時計と僕
腕時計は肌に違和感があって少しの間でも付けてられない。ムズムズするというか、とにかくあの違和感は耐えることが出来ない。長袖のシャツの袖も暑いとか寒いとか関係なく捲ってしまう。腕に何かが付いているとダメな体質なのかもしれない。
秒針に音があるタイプの時計もカラダが受け付けない。秒針の音は一定のリズムとか一定の音量とかでずっと続いていく。その畳み掛けが耐えられない。同じ毎日の繰り返しが耐えられないみたいな感じだろうか。一日三食カレーだったら福神漬けを乗っけてみたり、チーズを乗っけてみたり、唐辛子をかけてみたりと、味を変えたくなるのと一緒みたいな感じだろうか。
数字が印刷されていないアナログ時計はあまり好きではない。せっかく時間を知るために近くに置いているのに、時間を理解するために時間を無駄遣いするなんてどうかしている。何時か分かるまでの時間が無駄なのでしっかりとした目盛りと数字がついた時計がいい。
部屋にある時計はデジタル時計で、その時計の秒の部分を見ていていつも思うのだが、最近の一秒って早くなってないだろうか。前は時計を見ていても、しっくり来る一秒だったのに今は0.8秒くらいに感じる。時間は先を急いでいるのだろうか。時間はせっかちな性格に変わってしまったのだろうか。
最近は目覚ましというものを久し振りに使っている。目覚まし時計ではないが、タブレットで設定したアラームで起きている。しかし設定している時間の一分前に目が覚めることが多々ある。その前に起きることなく一分前に一回目の目が覚める。これは目覚ましの意味がないが仕方がない。
ちなみにタブレットにはロサンゼルスの時間も表示している。あと、今は一秒が早く感じるが昔使っていた時計の秒針はたまに2、3歩下がったり途中で揺れながら止まったりして遅く進んでいた。『3歩進んで2歩下がる』みたいな状態だった。家にある時計と刑事ドラマの偉い人の部屋にあった時計が同じだったみたいなこともあった。
僕をさりげなく弱らせるとしたら、一週間に7回カレーを食べるように仕向けて、カレーを飽きさせればいい。カレーは健康にいいから毎日食べた方がいいけど余計なものをトッピングするとダメとか僕に言ってきてイライラさせるというやり方もある。あと、腕の面積をだいぶ使ってしまう幅広の腕時計を僕にプレゼントすると弱る。その時計がたまに秒針が後ろに下がる『3歩進んで2歩下がる時計』だったらさらに弱る。




