誰にも頼れぬ作戦
室内にいるのは各国から送られてきた精鋭たちとモラード国の役人や隊長格の兵士たち。
それに加えて、精鋭でもなんでもない俺とテッド。
肌の色や髪の色、顔のつくりや服装に至るまで、様々な点で出身が違うことを感じさせてくれる多種多様な各国の精鋭たちの視線はただ一点、おそらく部屋の正面に当たるであろう場所に着席しているモラード国の役人に集中している。
俺たちが座っているのはモラード国の役人の正面。
モラード国の役人と俺たちの位置関係はいわば長方形の端と端。短辺同士に座っているため、室内のほとんどを一目で視界に収めることができる。
見えないのは俺やフィナンシェの左右に座っている五人の顔くらいだろうか。
さすがに自分たちと横一列になって座っている者たちを一目で確認することはできない。
だが、その五人以外の姿はよく見える。
全員、すごく強そうだ。
モラード国の役人に近い位置にいる、俺から見て左側の長辺の席に座っている魔術師ローブを纏った金髪の少女ノエルも、先ほどまで怯えまくっていたとは思えないほど堂々としている。
他国の精鋭と比べても遜色のない自信が感じられ、端的に言って強そうに見える。
というか、ここに来ているということはあのノエルという少女も含め全員が化物じみた強さを持っているのだろう。
強そう、ではなく、間違いなく強い。
……どうしてこんな場違いな場所に召集されてしまったのだろうか。
俺やテッドが強いと誤解されているせいでここに来るハメになったことは理解しているが、なんとなく納得できない。
この場にいるのもおこがましいほどの実力しか持ってない俺がどうしてここにいるのか。
討伐のためにこんなにも強そうなやつらを集めないといけないような魔物とどうして戦わなくてはいけないのか。
肩身の狭さと逃げたくなるような思いでどんどん気分が落ち込んでいく。
ただ、来てしまったからには仕方がない。
二日後に行われる討伐作戦に参加し、死なないようにうまく立ち回る。
そのことに全力を注ぐしかない。
……それにしても、異様な雰囲気だな。
全席が埋まった室内はなんとも言えない圧迫感に満たされている気がする。
俺とテッド、あとついでに役人以外の全員が俺よりも圧倒的に強いとわかっているからだろうか。
謎の重圧感がある。
「えー、この度は本作戦のためにお集まりいただき――」
身体に何かが圧し掛かっているかのような錯覚を感じる中、モラード国で大臣とかいう名の役職を務めているという相当偉いらしい役人から俺たち各国より集まった者たちへの謝辞を含んだ挨拶がなされた後、作戦についての説明が開始された。
作戦の概要はフィナンシェからすでに聞いている。
モラード国の要請によって集まった三十一人の精鋭+俺の計三十二人でダンジョン化した森をぐるっと包囲し、その包囲を徐々に狭めながら猿たちを倒していくという単純な作戦だ。
無論、三十二人では完全に包囲しきれず穴だらけになってしまうため、その穴から猿たちに逃げられないよう俺たち三十二人による包囲の外側ではモラード国の兵士たちがさらにもう一周分の包囲網を形成する。
もし俺たち三十二人の包囲の穴を抜けた猿型魔物がいた場合には兵士たちがその魔物を足止めし、足止めのために魔物と交戦を始めた部隊は大きな音を鳴らして俺たちや交戦中の部隊から離れた場所にいる兵士たちにどこで交戦中かと何体の猿型魔物がそこにいるかという情報を伝える手筈となっているらしい。
大臣とかいう役職のおっさんから説明された作戦内容はフィナンシェから聞いていたモノと全く同じだった。
違ったのは、作戦内容がどのようにして決められたかという補足説明があった点。
大臣のおっさんは「もっと良い作戦を立てられるのではないか」という俺たちの疑問に答えるようにして、次々と作戦の立案から決定に至るまでの経緯を教えてくれた。
まず、三猿が何十体も集まって一点突破してくる可能性や三十二人が各個撃破されないようにするためにも戦力は分散させない方が良いのではないかと思ったが、むしろ一点突破してくる可能性があればこそ、乱戦の中で精鋭たちが同士討ちし合ってしまうような状況に陥らないために戦力を分散させておく必要があるとか。
それに関連して、魔術師なんかは広範囲に高威力の攻撃を放つことができるため乱戦では味方を巻き込んでしまいやすく、その特性から単独で行動した方が力を発揮できるとか、三猿は狡猾な手段を用いるため俺たち人間に味方を攻撃する気が全くなくても気がついたら味方に攻撃が当たってしまっているなんて状況を作り出されてしまう可能性があるだとか。
他にも色々な状況を想定した上で考えられた「戦力を一ヶ所にかためないことの利点と欠点」を一つ一つ丁寧に説明された。
予想される可能性を一つずつしっかり説明してくれたおかげで、どのような行動がよくてどのような行動が駄目なのか、どういった状況が望ましくてどういった状況が望ましくないのか、はっきりと理解することができた。
俺とテッドからは絶対に思い浮かばないような状況を教えてもらうこともできたおかげで生存確率がほんの少し上がった気がする。
想定できていない状況はまだあるかもしれないし、実際に行動してみないとわからないこともあるかもしれないが、少なくとも、今回の会議のおかげで確実に作戦時の自分の動きが良くなった。
それは断言できる。
一つ問題があるとすればフィナンシェ含む精鋭三十一人+俺の三十二人で三猿の縄張りを囲むということ。
精鋭三十一人+俺で等間隔に距離を開け、囲む。
これはつまり、今回の作戦中はフィナンシェはおろか他の精鋭すら、誰一人として俺のそばにはいないということだ。
三猿が現れても誰にも頼ることができず、俺とテッドの力だけでなんとかしなくてはいけない。
希望すれば兵士を何人かつけてくれるらしいが、兵士が近くにいるといざというときにテッドの怯えに頼ることができない。
それに、この国の兵士ではどうせ三猿には対抗できない。
そう考えると常時テッドをかばんから出して歩いていた方が危険は少ないように思える。
三猿以外の魔物は大して強くないという話だし、今回はテッドの存在を隠して行動した方がいいと事前にフィナンシェやギルド長と話し合ってある。
兵士の同行は希望しない方がいいだろう。
俺とテッドだけでダンジョン奥深くまで進み、三猿をやり過ごす。
おそらくこれが最善。
そのための作戦もいくつか考えてはいる。
しかし、俺とテッドだけで本当に生き残れるだろうか。