フィナンシェの戦果
ノエルはどうしてここにいたんだ?
そう思う気持ちもあるが、どうせ考えてもわからないだろう。
幸い、俺が寝てると思ったからか妙な敵対心をぶつけれることもなかったし、変に絡んでくることもなく部屋から出て行ってくれたことを喜んでおくか。
そういえば、俺はどのくらい寝ていたんだろうか。
外は騒がしくない、ということは宴はまだ始まっていないようだが。
いや、すでに宴が終わったあとという可能性もあるか。
もし宴が終了しているのだとしたら相当長い時間寝ていたことになるな。
さすがにそんなに長い時間寝ていたとは思いたくないし、できれば宴にも参加してみたかったんだが、どうなんだろうか?
今は宴の前なのか、後なのか。
個人的には前の方がいいんだが……というか、テッドに訊けばわかるか。
《テッド、今は何時だ?》
『なんだ、やっとお目覚めか?』
《ああ、やっとお目覚めだ。それで、俺はどのくらい寝ていたんだ?》
『お前が気絶してから一時間半といったところだな。この部屋に運ばれたのは一時間前だ』
《そうか》
寝てから一時間半。
ということは、今は日暮れの一時間前くらいか。
それしか時間が経っていないのなら宴もまだ始まっていないな。
《テッドが見つかるようなこともなかったみたいだな》
もしテッドが見つかったのならもっと騒がれているだろうし俺とテッドは隔離されていてもおかしくない。
ノエルが普通に部屋に居座っていたのだからテッドの存在が露見するようなことはなかったのだろう。
『無論だ』
無論なんて言っているが、テッドには以前冒険者ギルドで多くの人間に姿を見られたという前科がある。
まぁ、あれはテッドを置き去りにしてしまった俺が悪いのだが、それでも今回だってテッドだけならどうなっていたかわからない。
今この建物にはフィナンシェの他に三十人もの精鋭がいることだし、見つかった場合は俺とテッドが一斉に攻撃される可能性もある。
そうなったら良くてカード化、悪くて死亡だ。
俺とテッドが未だに無事ということは、きっとフィナンシェが上手くやってくれたのだろう。
「トールー、起きたんだってー?」
噂をすれば影。
扉の開く音と同時にフィナンシェの微妙に間延びした声が部屋に入ってきた。
「ああ、さっきな」
おお、声が出た。
ノエルがいたときには出なかったが、もう出るみたいだな。
喉の調子も悪くない。
「よかった~。モラードカレーを食べ逃すなんてもったいなさすぎるもんね。宴はもう少ししたら始まるってさっきそこで会った兵士さんが言ってたよ!」
部屋に入って開口一番がそれか。
「相変わらず食い物のことばっかりだな」
「えー、そんなことないよ」
「そんなことあるぞ」
「そうかなー?」
モラードカレーは本来ならモラード国の兵士しか口にすることのできないとかいう料理だったか。
この料理が宴に並ぶと聞いたときに「モラード国兵士特製モラードカレーを食べられる機会なんてもう一生ないよ! たくさん味わわないとだね!」とフィナンシェが目を輝かせていたのを覚えている。
この機を逃したら一生食べることができないだろうということだし俺も興味はあるが、目が覚めてすぐそのことに意識が向くほど俺は食欲旺盛じゃない。
まず、カレーというのがどんな料理なのかもよく知らないしな。
見た目は茶色いシチューみたいな感じとフィナンシェが言っていた気がするが。
「そうだ、フィナンシェ。俺とテッドをこの部屋まで運んでくれたのはフィナンシェだろ? ありがとう」
「そんな、お礼なんていよ。部屋まで案内してくれたのは兵士さんだし、それにノエルちゃんも手伝ってくれたんだよ?」
「ノエルが?」
「うん! 『まったく、だらしないわね。こんなところで寝るなんて周りの迷惑も考えなさいよ』とかなんとか言いながらトールを運ぶのを手伝ってくれたんだ。トールが起きたっていうのもノエルちゃんが教えてくれたんだよ。ノエルちゃん、いい子だよね~」
あのノエルが、か?
……うーん。
悪いやつではないと思うんだが、変に突っかかってこられてばかりだから厄介なやつという印象が強い。
フィナンシェがこう言ってるってことは俺を運んでくれたのは事実なんだろう。
しかし、それが純粋な善意からの行動かどうかは不明瞭だな。
もしかしたら、これで貸し一つとか考えてるかもしれない。
それとも、あまり疑いすぎるのもよくないだろうか?
本当に善意からの行動だったのかもしれないし、それこそノエルが言っていたという「周りの迷惑」という観点から他の者に迷惑が掛からないようにノエルが自己犠牲を申し出てくれただけかもしれないし。
かといって、これまでの俺への態度を思い返すと、あれだけ謎の敵対心を燃やしていた俺を相手に素直に手を貸すかという疑問もわいてくる。
……とりあえずお礼は言わなくちゃいけないみたいだし、他意があったかどうかはそのときに判明するか。
「ノエルのことよりも、フィナンシェはどうなんだ?」
「え、どうって?」
「どこか怪我とかしてないのか?」
ダンジョンから出るまでは私語を控えていたし、ダンジョンを出たあとはすぐに馬車に乗り込んでしまったからな。
よく考えると作戦中のフィナンシェのことはまだ何も聞けていない。
馬車の中での様子と今の様子を見ていると怪我なんかはしていなさそうだが……。
「うん、大丈夫だったよ! クレイジーモンキーとサイコモンキーとクレバーモンキーが一匹ずつ出てきたけど、クレイジーモンキーとサイコモンキーを倒したらクレバーモンキーは逃げて行っちゃったからね。疲れることもなかったよ!」
「そうか、それはよかった」
いや、よくないが。
全然大丈夫じゃないだろ、それ。
なんともなかったように言っているが、今の言い方からしてその三体は一体ずつ別々に出てきたのではなく三体で群れて行動していたのではないだろうか。
俺はクレイジーモンキー一体を一瞬相手にしただけで死を覚悟した。
サイコモンキーとクレバーモンキーの強さは知らないが、クレイジーモンキーと大差ない強さだと聞いている。
そんな魔物たちに一斉に襲いかかられたらとてもじゃないが太刀打ちできない。
俺とテッドなら確実にやられている。
フィナンシェが強いことは今までの依頼中の戦闘や俺との戦闘訓練中の様子から知ってはいたが、俺とフィナンシェのあいだにはそれほどまでに実力差があったのか。
三猿と遭遇し、戦闘をして疲れることもなかったと簡単に言えるほどの実力をフィナンシェは持っている。
これまでも凄く強いとは思っていたが、今まではそれほど強い敵とはあまり戦ってこなかったし、フィナンシェが強い敵と戦ったとしてもその敵と俺が直接対峙する機会がなかったからか、その敵がどのくらい強いのかはいまいちよくわかっていなかった。
ただ漠然とフィナンシェも敵も強いなと思っていただけだ。
だが、今回は違う。
俺が死を覚悟させられたクレイジーモンキーの他にサイコモンキーとクレバーモンキーにも同時に襲われ、そのうち二体を倒しても疲れることがなかったと聞かされればその実力のほどは窺える。
それこそ、俺とフィナンシェではゴブリンとヒュドラくらいの差があるのではないだろうか。
リカルドの街を出発する前から「今回の相手は大したことないよ。トールとテッドなら絶対大丈夫!」と言っていた意味がやっとわかった。
フィナンシェは俺とテッドはフィナンシェより強いと勘違いしている。
だから、「私が簡単に倒せるんだからトールとテッドなら余裕で倒せるよね」と誤解してしまっても仕方ない。
実際には俺とテッドは死にそうになったが、フィナンシェからしたら路傍の石を蹴飛ばすのと変わらないような心境だったのだろう。
フィナンシェに戦闘訓練をつけてもらい始めてからは俺も少しは強くなったと思っていたがまだまだだったな。
俺も男だ。
フィナンシェほどの高みにのぼれるかはわからないが、もっともっと強くなりたいという気持ちはある。
できればフィナンシェを超えるくらい強くなりたい。
そしてそのためには、もっと精進しないといけないようだ。