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あれから次の日の昼休み。
私はいつものように内容の付け足しや中身の精査などをするべく、鞄から大栗学園イケメン美少女ランキングノートを取り出した。
今の時期、新入生のイケメン美少女達の情報で、ランキングの変動や情報の付け足しが頻繁におこなわれ、私にとって今は大忙しな時期なのだ。
今日もまた、私は自分の耳と足を使って手に入れた情報を、昼休みの間にランキングノートに書き込んでいく。
何も知らないまわりの人達から見れば、昼休みにノートを取り出して、自分の席でなにやら書いている私は、勉強をしているように見えているかもしれない。
しかし、その実態はこれだ。
なんて残念なんだ私!
そんなこんなで、本日も自分の席でノートにいろいろと書いたりしていたわけなのですが、そんな日常をぶち壊すイケメンが、我が教室へとやってきたのです。
「どうしたの朝陽君! うちのクラスに何か用でも?」
そう、大栗学園イケメンランキング(私調べ)三位の小川 朝陽君が私のクラスの教室へなぜかやってきたのです。
イケメンが我がクラスへやってきたのを見て、同じクラスの女子たちが彼のもとへ集まっていきます。
女子にとってイケメンとは憧れでありアイドルのようなもの。なのでこの現象は仕方のないことでしょう。
あれ、でも男子にとっても美少女はアイドルで憧れだから同じか。
そうして朝陽君のまわりを取り囲むように、集まってきた女子の一人が、彼に用件をたずねました。
ちみなに朝陽君のことを苗字で呼ぶ人はこの学園にはあまりいません。
というのはこの学園には、小川という苗字の男子が四、五人ほどいて紛らわしいからです。
「三美さんって、たしかこのクラスだよね? いるかな?」
いや、うん、昨日の今日だから、彼が我がクラスの教室へやってきた時点で、いやーな予感はしていました。
というかあの男子(四位)、まさか私が投げたことを見ていて、さらに私のことを知っていたとは、驚きだ!
平凡なモブエーである私のことなんて、主演男優級のイケメン男子(四位)からは、目にも入っていないと思ってた。
「三美さん? 三美さんなら席で勉強してたよね。呼んでこよっか?」
朝陽君に気をきかせて、モブビーの女子がそんなことを言い出す。
やめて! 私は目立たずに、エキストラ的な立ち位置でイケメンや美少女達を見ていたいの!
主演男優や女優のドラマに、登場人物としては入りたくはないの! 空気を読んで!
そんな私の願いもむなしく、モブビーはあどけない表情で「三美さん、朝陽君がなにか用だってー!」と私を呼んだ。
あぁ、やめて! 私の残りライフはすでにゼロよ! イケメンに呼び出されるなんてイベントは求めてないよ!
聞こえていないフリがしたい。でもモブビーちゃんは皆に聞こえるような大声で私を呼ぶ。
「三美さーん?」
周囲の視線が痛い。罪悪感様の次は周囲の視線が私を刺すのですか。
うぅ、わかりました! わかりましたよ! 出ていきます! 出ていきますから! そんなに刺さなくたっていいじゃないですか!
広げていたノートを机の中に入れて、席から立ち上がり、朝陽君のもとへと向かう。
クラスの女子からの興味深そうな視線が私を刺してきて、心に痛い。
「えーっと、あの、私になんの御用……ですか?」
朝陽君の前までやってきた私は、興味深そうに私と朝陽君を見るクラスの女子達の視線にさらされながら、何も知りませんよーというていで用件を聞く。
いや、まぁ、十中八九マスコットの件ですよね。わかってる、わかってるんですけど、それを前面にだせるほど私の心は強くはないのです。
刺されることには弱いのです。メンタル薄弱なのです。
声もすこし上擦って、なんだか震えているようなのです。
「これ、見つけてくれたの三美さんだって、赤石のヤツから聞いてさ」
そんな私に、眩しい笑顔とともに、ウサギのマスコットをこちらに見せるよう、顔の近くまでもってきて「ありがとうって伝えときたくてさ」と、話しかけてくる朝陽君。
いやぁ、ヤバイ、イケメンの笑顔はヤバイ。それも間近で見せられるのは本当にヤバイ。
そのご尊顔を間近で見てしまった私の顔は、どう考えても真っ赤になっている。
だって顔が熱い。もうすごい熱い。この場に誰もいなかったら下敷きであおぎたくなるくらい熱い。
「それで、ちょっと話があるんだ。放課後ちょっと時間つくれないかな?」
この言葉を聞いていた周囲の女子達からの視線が鋭くなる。
え、なに? どういうこと? 朝陽君が私に話ってなに? なんなの?
落ち着け、落ち着け私、ひっひっふー、ひっひっふー。
えーっと……話の流れから考えるに、朝陽君の用件ってたぶんマスコットのことだよね。
私のことが好きだとか、そういう色っぽい話ではないのは間違いない。
うん、頭がちょっと冷えてきた。
マスコットに関係する話っていうと……えーっと……。
ハッ?!
そうだ、どうして私がマスコットを直接、手渡せなかったかって、ストーカーだと勘違いされるかもしれないからだった!
だってあのマスコットを朝陽君がいつも鞄につけてるってこと、朝陽君のことを詳しくしっかりと見ていないと、普通は気づかない。
しかも失くしたのは用水路だよ? 普通なら、マスコットが落ちてたって絶対に拾わないよ。
ということはなに? もしかして話って、私がストーカーと勘違いされてるってこと?
それを糾弾するのに、皆の前じゃあかわいそうだから、放課後に個人的に話をしようってこと?
そう考えると、私の胃にきゅっとしめつけられるような痛みがはしる。
今まで熱かった顔も冷えて、今はホッカイロでも当てたい気分だ。
「わ、わかりました……」
「それじゃあ放課後、ここに迎えに来るから」
そう言って、朝陽君は廊下を立ち去っていく。
それを見送る私は処刑台にのぼる罪人のような気分。
心も冷えて、とぼとぼと自分の席へと戻る。
しかしそんな私の様子など気にもかけず、席に戻った私をクラスの女子達が囲んで「なに!? 三美さん、朝陽君となにがあったの?」「あのマスコットってなに? 三美さんがプレゼントしたの?」なんてはやしたててくる。
それに私は「朝陽君からの話に思い当たることはない」「マスコットは落ちてたのを拾ってあげただけ」だとか、そんな内容のことを苦笑いで答えていく。
だって本当のことなんて言えない。
私が理香子ちゃんと朝陽君の喧嘩の一部始終をみていたとか、そういうことは絶対に言えない。
言ってしまえば、クラスの皆からの私の評価が、普通の女子高生から、普通よりちょっと下の女子高生になってしまう。
そんなこと耐えられない! 私は中の下じゃない、普通だ!
私を囲む女子達の外から「朝陽君が三美と? ないわー」なんて陰口まで聞こえてきた。
おい、そこ! 聞こえてるぞ! でも内容に関しては私もそう思う!
そうしてクラスの女子達が騒然とした昼休みが終わり、午後の授業がはじまったと思ったらそれもすぐに終わってしまった。
授業の内容なんてまったく頭に入っていない。朝陽君から何を言われるか、怖くて怖くて、頭の中はパニックで授業どころではなかった。
いつの間に授業が終わったのか、わからなかったくらいだ。
そうして時間の感覚が狂ったまま、放課後に自分の席に座ってぼけーっと待っていると、処刑人が私を迎えに教室へやってきた。
朝陽君、君はバスケ部の二年生エースだろう、練習はいいのかね?
理香子ちゃんとの仲は大丈夫なのかね?
私に構っている暇はないのではないかね?
そんな言葉が頭に浮かぶが、口からは出せない。
「それじゃあ行こうか、モビディでいいかな」
大栗学園を出てすこし歩いたところにはモビーディックという、学生御用達のちょっとお洒落なカフェがある。
喫茶店ではなく、カフェだ。なんとかかんとかフラペチーノとか、そういうメニューがあるカフェだ。
どうやらそこで、私の処刑はおこなわれるらしい。
「わかりました……」
そうして朝陽君が歩く後ろを、私は処刑を待つ罪人のように頭を下げてついていく。
学園の中ですれ違う女子達が「今日は部活はでないの?」とか「ばいばーい」なんて朝陽君に声をかける。
それに一言一言、すべてに答えながら歩く朝陽君の様子をみていると、あぁ、この人は良い人だなぁ、イケメンランキング(私調べ)では三位でも、人気者ランキングでは圧倒的に学園一位なんじゃないか、なんて思えてくる。
人当たりが良いし、イケメンだし、背が高いし、イケメンだし、スポーツマンだし、イケメンだから、その評価はきっと間違っていない。
そんな良い人だから、きっと私のことも笑って許してくれるはずだ。うん、そう考えたらちょっと心が楽になってきた。
そんなこんなで学園を出た私達は近くのカフェまで歩き、私は抹茶フラペチーノを、彼はホットコーヒーを頼んだ。
「俺が誘ったわけだし、マスコットのお礼って意味もこめて、ここは俺がだすよ」
そんなことを言って、財布をだそうとする私を制して、ポケットから財布をだして支払う彼の姿に、私の顔が熱くなっていくのを感じる。
やめたまえ、そういう気遣いはやめたまえ。イケメンが思っている以上に普通の女子高生はそういう刺激に弱いんだぞ。
それから注文した飲み物を受け取った私達は、向かい合った二人掛けの席を選んでそれぞれ座った。
「俺、ミルクとか取ってくるけど、なにかいる?」
「いえ、いいです」
「そう? じゃあちょっと待ってて」
テーブルの上に飲み物をおいたあと、小走りで朝陽君がミルクを取りに行く。
その様子を目で追いながら、現在の状況を再確認した私は、また顔が熱くなっていくのを感じた。
いや、だってね、男の子と二人でカフェだよ? カフェなんだよ? しかもイケメンと二人でカフェなんだよ?
普通の女子高生が、イケメンと二人でカフェなんだよ?
それを意識してしまったが最後、これから私への糾弾がはじまるって、わかってても高鳴る胸がおさまらないよ?
よくよく考えてみれば私の人生で、これが初めての男の子との二人きりでのカフェだよ?
もう私の人生で、これ以外でイケメンと二人でカフェにくることなんてたぶんないよ?
うわー! ダメだ、ダメだ! どんどん恥ずかしくなってきた!
「お待たせ、顔が赤いけど、どうかした?」
指摘されて、さらに熱くなっていく私の顔。
静まれ私のこの胸のドキドキ。
そうだ、どうせ相手は私のことなんてどうでもいいって思ってるんだから、勘違いしてはいけない。
あくまで私は普通の人なんだから! イケメン様とは住んでる世界が違うんだから!
「いえ、なんでもないです。あの、話ってなんですか?」
今のシチュエーションを意識すると恥ずかしくて、顔が熱くなってきたんです! なんて正直に言えるわけがない。
どうせ今から私への糾弾が始まるんだ。そうなったらこの胸の高鳴りは別の意味の高鳴りに変化するんだ。
ここはもう早く本題を聞いて、糾弾を受け入れて謝って終わらせてしまおう。
そう思って、早口でまくしたてるように私は話をうながした。
「あー、あんまり時間ない? 後日にした方がいいかな?」
それを急いでいると思われたのか、気をつかって後日にしようかと提案してくる朝陽君。
気遣いを感じるけど、そうじゃない! そうじゃないの!
私はこの場から早く去りたいだけなの! もうイケメンの前でドキドキと胸を高鳴らせながら話をするのが辛いだけなの!
イケメンに気を遣われたら、もっと胸がドキドキするからほんとやめて!
「いえ、そういうわけではないです。それで話って?」
自分の声がガチガチだ。もう本当にガチガチだ。
高鳴る胸、真っ赤なことが自分でもわかるくらい熱い顔、私の心はすでに最終ラウンドを戦うボクサーのよう。
「まず最初にあらためて、ありがとう。三美さんが拾ってくれたもの、俺にとっては本当に大事なものなんだ」
頭を下げ、私に謝意を示す朝陽君。
知ってるよ、彼女よりも大事なものなんだよね?
それを知ってしまったからこそ、私の罪悪感さんは巨大化してしまったんだよ。
「理香子ってわかる? 彼女なんだけど、昨日これのことで喧嘩しちゃってさ、用水路に捨てられちゃったんだ」
ほらきた本題! どうして君がマスコットを持っていたのか、もしかしてずっと見てたのか? そんなことを言われるに違いない!
謝る準備も言い訳の準備もオーケー! そっちの予習だけは授業中に脳内シミュレーションしたから万全よ!
さぁ、どこからでもかかってこい! あ、いや、どこからでもはやっぱり嫌です! 正面からゆっくりときてください。
「でさ、そのあと用水路を探したんだけど、全然見つからなくて、どうしようか困ってたんだ。だから本当にありがとう」
あれ? またありがとう? 私を糾弾するんじゃないの?
ほら、どうして用水路に投げ捨てられたものを、わざわざ拾ってきたのかとか、どうしてこのマスコットが朝陽君のものだってわかったのかとか、そういうこと聞いてきてよ! 謝る準備も、これからは五メートル以内には近づかないって約束する準備も万全だよ!
私はストーカーではないけど、その冤罪を晴らすのは諦めてるよ! いつでも謝るよ! あることないことなんでも謝るから、早く話を終わらせよう?
「それで、わざわざ拾ってくれた三美さんには、これのこと話しておくべきだって思ったのと、相談があって誘ったんだ。聞いてもらってもいいかな?」
んん? 私を糾弾するために呼び出したんじゃないの?
彼女にも聞かせられない、そのマスコットの話を私に聞かせてくれるというの?
……正直、ちょっと興味はある。
だってあんなに可愛い彼女よりも大事なマスコットの話だよ? イケメンの思い入れ深い話だよ?
まるでドラマの中の話みたいじゃない。
気にならないっていえば嘘になるよ。
「あ、はい、私でよければ、聞きます、はい」
予想をすかされたことで、ちょっと頭の中は落ち着いてきた気がしたけど、それは気のせいだったみたいで、私の声はまだところどころ上擦ってる。
「ありがとう。じゃあまず、これのことなんだけど」
朝陽君がそう言って、ウザキのマスコットを鞄から外して、テーブルの上に置いて見せてくれる。
フェルトでできた、手作りのようにみえる、かわいらしいウサギのマスコット。
理香子ちゃんがプレゼントしたものだって、喧嘩しているのを見る前はそう思っていたけど、そうじゃなかったマスコット。
「これさ、死んだ元カノにプレゼントされたものなんだ、形見っていうかさ。だから本当に大事なもので、三美さんにはすごく感謝してるんだ」
おもぉぉぉおおい! いきなり剛速球のストレートだし! 重いし!
いや、うん、たしかにそりゃあ大事なものだよね。うん、わかる、わかるよ。
でもその話、私にしなくてもよくない? 重い、重いよ!! 話が重いよ! 湯だった頭に冷や水を浴びせられた気分だよ!
でもそっか、元カノか。それじゃあ、たしかに理香子ちゃんには言いにくいよね。
っていうか、私にも話しにくいよね、胸に秘める系の話だよね。
なぜだ! なぜ私にそんなことを話した!
「あ、もうふっきってるっていうと変だけど、気持ちの整理はついてるから! だから、そんな顔はしないで」
赤かった顔色が元に戻ったのを、悲しんでいるとでも勘違いしたのか、朝陽君のフォローが入る。
いや、まぁ? たしかに冷や水を浴びせられた気分だけど? 別に朝陽君の元カノのことなんて知らないし? そもそも朝陽君とまともに話をしたのもこれが初めてっていうレベルだし? だから私は何も感じてませんけど? まぁ、あのとき無視せずに探してよかったっていうか? 見つかってよかったっていうか?
「それでさ、ここからが相談なんだけど」
あ、そういえば相談があるって言ってたっけ。
マスコットの話の重さに、これまでの全ての話が頭からとんでた。
っていうか、このシチュエーションに対する照れとか恥ずかしさも一緒にとんだ。
今なら朝陽君の顔を見たって大丈夫、恥ずかしくない……いや、ゃっぱり恥ずかしい!
「理香子とどうやって仲直りすればいいと思う? さっきの話を正直に理香子に伝えるのは、やっぱりやめといたほうがいいよね?」
お、おう……。
私に相談って恋愛相談ですか、そうですか。
そんなこと聞かれても私にはわかりませんよ。
普通の女子高生がこの歳で、まともに恋愛したことなんてあるわけないじゃないですか。
あれ、本当にないのかな? どうなんだろう? ファーストキスくらいは済ませてるものなのかな? あれ?
いや、そんなことは今はどうでもいい。朝陽君の相談にどう答えるかを考えないと。
えーっと、マスコットのことで喧嘩してたんだよね。
でもそのマスコットは死んだ元カノからプレゼントされたもので、それをずっと通学鞄につけてるってなると、理香子ちゃんからしてみれば、それはちょっと辛い話だ。
だって、元カノのことずぅーっと引きずってるって、一目でわかるものだもん、今の彼女からしてみればそれは辛いよ。
でもだからって外せとは言えないし、捨てろなんてもっと言えない。
話してもダメ、でも話さなかったら、それはそれで仲直りもできないよね。あのマスコットのことを話せないのが喧嘩の原因だし……。
……ということはつまり
「その相談は私には荷が重すぎます……」
ということだ。うん、私じゃこんな相談にのるのなんて無理! 解決法なんて見つかりません!
だいたいなに? 今日初めて話したくらいの女子に恋愛相談するって、イケメンって皆こうなの?
私みたいな一般的な女子には理解できない距離感をお持ちなの?
「あー……ごめん」
私の言葉に朝陽君の目線が斜め下に落ち、笑顔だった顔が曇る。
あれ、これ、なに? なんだか心が痛いよ。
今まで笑顔で私に話しかけてきてたイケメンが、申し訳なさそうというか、気落ちしたように謝ってくる姿に心が痛いよ。
しょうがないじゃない! 今までの人生で、私にそんな経験はないんだから!
まともに恋愛なんてしたこともないんだから! 相談になんてのれないよ!
もっと、こう「俺のイケメンランキングの順位、どうやったら上がると思う?」とかさ、そういう相談にしてよ!
それなら笑顔で「生まれ直すのが一番簡単だよ☆」って答えられるのに!
「…………」
あー、もう、わかった、わかりましたよ! こんな雰囲気のままじゃ私のなかの罪悪感様が、見事に復活しそうなので答えますよ!
でもいいですか? 私なんかの答えだって、まずそこを理解してくださいよ? 鵜呑みになんてしちゃいけませんよ?
あくまでも一般的な女子の発言だからね? そこ勘違いしないでくださいよ?
「あ、あの! これは私の意見で、あの、利里さんとは違うかもしれません、けど」
「あ、うん、三美さんの意見が聞きたかったんだ。教えてもらえるなら嬉しいよ」
私の言葉に笑顔が戻る朝陽君、なんだあれ、なんだあれ。
優しい言葉にコロコロと変わる表情、距離感を逐一揺さぶってくるこの感じ、イケメンってやべぇ、やべぇよ。
勝てる気がしないよ。諦めの境地だよ。
彼女がいるってわかってても、私の心のトキメキが止められないよ。
「私が利里さんなら、話してほしいと、そうおもいます。辛い思いもするかもしれません、けど、それも含めた全てが、朝陽君だと思うから」
そうだよ、イケメンはドラマ性も含めて、全てが揃ってこそイケメンなんだよ。
普段は笑顔を見せてるけど、ふとした拍子に寂しい顔を見せたり、そういうのがイケメンをより引き立たせるんだよ。
さらにそこに、なぜ寂しそうな顔をするのか、理由を知っていれば、それがなお引き立つんだよ。
だから私からしてみれば、そういうことは知りたいと思うんだ。
理香子ちゃんが同じように思うかはわからないけど、朝陽君の全てが知りたいみたいなこと言ってたし、きっと彼女も同じだよね!
「あ、あくまで、私だったらの話なので、だからあの」
とはいえこれは全部、私だったらの話。
私はイケメンの元カノに嫉妬なんてできないからね!
だって身分が違うんだもん「私があのイケメンの元カノよ!」って言われたら、きっとその場で土下座してしまう。
仰ぎ見てしまう。うわぁ、こちらの方があのイケメン様の元カノ様かぁ、すごいなー、憧れるなぁって。
ほら、仮に彼氏の元カノが女優さんやアイドルだったしても、嫉妬心が湧かないみたいな、そういう感覚ですよ。
「そっか、そういえば理香子もそんなこと言ってたしな。……もしかすると俺、このことを話したくなくて、逃げてただけなのかもしれない」
なにその論理の飛躍!?
理香子ちゃんは私じゃないから、嫉妬するかもしれないし、そんな話なら話して欲しくなかったって思うかもしれないよ。
私の発言だけで全てを決めるのは早計だよ! もっといろんな人に話を聞いて、考えて決めようよ!
勢いだけで物事を決めると後悔するよ! ほら、私がバケツプリンに挑戦したときみたいにさ!
「あ、あの、私の話だけじゃなくて、もっといろんな人から話を聞いたほうが」
「このマスコットのこと、あんまり人には話したくなくてさ、三美さんにだから話せたんだ。だからありがとう。明日、理香子に話してみるよ」
ちょ、ちょっと待って、話を打ち切ろうとしないで。
私は責任はとれませんよ。
これで理香子ちゃんとの仲がどうなっても知りませんよ。
いや、結果は知りたいけど、責任はもちませんよ。
「んじゃ、これから部活行くから俺はここで。今回のお礼はまた今度!」
床においていた鞄を持ち、テーブルの上のコーヒーを手に取って、カフェから去っていく朝陽君。
途中で立ち止まり振り返って、昨日のどこか陰のある笑顔から一転、眩しい笑顔でこちらに手を振ったあと走り去っていく朝陽君。
その姿はまさに青春というドラマの一コマのようで、朝陽君が笑顔で手を振る光景が頭から離れない。
湯だった頭を冷ますために、残ってた抹茶フラペチーノを飲んだけど、味も温度もわからない。
落ち着けー、落ち着け私。
あのお方と私では住んでいる世界が違うのだ。種族が違うのだ。
そこのところをよく理解しておかないと、沼にはまるぞ、ちゃんと理解するのだ私。