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二人の来訪者

 今夜は気持ちよく眠れそう、だと思ったんだがなぁ。


「トール―! 遊びに来たよー!」

「ここがアンタの部屋? なんだか狭いわね」


 俺の許可もなしにズカズカと部屋に入り込んでくるフィナンシェとノエル。

 なぜ二人が一緒にという疑問はおいておくとして、二人は何をしにここに来たんだろうか。

 というか、ノエルが部屋に入ってきてしまったがテッドは……よし、ちゃんとかばんの中にいるな。


「狭いって、貸し与えられた部屋なんだからノエルの部屋も同じような広さじゃないのか?」

「ふん、そんなことはどうだっていいのよ!」


 面倒くさいがとりあえず相手をしてやるかと思って返事をしてやったら逆ギレに近い態度を返された。

 一体なんなんだ……。


「あ、そう」

「なによその態度は! ムカつくわね!」


 こいつはどうしてこんなに噛みついてくるのだろうか。

 先ほどまでは兵士たち相手にご機嫌な様子で自分の魔術について語っていたというのに、俺と会うとすぐこれだ。

 そんなにもテッドの魔力に怯えてしまったことが認められないのだろうか?


 それにしても、さも初めてこの部屋を訪れたかのように振舞っているということは、やはりあのとき俺が起きていたことには気づいていなかったみたいだな。

 宴前、フィナンシェが部屋に来たときに「トールが起きたことをノエルちゃんが教えてくれたんだよ」というようなことを言っていたからあのとき俺の目が覚めていたことに気づいていたのかと思ったが、違ったか。

 おそらく、フィナンシェには「アイツの目が開いたわよ」とでも伝えたんだろう。

 この言い方なら俺の目が開いていたことは事実であるし、捉えようによっては俺の目が覚めたようにも聞こえる。


 ノエルは俺が目覚めていた可能性よりも目覚めていなかった可能性の方が高いと思っているのだろう。

 だからこんな振る舞いをしているに違いない。


 ただ、こんなことをして何の意味があるんだ?

 初めてこの部屋に来たように振舞っているということは、この部屋に入ったことがあるという事実を俺に知られたくないということか?

 しかしなぜ?


 そういえば、あのとき部屋を出ていく直前に急に顔を赤くしていたな。

 あれが理由か?


 赤面、赤面……か。

 恥ずかしがっていたとしか思えないが、あの時のノエルは何か恥ずかしがらなくてはいけないような行動はしていなかった。

 俺に対して言っていたことも至極まっとうな意見が多かったし、失言のようなものもなかったと思う。


 もしかして、様づけで呼ばれるのが恥ずかしいとかか?

 ノエル様と呼ぶように言ってみたはいいものの、実際に呼ばれたところを想像してみたら恥ずかしくなってしまったとか。

 ……ないな。

 今まで見てきたこいつの性格からして、俺がこいつのことを様づけで呼んだら高笑いするほど喜びそうだ。


 それなら、俺を部屋まで運ぶのを手伝ったと知られたくないとかか?

 俺を敵対視していたのに俺を助けるようなことをしたという事実を隠蔽したい。

 そして、俺を部屋まで運んだという事実がないのであればこの部屋に来るのも初めてになるのが必然。

 だから初めて訪れたように振舞っているとか?

 あのときの赤面はそのことに気づいたからで、慌てたように部屋を出て行ったのは俺の意識が完全に覚醒する前に早く部屋から退散したかったから?


 ……うーん、わからない。

 どうしてこんな振舞いをしているのかも、何をしにこの部屋に来たのかも皆目見当がつかない。

 宴の開始以前にこの部屋へ訪れたことがあるという事実を隠したがっているのなら、俺をこの部屋まで運んでくれたことへの感謝も伝えない方が良いのか?

 それすらわからないな。


「ああ、フィナンシェ、タレがこぼれそうだぞ」

「ふぇ?」


 ノエルから目線を外すと、そんなものどこに置いてあったのか、一切れが俺の拳くらいはある大きめなサイズの肉が刺さった肉串を食べているフィナンシェが肉に塗られたタレを床にこぼしそうになっていた。

 俺が宴に参加していたときはこんな肉串なかったから、俺とテッドが部屋に戻ったあとに追加された料理か?


「あ、ほんとだ。ありがと、トール」


 器用に串を回転させることで滴り落ちそうになっていたタレを上手く肉に塗り直したフィナンシェがお礼を言ってくる。


 フィナンシェの持っている大きな串に刺さっている肉は五切れ。

 元々は七切れ刺さっていたと思われるその肉串は残り五切れになってもだいぶ存在感がある。

 こうして見ているとフィナンシェがかなり小さく見えるな。

 肉串を横にするとフィナンシェの肩幅よりも五切れの合計の方が長い、

 当然、一切れ一切れの厚みも相当なもの。

 さらに、部屋の壁際に置かれたテーブルの上には肉串以外にもたくさんの料理が置かれている。

 部屋に入ってきたときに抱えられるだけ抱えてきたといっても過言ではないほどの量の料理を持ってきたなとは思ったが、まさかあれ全部を一人で食べきるつもりなのだろうか?

 そして、食べ終わるまでこの部屋を出ていく気はないのだろうか?


『我にも供物を』

《供物って……ああ、わかったわかった。フィナンシェに頼んでみるよ》


 テッドはテッドでフィナンシェの持ち込んだ食べ物に反応してしまっている。

 これはよくない流れだな。

 今部屋の中にある料理を食べ終えたあとに『もっとくれ』と言い出しかねない。


《一応言っておくが、俺はもう宴に戻る気はないからな》

『わかっておる。我もそこまで食い意地は張っておらん』


 念のため釘は刺しておいたし、これで『もっと食べたい』などとは言い出さないだろう、たぶん。

 もう部屋から出る気力はない。


「フィナンシェ、食べ物をいくつか分けてくれないか?」

「うん、いいよ! もともとそのつもりで持ってきたんだ!」


 そうだったのか。

 というか、完全に素のフィナンシェだな。

 ノエルがいるのに外面モードでなくていいのだろうか?

 作戦会議のときは外面でノエルと挨拶を交わしていたと思ったんだが……ノエルも別段驚いた様子はないし、すでに素顔を教えたあとだったのかもしれないな。なら大丈夫か。


 ところで、部屋の端っこに椅子を置いてその上に座ってからずっとこっちを睨み続けているノエルは一体何なんだろうか?


 フィナンシェに関してはこの世界に来てからほとんどずっと一緒にいるし、突然この部屋に入ってきてもおかしくはない。

 部屋にいたとしても迷惑でもない。


 だが、ノエルはそうではない。

 出会ったのはつい先日だし、ノエルがいると俺が疲れる。

 おそらくノエルも俺と会うと疲れるのではないだろうか。

 なのにどうして突然部屋に押しかけてきて椅子に座ったかと思ったら「ムカつくわね!」といったあと一言も発さずに俺のことを睨み続けているのだろうか?

 見られているのは落ち着かないし、静かなのも不気味で怖い。


 用件があるのなら早く済ませて自分の部屋に戻ってくれないだろうか。


 しばらく眠れないかもしれないとは思っていたが、ノエルがこのまま居続けるのならしばらくどころか、今夜は一睡もできないかもしれない。

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