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燃え盛る森

 人魔界にいた頃、森の中でたまに見かけたオンサシビレ草。

 そのオンサシビレ草によく似た草が目の前にある。


 色、形ともにオンサシビレ草の特徴を有した草。

 見た目的にはまず間違いなくオンサシビレ草。

 しかし、これは本当にオンサシビレ草なのだろうか?


 この世界に来てから目にした植物はすべて人魔界では見たことのないものだった。

 普段食べている果実や野菜だって多少似ていると思うようなものはあっても全く同じ見た目、同じ味のものは一つとしてなかった。

 それゆえにオンサシビレ草そっくりの草があることに驚きと疑問を感じる。

 本当にこれはオンサシビレ草なのかという思いが頭の中を駆け巡る。


 一つ確かなのは、テッドがこの草のことを『オンサシビレ草だ』と断言したこと。

 テッドの感知は感知したモノの内部構造まで詳しく見ることができる。

 きっとテッドにはこの草の細部までしっかりと見えていて、記憶の中のオンサシビレ草とこの草のすべてを比較した上で相違点なしと判断したのだろう。


 テッドが言うのだからこれはオンサシビレ草にちがいない。

 そう思う気持ちはあるが、いまいち確信が持てない。


 なにせ、この世界で見たことのあるものはたとえ人魔界に存在していたものであっても人魔界のものとは微妙に差異があった。


 たとえば、馬。

 この世界の馬は人魔界の馬よりも大きいし、よく走る。

 体格、体力、速度。

 どれをとってもこの世界の馬の方が優れている。


 たとえば、剣。

 この世界の剣は人魔界の剣よりも重い。

 俺が人魔界から持ってきた短剣も、この世界の剣も、どちらも鉄剣。

 にもかかわらず、俺の短剣よりも小さい剣が俺の短剣よりも重かったりした。


 剣に関しては製法によって重さが変わることもあるのかもしれないが、そこまでいくと鍛冶師でもない俺にはさすがに判断がつかない。

 俺としては剣の製法も材質も同じものだとして、それならばこの世界の鉄の方が人魔界の鉄よりも重いのではないかと考えるのが精一杯だ。

 同じ鉄剣でも重さに違いがあるというのならそれは素材の重さの違いにほかならず、素材である鉄の重さが違うというのであればこの世界の鉄と人魔界の鉄は見た目や硬度が似ていたとしても全く別の鉱物である可能性もある。

 そして、俺の持っている短剣とこの世界の短剣の違いをテッドは看破できなかった。


 つまり、いま目の前にあるこのオンサシビレ草そっくりの草も、実はオンサシビレ草ではない可能性がある。


 この草がオンサシビレ草かどうかを判断するのに一番手っ取り早い方法は大きな音を出してみることだが、もし大きな音を出してこれがオンサシビレ草だった場合には俺は動けなくなってしまう。

 周囲に存在するオンサシビレ草が一本なら余裕で防ぐことができるが、残念なことにこの周囲には最低でも八本のオンサシビレ草が生えている。

 音を出せば麻痺毒を生成しながらこちらへ飛んでくるオンサシビレ草。

 その飛来速度はかなり速い。

 八本のオンサシビレ草を躱しきれるかどうかはわからないし、大きな音を出して試してみるのはやめておいた方がいい。


 それに、もしこれがオンサシビレ草でなかった場合はどのようなことが起こるかわからない。

 もしかしたらこれは何の変哲もないただの草で音に反応して飛んでくるようなことはないかもしれない。

 だが、もしかしたらオンサシビレ草以上に強力な麻痺毒や即効性のある危険な病原菌かなにかを持っているかもしれない。

 ゆえに、音に反応して飛んでくるかどうか、麻痺毒を持っているかどうかを今この場で確かめることはできない。


『どうかしたか?』

《これが本当にオンサシビレ草なら、この世界と人魔界には何か共通点があるのかもしれないと思ってな。過去に人魔界へと続く“世界渡りの石扉”がここで出現しただけかもしれないが、それでも……と少し考えてしまった》


 悩んでいることが態度に出ていたのか、テッドからの質問に思っていることを口にする。


『よくわからん。向こうでの生活を懐かしんでいたということか?』

《そういうわけでもないが、なんだろうな。なにかこう、胸にくるものがあったというか。すまん。この感情を言葉にするのは難しい》

『そうか。それよりも作戦はいいのか?』

「あ……」


 素っ頓狂な声が出た。

 作戦のことなどすっかり忘れていた。

 どうかしたか、というのは何を考えているのか訊いてきたのではなく、動きが止まっていることに対してのどうかしたかだったのか。

 考えてる途中で念話が来たからそのまま考えていたことを伝えてしまった。


 たしかに、今は作戦行動中。

 いつまでも動きを止めているわけにはいかない。

 よく考えたらこの草の正体はこの国の者に尋ねればわかるだろうし、こんなところで時間を無駄にするだなんてどうかしていた。

 ロスした時間を取り戻すためにも少し急ぐか。


 ……そういえば、クレイジーモンキーたちが声を潜めていた理由はこの辺りにオンサシビレ草が生えていたからかもしれないな。

 ということは、今までの道中にもオンサシビレ草もどきはあったってことか?

 まぁ、二十分くらい前に目撃した茶色い何かが猿だったかどうか、そしてこれが本当にオンサシビレ草かどうかも判明はしていないんだが可能性としてはあり得るな。

 なんて考えている場合じゃないか。

 先を急ごう。






 バチバチと音を立てながら燃える森の最奥部。

 燃え盛る炎の中からは木の枝が焼け落ちる音や猿たちの断末魔が聞こえてきている。

 そして、熱気が凄い。

 熱すぎて呼吸し辛い。


《なぁ、テッド》

『なんだ?』

《この作戦に俺たち必要だったか?》

『知らん』


 一度クレイジーモンキーに襲われて以降は特に何も起こることなく、たまに森の奥へと逃げていく猿たちの気配を感じながら進んできた森の奥。

 同じく森の奥を目指して進んできたフィナンシェが右方に小さく見え始めたと思ったら、いきなり森が燃え始めた。

 火の勢いは凄く、辺りはあっという間に真っ赤に染まり、匂い袋の匂いから逃げるようにして森の奥で身を寄せ合い始めていた猿たちは当然火の中へ。


 おそらく、ノエルとかいう俺に勝負を吹っかけてきた少女の仕業だと思われる。

 あの少女には、隣の者が見えるくらいまで包囲が狭まったら魔術をつかって森を燃やしてくれという指示が出ていた。

 作戦会議のときは、運が良ければ魔術一発で猿たちを一網打尽にできるとか、少女以外の者は少女の放つ魔術の巻き添えを食わないように注意するようにとか色々言われていて、魔術というのはそれほど凄いのか……という印象だったが、実際に目にしてみるとこれは凄いなんてもんじゃない。


 辺り一帯、見渡す限り火の海。

 立ち上る煙の量も半端じゃない。

 空なんてまだ昼前だというのに少し茜色に染まって見える。


 恐ろしいという感情が湧いてくる。


 俺は巻き込まれずに済んだが、もしかしたら誰かこの火の海に巻き込まれてしまった者がいるのではないか。

 そう思えるほど一瞬で燃え広がり、凄まじい威力を見せつけている炎。

 この光景があの少女の魔術によるものなのだとしたら、少女のあの自信の高さにも頷ける。

 どう見ても、この魔術一発でサルラナの町を滅ぼせるくらいの威力を持っている。


 しかも、ある場所を境にしてピタっと炎の拡がりが止まっていることがなお恐ろしい。

 まるでそこに壁でもあるかのように、燃えている範囲と燃えていない範囲が綺麗に分かれている。

 これだけの規模の魔術を使用しながら、この炎すべてを正確に支配下に置いている。

 そのことが一目でわかるほど高い魔法制御能力。

 いや、魔術制御能力か。


 この炎を見ていると猿を森の奥まで追い詰める役と少女さえいれば十分だったのではないかと思えてくる。

 果たして俺が命を懸けた意味はあったのかどうか。

 正直、なかったように思える。


 森の奥に猿たちを集め、そこに火が放たれたあとの俺たちの役割は、もし火の海から抜け出してきた猿がいた場合にその猿を仕留めること。

 しかし、猿たちの断末魔が聞こえたのは森の奥が火に包まれてからの数十秒間だけ。

 つい先ほどまで聞こえていた甲高い悲鳴はすでにそのなりを潜めた。


 これはもう、作戦終了なんじゃないだろうか。

 燃え盛る炎をぼーっと眺めながら、漠然とそう思った。

 作品の本筋を進めたいので三猿討伐作戦はここで終了とします。

 というより、もともとこの作戦はさらっと終わらせる予定だったのになぜか十日以上も終了が伸びてしまっていたので……。

 一応、メルロやカスタネットを駆使して猿たちと死闘を繰り広げる展開も考えてみたのですが、それを書き終えるまでにあと四万字は必要そうだったのでやめました。せっかく登場させた新ヒロインももっと動かしたいですし。

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