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夢の中の

「ねぇ、剛君は……?」

 そう朝倉が誰にでもなく問いかける。

「電気を点けに行った……はず。もうちょっとすれば帰ってくるだろ」

 そう、俺は半ば自分に言い聞かせる。

「つよし! そんな変な冗談とかいらないから!」

「そうだって! 早く戻ってきてよ!」

 俺と愛美華が呼びかけても反応はない。ただただ、声の後には耳が痛くなるような沈黙が流れるばかり。

 扉から入ってすぐの場所。そこで剛を除く俺たち四人は暫く待った。剛が、ひょっこり出てきて、「ごめんごめん」なんて軽薄な笑みを浮かべてくるのを。

 しかし、いつまで待っても剛は姿を現さない。

「探しに行った方がいいかな……?」

「朝倉、本気か?」

「だっておかしいよ。こんな待っても出てこないなんて」

「それはそうだけど……」

 自分でも、こんな弱気な自分が嫌になる。だけど、そうだけど、俺の脳が、全身の神経が、これ以上踏み込むなと警鐘を鳴らしているのだ。

 これ以上行けば――。

「こっち、行くよ」

「……愛美華?」

「きっとあいつ、こっちたちを脅かそうってどっかに隠れてるんだよ。うん、そうに違いないよ。――だからさ、逆にこっちたちから行って脅かしてやるしかないでしょ」

 そう言う、愛美華の足は、震えていた。

 きっと、この中で一番恐怖を感じているのは愛美華だろう。だが、それなのに彼女はあんな言い訳までつけて心配な剛のことを探しに行こうとしている。……これに乗らなくて、なにが男だ。

「あぁ、そうだな。――あの大階段を上る時間はなかっただろうから……可能性としてはあの二つの扉のどちらかだな」

「そうだね。じゃあ、まずは右側から……」

「待ってください」

 その凛とした言葉は、朝倉の言葉を切った。

「どちらか片方ずつ探していては逆にいた時のリスクが高すぎます。ここは、二手に分かれるべきではないでしょうか」

 そう提案するのは理沙だ。俺はそれに対して反論する。

「確かに、そっちが効率はいいかもしれないが、危険度も上がるだろ」

「安全よりも、早期発見のほうを優先した方がいいのでは? あの扉の向こうで――何が起きているのわからないのですし」

 そう言って、こちらを射抜く理沙の視線は今までになく真摯なものだった。

 そのせいだろうか。会話の接ぎ穂を朝倉に奪われてしまった。

「私も、二手に分かれたほうがいいと思う。いざとなれば、連絡も取れるしね」

 そう言って、朝倉は手提げからスマホを取り出す。

 そこまで言われれば、引き下がるしかない。愛美華の方を見遣れば、かなり怯えているようだったが、俺と目が合うと力強く頷いた。

「わかった。じゃあ、二手に分かれよう」

「うん。じゃあ、私と坂本君、愛美華ちゃんと理沙ちゃんでいいかな?」

 その朝倉の言葉に皆無言で頷く。

「よし。じゃあ、私たちは左側行くね。理沙ちゃんたち右側お願い」

「りょーかい。……気を付けて」

 愛美華の言葉に、俺は「そっちも」と返し、理沙を見遣る。「頼んだぞ」と、心の中で念じたのが通じたのか、彼女は小さく頷いた気がした。

 そして、扉の前へ。

 それを開いた先には、仄暗く、細長い空間が広がっていた。端的に言って広めの廊下、だろうか。その空間の左側には扉が並んでいる。

 せめてもの救いは、完全な暗闇ではなかったということだが、照明が故障しているのか十分な明るさとは到底言えない。そこで俺たちは、気持ち悪いほど冷たい壁を手で感じながら歩く。

「一番手前の部屋から順番に見ていこう」

 後ろについて来ているはずの朝倉に、確認の意味も込めて俺は話しかけた。

「うん、わかった。扉を開ける時は気を付けてね」

「あぁ、わかってる」

 そこに来て俺は考える。もしこの照明を剛がつけたとしたら、なぜあいつは照明を管理する場所を知っていた? いや待て。そう考えたら、城の構造なんか知らない剛が照明をつけたのではなく、他の――たとえばあの金網に穴をあけた『何か』が照明をつけた考えるほうが現実的じゃないのか……?

 そこまで考えたとき、俺は一つ目の扉の前まで来ていた。

 そうだ、照明のことなんてどうだっていい。早くあの馬鹿を見つけて、さっさとこの遊園地から出よう。そうすれば、こんな今日の探検なんて、ただの笑い話になるはずさ。

「開けるぞ……」

 そう言って、俺は扉に手をかける。朝倉がごくりと唾を飲む音を隣に聞きつつ、俺はゆっくりと扉を前へ。

 ゆっくり、ゆっくりと扉を開きつつ、広がっていく隙間から部屋の中を窺う。まだ、何も見えない。もう少し扉を開く。なにも積んでない、棚の様な物が奥に見えた。だが、まだ全体は見えない。あと少し、扉を開く。

 そして、扉をすべて開ききると、部屋の全体像を見ることができた。

 ほとんど、正方形といっていい形の部屋。中から窺うには、真ん中に一つテーブルがあり、その周りに幾つか椅子が置いてあるだけだった。

「何もないね……」

「あぁ。次の部屋行くか?」

「……ううん、一応なかも調べよう」

 その朝倉の言葉に俺は頷き、部屋へ足を踏み込む。その瞬間。

 カタン、と小さな音がして、その部屋に光がともった。天井の、蛍光灯が点いたらしい。

 ……だれが、どうやって? そう思い、まわりを見回すが誰もいない。いるのは隣の朝倉だけ。

「あ、ごめん。電気付けたの私。驚かせちゃったね」

 その声に振り向けば、朝倉が壁に手をかけ苦笑いしていた。どうやら扉のすぐそばにスイッチがあったらしい。……あの暗闇の中でよく気づいたな……。

「いや、サンキュ。助かる」

 朝倉にそう言って、正面を再び見据える。先ほどは暗くてわからなかったが、部屋の壁には一枚の絵が飾ってあった。

 その絵はこのドリームランドを描いたもののようで、遊園地やジェットコースターなど、様々な遊具がそこに在った。

「ねぇ、これって……」

 そう言う朝倉の視線の先にあるのは、多くの遊具の真ん中で踊る、一体のマスコットキャラクター。

「えっと、ラビ、とか言ったか」

 記憶のそこを辿って出てきた名前に、朝倉はうん、と肯定の意を表す。ピンク色で、二足歩行の兎といった姿のそいつは、ラビとかいうドリームランド唯一のマスコットキャラだった。紺と、くすんだようなピンクのストライド柄ズボンに、大きな首元の蝶ネクタイ。いかにもマスコット然としたこのい出立ちだが、妙に無機質で、笑っているのに笑っていない目にはいつも少し恐怖を抱いていたっけ。

 そんないつかの記憶を引っ張りだしつつ、俺と朝倉はしばし、その絵を見つめていた。

 先ほど見た、廃れた遊園地の様子と、絵の中の賑やかで明るい遊園地の様子はあまりにも違いすぎて、俺は胸が詰まるような思いをした。

「ねぇ、坂本君。なんでドリームランドがしまったか知ってる?」

「財政難、じゃなかったっけ?」

 突然、問いかけてきた朝倉に、俺はそう答える。

「ううん、聞いた話なんだけど、昔、この遊園地で、小さい子の失踪事件が相次いだんだって。それで、管理側にいろいろ苦情とか行ってね、結局、閉園まで追い込まれたんだって」

「なるほど。そんな過去があるから、こんなだだっ広い遊園地の跡地が、なににも利用されないわけか」

 妙に要領を得ない朝倉の話し方だったが、敢えてそこは指摘せず、俺はそう頷いた。

「次の部屋、行くか」

「うん」

そうして、俺たちは部屋を出て、次の部屋へ。

 そういえば、さっきの部屋はなんだったのだろうか? 机に椅子……それと妙な絵が一枚。俺は、先ほどの部屋の様子を思い浮かべつつ、スタッフの休憩室ぐらいが妥当か、と自分の中で決着をつけた。

 そして、扉の正面。

 妙に重厚な質感の木のドアは、先ほどの部屋と変わらない。こんなデザインにしてあるのは、城の世界観を壊さないためだろうか? 

 そんなことを考えつつ、俺はゆっくり扉を押す。

 そこで、さっきの部屋と少し違う点に気づく。

「光が……」

 隣の朝倉も気が付いたようで、そう呟いた。

 何に対してかというと、小さく開いた扉の先から、とても弱くではあるが、青白い光が漏れてきたのだ。

 俺はもう少し扉を押して、中を覗き込む。すると、そこには何枚ものディスプレイが白黒に光っていた。

「警備室……、というか、監視室?」

 完全に扉を開いて、中に入る。大きさは先ほどの部屋と変わらないものの、この部屋には奥に横長の机、椅子がおいてあり、そこの壁に何枚ものディスプレイがまるで家電量販店のようにかけられていた。その一枚一枚は、白黒で、なにやらよくわからない映像を映し出している。

「もしかしてこの映像って、城の中の監視カメラの映像……なのかな?」

「まぁそう考えるのが妥当だろうな」

 隣に立つ朝倉に俺は頷いてディスプレイを再び注視する。城の入り口や、エントランス。かつて入ったような記憶のある王の間。そして、先ほど入った絵画の間。そんな俺たちが知っている部屋に加え、いくつもの見たこともない部屋が映されていた。

 しかし、それらの一番右下。そのディスプレイだけは他と違った。

 その画面には、ほかのように映像は映っておらず、あるのはざー、と聞こえてきそうな砂嵐。

「この部屋だけなんで映ってないんだろう……」

「さぁ、カメラの故障じゃないのか?」

 そう言ってから、思いつく。もしかして、この映っていない部屋が、あの剛が言っていた……

「ねぇ、坂本君。……考えるのはそんなことじゃない気がする……」

 俺の思考を、朝倉が止めた。

 はっ、という、息を飲む音に次いで聞こえたそんな声。そちらを見れば、彼女は青白い光に照らされた横顔を恐怖に染めていた。

 いつもニコニコと笑っているあの朝倉が、目を見開き、肩を震えさせている……。その事実が、俺に明らかな危機感を与えた。

「……考えてみてよ。どうして、閉演になった遊園地の監視室に、電源が入ってるの……? ううん、そんなことより、誰が……」

「朝倉、落ち着け」

「こんなのおかしいよ……」

 頭を手で押さえて、歯を噛みしめる朝倉に、俺はどうしてやることもできなかった。震える彼女の肩に手を置くことさえ。

 ふと、目の前のディスプレイに視線を戻す。なんとなく見遣ったその一枚に、変化があった。

 照明がついていないのか、暗くてよく見えないが、何かが確かに動いている。人間が歩いているにしては不自然で、形がおかしい。ずるずると、這うようにして移動するそれに、俺は思わず見入った。

 それはゆっくり、画面の手前側に移動してくる。そうして、数秒後、その姿がよく見えた。

「愛美華っ!?」

 そう自分で叫んで気が付く。そうだ、あれは愛美華だ。足を延ばして座り込んだ状態で、彼女は腕のみを使って後ずさっていた。もしかして、足を怪我しているのか?

 そう心の中でつぶやいたとき、映像は進展を見せた。一瞬前まで恐怖に顔を歪めていた愛美華が急に鬼のような怒気を顔に浮かべ、何かを叫んだのだ。

 ――あの部屋で何が起こってるんだ……? いや、行かないとまずいだろ。

 そう結論づけ、俺は足を今いる部屋の扉に向ける。そして、怯えたままの朝倉の手をつかんで走り出す。――しかし、その手はすぐに振りほどかれた。

「朝倉っ!?」

「なにをするつもり?」

「愛美華のとこに行くに決まってるだろ! いいから行くぞ!」

「行かない」

「はぁ!?」

 その冷たい声は、俺が知っている朝倉のものではなかった。氷などまだぬるい。触れるものすべてを傷つける、ドライアイスのような冷たさをもって、彼女は拒否の意を示した。

「何言ってんだ、お前。愛美華がどんな状況にあるかもわからないんだぞ?」

「そんなに心配なら一人で行ってきなよ。私、ここで待ってるから」

 そういう彼女の表情は、かかる前髪と暗闇のせいでよく見えなかった。

 おそらく、彼女はある種のパニックに陥っているのだ。

 こんな、よくわからない場所で、よくわからない状況で、パニックになったって、だれも責めはしないだろう。だから、許してほしい。そんな理性が頭に残っていたのにも関わらず、ほんの少しの感情に突き動かされた俺のことも。

「そうか。……そんな薄情な奴だなんて知らなかった」

 そう言って俺は、暗い部屋を飛び出した。

 扉を閉めるのももどかしく、薄明りに包まれた廊下を駆ける。そして、短いそこを抜け、エントランスに抜ける扉を開けた――その瞬間。

 思わず足を止めてしまった。今現在愛美華は危険な状況にあって、しかもさっきの部屋には朝倉も待たせている、そんな状況なのに。

「あ、櫂! どこ行ってたんだよ、探したんだぜ?」

 そこにいたのは、誰でもない、剛だった。彼はへらへらと軽薄な笑みを浮かべてこちらによってくる。

「なんだよ、みんなして俺をハブりやがって。急にいなくなったからびびったじゃねぇか」

 ニッと笑みを浮かべ、彼は俺の胸をどつく。

 ――ちょっと待て。なんでこいつがここにいるんだよ。こいつはさっき消えて……エントランスから急にいなくなったはずなのに……。

「どした? 黙り込んで。そんなに俺に会えたのがうれしかったのか?」

「いや、お前……さっきそこの扉に入っていったんだよな……?」

そう言って、俺は後ろの扉を指さす。その扉は先ほどと何も変わらない木製の扉で、一切微動だにしてない。

もしかして、俺たちが部屋の中を探してる時に奥の部屋から出てきたのか……? いやありえない。そのくらい気づくはずだ。

俺は思考を止めないようにしながら扉から視線を離し、正面に戻――










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 兎が、そこにいた。

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