まりかけるが、ここで止まったら本当に想像の通りになってしまうかもしれないと思うことでなんとか走れている状態だった。

 テッドを失いたくない。

 そんな想いを胸に抱きながら全身を駆け巡る不安をなんとか抑え込んで走り続ける。


 どのくらい走っただろう。まだかまだかと焦る俺の目に、やっと冒険者ギルドが見えてきた。

 長かった。実際は走り始めてから三分も経っていないだろうが一時間は走ったような錯覚と疲れが俺を襲ってくる。

 もう少し、もう少しだ。

 早まる鼓動に急かされながらギルドの入口に辿り着いた俺が見たのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。






 時は遡り、トールとフィナンシェが冒険者ギルドを去った直後。


「くそっ。バカにしやがって。俺があのガキより弱いだと? そんなわけあるかッ!」


 筋肉ダルマことトンファは苛立ちを隠せないでいた。


 トンファの周囲からの評価は良くも悪くも正直者だった。

 トンファは見た目に反して頭がよく回る。

 見た目通り怒ったときは大声で怒鳴りつけてくるような荒っぽい気性も持ち合わせているトンファではあったが、笑うときはよく笑い、褒めるときは手放しで相手を褒めるその正直な性格は決して万人から嫌われるものではなかった。

 誰とでも分け隔てなく接するトンファの性格を好む者も多く、「怒らせなければ理知的で優しい」との共通認識が持たれていた。

 冒険者以外の者に対しては丁寧な態度で対応することや仲間想いということもよく知られ、トンファの世話になった冒険者や街の住民も多い。


 トンファが冒険者となって二十余年。死亡率が低くない冒険者という職業においてトンファのパーティの欠員数は零であった。

 ここでいう「死亡率」とは、カード化がトラウマとなって戦闘を続けられなくなった者の冒険者全体に対しての比率である。冒険者の間ではカード化が原因で戦えなくなることを「死亡する」と表現する。

 冒険者がパーティを組む一番の理由は一人では達成困難な依頼を達成するためである。

 仲間と連携すれば一人では倒せない敵を相手にすることができ、いざ自分がカード化してしまってもカードの回収や戻しを行ってもらえるためカード化した状態で長時間放置されるという事態を避けられる。

 ゆえに、パーティで受ける依頼は戦闘を伴うことが多く、戦えなくなった者――死亡した者はパーティでの活動が不可能となる。また、死亡した者は街中での雑用依頼等で糊口を凌ぐようになるのだが、雑用依頼のほとんどは一人でも達成可能な内容のうえ報酬も高くないので個人で活動した方が実入りも多く、死亡した者にとってもパーティに居続けることはデメリットとなるため死亡したらパーティを抜けるというのが冒険者の間での常識であった。


 大抵の場合、パーティを結成して三年もすればメンバーのうち一人は死亡しパーティを抜ける。

 つまり、カード化の法則によって老衰以外での死亡や身体の欠損が極端に少ないこの世界においてもパーティメンバーが減らないということは珍しい。

 そのため、結成から二十年以上経過しているパーティにおいてメンバーが誰一人欠けたことがないという事実は驚嘆に値する。

 トンファのパーティが誰一人死亡しなかった理由、それは偏にリーダーであるトンファがメンバーの実力をしっかりと把握し、決して無茶をせず、堅実に依頼をこなしてきたからである。

 トンファはその外見と直情的な性格からバカだと誤解されがちではあるが、メンバーが減らないことを目標にパーティメンバーの安全を考え続け実際にそれを達成するだけの頭を持っている、物事をよく考えられる男であった。


 そんなトンファが苛立ちを隠せないでいるのはいつも通りのことであったが苛立ちに込められた殺意は尋常ではなかった。トンファが理知的であると知っている者もこの状態のトンファに近づくことは躊躇った。

 これまでトンファの気が荒ぶった際にそれとなくその気を宥めてきた者たちでさえ周囲から「なんとかしてくれ」という目を向けられてなお動くことができなかった。

 普段ならば関係のない者には手を出さない自制心を持つトンファであるが、このときのトンファは誰彼かまわず殴り倒してしまいそうな、そんな雰囲気を持っていたためである。

 長年冒険者として活動してきたトンファの実力は高い。トンファに全力で殴られればカード化は間違いない。

 ギルド内にいる者はトンファを恐れ、ギルド職員は受付カウンターの奥に、冒険者は受付カウンター近くや壁際に避難。トンファのいる位置よりも出口に近い位置にいた者はギルドの外へと逃げた。

 必然、トンファの周囲から、人が消えた。


 周囲から人の気配が消えたことでクリアになったトンファの視界が、足元に置かれたかばんを捉えた。そう、捉えてしまった。


「なんだこのかばん。もしかしてあのクソ女とクソガキの持ち物か?」


 かばんに気付いてしまったことが運の尽きだった。


「あのクソどもがッ!」


 トンファがかばんを蹴り上げる。

 蹴り上げられたかばんは高く舞い上がり、その衝撃でかばんの口を留めていた金具ベルトが緩む。

 この時点で、開いたかばんの口から何かが飛び出すのを何人かが目にしていた。

 床に落ちるかばんとは別にもう一つ、ギルド内の飲食スペースと受付カウンターのちょうど中央付近、普段なら多くの冒険者で溢れているが今はトンファを避けるため誰もいない、何もなく見通しが良いその場所に、何かが落ちた。

 この段階で、トンファの行動を目で追っていたすべての人間がそれを目撃する。

 幼い頃から恐怖の代名詞、世界の覇者として教えられてきた存在。どこの街にも、このギルドの中にも姿絵が残されている存在。


 世界最強の生物スライムが、リカルドの街に降臨した瞬間だった。


 テッドが降臨してからの数瞬。

 その間に、落ちてきたものがスライムであると認識した一人目は白目をむいて失神した。二人目は目から、鼻から、口から、そして股間から色々なものを撒き散らした。三人目は見ただけでカード化してしまった。

 そしてスライムが入っていたかばんを蹴り上げてしまったトンファはというと、その顔を絶望の色に染めながら逃げる算段を立てようとして、諦めた。スライムから逃げられるわけがないと、その結論に瞬時に辿り着き自分の死を覚悟した。

 スライムが床に落ち、ギルド内が静まり返った数瞬後――


「うわあああああああああ」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

「に、逃げっ、にげっ」

「我が身を守護したる英霊よ、その力をもってして――」

「コルト村の母さん、先立つ不孝をお許しください」

「童貞のまま死にたくなかった」

「あんた、童貞のまま死にたくないの? 実はアタシも処女のまま死にたくないの。こんなところで、アタシなんかとだけど、どう?」

「うぴゃぴゃぴゃ、うぴゃーーーーー」


 まさしく狂乱といった様相だった。

 ギルド一階を支配した恐怖と混乱はやがて二階、三階へと伝播していく。

 トールとフィナンシェが到着したのはこの数分後だった。






「なんだこの状況?」


 ギルドに駆け込んだ俺の目に飛び込んできたのはこの世の終わりを嘆くかのように泣き狂った人々の姿だった。

 こんな様子の人を最近どこかで見たな。


「ねえ、トール。この人たちもしかしてテッドのこと見ちゃったんじゃない?」


 ああ。この世界に来て最初に立ち寄ろうとした村の住人もテッドを見てこんな風になってたな。

 つまり、テッドは見つかっちまったのか。

 よく見るとギルドの中央付近にテッドが鎮座している。


『む。やっと来たかトールよ』

《ああ。待たせて悪かった。いつからこんな状況に?》

『お前からの念話に大丈夫だと答えた少し前だ』

《つまり俺がお前を置いてきちまったことに気付く前にはこうなってたのか。お前、大丈夫って言ってたよな?》

『ちゃんと答えたぞ。大丈夫だ、私はな、と』

《そういえばそう言ってたような気も。たしかにお前は無事なようだが、ふつう、この状況を大丈夫と言い切るか?》


 念話で会話しながらテッドに近づいていく。

 テッドが害される心配はないようで安心したがこの後が面倒だな。

 テッドを回収しに行く途中、魂の抜けたような後ろ姿をしている大男がいるなと思ったら筋肉ダルマだった。気のせいだとは思うが筋肉が二回りほど縮んでるように見えたせいで三秒ほど誰だか分らなかった。

 こいつがこんな情けない姿になるなんてこの世界のスライムはやっぱすごいなと思った。


 これが『第一次テッドショック』である。

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