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感情の昂り

 兵士たちのキャンプ地へ向かって走る馬車の中。

 左にフィナンシェ、右にノエルという名の高飛車少女。

 そして間には、胸に込み上げる吐き気と取っ組み合い中の俺一人。


 つい五~六時間ほど前に魔術師の怖さを見せつけられたばかりでもあるし、ノエルという少女にはできるだけ近づくことなくリカルドの街まで帰還したかったのだが、どうしてこうなった。

 おやつに夢中なフィナンシェと執拗に俺に話しかけてくる少女との間に挟まれながらそう思う。


 この馬車には俺たち三人の他にテッドが一匹と御者が一人、それと他国の精鋭七人が同乗しているが、御者は馬車の操縦に集中しているし、同乗者七名はこちらに関与してくる気がなさそう。

 テッドをかばんから出すことはできないし、そもそもテッドは俺以外と会話することができない。

 おやつタイム中のフィナンシェは端から戦力外。

 助け舟を出してくれそうな者は一人もいない。


 魔術師によって森に火が放たれてから十五分後。

 鎮火した森の最奥部とその周囲を俺たち三十二人およびモラード国の兵士およそ千人ほどで探索した結果、三猿の生き残りはいないという結論に至った。

 木の上なんかに生き残りが隠れていた可能性はあるが、もし生き残っていたとしても数体。

 たった数体なら縄張り争いも激化しない。

 ダララのダンジョンから出てくることはないだろうし、十体未満ならこの国の兵士を総動員すれば殲滅も可能。

 次に猿たちの数が今回討伐した数と同等くらいまで増えることがあったとしてもそのときにはダンジョンを囲む壁や砦等の防衛施設が完成している。

 よって、本作戦は成功。

 しっかりとした集計はこれかららしいが最低でも四十枚以上の猿のカードを戦果として俺たちは凱旋することとなった。


 鎮火後の探索に二時間。

 その後、森を抜けるまでに三時間。

 森を抜けたのは日が沈む三時間前といったところだった。


 そこから急いで馬車を出せば夕暮れ前にサルラナの町へ戻れると思ったのだが、これからサルラナの町に一番近いキャンプ地で宴をするから参加してくれと言われて断りきることができなかった。


 何度も馬車に乗りたくないし早く町へ向かいたい、宴なら町ですればいいじゃないか、そう思ったが、この宴は作戦成功の祝勝会。

 この作戦に参加したこの国の兵士の数は一万に迫る数であるし、それだけの人数がサルラナの町に入りきるとは思えない。

 宴に参加する兵士の数を制限するわけにもいかないだろうし、それだけの人数が騒いでも大丈夫な場所といったらダララのダンジョン周辺に駐屯するためにつくられたキャンプ地くらいしかないのだろう……ということでキャンプ地へと向かうことについては一応の納得をした。


 また、今向かっているのは昨日一昨日と俺とテッドが寝泊まりしたキャンプ地とは別のキャンプ地みたいだが、建物の構造と今日俺たちに貸し与えられる予定の部屋自体は俺たちが昨日一昨日と利用したものと同じらしい。

 あの部屋はなかなかに快適であったし、あの部屋と似た部屋で寝ることができるのであれば、という気持ちがあったことも否定はできない。


 そんなこんなでキャンプ地へと向かう馬車に乗ることになったのだが……まさかこの少女と同じ馬車に乗ることになるとは。


 てっきり、キャンプ地へと向かう馬車の同乗者はサルラナの町からダララのダンジョンに向かった際の同乗者と同じ面子だと思っていた。

 しかし、よく考えればダンジョンを抜ける際は全員で一緒に抜けてきた。

 俺たち三十二人は来た道を引き返すようにそれぞれの作戦開始地点へとバラバラに戻るような真似はせず、全員一緒にサルラナの町の方角へと抜けてきた。

 そして、ダンジョンに向かう際に馬車の同乗者が決められていたのは俺たち三十二人それぞれの作戦開始地点があらかじめ決定されていて、一人一人を効率的にその開始地点まで運ぶために開始地点の近い者十人~十一人が同じ馬車に乗せられたから。

 作戦が終了してあとは帰るだけとなったいま、馬車の同乗者なんて決められているわけがなかった。

 たとえ決められていたとしても融通が利く。

 今思うと、なぜか俺に執着しているこの少女が俺と同じ馬車に乗ろうとするのは当然のことだったのかもしれない。


「ところでアンタ! 討伐数を競うって約束忘れてないでしょうね!!」


 少女の声がうるさい。

 こっちは気持ちが悪いんだ。

 静かにしてほしい。


「覚えてるよ。俺は討伐数ゼロ、お前はたくさん。勝負はお前の勝ちだ。おめでとう」

「ちょっと何よその言い方! アンタ、自分が負けたこと本当にわかってるの!?」


 勝負のことなんて少女に言われるまで忘れていたが、めんどくさいから適当にあしらっておく。

 ……と思ったのだが、適当にあしらいすぎただろうか?

 なぜか少女がヒートアップしている。


 俺はいま何を言った?

 気分が悪すぎてそれすら思い出すことができない。


「というか、そもそもお前の魔術を主体とした作戦が立てられていたんだから、最初から俺の負けは見えていただろ。こういうのを出来レースというんじゃなかったか?」

「なっ!? 出来っ!? だだだ、だって、あのときはまだどんな作戦か知らなかったんだから、仕方ないじゃないっ!」

「それ以前にどうしてそんなに俺のことを目の敵にしてるんだ? お前が俺を起こしに来てそれで俺が起きなかったって話は聞いたが、それが原因か?」

「そうよ! いまアンタが言った通りよ!」

「たしかそのときに俺の魔力に気圧されたんだったか? 勝手に宿まで押しかけてきて、勝手に怯えて、勝手に敵対視。はっきり言って迷惑だ」

「けけけ気圧されてなんかいないわよ! それにこのアタシを迷惑!? 迷惑ですって!?」

「頭が痛い。静かにしてくれ」

「なによコイツ、ムキ~ッ!」

「今度はクレイジーモンキーの真似か? いい加減にしてくれ。他の同乗者もうるさがってるぞ」

「え!?」


 他の同乗者も、という言葉に反応したのか、周囲を気にし始める少女。

 しかし高慢ちきな少女のこと。

 すぐに視線を俺に戻してきた。


「って、誰がクレイジーモンキーよ! あんな魔物と一緒にしないでちょうだい!」

「わかった。謝るから本当に静かにしてくれ」


 それにしても、気分が悪いからあまり声を出したくないと思っているはずなのに、その思いに反して口がよく回る。

 どうしちゃったんだろうか今日の俺は。

 それに、俺はこんなに高圧的な人間だっただろうか?

 クレイジーモンキーと対峙したときの感情の昂りがまだおさまっていないのだろうか?


「とにかく、お前はうるさい」

「そ、そこまで言うほど!? …………ね、ねぇ、もしかして本当に迷惑なのかしら?」

「ああ。さっきからそう言ってるだろ? お前はうるさすぎる。迷惑だ」

「そう……迷惑。このアタシが迷惑……」


 迷惑、迷惑、と反芻するように繰り返し呟き、黙り込んでしまった少女。

 その瞳に涙が溜まっていく。


「なんなのよ、さっきからお前、お前、って……アタシにはパパとママからもらったノエルっていう立派な名前があるんだから…………」


 先ほどまでの威勢はどうしたのか。

 少し震えた声で小さく何かを言い始めた少女。


「そ、それに、もとはといえば、アンタが悪いんでしょ。あんな魔力垂れ流して寝てるから、だから、怖くて……う、うぅ」

「うぅ?」

「う、うわあああああああああん」

「え?」


 泣き出した!?

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