馬車の前でのあれやこれ
集合場所にはすでに十八名の精鋭と案内役だと思われるこの国の兵士数名がいる。
……いや、精鋭は十九名か?
統一された鎧と剣を装備しているモラード国の兵士たちの中に、一人だけ明らかに毛色の違う者がいる。
髪色も顔の形もこの町で見かけたこの国の者たちとは異なり、よく見ると鎧や剣もこの国の兵士のモノとは微妙に違う。
なにより、その鋭い目つきが男が只者ではないことを物語っている。
先ほどの会議の場であの男の顔を見た覚えはないが、おそらく俺やフィナンシェの左右に座っていた五人のうちの一人だろう。
「お二人にはあちらの馬車に――」
実は階級の異なるこの国の兵士かとも考えたが、この場にいる兵士たちの中で一番偉いという者はいま俺たちの目の前で俺やフィナンシェの乗る馬車がどれかを説明中……ということは、他の者よりも階級が高いためにあの男だけ周りの兵士とは異なる装備を支給されているという線は消える。
それに、あれほどの雰囲気。
あの男は間違いなく強い。
そして、この国には猿たちと戦えるような兵士はいないという話だった。
つまり、あの男はどこかの国から派遣されてきた精鋭の一人ということになる。
他にも、援軍として各国から派遣されてきた者の中には兵士のような装いをしている者が多い。
会議の場にいた面子の中で国に直接仕えているわけではなさそうな者は俺とフィナンシェを含めて七名ほどだったと思う。
おそらく、普通なら他国からの要請には身元のはっきりとした自国の兵を派遣するものなのだろう。
国仕えの兵士でもないのにここに来ている者は、実力を買われた自信家か、他国のために力を尽くせるお人好しだろうな。
そうでもなければわざわざこんな面倒で危険な作戦に参加しようとはしない。
強ければ大抵のことは許されるのだから、本当に実力のある者なら国からの要請を断ることも可能なはずだ。
ここにいる者が、この作戦に参加しろという自国からの命令を断り切れずにここへ来てしまったという可能性は低い。
間違っても、俺のように実力を勘違いされたためにここへ来ることとなった一般人などほかにはいないだろう。
意味不明な言動をしていたあのノエルという少女だってどこかの国に仕えているはずだ。
さっきの姿からは全くそう見えなかったが、魔術師は優秀ゆえ国に召し抱えられることも多いと聞いている。
あの少女も、普段は王城で生活していたりするのかもしれな「あー! もういる! 絶対私が先についたと思ったのに!」……この騒がしい少女も、普段は王城で生活していたりするのかもしれない。
そう思いかけたが、こんな性格だと王城勤めは難しそうだな。
なんというか、王城に勤めるのならもっと落ち着いている必要があるような気がする。
この少女はきっと、普段は兵舎なんかで生活しているのだろう。
おそらく、そこで兵士たち相手に今のような横柄な態度をとっているに違いない。
魔術師の方が兵士たちより偉いだろうから、そのことを理由に兵士たちを扱き使っている姿が目に浮かぶ。
兵士たちは不満がありながらも上の立場の者には逆らえない。
また、有事の際に重要な戦力となる魔術師の機嫌を損ねるわけにはいかない。
そもそも、癇癪を起こしそうな上に、そうなった場合には周囲を簡単に焼け野原に変えてしまえるような人物に真っ向から逆らえる者なんてそうはいない。
そんな理由から少女に文句ひとつ言えない兵士たちは一人、また一人と精神を病んで戦えなくなっていく。
これじゃあ兵士たちが可哀そうだ。
というか、この少女の仕えている国は大丈夫か?
そのうち、少女のせいで兵士の数が足りなくなるのではないだろうか。
「ちょっと聞いてんの!? なんでアンタがアタシよりも先についてるのよ! これじゃアタシがアンタに負けたみたいじゃない! きーっ、くやしい!!」
勝負なんてしている覚えはないし、そんなくだらないことでつっかかってこないでほしい。
それにしても表情豊かなやつだな。
怒ったり悔しそうだったり、身体の動きによる感情表現も凄まじい。
こんなに動いて疲れないのだろうか?
それに――
「俺より先に着きたかったならもっと早くここに来ればよかったのに……」
「なんですって!? いまアンタ、アタシに向かって『もっと早く来ればよかったのに』って言った?」
「あ、ああ」
口に出したつもりはなかったのだが、しっかりと声になってしまっていたらしい。
面倒なことをしてしまったかもしれない。
「アンタにはわからないかもしれないけど、レディーには身だしなみを整える時間が必要なの! これでも精一杯急いできたのよ!!」
頑張って整えてきたのだろう綺麗な髪や服をこれでもかと見せびらかしてくるのはやめてほしい。興味がない。
それに、身だしなみがどうのというくらいだ。
さっきの会議の前にすでに一度整えていたのではないのだろうか。
わざわざまたセットしてきたということか?
さらに言わせてもらうと、同じレディーでもフィナンシェは身だしなみなんて整えていないが……。
いや、フィナンシェはただ食い気が凄いだけか。
食欲が強すぎて身だしなみを整える時間すらも食事の時間としてしまっているだけだろう。
あるいは、フィナンシェはレディーではないということだな。
こいつは見た目は完璧だが中身はアホだし、レディーでないと言われてしまっても仕方ない気もする。
「まぁいいわ! 明後日の勝負では絶対にアタシが勝つんだから!」
「あ、そのことなん……」
「明後日の夜、アンタはアタシに負けたことを悔しがりながらこのアタシに跪くことになるのよ! アタシのすぐ目の前に跪くなんて光栄なこと、本来ならアンタなんかには許されないんだから感謝しなさいよね!」
「いや、だから俺は……」
「あ、アタシに跪きたいからって手を抜くのはナシよ? アタシは正々堂々とアンタを打ち負かしたいんだから! まあ。アンタが何をしようがどうせアタシには勝てないんだけど、それでも最後までしっかりと足掻きなさい! 真剣勝負とはそういうものよ!」
ずっと眉を上げて怒っていたかと思えば急に眉を下ろし、愉悦に浸り始める。
少女の感情の動きが激しすぎてついていけない。
せめて、唐突に表情を変えるのはやめてほしい。
これでは怒っているのか楽しんでいるのかすら容易に判断できない。
それと、先ほどから目が合いまくっているが俺への恐怖はもうなくなったのだろうか。
……よく見ると微妙に身体が震えているな。
無理して話しかけてこなくてもいいのに。
あと話しかけてくるのならこちらの話もちゃんと聞いてくれ。
「だから俺は勝負をする気なんてこれっぽっちも……」
「ふふふ。アンタは明後日の決着のときを首を洗って待つことになるのよ。負けを認め、悔しがりながらもアタシの前で頭を垂れるアンタ。きっと最高の眺めになるはずよ。今からそのときが楽しみね」
「話を聞い……」
「それじゃあ、二日後にまた会いましょう。今からひれ伏す練習をしておくことを勧めるわ」
そう言って馬車に向かって歩いていく少女。
《何も言わせてもらえなかった》
『そのようだな』
他人の声に耳を傾ける気などさらさらないのだろう。
俺は勝負する気なんてないと何度も言おうとしたが、少女の勢いが凄くて伝えられなかった。
……まぁ、いいか。
少女との勝負なんかよりも、生き残ることが優先だ。
俺には負けたときのことを考える余裕なんてない。
「トール~、そろそろ馬車が出発するって~!」
馬車近くから手を振ってきているフィナンシェも俺と同様、何も考えていないのだろう。
会議中の外面モードはなんだったんだと言いたくなるほど、アホな姿をさらけだしている。
……いや、あれは考えなしのアホなだけか。
考える余裕がなくて考えない俺とはまた別の意味の「考えていない」になるだろう。
とにかく、俺たちと同じ馬車に乗る面子は集まったみたいだし、とりあえず馬車に乗り込むか。
フィナンシェにも呼ばれているしな。
たしか、馬車には三十分から一時間くらい乗るんだったか。
もし少女と同じ馬車だったなら到着するまでのあいだずっと絡まれていたかもしれないな。
とりあえず、少女とは別の馬車での移動になるようで助かった。