宴の後
………………疲れた。
まさか日が暮れてから始まった宴に六時間以上も参加することになるとは思いもしなかった。
「はぁ、やっと休める」
《どうした、疲れたような声を出して。楽しい宴だったではないか》
部屋に戻って早速ベッドの上に寝転ぶと、自然と口から出た言葉にテッドが反応した。
「テッドはずっと食っていただけだったからな。こっちは大変だったんだぞ」
《ふむ、そうなのか》
「挨拶しに来る兵士に対応したり人目を盗んでお前に料理を与えたり。そもそも、お前がもっと食べたいなんて言い続けなければもっと早く部屋に戻れたはずなんだからな」
《それはすまなかったな》
「反省してないだろ」
《すまなかったとは思っている》
「はぁ~」
これは次に宴に参加するようなことがあったらまた同じことを繰り返すな。
満足するまで食べるのは構わないが俺に迷惑がかからないようにしてほしい。
こんなことが何度もあったらたまらないし、人目を気にすることなくかばんに物を入れる方法はないか真剣に考えた方がいいかもしれない。
それにしても、俺の想像していた宴とはだいぶ違ったな。
俺の記憶の中にある宴は酒場や広場に町の皆が集まって飲み食いしながらバカみたいにはしゃぐというものだった。
こっちの世界でも飲み食いしながらバカ騒ぎするという形式は変わらなかったが、規模が全然違った。
このキャンプ地にいる兵士は五百人くらい。
そのうちの約半数が宴に参加。
もう半数は討伐作戦以降に新たに誕生した魔物がダンジョンから出てきたときのために周囲の警戒・防衛をしたり、仮眠をとったりしていたらしいが、それでも二百人以上によるバカ騒ぎは俺の記憶の中にある宴とは比にならないほど賑やかでうるさかった。
この宴は夜通し行うとか言ってたっけか。
外で騒いでるやつらの声がこの部屋の中まで聞こえてきている。
笑い声が多くて楽しそうだな。
宴に参加していたときは場の雰囲気に流されてしまっていて気づかなかったが、このたくさんの声や大量の篝火の明かりにつられて魔物が寄ってくる可能性もあるのではないだろうか。
いや、だからこそ半数は周囲の警戒を行っているのか。
魔物はほとんど討伐したのだから全員でバカ騒ぎすればいいじゃないかと思っていたが、そうしなかった理由はこれか。
他の十九ヶ所のキャンプ地でも宴に参加する者としない者に分かれているみたいだし、念を入れて警戒しているという意味合い以外に、音や光で魔物をおびき寄せてしまうかもしれないという懸念があったにちがいない。
そうまでしてでも宴を開催するやる気はすごいが、魔物をおびき寄せてしまう可能性があると知っているのなら壁や砦が完成するまで宴は自粛すべきなんじゃないかとも思う。
まぁ、魔物が激減している今だからこそとか、俺たち三十二人が自国に戻る前にとか、色々と理由はあるのかもしれないが。
宴を開催する前に「今回この作戦のために他国・他領から応援に来てくれ、その実力を遺憾なく発揮してくださった三十二人を紹介」云々と俺たちについての紹介があったせいか、宴が始まってから一時間ほどは感謝の言葉を伝えに挨拶に来る兵士たちがたくさんいて大変だった。
その後も、他のキャンプ地からわざわざ挨拶をしに来た兵士や警戒の任を終えて新たに宴に参加し始めた兵士たちが次々と挨拶しに来るせいでかばんの中に料理を突っ込む隙が中々なかったのには困った。
思うように料理を食べられないテッドは機嫌が悪くなっていくし、俺は俺で慣れない挨拶に忙しかったし。
今回の作戦の要だった魔術師であるノエルは俺以上にたくさんの兵士に囲まれていて上機嫌に自分の魔術の素晴らしさを語っていたが、どうしてアイツはあんなに元気だったのだろうか。
俺なんかは夜暗くなると自然と眠くなってしまうのだが、やはり実力者と呼ばれるような者たちは夜通し起きているくらい平然とできてしまうのだろうか?
フィナンシェも食べることに夢中すぎて少ししか話すことができなかったが元気そうにしてたな。
俺のように作戦後眠った様子もないのに不思議だ。
ただ、ノエルに群がる兵士たちのおかげで宴中にノエルから絡まれなくてすんだのは良かったかもしれない。
色々と面倒なことはあったが、宴自体はかなり楽しかったな。
ほとんど何もしていないにもかかわらず感謝の言葉を言われることにほんの少しだけ抵抗があったが、俺だって死ぬような思いをしてまで作戦を遂行するため頑張ったんだ。
感謝を言われて悪い気はしなかった。
料理も美味かった。
この建物内に元々あっただろうテーブルと、その数を上回るほどの数の、土魔法で作られたばかりだと思われるテーブルの数々。
その上に並べられた大量の料理は見ているだけで期待に胸が膨らみ、食べてみてその味に大いに感動した。
俺たち三十二人がいたことも関係しているのだろうが、モラード国の兵士たちは料理の心得がある者が多いらしく、どの料理も絶品だった。
特にモラードカレーは美味しすぎて両手に収まらないサイズの器に大盛で三杯ほどおかわりしてしまった。
テッドなんて軽く十杯は腹に収めていた。
食べたあとに舌に残る刺激とその刺激をやさしく包み込んでくれるまろやかな甘み。
大きく切られた野菜や肉はほどよく柔らかく、ほどよく味がしみ込んでいて、それらの具がまた良いアクセントとして見た目を彩り、味に変化を加えていた。
篝火に照らされたその様はまるで夜空に輝く星のように鮮烈。
カレーというものは初めて食べたが、フィナンシェが騒ぐのも納得の美味しさだった。
ちらりと見ただけだが、フィナンシェも美味しそうに、そして嬉しそうにカレーを掬っては食べていたし、かなり満足のいく出来だったのだろう。自身の目の前に五つはカレーの入った器を置いていたからな。その感動は推して知るべしだ。
どこの国の兵士も仲間と分断されたときのために備えて兵士一人一人が簡単な食事をつくれるように訓練しているという話を人魔界にいた頃は聞いたことがあった。
この世界ではどうか知らないが、もし同じなのだとしてもこの国の兵士の料理の腕前は他国の兵士とは比べ物にならないのではないだろうか。
もし他国の兵士もさっき食べた料理の数々と同程度の品を作れるのだとしたら、この世界の兵士には今すぐ料理人へと転職して店を開いてもらいたい。
そう思えるほど美味しかった。
飲み物も、見たこともない酒やジュースからよく見るエールや水まで多数用意されていてそれが飲み放題なのだから自分でも驚くほどに飲みまくってしまった。
良い感じの甘みと爽やかな後味を持つ謎の緑色の飲み物が最高だったのを覚えているが、他の飲み物も不味いと思うものは一つもなかった。
とにかくすべてが新鮮で、最高。
後半三時間はかばんの中のテッドに料理を与えながらちまちまと目についたモノを口に入れていき、たまに挨拶に来る兵士や他国の精鋭と他愛もない会話をしていただけだったが、周囲から聞こえてくる楽しそうな歌や笑い声なんかもあってか、とても楽しい時を過ごすことができた。
そのせいでかなり疲れもしたが、それ以上の高揚感がいまだ胸中に渦巻いている。
外から聞こえてくる宴の音のせいもあってまだしばらくは眠れそうにない。
なんとも心地よい疲労感。
今夜は気持ちよく眠れそうだ。