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私の名前は三美 美子、大栗学園に通う十六歳の普通の女子高生!
成績は学校じゃあ中の下、見た目も自分で言っちゃうのもどうかと思うけど中の下。
あれ、じゃあ私って普通じゃなくて、どちらかいうと中の下の女子高生?
待って、中の下の女子高生って、なんだか語呂が悪いしイメージも悪くない?
やっぱり私は普通の女子高生ということで皆様、ここはひとつ、そういうことでどうかよろしくお願いします。
そんな私の趣味は学園のイケメンと美少女の観察!
いいよねぇ、イケメンとか美少女って。
だって何をしていても絵になるんだよ。
例えば私が隣に座っている武田君の消しゴムを拾っても、それはただの日常の一コマだけど、学園のアイドルであるミナミちゃんが武田君の消しゴムを拾ったら、もうそれだけでドラマのワンシーンになっちゃうんだよ。
クラスの男子達が「おい武田、その消しゴム寄越せよ!」なんてミナミちゃんが拾った、武田君の消しゴムをめぐって仁義なき戦いが繰り広げられちゃうんだよ。
消しゴム一つで死人がでる勢いなんだよ。
顔面格差ってほんとひどいよね。
でもまぁ、そんな美少女と私の違いをいまさら嘆いたって仕方がない!
私はミナミちゃんじゃなくて普通の女子高生なんだから、一般のモブ、ドラマでいえばただのエキストラとして、イケメンや美少女を観察して、彼ら彼女らの物語を傍から見ていたほうがぜったいに楽しい!
高一の夏にそのことに気づいてから私は、学園のイケメンランキング(私調べ)と美少女ランキング(私調べ)を作ったり、彼ら彼女らのエピソードを探して学園内をうろついたり、そんなことを日課にして過ごしていたのに……それがいったいどうしてこうなっちゃったの!?
ことの起こりは学園から家へ帰る、いつもの帰り道でのことでした。
横幅五メートルくらいありそうな用水路が横にある歩道で、なんと! 学園のイケメンと美少女のカップルが喧嘩している場面に遭遇してしまったのです!
男の子のほうは大栗学園イケメンランキング三位(私調べ)の小川 朝陽君。
高身長で二年生でありながらバスケ部のエース、短髪の似合う爽やかなスポーツマンで男女分け隔てなく、みんなから人気のあるスポーツマンタイプのイケメン。
女の子のほうは大栗学園美少女ランキング(私調べ)五位の利里 理香子ちゃん。
小さな体に豊かな胸、顔もロリ系のたぬき顔で、ちょっと舌っ足らずな理香子ちゃんは、そういうのが好きな一部の男子に大人気! 同性である女子からの評判は「あざとい」「うざい」「きもい」なんて言われたりして、あまり良くないけど、私からしてみればそういうところもひっくるめての美少女だと思うのでおーるおっけー。
この二人、学園でも有名なカップルで、主に理香子ちゃんがずぅっと朝陽君にべったりくっついてるし、それを朝陽君もまったく嫌がってる様子がなかったから、まさかそんなラブラブな二人の喧嘩シーンにでくわすなんて思っていなくて、やった、超ラッキー! ってあわてて電信柱の影に隠れて観察モードに入ったんだけど。
「ねぇ! あたしって朝陽君のなんなの? 彼女だよね? 彼女なら朝陽君のことなんでも知りたいって思うの普通でしょ?」
「それはわかったよ。ただ、それでも誰にも言いたくないってことだってあるんだ」
「ないよ! 恋人に言えないことなんてあたしにはない! 朝陽君に隠し事なんてあたしにはないんだから!」
こうなる前の二人の会話から、喧嘩になった原因を推察するに、朝陽君が鞄にいつもつけている、フェルトでできた可愛らしいウサギのマスコットのことを、理香子ちゃんが「ね、そのマスコットっていつもつけてるけど、誰から貰ったの? 朝陽君の趣味じゃないよね」って朝陽君に聞いて、でも朝陽君は理香子ちゃんにそのマスコットがどういうものか、教えたくなかったみたいで「ごめん、言えないんだ」と断ったところから、この喧嘩が始まったのではないかと思われます。
え? なんだその全て見ていたかのような口ぶりはって?
……ごめんなさい、本当は、前で歩いていたこのカップルの会話を喧嘩が始まる前からずぅっと盗み聞きしてました。
だって 美男美女カップルの会話だよ? まさにドラマのワンシーンだよ? これを盗み聞きせずになんていられないよね!
「だから本当にごめんって! でも何度、聞かれても言えないんだ。わかってくれよ」
「わかんない! あたしわかんない! なんなの? そのマスコットとあたし、どっちが大事なの?」
でました! 男女のいざこざによくある「〇〇と私、どっちが大事なの?」という台詞!
いやぁ、ドラマですねぇ、まさにドラマですよぉ。傍から見ててもキュンキュンしちゃいますねぇ。
しかしあのフェルトのマスコット、理香子ちゃんがプレゼントしたものじゃなかったんですね。
朝陽君が鞄にいつもつけて持ち歩いてるし、ずっと理香子ちゃんからのプレゼントだと思ってました。
こうなると、ちょっとあのマスコットの由来についても、好奇心がむくむくと沸いてきましたよ。
「…………」
そこで答えに詰まる朝陽君。まさかの理香子ちゃんよりマスコットのほうが大事とばかりに、向き合っていた理香子ちゃんから顔を背けましたよ!
マジですか? 本気と書いてマジですか? 理香子ちゃんより、そのウサギのマスコットの方が大事だというのか朝陽君!
「なんなの! なんなのよ! もぉぉぉぉぉ!」
そりゃあ「お前よりマスコットの方が大事」って態度で示されたら、理香子ちゃんもそうなりますよ。
目からは涙が溢れて、顔も赤くなって地団駄なんて踏んじゃってるし、しかもそんな姿ですら可愛い。美少女って本当になにしてても絵になるから卑怯だ。
「こんなのなんて! こんなのなんて!」
普段はいつもゆったり動いていて、機敏なところなんて全く見せない理香子ちゃんが、まさかの速さで朝陽君の鞄についていたウサギのマスコットを引っ張って取って、それを親の仇とばかりに用水路に投げ捨てた!
まさか理香子ちゃんがそんなことをすると思っていなかったのか、朝陽君は一歩も動けずに成り行きを見守ることしかできない!
っていうか私もビックリだよ。理香子ちゃんってあんな機敏に動けたんだって、そっちのほうにビックリだよ。
「あ、ちょ、ま!」
人って驚くと、あんなになにもできなくなるものなんですね。朝陽君がよくわからない言葉で理香子ちゃんを止めようとしましたが、それを無視して、泣きながら走り去る理香子ちゃん。
後ろ姿しか見えないけど、その豊かな胸を上下に揺らしていると思うと、なぜだか殺意のようなものが湧いてくるから不思議です。
「…………」
それを呆然と見送る朝陽君。スポーツマンの朝陽君なら走れば追いつけそうだけど、理香子ちゃんより大事なマスコットを用水路に捨てられたことで、思考回路がフリーズしちゃってるみたい。
うーん。このあとどうしよう? 理香子ちゃんも気になるんだけど、今、私が電信柱の影から出て走って追いかけたら、ずっと隠れてみてたことが朝陽君にバレバレだよねぇ。
かといって、呆然と立ち尽くしてる朝陽君を見てても絵にはなるけど、面白さとか興味深さは理香子ちゃんのほうが上だし。
「……あのクソアマっ!」
朝陽パソコンがようやく再起動、走って行った理香子ちゃんの方へ悪態をついて、地面をおもいっきり右足で蹴りました。
アスファルトを蹴っても足が痛いだけだと思うのに、男の子ってどうして地面を蹴ったりするんだろう。
しかも朝陽君、理香子ちゃんに聞こえないと思って汚い言葉を使ってますよ。
直接、本人には言えないけど、内心ではあんな感じで怒ってたのかなって想像すると、これはこれで面白いです。
「あー! クソが!」
それから用水路の方を見てから、今度は頭をがしがしと右手でこすって、空を見上げる朝陽君。
なんだろう、これはこれでドラマっぽい! 青春! って感じでカッコイイ気がする! ほんと、イケメンって卑怯だ。
「はぁ……やるか」
決意を込めて独り言を呟いた朝陽君、制服の腕と足をめくりあげたあと、その場で靴を脱ぎ始めました。
どうやら、用水路に捨てられたマスコットを探しに降りるみたいです。
うーん、あのマスコット、ただのウサギのマスコットにしか見えなかったけど、あの大きな用水路に降りて探すくらい、朝陽君にとっては本当に大事なものだったんですね。
しかし、ゆっくり用水路に降りていく姿もなんだかカッコイイというか、いや、やっぱり卑怯だわ。
「クソッ! つめてぇ」
今はまだ春で用水路の水も冷たいし、冷たいのが嬉しい季節でもないから、朝陽君にとってあのマスコットがどれだけ大事なのか、傍から見ている私には痛いほどよく理解できます。
それから朝陽君は太陽が傾いて空が赤く染まるまで、水の流れる方向へいくらか歩きながら探していましたけど、結局マスコットは見つからず、最後には目に涙を溜めながら用水路を出て帰っていきました。
え、なぜそんなことがわかるのかって? そりゃあもちろん、ずぅっとその様子を隠れてみてましたから!
いや、だってね、カッコいいんだ。もうほんと、ドラマみたいでいつまででもみていたい光景だったんだ。
用水路の中を腰を曲げて、必死で大事なものを探すイケメン。そんなイケメンの背景には、沈んでいく太陽と水面に映る赤い光。
なんだろう、これもうドラマっていうか、青春ってタイトルをつけて写真を撮ってコンテストに送りたいくらい良かった。
だけどね、朝陽君がこう、諦めてとぼとぼと肩を落として帰っていく姿を見ると、なんだか、心を刺してくる痛い奴が私の中にいるんですよ。
そう、罪悪感って奴がね! もう、私のことをチクチクと刺すんですよ!
そりゃあそうですよね! 必死に頑張って、大事なものを探している人のことを、手伝いもせずにただ、カッコいいなぁとか、絵になるわぁ、とか思って見てるだけだったんだから!
冷静になって考えてみたら、とんだドクズじゃないですか私。
あー、もう、わかった! わかりましたよ! 要はあのマスコットを私が見つけてやればいいんですよね! そうしたら私の心を刺すこの罪悪感さんは、お家に帰ってくれるんですよね!
足元はスカートだから、ちょっと上げるだけでいいし、腕まくりだけしてっと。
うー、暗くなってきてるし、水は冷たいし、なんで私こんなことやろうとしてるんだ。
いや、はい、ごめんなさい、頑張って探すので罪悪感さん、私を刺さないでください。
それにしてもほんと冷たい。私の心も冷たいかもしれないけど、それよりも用水路の水が冷たい。そして日が落ちてくると寒い。
えーっと、あのマスコットってフェルトでできてそうだったよね、ということは浮いて流されていったってことかな。
理香子ちゃんが投げ捨てた地点からここまでは、朝陽君がしらみつぶしにして探してたから、ここから先を探していけばいっか。
「あー、もう、なにやってんだ私!」
まぁね、たしかにね、見てるだけでしたよ私は。
でもね、仮に私が手伝おうって気になってたとしてだよ? 朝陽君に声かけて手伝うなんてこと言えた? 言えないよね!
だから、結局のところは「手伝いたい……でも恥ずかしくて声をかけられない」ってモジモジしてその場に留まって、結果としては同じことになってたんじゃない?
そう考えると、結果的に私って別に悪くないよね?
……ごめんなさい、ごめんなさい。
罪悪感さん、私、逃げてました。こんな冷たい用水路で、もうあたりも暗くなってきてるのに、ちっちゃいフェルトのマスコット一つ探すのなんて嫌だって、諦めてもいいんだよって、そんな理由を探してました。
正直に懺悔したので許してください、罪悪感様。
あぁ、なぜ私はこんなに大きな罪悪感様をこの体に宿してしまったのか。
もう本当に暗いですよ。なかなか見えないからスマホの電灯機能なんていう、普段はあんまり使わない機能まで使い始めちゃいましたよ。
いくら防水だからって、用水路の中にドボンしちゃったら壊れちゃいますよ。高いですよ。両親が買ってくれたスマホですよ。
だからほら、諦めて……ごめんなさい、ざいあくかんさまぁぁぁああああ。
まぁ、そんなこんなで、数時間くらい頑張って探しました。頑張って、探して、探して、探しました!
そしてね! ついに見つけたんですよ! スマホのバッテリーも黄色信号ですよ。時間をみるといつもならお風呂に入ってる時間ですよ!
もう夢中になって探してたから時間なんて忘れてましたよ! 両親が心配してますよ! って誰からも電話きてないじゃん! 心配して電話くらいかけてきてよ親! 可愛い一人娘が二十一時まで学校から帰ってきてないんだよ!
はぁ……手も足も泥だらけだし、臭いし、でこにまで泥ついてるし、普通の女子高生がこんな時間までなにをしてるんだ。
それもこれも全部、私の中の罪悪感様のせいだけど、まぁ、ちゃんと見つけられたし、気分もいいし、いっか。
用水路から上がって、靴を履いてっと、マスコットも泥だらけだけど、水で洗ったらちゃんと綺麗になるかな?
……うん? いや、待て待て、見つけたのはいいけど、どうやってこれ渡すんだ私。
「落ちてたから、拾っておきました!」
って明日直接、学園で渡す? ナイナイ。理香子ちゃんが用水路に投げ捨てたのは朝陽君も見てたし、落ちてたって用水路に落ちてたの拾うのかよ! って話ですよ。しかも朝陽君の鞄にいつもつけてたって知ってるってことは、私がストーカーだと勘違いされる可能性もあるんじゃない? うん、これはないな、ナイナイ。
じゃあどうするの、どうするの私!
って考えてても仕方ない。明日は明日の風が吹くっていうし、とりあえず綺麗にして明日学園にもってけば、こっそり私が拾ったってバレないように渡す方法も思いつくでしょ!
そうして私は家に帰り、両親にしこたま怒られ、お風呂に入り、晩御飯を食べたあと、マスコットを綺麗に洗って寝た。
翌朝、綺麗にしたウサギのマスコットを手に、学園へ行った私だったが、当然のごとく、どうやって朝陽君にマスコットを渡すか、良い方法を思いつくことはなかった。
そしてお昼休み。
結局、渡すこともできずにウサギのマスコットは鞄の中。
今日渡さないと、もしかしたらまた帰宅途中に朝陽君は用水路に探しにいくかもしれない。
少なくとも昨日の様子をみれば、そんなことありえないとはいえないくらい、寂しそうというか、悲しそうというか、なんだかそんな感じがした。
クラスの違う朝陽君に、このマスコットを渡せるチャンスはもう昼休みくらいしかない。
授業の合間、休み時間に朝陽君の様子を見に行ったけど、いつもは朝陽君の隣にべったりくっついている理香子ちゃんの姿はなかった。
まぁ、昨日あんなことがあったばかりだし、仕方ないよねって事情を知ってる私は思うんだけど、事情を知らない子たちは「なにかあったのかな?」「あいつら別れたのかな? これで俺にもチャンスでてきた?」「私のかけた呪いがようやく効いたのね……」なんて、遠巻きにコソコソ話をしていた。
たしかに事情を知らなければ、私もそう思っていたかもしれない。でも事情を知っていると……いや、やっぱり「リア充は消えろ!」派だ、私も。
まぁ、そんなこんなで大急ぎでお昼ご飯をたいらげ、私は昨日見つけたマスコットを手に朝陽君のいるクラスへと向かう。
いつもは理香子ちゃんの愛妻弁当(ふぁっ〇)を食べている朝陽君だけど、今日は購買に売っているパンを自分の席に座って食べている。
で、そのまわりを朝陽君の男友達が囲んでいて「おい、リリちゃんと何かあったのか?」とか「代わりに謝ってやろうか?」とか、心配されてる。
いやー、男の子同士の友情っていいよね! 後者からは若干の下心を感じないでもないけど!
「あぁ、悪い、心配すんな」「大丈夫だって」
そんな友達からの心配の声に、朝陽君がいつもよりもちょっとだけ元気の足りない笑顔で答える。
しかしこれ、このマスコット渡すタイミングがなくない? なくなくない? どうしよ。
うーん、うーん……。
うーん、うーん……。
そういえば理香子ちゃん、このマスコット投げ捨ててたっけ。
あ、そうか、そうだ! 投げればいいんだ! 投げてその場から立ち去れば、誰も私が投げたってわからないはず!
ふふん、普通の女子高生だって、たまには賢い手が思いつくものよ!
そうして私はマスコットを右手に握り、大きく振りかぶって朝陽君に当てるべく投げました。
ちなみに私の運動能力は女子高生平均で中の下です。そう、中の下なのです。
つまり何がいいたいかといえば、私が投げたマスコットはコントロールを失い、朝陽君のいる方向とは全く違った方向、全く別の男子(四位)に当たってしまったのです。
「あん? なんだこれ」
やべぇ! ずらかるぞ!
もうどうにでもなーれとばかりに、その場から走って立ち去る私。当てられたマスコットを不思議そうに見る男子(四位)。
なんだなんだと、マスコットをぶつけられた男子に近づいていく他の男子達と朝陽君(三位)。
結局、私はちゃんと朝陽君の手元にあのマスコットが渡ったのか、確認することもできずに自分のクラスまで帰ってきてしまいました。
まぁ、きっと私がマスコットを当てた男子(四位)が、朝陽君に渡してくれているだろう。たしかあの二人、友達だったはずだし。
自分の席に座り、腕組みをして一人、うんうんと頷く。
私のなかの罪悪感様もこれできっと成仏してくれたことでしょう。