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世界渡り

 初投稿です。よろしくお願いします。

 横書き小説ですが、算用数字ではなく漢数字を使用しています。気になる方は縦書きPDF表示にしてお読みください。

(縦書きだとダブルクォーテーションが気になると思いますがご容赦ください)

 ――世界には触れてはならない禁忌が三つある。


 この世に生を受けて十五年。物心つく前から耳にタコができるほど言われてきたこの言葉を、俺はどこか軽んじていたのかもしれない。


 木が生い茂る森の中、目の前に現れた“それ”は決して触れてはならないものだと確信させるほどの存在感と異様さをもって俺を圧倒した。

 逃げなきゃ。そう思うも目の前の“それ”に威圧され恐怖に竦んだ足はぴくりとも動かない。あるいは恐怖のせいで逃げられないのではなく、“それ”の意思が俺を逃がすまいとして俺の身体をここに押し留めているのかもしれない。

 額に脂汗が滲み、呼吸すらままならなくなり始めた頃、どれだけ力を入れようとしてもぴくりとも動かなかった足が“それ”に向かって進み始めた。

 動かそうと思ってそうしているのではない。“それ”によってそうさせられている。

 抗えない力によって強制的に身体を動かされる感覚に恐れと嫌悪を抱きながら、そもそもこんな理不尽から逃げられるわけがなかったんだと、そう悟った。


 大人たちが口にする忠告の一つにこんなものがある。


『宙に浮く石扉に近づいてはならない』


 ちょっとした好奇心で近づいてしまったのがいけなかった。

 初めて目にした禁忌に、触らなければ大丈夫だろうと軽い気持ちでそばまで行ってしまった。

 触らなければ大丈夫なんてことはなかった。文字通り近づいてはいけなかったんだ。


 後悔が押し寄せる中、目と鼻の先まで来た“それ”に向かって勝手に手が伸びる。

 俺が破ってしまった禁忌は“世界渡り”。この世界ではないどこか、複数存在する別の世界へとランダムに飛ばされてしまう禁忌。


 目の前の“それ”に手が触れる。

 あーあ、触れちゃったよと思った瞬間、急速に意識が薄れていく。


 ただの石扉にしか見えない“それ”の名は“世界渡りの石扉”。

 紛れもなく、世界三大禁忌のうちの一つだった。






 ぺちぺちと頬を叩かれる感触に呼び起こされる。


「そうか。お前も来ちゃったか」


 身体を起こし横を見ると俺の従魔であり友達でもあるスライムのテッドが隣にいた。

 あの時、俺の肩に乗っていたせいで“世界渡り”に巻き込んでしまったらしい。


『やっと起きたか。あまり手間をかけさせるな』


 テッドが水餅のようなカラダをへこませながら安堵を含んだ声音で話しかけてくる。

 声を出しているわけではない。そもそもスライムに発声器官は存在しない。

 従魔契約を結ぶと使用可能になる念話という技術で、俺に向かって直接思念を飛ばしてきているのだ。テッドの発言が俺以外の生物に聞こえることはない。

 テッドの契約者である俺もテッドとの間でのみ念話を使えるが、テッドは人間の言葉を理解する賢いスライムなので俺は普段は念話を使わない。念話を使うのは誰にも聞かれたくない会話をするときだけだ。

 そして、こいつはなぜかおっさんみたいな声で偉ぶった話し方をする。こいつ以外のスライムはかわいい感じの声と口調らしいんだがどうしてこいつはこんななんだろうか。


「心配させてすまなかった。ところで、ここはどこだ?」

『わからん』


 目の覚めた場所は見渡す限り草原が広がっていた。

 “世界渡りの石扉”に触れてしまったからにはここは元いた世界とは別の世界のはずだ。


「さて、どうしようか」


 禁忌“世界渡り”によって行ける世界は六つとされている。

 俺の生まれた人間と魔物の存在する世界『人魔界』、人間と獣の存在する世界『地球界』、陸の存在しない海と空の世界『陸無界』、科学と呼ばれる力が発達した世界『SF界』、魑魅魍魎のはびこる死者の世界『死霊界』、生者も死者も存在しない世界『無界』。

 この六つは“世界渡り”によって別の世界からやって来た意思疎通可能な者や、人魔界から別の世界へ行ったのち複数回の“世界渡り”を経て奇跡的に人魔界へ帰還してきた者たちの話から判明した世界であり、実際はもっとたくさんの世界が存在していると考えられている。


 とりあえず、今いる場所と話に聞いていたそれぞれの世界の特徴を照らし合わせるとここは『地球界』の可能性が高い。

 少なくとも『陸無界』、『死霊界』、『無界』のような生き残るのが難しそうな世界ではなさそうだ。

 存在が確認されていないだけで、極寒の世界や灼熱の世界、毒だらけの世界等、人間にとって生存が絶望的な世界もあるのではないかという話もあるからそういった世界でないことも運が良かった。


「やっぱりまずは食糧を確保しないとな」


 水は魔力さえ尽きなければ魔法でいくらでも出せるが食べ物に関してはそうはいかない。背負いかばんの中に少量の干し肉と木の実が入ってはいるがこれじゃあ数日しかもたない。


『アテはあるのか?』

「ない。今までいた世界の常識は通用しない可能性が高いからな。正直食べられるものがあるのかすらわからない」


 その世界の者にとっては一般的な食べ物でも別の世界から来た者にとっては毒物となるモノもあるらしいし、人魔界に存在したものと似た見た目のものでも全く油断できない。


『ここの草は食べられるぞ』

「食べたのか」

『ああ。腹が減ったからな』


 突然異世界に飛ばされたというのにマイペースな奴だ。


「次からは気をつけろよ。元の世界とは違うんだ。食べ物だと思って触った瞬間に死ぬ可能性もあるぞ」

『不用意に禁忌に近づいて飛ばされた奴が言うと説得力があるな』

「ぐっ、痛いところを突いてくるな。だが禁忌よりも注意しろよ。禁忌は明らかに危ないものだとわかっていたけどこの世界のものはそうじゃない。安全だと思ったものにこそ注意が必要かもしれないぞ」


 実際、何が危険なのかすらわからないこの状況はだいぶ精神がすり減る。そこら辺に落ちてる石が毒物や爆発物だったとしても不思議じゃない。


 頬を撫でる風の感触や草の匂いは人魔界とそう変わらない。空も青く澄んでいて、一見すると人魔界にいるような錯覚に陥る。


 これから、この世界で生きていかなくちゃいけないのか。


「人魔界と似た世界っぽいけど人間はいるかな?」

『さあな。とにかく水場と寝られる場所を探しにいくぞ』


 テッドはそう言うとどんどん前方に向かって進んでいく。行先はもちろん適当だろう。


「あっ、おい。先に行くなって」


 俺の不安なんて素知らぬ様子でいつも通りマイペースに行動するテッドを見ていると思い悩んでいるのがアホらしくなってくるな。

 ずりずりとカラダを引きずるように移動していくテッドを追いかけながら、こいつと一緒なら案外なんとかなるかもしれないと思った。

 今話の中で「からだ」の表記が「身体」と「カラダ」の二種類登場しましたがこれはわざとです。人間の場合は「身体」、魔物の場合は「カラダ」となるように表記を使い分けています。


 誤字脱字、誤用、おかしな表現等ありましたら教えていただけるとありがたいです。

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