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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒロインの末路

いっぱいざまあしました!!

 それじゃあ少し、お話をしましょう。

 昔のお話です。

 胸を踊らせるような展開も、皆が喜ぶ幸せな結末もないお話ですけれど、ちゃんと最後まで聞いてくださいね?




 むかしむかし。

 一人の女の子が、とある治安の悪い町で生まれました。

 その子は普通の子供ではありませんでした。人の怪我を治癒させる能力を生まれつき、持っていたのです。そのことに最初に気が付いたのは母親で、指を切った際に幼いその子が手を当てることによって治してくれたのでした。

 母親は驚くと同時に、その子を不気味に思いました。それから、その子に対して、まるで化け物に接するかのような態度をとり始めたのです。

 しかし父親は優しい人でしたので、彼はその子にたくさんの愛情を注ぎ、大切に育てました。その子は自らを恐れる母親より、優しい父親が大好きになっていました。

 それが気に入らない母親はよくその子を叩いて苛めましたが、その子には守ってくれる父親がいるからへっちゃらでした。

 しばらくして、その子が四歳の時に、一つの事実が発覚しました。

 父親は、その子の本当の父親ではありませんでした。

 母親が父親と結婚した後にも、別の男と逢瀬を重ねて、その末に生まれたのがその子だったのです。

 ひょんなことからその事実を知った父親は、今までの穏やかさが嘘のように激怒しました。母親を「裏切り者、売女、汚らわしい」と罵り、その子に「汚れた血をひく娘!よくのうのうと生きていられるな!」と喚き、果てには刃物を持ち出し二人を滅多刺しにして、家の外へと放り出しました。

 能力によって、その子の体の怪我は全て自然に治癒されました。けれど父親に酷いことをされ、心が痛くてしくしく泣いていました。

 母親は、そんなその子を睨み付け、こう告げて、息絶えました。


「あんたなんか生まなきゃ良かった」


 その子は父親に捨てられ、母親に呪われたのです。




 その一部始終を影で見ていた者がいました。

 町に出入りしていた盗賊団の一味です。

 彼はその子の能力を目にし、利用価値があると判断すると、母親に先立たれ呆然とするその子を、自分達の根城へと攫いました。

 その子はそこで、怪我をして戻ってくる盗賊達の治療をする役目を課せられました。

 少しでも逆らったり、泣いたりすると、酷く殴られ、元々少ないご飯を抜きにされたりしました。

 盗賊達はその子を人間として見てくれませんでした。便利な道具としてしか、認識していなかったのです。

 遊ぶことも許されず、怪我の治療と盗賊達の世話の手伝いをする毎日の生活が辛くて嫌でたまらなくて、その子は時期を見計らって根城を抜け出しました。

 その時、その子は六歳でした。そんな子供が一人でどこへ行けるでしょうか。

 実際盗賊達もそう思ったのでしょう。その子の捜索はゆとりを持って行われていたそうです。

 しかし、その子はなかなか見つかりませんでした。

 それもその筈、その子は、逃げ出してすぐに、ある人に保護されていたのですから。




 その子が逃げた先で偶然出会ったのは、一人のおばあさんでした。

 おばあさんは遠い国の辺境に一人で住んでいて、その子が生まれた町がある国には、のんびり旅行に来ていました。

 おばあさんは助けを求めるその子を家へと連れて帰り、一緒に暮らし始めました。

 おばあさんにはしばらく前に家を出た息子以外、家族がいなかったので、その子を「まるで孫ができたみたいだわ」と笑いました。

 ところで、その子には名前がありませんでした。

 勿論両親に付けてもらった名前はありますが、父親に捨てられ母親に憎まれたその子は、自分にはその名を名乗る資格はないと思い込んでいました。また、盗賊達にも単に「回復役」と呼ばれていました。

 だから、おばあさんに名前を聞かれた時、その子は答えられませんでした。

 黙ったその子を見つめておばあさんは言いました。


「じゃあ、わたしが付けてあげましょう。あなたの名前はセティア。だってわたし、ポインセチアの花が大好きなんだもの」


 そうして、その子はセティアになりました。

 セティアは、はじめのうちは何か粗相をしたら殴られるのではないかとびくびくしていましたが、勿論おばあさんはそんなことせず、セティアが失敗しても笑って許してくれました。ただし、過ちを繰り返さないようにと言い聞かされはしましたが。

 セティアはおばあさんの元で、穏やかで幸せな生活を送りました。まるで父親が豹変する前の日々の再来です。苛めてくる母親がいない分、もっともっと幸福でした。


「その力は、セティアが正しいと思うことに使いなさいね。良いことに使えば、皆を助けられるのだから」


 普通ではない力があると打ち明けても、おばあさんはそう諭すだけでセティアを差別しませんでした。

 おばあさんは優しく、温かく、そしてよく笑う人でした。彼女と暮らすうちに、セティアはおばあさんのことが大好きになりました。

 おばあさんと暮らす家は、周りが草原で、一番近くの町からでも少し距離がありましたが、セティアは気にしませんでした。むしろ、近所の人がいないことでおばあさんと二人、一緒にいられる時間がたくさんあって嬉しいとさえ思っていました。

 町に行くと、おばあさんは人気者で皆に声をかけられるのです。

 けれど、セティアは町の人達が嫌いな訳ではありません。

「こんにちは、セティアちゃん。今日も可愛いわね、いっこおまけしちゃう!」

「ははっ、特別だぞーセティア?」

 お菓子屋さんの若く明るい奥さんと寛容な旦那さん。

「セティア。今時の若いもんは後先考えず行動する輩が増えておるがお前はそうなるなよ。まずは冷静にどうたらこうたら...」

 おばあさんと同じ年くらいで、話が長いけれど、セティアの頭を豪快に撫でてくれる男の人。

「やあセティア、君に似合う花を選んでみたよ」

 いつもにこにこほんわか笑顔で和むお花屋さんの青年。

「さあ、今日はどんなお話がいいかしら?セティア」

 セティアに面白いお話をたくさん聞かせてくれる本屋さんのお姉さん。

「セティアちゃんセティアちゃん!ど、どうかな今日はオレの料理食べていってくんない!?」

「黙れ変態!ごめんねセティアちゃん、こいつは無視していいから~!」

 セティアを見かけるといつも何故か興奮して、お手伝いの妹さんに叩かれる食堂のお兄さん。

「やっほーセティア!おばーさんはお元気かい?」

 セティアのたどたどしい話を楽しそうに聞いてくれる雑貨屋さんの親父さん。

 皆がセティアのことを町の一員として認め、受け入れてくれています。セティアはおばあさんの次に、彼らのことが好きでした。




 セティアがおばあさんに拾われてから、あっという間に四年の月日が経ちました。セティアは十歳になっていました。

 夏真っ盛り、おばあさんの誕生日です。セティアはおばあさんを驚かせようと一人で準備を始めました。

 おばあさんが買い物で家にいなくなってすぐに、セティアは行動を開始しました。こっそりお小遣いを貯めて買った、物置部屋に隠しておいた贈り物を取り出そうとして、うっかり脇にあった油の入った容器を倒してしまいました。

 蓋が緩んでいたのか、とくとくと油が床に流れ出します。セティアは慌てて容器を元に戻し、布を持ってきて油を拭き取りました。

 その布はぼろぼろになっていたので、拭いた後はごみ箱に捨てました。

 一息ついて、セティアは大変なことを思い出しました。

 事前に買ったおばあさんへの贈り物の他に、ヒペリカムの花束をお花屋さんに頼んでいたのです。本当はポインセチアの花が良かったのですが、時期ではなかったので、おばあさんが次に好きだというヒペリカムにしたのです。その花束を受け取りに行くのをすっかり忘れていました。

 おばあさんの買い物は長いです。だから、今から取りに行ってもきっとおばあさんの帰る前に帰ってこられるでしょう。

 セティアは急いで家を出ました。

 真っ赤な太陽に照らされて、汗を垂らして息を切らして、町に辿り着き、セティアはお花屋さんで花束をもらいました。お金は前払いだったので、受け取ると全速力で家に戻ります。

 おばあさんが喜ぶ顔を想像して、セティアは笑いがおさえられません。にまにまと笑いながら、それでも一生懸命花束を抱えて走りました。

 走っていくうちに、妙な臭いがしました。

 何事かと、花束に向けていた顔を上げると、黒いものが空に浮かんでいくのが見えました。

 ...何が何だか、分かりませんでした。

 目の錯覚でしょうか?

 いいえ、ごうごうと、なにかが燃えているのです。

 そこは、おばあさんとセティアの家でした。

 すぐ目の前に、炎の怪物がいました。その怪物はあろうことか、セティアの大切な居場所を焼き付くさんとしているのです!

「やぁっ...やめてぇっ!」

 セティアは一歩前に踏み出そうとして、誰かに強く腕を掴まれました。

 振り返ると、おばあさんではありませんでした。よく頭を撫でてくれた、年老いた男の人です。

 男の人は険しい顔に涙を浮かべて、何度も首を振りました。そして強引にセティアを後ろに引きずります。

 制止されたけれど、私は納得出来ませんでした。あそこにはおばあちゃんへの贈り物があるのです。おばあちゃんと一緒にご飯を食べる机があるのです。おばあちゃんと一緒に読んだ本があるのです。おばあちゃんと一緒に寝るベッドがあるのです。おばあちゃんとの思い出が、全部そこにあるのです!

 ...どうして、セティアの居場所は燃えているのでしょう。

 どうして、セティアの家は二度も奪われるのでしょう。

 ぼうっと炎が舐めるのを見ていると、後ろで誰かが叫びました。


「駄目ぇっ!!誰か!誰か助けて!中に、中にガーベラさんがいる筈なの!!」


 息が、出来ませんでした。

 ガーベラというのは、おばあちゃんの名前です。おばあちゃんが、家の中にいる?そんなのは有り得ません。だっておばあちゃんは買い物に行っていたのです。おばあちゃんの買い物は長いのです。あんなのは嘘です。信じられたものではありません。

 けれど...黒煙を目撃してたった今駆け付けたらしい女性は、泣き崩れて言いました。

「ガーベラさん...今日は、誕生日のお祝いで、セティアちゃんが待ちわびてるだろうからって、急いで帰ってしまったの...。私、私が、ひ、引き留めていれば...!」

 女性は、お菓子屋さんの奥さんでした。

 何も言えずにいると、奥さんの肩を抱く旦那さんが呟きました。

「しかし、どうしてこんな火事が...ゴミ箱に何か変なものでも捨ててしまったのか?この暑さだ。自然発火しても不思議ではないが...」

 私は理解しました。

 私が、おばあちゃんを殺したのです。

 自分で自分の場所を、壊したのです!

 全部、全部、全部、私のせいなのです。私が悪いのです!

 ...セティアの頭に、火に焼かれ苦しむおばあさんの姿が、声が浮かんできました。

 愚かなセティアは耐えきれずに、気絶しました。




 気付くと、何もかもがなくなっていました。

 家は灰になり、周辺の草原は荒れ、そしておばあさんはいません。

 もうセティアには何もないのです。セティアは唯一胸に抱いていたヒペリカムの花束を破き、投げ捨てました。

 お菓子屋さんの夫婦がセティアを引き取ってくれました。けれど、セティアはもう、前のようには笑いません。それでも夫婦はセティアを大事にしてくれたけれど、十一歳の誕生日、セティアは一人でこの町を離れることに決めました。

 町の皆はセティアを心配し、説得しようとし、付き添おうとし、でもセティアの意思を変えられないと分かると、旅路に必要なものをありったけ持たせてくれました。

 セティアは親戚を訪ねると嘘を吐きました。両親に疎まれたセティアに、そんなものは頼れません。でも、嘘でも言わないと町の皆はセティアを行かせてくれませんでした。

 セティアは一人、町を出ました。




 長い旅の末、あるところに辿り着き、セティアは自嘲気味に笑いました。

 そこは、かつてセティアが逃げ出した盗賊達の根城でした。

 人間でない道具、ただの回復役として生涯を終えることが、自分にとっての罰となるだろう、とセティアは思ったのです。

 セティアの捜索をとっくに諦めていた盗賊達は、思わぬ来客に喜びました。

 そして、五年前と変わらぬ日々が始まりました。

 でもセティアは嫌だとは思いません。気まぐれに殴られても蹴られても、おばあさんを殺した自分には相応しい罰だからです。

 しかし盗賊達は、セティアが来て三ヶ月も経たないうちに壊滅してしまいました。一人のおじさんによって。

 盗賊達の根城にふらりと現れ、そのおじさんはたった一人で盗賊達を圧倒し、制圧してしまいました。

 おじさんは怯えないセティアを見て、告げました。


「俺はガーベラの息子だ。今は冒険者をやってる。お前のことは故郷の奴等から聞いた」


 セティアは動けなくなりました。

 おばあさんの息子はしばらく前に家を出て、それきりどこで何をやってるかも分からないという話だったのです。

「たまには顔見せしようと思って行ったら家と母親がなくなってたなんてのは驚きだったぜ」

 何てことないように言うおじさんに、セティアは涙を流して謝りました。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい...」

「わっ、馬鹿、泣くなよ。子供に泣かれるのは嫌いなんだ。お前のせいじゃないんだから謝る必要もない」

 おじさんはがしがしと頭を掻いて、困ったように目を泳がせました。

 ちょっと考え込んで、セティアをまっすぐ見つめると言いました。


「お袋の孫がお前なら、今から俺がお前の親父だ。異議は受け付けない」


 そうして、セティアはおじさんの子供になりました。




 おじさんは、セティアの故郷の国にある街に滞在していました。

 おじさんはおばあさんと同じく、街の皆の人気者でした。

 街の人々は、おじさんに連れられるセティアに愛想よく笑いかけ、セティアを可愛がってくれました。

 おじさんはあまりおしゃべりな人ではありませんでしたが、おばあさんと同じ優しさと温かさを持っていました。おじさんとの生活の中で、少しずつセティアは笑顔を取り戻していきました。

 また、おばあさんに言われたことも、思い出しました。

 自分のこの特別な力は、正しいことに、皆のために使うべきものなのです。決して、悪いことをして戻ってくる盗賊達に利用されてはいけないものなのです。

 セティアは深く反省し、良くしてくれる街の皆のために力を使うようになりました。

 皆ははじめは驚きましたが、セティアを怪物と呼ぶ人は一人もいませんでした。

 セティアは嬉しい気持ちでいっぱいでした。皆の役に立てること、皆からありがとうと感謝されること、自分が間違っていないと実感できることが何より幸せだったのです。

 おじさんにはあまり力を見せびらかさない方がいいと言われたけれど、皆がセティアの力を必要としてくれるのです。それに、街の皆に使うだけなら大丈夫な筈です。

 愚かなセティアには、分かりません。

 人の口に戸は立てられないのです。




 セティアが十三歳になって、ある日、鎧をつけた男の人達に囲まれ、「君がセティアかい?」と声をかけられました。

 「そうです」と何の疑いもなく答えると、いきなり腕を掴まれ、口を塞がれました。

「聖女候補と思わしき少女を確保。これより帰還する」

「はっ」

 首謀者らしき男に、周りの部下達が従います。

 セティアは何が起こっているのか理解出来ずに、もがいて遠巻きにこちらを見ている街の皆に助けを求めます。けれど、皆は眺めてくるだけで誰も助けてはくれません。

「セティア!」

 おじさんの声です。

 セティアを捕まえている首謀者の隣にいた男が、唐突に吹き飛びました。

「お前ら、俺の娘に手ぇ出してただで済むと思ってんのかごらぁ!」

 おじさんが助けに来てくれたのです。おじさんは次々と男達を蹴散らしていきます。圧倒的な強さです。

「思っていないとも。たった一人で国を魔物から守った英雄殿だ。だが、英雄と言えど、人間。子供は可愛いだろう?」

 首謀者はセティアの首筋に、ぴたりと何かをくっつけました。恐る恐る見下ろすと、そこには爛々ときらめく刃がありました。セティアは恐怖で動けません。

 おじさんはそれを見て、叫びました。

「国の騎士様が!人質なんて卑怯な真似してもいいのかよ!」

「国のためだ。聖女を捧げなければこの国の守り主が機嫌を損ねる。我々は国のためなら何だってするさ。さて、英雄殿。共に来てもらおうか」

 おじさんは男達に捕まりました。セティアは首謀者に抱きかかえられて街を出ます。

「ああ、やっとあの化け物いなくなるのか」

「便利だったけど、まあ不気味だしな」

「リカムさんの子供だって言うから文句も言わずに付き合ってあげたけど、やっぱり気持ち悪いものねえ」

「リカムさんも気の毒だよな。折角の子供があんな化け物なんて」

「ていうかほんとの子供なの?全然似てないし、拾った子なんじゃないの?」

「うげえ、リカムさん災難過ぎるだろ」

「とんだハズレ引いちゃったなあ」

「可哀想にねえ、リカムさん」

 愚かなセティアは、ようやく気付きました。

 街の皆は、セティアだから可愛がってくれたのではないのです。セティアを連れていたのがおじさんだったから、良くしてくれたのです。

 セティアは全てを理解して、ただただ涙を溢しました。




 セティアが閉じ込められたのは、神殿でした。

 国の守り神が天界から下りてくる唯一の場所であり、聖女は神に祈りを捧げて、愚かな人間を疎む神の怒りを和らげる役目を担うとされています。

 セティアはそこで、訳も分からないまま、言われるままに祈りを捧げていました。

 家事も何も、他人に任せて良いけれど、質素な食事はいつも一人きりです。おじさんのことが心配でたまりませんでした。

 一週間程経ったでしょうか。

 セティアは行き先も教えられず、馬車に乗せられ運ばれていきました。

 ようやく降りたそこは、王都でした。何やらたくさんの人が集まって怒鳴っています。

 皆の視線の先にセティアも目を向け、思わず悲鳴を上げました。

 遠く遠く、離れた場所に、おじさんがいます。セティアには彼の様子が何故かはっきりと見えました。血だらけで、ぼろぼろで、加えて鎖で繋がれているのです。

 民衆は叫びます。「魔物を手引きし英雄を騙っただけでは飽きたらず、聖女をたぶらかし国を滅ぼそうとした罪人に死を!」

 そう、おじさんはこれから処刑されるのです。

 セティアは泣き叫びました。そんなことは有り得ない、お父さんは何も悪くなんかないと喚きます。

 けれど、熱に浮かされた民衆の耳には届きません。

 例え、その情報が英雄おじさんの力を恐れた王族が捏造したものであったとしても、誰も気になんてしないのです。だって民衆にとって、おじさんは赤の他人なのですから。おじさんに魔物から庇ってもらった人々は、戦場でおじさんと直接会ったことがある人々は、ごく少数です。彼らもまた、王族の手配で口を塞がれているのでしょう。

 おじさんから鎖が外され、定位置に引っ立てられます。

 セティアは必死で呼び掛けました。お父さん、お父さん...お父さん、お父さん、お父さん!

 ...届いたのでしょうか。

 お父さんは、確かに私を見ました。そして言ったのです。


「愛してる」


「生きろよ」


「生きて幸せに―――」


 刃が降り下ろされました。

 それからのことは、よく覚えていません。




 私は、神殿に戻されました。

 祈りを捧げるだけの日々が続きます。

 私はただ、憎くて仕方がありませんでした。

 お父さんを殺した国が憎い、お父さんを痛め付けた騎士達が憎い、お父さんの忠告を無視して力を使った愚かな自分が何よりも憎い!

 私は祈らなかった。ひたすら呪いをかけた。全てが消えてしまえばいいと思った。

 ...そんな時でした。国の守り神が声を発したのは。

 神は、声だけを私に届けました。

 神が告げたことは、私にとって絶望でしかなかったのです。


「君は罪人だ」

「君は前世で、最も重い罪を犯した」

「男爵の庶子だか何だか知らないが、前世の君はこの国で、貴族の通う学園に入学し、猫をかぶって王子や騎士団長の息子、侯爵子爵に近付き、たぶらかした」

「王子達はまんまと君の策略にはまり、君は将来国の中枢となる男達を侍らせた」

「そして、君は自分が公爵令嬢に苛められていると嘘を吐いた」

「公爵令嬢は君と天と地程の差がある、美しい少女だった。誰に対しても優しく、芯が強くて、求心力があり、人の上に立つに相応しい!神である僕が唯一愛した子だ」

「王子達は皆の前で彼女を断罪した。最低だ。物語は君の思い通りに進むところだった」

「王子の弟が聡明で、彼女を守らなければ、僕はこの国を滅ぼしていたところだ」

「可哀想に、婚約者の王子に裏切られた彼女は、心に傷を負った。王子は廃嫡され、君と他の男達も追放された先で野垂れ死んだ。彼女は昔から想っていた人と新たに婚約して幸せになれたけれど、彼らの罪は死しても消えることはない」

「君は彼女を苦しめ、傷付けた原因だ。何より重い罪。君は罰を受けなければならない」

「だから、君に呪う資格などありはしないのだよ。君には罪がある。この生涯をかけて罰を受けなければならないのだから」

「君は幸せにならない。絶対に。彼女を傷付けた君を僕は絶対に許さない。君は苦しんで苦しんで苦しんで惨めに死ぬべきなんだ」

「そうでなければならない。君にはこの先も、希望なんてありはしないんだ」

「...ああ、そうそう。君のその力は、僕からの贈り物だよ。その力がなければ君は僕と話すこともなく、自らの罪を自覚することもなかっただろう。それと、処刑された英雄に、最期に君の声を届け、君に英雄の声を届けたのは僕だ。僕は神だから心も広いのさ。感謝してほしいね。...あとは、老婆と共に暮らし、君が愛した町の人々。もうすぐこの国はその国に攻めいるから、皆死ぬよ。当たり前だよね、君を愛する者なんて存在してはならないんだから」


 信じられませんでした。

 前世の私が悪女だったから、今の私が罰を受けていると言うのです。

 母親が私を憎んで死んだのも、優しかった父親が私を殺そうとして捨てたのも、盗賊に攫われて道具として扱われたのも、おばあちゃんが私のせいで死んだのも、お父さんが私のせいで処刑されたのも、町の皆が戦争で死ぬのも、全部、前世の私が罪を犯したから当然?

 ...私は、もう疲れました。

 死のうと思います。お父さんに生きろと言われて、今までこの神殿でずっと、死ねずにいたけれど...もう、無理です。限界です。

 貴方に話して、決心がつきました。

 その剣を貸してください。

 ...いいえ、もうそんなことはどうでもいいんです。この国が滅びかけていたとしても、貴方が反逆者達の中心人物であっても、もう私は関心がない。

 死ねば、おばあさんに、町の皆に、お父さんに会えるでしょうか...?

 ありがとうございました。最期に、私の話をちゃんと聞いてくれて。

 貴方の幸運を祈っています。


























*****




 カキン、と澄んだ音が響いた。

「...え?」

 彼女の、死を受け入れようとしていた穏やかな美しい顔が、驚きを形作った後、酷く強張る。

 彼女は剣を握り直すと、もう一度心臓のある左胸に突き立てた。

 結果は同じ。剣は肉を抉ることなく、止まる。

 今度は首に押し当て、力を込める。それでも剣は、彼女の白い肌に傷一つ残さない。何度やっても、同じこと。

 この国の神様はぼくが殺したけれど、彼は彼女に、何よりも酷い呪いを残していったらしい。

「...殺して」

 彼女は魂の抜けたようなか細い声で懇願する。

 ぼくは彼女から剣を受け取り、一閃。けれど、今まで数多の困難を切り抜けて来たぼくの相棒は、か弱い彼女を斬り裂けない。

 ぼくはゆるゆると首を振って、へたりこむ彼女を見下ろした。

 彼女は、頭を抱え、細い体を抱き締め、震え出す。

「...あ、ぁああ...あああああ...あ、あは、あはははははは」

 ...彼女は、壊れてしまった。

「あはははははははははははははははははははは」

 ぼくは狂った笑い声を上げる彼女から目を背け、剣を収める。

 哀れだ。彼女は死ねない。寿命がくるまで、苦しみ続けるのだ。


「...一緒に、来るかい?」


 問いかけても、彼女の返事はない。だけど、ぼくは彼女を連れていくことにした。

 ぼくが彼女を殺せるまで、彼女が死ねるようになるまで。

 英雄に救われた者同士、一緒にいるのも悪くないだろう。ぼくの仲間も、きっと英雄の娘と共にあることに賛成する。

 ぼくは、そっと彼女の体を立ち上がらせると、歩き出した。

天使みたいな悪役令嬢を陥れようとした性悪ヒロインにはお似合いの末路だね!!

やったね!ざまあだよ!




ポインセチアの花言葉、祝福、幸運を祈る

ガーベラの花言葉、希望、常に前進

ヒペリカムの花言葉、きらめき、悲しみは長く続かない




「ぼく」は英雄おじさんに魔物から守ってもらった少年

英雄が処刑されたことにより同じ境遇の仲間達と奮起

セティアが聖女なら「ぼく」は勇者

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 [一言] 神もどきも悪女の時、お気に入りを助けてやればよかったのに、いまさらなんて、ただの八つ当たりですよね。 ただ、セティアにとって善人だったのは、おばあさん・英雄・勇…
[一言] 次はヒロイン憎さに他人を殺しまくった神が邪神に堕ちて地獄に堕ちるといいな 人を呪わばって言うしね
[気になる点] この神って何なのでしょうか? あまりにも悪役令嬢に肩入れしすぎで納得が出来なかったです。 令嬢って聖女か何かだったのですか? [一言] 後味の悪い話でした。 前世でザマーさ…
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