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私の部屋は普通の女子高生とだいたい同じ。
小学生のときに祖父母に買ってもらった勉強机、ベッドの上にはいくつかのクマのぬいぐるみ、本棚には高校受験のときに使っていた参考書や少女漫画が詰まっている。
部屋の真ん中には淡いパステルピンクのカーペットを敷いていて、その上に小さな明るい木目のテーブルと、話題になっていたのでついつい買ってしまった、人をダメにするソファを置いている。
このソファは本当にダメになってしまいそうだから、基本的には使わないようにしている。
体にフィットするように沈んでいくあの感覚は魔性のもの、国一つを傾ける可能性のあるおそろしいソファだ。
お風呂からあがってパジャマに着替えた私は、ベッドに寝転がって、事前に充電しておいたスマホに手を伸ばす。
昨日は疲れて眠ってしまったけど、いつも夜は親友の南 未久里ちゃんと通話をするのが日課だ。
彼女とは幼稚園からずっと一緒の親友で、なにを隠そう彼女こそが大栗学園イケメンランキング七位(私調べ)、美少女ランキング三位(私調べ)と、両方のランキングに一人で入っている男女両用の美少女なのだ。
「未久里ちゃん、今、暇?」
「暇もなにもアンタ、いっつもこの時間にかけてくるじゃん」
未久里ちゃんは昔、いつもフリフリのついた、お姫様みたいな恰好をしていて、すっごく可愛い女の子だった。
それが中学に入ると同時、伸ばしていた髪をバッサリ切って、今ではショートカットのクールビューティー。
身長百七十センチの、ちょっと男勝りで面倒見のいい彼女は、早くも水泳部の一年生の後輩達に、お姉さまと呼ばれて慕われているらしい。
女子でありながら、女子のファンクラブがあるなんて噂まであったりして、女子人気がすっごく高い。
我が親友のことながら鼻が高いよ。
「昨日は通話できなくてごめんね、ちょっと疲れちゃって」
「いや、毎日毎日かけてこられて鬱陶しかったから、やっと私から離れてくれたかって安心してたのに」
「なによー、寂しかったくせにぃ」
「はいはい、寂しかった寂しかった。それで? 今日もあのランキングとやらの話?」
「うーん、当たらずも遠からずかな?」
彼女はこの世界で唯一、私のイケメン美少女ランキングのことを知っている。
なぜ知っているかといえば、それはもちろん私が話したからだ。
幼馴染の彼女は、私が素で全てのことを話せる唯一の相手。
他の子には話せないようなことでも、彼女にならなんでも話せちゃうし、どんなことを話しても、なんだかんだといいながらも全て受け入れてくれる彼女のことが、私は本当に大好き。
もしも未久里ちゃんが男の子だったら、私はきっと恋をしていたに違いない。
でもそうなると、こうして仲良くなることもなければ、甘えたり、素をだすこともできなかったかもしれない。
そう考えると彼女が女の子で良かった。うん、本当に良かった。
「うん、良かった、良かった」
「え、急になに? なにが良かったの?」
あ、まずい、お風呂上がりで、自分の部屋だし、通話の相手が未久里ちゃんだしで、リラックスしすぎてついつい心の声が。
「あ! ごめん! 心の声が漏れちゃった!」
「話もまだなのに、なにを考えてんのよアンタは……」
「未久里ちゃんが女の子で良かったなぁって」
「はぁ? そりゃ私は女だけど」
「うん、だからこうして私と未久里ちゃんが親友になれたのかなぁって」
「??? 私はアンタが実は男だったとしても、友達をやめるつもりなんてないけど?」
お風呂からあがって、少しずつ冷めてきた頭がまた熱くなっていくのを感じる。
こういうことをさらっと、なんでもないことのように言うから、未久里ちゃんはずるいんだよ!
それもだいたいが無自覚だから余計に性質が悪い。
未久里ちゃんがもしも男の子だったら、きっとすっごい女泣かせのプレイボーイだったよ!
女の子に産んだ神様のナイス判断だよ。
「未久里ちゃん……私も未久里ちゃんが実は男だったとしても大好きだよ!」
「はいはい、それで? 当たらずも遠からずな話ってなによ?」
ただ未久里ちゃんにも欠点はある。
私が精一杯の愛情表現をしてるのに、アッサリ切り捨てるのもそのうちの一つだ。
今のだって、はいはいって簡単に切り捨てられちゃったし……。
未久里ちゃんは、もっと私の愛情を真摯に受け止めるべきだと思います!
まぁ、いつものやり取りだから、そんなこといっても、そんなに気にしてないんだけどね。
私の気持ちは未久里ちゃんにちゃんと伝わってるって信じてるし!
「あ、ごめんね! えっと、今日の放課後のことなんだけど……」
そうして私はマスコットのことを除いた今日の放課後のことを、昨日からの経緯も含めて、未久里ちゃんに報告する。
夜の二人での通話は、だいたい私が未久里ちゃんにその日にあったことだとか、やったことを報告する形から始まる。
それで、私の愚痴を聞いてもらったり、最近だとイケメンや美少女達の観察報告をしたりとか……あれ? そういえば未久里ちゃんから本人の話を聞くことってあんまりない。
通話もいつも私からかけてるし……もしかしてこれって片思い!?
未久里ちゃんのほうは、私のことが好きじゃないんじゃ!?
「もしかして片思い!?」
「朝陽君に?」
「違うよ、未久里ちゃんに!」
「ここでどうして私の話になんのよ」
「だって、いつも通話は私からだし、未久里ちゃん、自分のことはあんまり話してくれないし」
「そりゃ、私からかけなくても、待ってたらアンタがかけてくるし、私のほうは毎日、話すようなこともないから」
「ほんと? 私のこと嫌いじゃない? ウザいって思ってない?」
「ちょっとウザイとは思ってるけど、嫌いじゃないよ」
あ、ちょっとウザいって思われてるんだ、ショック。
まぁ、たしかに? 毎日一時間も二時間も通話してきて?
しかも私が一方的に話してることも多いし?
仮に私が未久里ちゃんの立場なら、ウザいって思いそうだけど?
それでもなんだかショック!
それに嫌いじゃないっていうのも、じゃあ好きじゃないの? って不安になるよ。
「嫌いじゃないじゃやだよ、好きって言って?」
「アンタは私の彼女か何かか!? はぁ……好きだよ、好きだから話の続きは?」
ぶー、そんなおざなりなのは嫌だよ。もっとちゃんと好きって言ってほしい。
って、これを口にだしたら本当に、どこのバカップルだってなるから、さすがにこのあたりでやめておこう。
それに好きってちゃんと聞けたしね! おざなりな感じでも、未久里ちゃんからの愛情を感じるよ!
「あ、ごめん、それでね、朝陽君がすっごくかっこよくてね! 立ち去り際とか見惚れちゃって、顔が熱くなっちゃって大変だったんだよ!」
ほんとほんと、お洒落なカフェで、笑顔で小さく手を振る長身イケメン男子って、これがギャップ萌えっていうの?
もうほんと、私の心はずきゅーんって撃ち抜かれたよ。
私が身の程を知らなかったら、その場で惚れててもおかしくないよ。あれは反則だよ。
「相変わらず、アンタの切り替えの早さは尊敬するわ……」
「え? なにか言った?」
「それで? 朝陽君のことが好きにでもなった?」
「そんなことあるわけないよ! だって住む世界が違うし! 未久里ちゃんも知ってるでしょ? 私はイケメンと美少女は観察するだけでいいの! 遠くから見てるだけで幸せなの!」
そう、私はもう王子様みたいなイケメンと恋することを夢に見る、そんな子供ではないのだ。
でもイケメンも美少女も大好きだから、遠くから見ることくらいは許してほしい。
ランキングをつけて、私が集めた情報を書き込むことくらいは許してほしい。
「私は?」
「未久里ちゃんは別腹だよ!」
あ、もちろん未久里ちゃんだけは例外。
だって、未久里ちゃんと私は親友だからね!
「別腹って……」
「あ、それでね? どうしたら利里さんと仲直りできるかって相談されて、過去も含めた全部が朝陽君なんだから、話したほうがいいよって、言っちゃったんだけど、大丈夫かな?」
「しらん」
「しらんって、酷い! もっと親身になって答えてよ!」
「だって私は詳しいことはわかんないし、アンタの言い分はもっともだと思うけど、それで利里がどう思うかなんて知らないし」
「『大丈夫だよ、美子ちゃんが正しいよ』って優しく励ましてよ!」
「なんでそんなこと私がアンタに言わないといけないのよ。まぁ、決めたのは朝陽君だし、朝陽君なら責任をアンタに押し付けるようなことはしないでしょ。あの人、すごい素直で良い人だし」
おや、未久里ちゃんが人を褒めるなんて珍しい。それも男の子のことを褒めるなんて、一年に一度あるかないかじゃない?
いつの間に朝陽君と未久里ちゃんにそんな関係性が?
「珍しいね、未久里ちゃんが男の子褒めるって」
「一年のときに同じ運動部ってことで、たまに話すこともあったからね」
「なにそれ!? 私、そんなこと聞いてない!」
「そりゃ、アンタに話したら面倒くさそうじゃない」
「面倒くさいことなんてないよ! ちょっと朝陽君のことを聞くだけだよ!」
そうだよそうだよ! ちょっと朝陽君のことどう思うかとか、どんなこと話しただとか、しっかりがっつりぬっちゃり聞くだけだよ!
「それが面倒くさいって言ってんのよ。それで? 朝陽君が格好良かったって、それだけ?」
「うん、やっぱりイケメンってどんなことしてても絵になるから、ほんとうに卑怯だよねぇ」
「いや、私にはその感覚はわからんけど」
「そりゃあ未久里ちゃんはイケメン、美少女側の人間だから」
そうそう、本人達は無自覚だったり無頓着だったりするんだよね、こういうのって。
天然でイケメン、美少女ってほんと卑怯だよ!
中にはイケメンになるために努力してたり、自分のことをちゃんと理解してやってる子もいるんだけど、そういう子達は天然物にはかなわないのが、世の不条理っていうか、魚も人も天然物が一番ってことなのかな。
「なんなの、その括り……」
「昨日だって、夕日を背景に用水路の中で、必死にマスコットを探してる姿とか、映画とかドラマを見てるみたいですごかったんだよ!」
「うーん、シチュエーションって意味ならまだわかるんだけど、イケメンがどうとかは私には理解できないわ」
「しょうがないよね、未久里ちゃんはそっち側だし」
「っていうか一番、意味がわかんないのは私がアンタのイケメンランキングに入ってることなんだけどね」
本当は悩んだんだよ? イケメンランキング(私調べ)一位にするべきかって。
未久里ちゃんは私にとってはイケメンランキングも、美少女ランキングも圧倒的一位だから。
でも客観的にみたら、一位ってするのもおかしいし、女の子としても美少女っていうか美人っていう感じだったから、涙をのんで今の順位にしたんだよ。
「だってイケメンなんだもん、仕方ないよ」
「はぁ……そろそろ十一時だし、アンタと話してるとこっちまで頭おかしくなりそうだから、切るよ?」
「なにそれひどい!」
「正しい評価だと思うけど?」
「私の頭はおかしくなんてないからね!」
そうだよ! 私はいたって普通の女子高生なんだからね! 中の下なんかじゃないんだよ!
「はいはい、じゃあ切るからね」
「あ、待って、最後に一つだけ!」
「なに?」
「大好きだよ、未久里ちゃん!」
「気持ち悪いわ!」
ピコンと通話の切れる音がスマホから流れる。
うー、未久里ちゃんは素直じゃないなぁ。
私も大好きだよって、本心をそのまま言ってくれればいいのに……。
そうして私はスマホを耳から離し、枕の横の定位置に置いてベッドに横になった。