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久しぶり

「じゃあトール、またあとで。作戦が終わったらおいしいもの食べに行こうね! お互い頑張ろう~!」


 なんて言いながら馬車に揺られて遠ざかっていくフィナンシェを見たのが十分前。

 フィナンシェと別れてからの十分間で馬車に乗っていたせいで悪くなっていた気分も少しは回復してきた。


 この程度の気持ち悪さですんだのは馬車から降りる順番が早かったおかげだな。

 本当は三番目ではなく一番目に降りたかったが、誰がどこで降りるかはモラード国から指定されているし、贅沢は言ってられない。

 もしも俺の作戦開始地点が一番遠くだったら馬車から降りるのはもう一時間は遅かったはず。

 あと一時間も馬車に乗っていたら確実に吐いていた。

 そう考えると、三番目に降りられてよかったといえる。


 馬車から降りた直後は、景色は静止して見えるのに身体は揺れているように感じるという不思議な現象のせいで少し気持ち悪さも増したが、揺れていない地面が揺れているように感じられるというその変な感覚はすぐになくなった。

 今はふつうに歩けている。


「こちらがトール様のお部屋です。どうぞご自由にお使いください。これからお休みになられるということなので私は一旦失礼させていただきます。隣の部屋には常に誰かおりますので、なにかありましたら何なりとお申し付けください」

「わかりました」


 バタン、と扉が閉められ、ここまで案内してくれた兵士が去っていく音を聞きながらベッドの前まで移動。

 テッドの入ったかばんを近くに置いて、倒れ込む。

 ベッドのひんやりとした冷たさが身体に心地よい。


「やっと横になれた」


 馬車を降りた場所で待っていた兵士が気の利く兵士でよかった。

 おそらく俺にこの建物のことなんかを説明するために待機していたのだろうに、俺の「少し休みたい」という願いをきいてくれて、建物の説明もそこそこにこの部屋まで案内してくれた。

 馬車を降りて多少はマシになったとはいえ、まだ吐き気がしそうなほど気持ち悪かったから真っすぐ部屋まで案内してくれて助かった。

 ここまで連れてきてくれた兵士と、ここまで歩いてくることのできた自分を褒めてやりたい。

 大変だったが、無事にベッドまで辿り着くことができてよかった。


 それにしても、ここが俺の部屋か。

 思っていたよりも広くて立派だ。

 急造された建物だと聞いていたから心配していたのだが、壁や天井も綺麗だし、しっかりと頑丈に造られているようにも見える。

 部屋の広さもリカルドの街の宿部屋と同じくらいの大きさだろうか。

 テッドと俺だけで使うには広すぎるくらいだな。


『夕飯はいつだ?』


 テッドが尋ねてくる。

 馬車の中でフィナンシェから食料を分けてもらっていたというのに、もう腹が減ったのだろうか。


《あー、悪い。聞いてない》

『そうか』


 あっさり引き下がったということはまだそこまで腹は空いていないみたいだな。

 逆に俺は今のテッドからの質問によって少し空腹を意識し始めてしまった。


 夕飯か。

 何時間後なんだろうな。

 たぶん三時間後くらいか?


 ……そういえば、食事の量を増やしてもらえるか訊いてないな。


 少し休んだらお願いしに行くか。

 たしか、隣の部屋の者に伝えればいいんだったよな?






 あ~、揺れもないし、何も考えなくてもいい。

 ベッドも気持ちいい。

 広くて清潔そうでもある。

 馬車の中とは大違いだ。


 最高の部屋だな、ここは。

 おかげで気分もだいぶよくなった。

 そろそろ夕飯の量を増やしてもらうようお願いしに行くか。


 そう思い身体を起こし、ベッドから立ち上がる。

 まだ少しダルいが、ベッドに倒れ込む前と比べると格段に爽やかな気分だ。


《ちょっと隣の部屋に行ってくる。すぐ戻るが、俺がいないあいだ誰にも見つからないように気をつけろよ》

『わかっている』

《じゃあ行ってくるからな》


 そう伝えてから部屋を出て、扉を閉める。


 さっき通ったときは気づかなかったが、この廊下は石材と木材によって造られている。

 外観は茶色かったし、土魔法で造られた建物だとも聞いていたからてっきり土だけで構成された建物なのだと思っていたが、中は案外、灰色が多い。

 魔法で建物を造ったあとに石材や木材を運び込み内装を整えたのか、それともこの石や木も最初から建物の一部として魔法によって作られたものなのか。

 うーん、気になる。


 気になるといえば、別れ際のフィナンシェの態度も気になる。

 別れてからしばらくは気分が悪くて考える余裕もなかったが、今思い返してみるとあのときのフィナンシェはまた外面がはがれて素顔が見えていた。

 馬車内では外面でいるつもりだったのではないのだろうか?

 あんなに簡単に素顔をさらすなら一体なんのための外面なのか……。


 お気楽そうだったのは敵の実力がわかっているからだろうと考えることができる。

 フィナンシェの中では作戦の成功は確定しているのだろう。

 それほど、三猿とフィナンシェのあいだには実力の差があるのだと思う。

 ただ、移動中はずっと外面モードだったのに俺と別れるときには素顔になっていたことに関しては全く意味がわからないとしかいえない。


 まぁ、あのフィナンシェのことだ。

 やはり外面と素顔の使い分けがテキトーなだけなんだろうと思う。


 そんなことよりも、よく考えてみると眠るときにフィナンシェがそばにいないのは随分と久しぶりだ。

 随分と、というか、フィナンシェと出会ってからは二度目じゃないか?

 日中に別行動することはあっても夜に別行動することはなかったからな。

 思えばこの世界に来てからフィナンシェとは常に一緒にいて、かなりお世話になってしまっている。

 これは何かお礼をしなくては、院長に怒られてしまう。

 そのためには今回の作戦、絶対に生き残らなくてはいけないな。


 まぁそれはそれとして、久しぶりのテッドと俺だけの夜だ。

 夕飯を食べたあとはゆっくりと人魔界にいた頃のことでも語り明かしてみるか。

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