サルラナの町出発前
持ち物の最終確認をするために床やベッドの上に荷物を広げる。
まず、革鎧と長剣、短剣の武器防具は問題なし。
リカルドの街からこのサルラナの町に来るまでの道中では一度も使用していないため劣化もしていないし、手入れもしっかりしてある。
次に、かばんの中には何かあったときのためのナイフ、鉄杭、木槌、縄、布、干し肉、水を入れておく用の皮袋、懐中時計、あとは科学魔法屋で購入しておいた魔法玉数種類を計八個と大きな音の出るカスタネット&耳栓代わりの耳当てセットが一つに武器防具用の手入れセット一式、そして最後にカラク工房謹製品、長さを三十センチ~百二十センチメートルに五センチ刻みで調節可能な握りやすい太さの可変式金属棒が一つ。
他には、ズボンのポケットに魔光石が五つと腰につけている硬貨袋に金貨・銀貨・銅貨が数枚ずつ。
討伐作戦は日中に終わる予定。
ゆえに、魔光石は作戦が長引いたり暗所に入ったりしてしまった場合の保険。
硬貨は何かの目印にしたり敵の注意をそらしたりと、なにかと有用なはず。
長剣や短剣に関してはそもそも今回はあまり使用するつもりがない。
三猿たちに俺の剣技が通用するとは思えないしな。
使用する機会が来ることは十分に考えられるし、あった方が安心できるから持ち歩きはするが、できればこれらの武器を使わずに作戦を成功させることが望ましい。
今回の主武装となるのは、カスタネットと可変式金属棒。
可変式金属棒には『メタルロッド』という正式名称があるらしいが、長いな。
略して『メルロ』と呼ぶか。
カスタネットとメルロ。
この二つとテッドの感知能力を上手く利用すればなんとか生き残ることができるはず。
魔法玉も用意してあるし、いざとなったら縄なんかも利用できる。
猿たちは素早いらしいから気休めにしかならないが、一応、可能な限り軽く、それでいて可能な限り多くのモノを持ち歩けるように調整した。
見つからないのが一番良いが、見つかってしまった際の対処法もいくつか考えてある。
逃げ切る自信はある。
といっても、最終的には運勝負になるのだろうなという気はしている。
見つかるも見つからないも、逃げ切れるも逃げ切れないもすべて運。
もちろん、生き残れるか生き残れないかも運。
最近は死んでもおかしくない場面にばかり遭遇しまくっているし、俺に運があるとは思えない。
それでも、なんだかんだで生き残れてはいるし、死なないための事前準備もしっかりした。
運を呼び込むための努力はしたのだからあとは成り行きに身を任せるしかない。
考えて、考えて、さらに考えて慎重に行動する。
そうすれば絶対に生き残ることができるはずだ……そう信じたい。
手元の懐中時計の針がカチ、カチッと動く。
最終確認も終えたし、そろそろ時間だ。
集合場所に向かうか。
「テッド、フィナンシェ、そろそろ時間だ」
「うん、準備できてるよ! ごはんもバッチリ!」
『準備ならとうに終わっている。なに、心配することはない。猿型魔物など我にかかれば大した相手ではない』
食べ物しか入っていないと思われる大きな袋を肩にかけたフィナンシェとすでにかばんの中で待機しているテッドから、呑気な返事と、頼もしいような実力差を把握できていないような微妙な返事が返ってくる。
大事な作戦前だというのに相変わらずなやつらだな。
おかげで、張り詰めていた緊張が少し和らいだが。
というか、緊張していたんだな。俺。
「フィナンシェ、食事は程々にな。テッドもあまり油断しすぎないように」
「うん、大丈夫!」
『その忠告は無用だ。我に油断などない』
まぁ、フィナンシェは大丈夫だろう。
実力があり、猿型魔物たちとの戦闘経験もある。
戦闘となればその経験と力を遺憾なく発揮することだろう。
テッドも、たぶん大丈夫だろう。
これまでテッドの指示が間違っていたり遅かったりしたことは一度もない。
今はこんなだが、作戦が始まれば最善を尽くしてくれるはずだ。
あとは三猿の実力が予想以上に高すぎたり、俺が行動を誤ったりしなければなんとかなる……はず。
そしてその前に、今すぐなんとかしなければいけない問題がある。
明後日の作戦なんて先のことよりも、今感じているこの緊張をどうにかしないといけない。
マイペースなテッドたちを見て気づいたが、俺は緊張している。
気づかぬうちに緊張していた。
そのことに気がつくと、自分の身体の動きが硬くなっていることにも気がつく。
特に、肩のあたりに無駄に力が入っている。
これは、だいぶ緊張している。
今からこんなことでは、明後日の作戦開始前には体力の消耗しすぎでへとへとになってしまう。
少しリラックスしなくてはいけない。
ふぅー。
息を長く吐き出し、呼吸を整える。
焦らず、ゆっくり、ゆっくりと気を静めるように。
目を閉じ、深く呼吸する。
それを三十秒ほど行うと、気分はしっかりと落ち着いていた。
……よし。
もう大丈夫だな。
早いときは数秒で落ち着けることを考えると、やはり今回の緊張はかなりのものだったのだろう。
それほど今回の作戦に不安を感じていたということでもある。
今のうちに気づけて良かった。
これがもし、体力や精神力を消耗しすぎたあとや猿に見つかったあとに気がついていたらと思うとぞっとする。
そして、リラックスしやすい体質で助かった。
緊張というのは意識しすぎるといけないらしい。
自覚したからといって簡単に解れるものでもないらしいが、幸いなことに俺は数秒から数十秒で心を落ち着けることができる。
今は急いでリラックスする必要のある場面ではなかったが、人によってはいつまで経っても緊張を解けない場合もあるというし、それを思うと明後日まで緊張を引きずるような心配のない体質でよかったといえる。
「トール、どうしたの?」
「ああ、いや、なんでもない。そろそろ行こうか」
「うん!」
さて、緊張も解れたし、そろそろ行くか。
準備を整え、宿を出る。
集合場所として指定された門の前に着いたとき、そこには三台の幌馬車と二十人ほどの他国の精鋭たちの姿があった。