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プロローグ

少し長めのホラーになっています。今晩連続で投稿しますのでどうぞお付き合いください

ウサギが笑う。

 けたけたと笑っている。

 二本の足で立つ兎が、こちらを見て笑っている。

 干からびた噴水。止まった時計。怪物の骨じみたジェットコースターの残骸。

 幾何学模様の装飾をまとったお土産屋さん。もうきっと動かない木馬たち。

 テントウムシのコースターは途中で止まって、こちらを見つめている。

 ぺたぺたと、狂った調子の足音で、兎は歩いてくる。歩いてくる。歩いてくる。

 ぽんと、肩に感触があった。ふわふわで、柔らかくて、ピンク色で、もさもさの毛がついていて、真っ赤に濡れたそれは、兎の腕らしい。

 ごーんと、時計塔から鐘の音が。

 どうしてだろうね。壊れて動かないはずなのに。

 兎は笑っている。

 僕を笑っている。

 兎は、けたけたと笑っている。

 







「そういえば、今日で五年だね」

「五年? 何が?」

 昼休みの食堂、俺――坂本さかもとかいは突然口を開いた彼女――朝倉あさくらはるかに思わず訊きかえした。

「坂本君知らないの? 朝のニュースで結構言ってたよ?」

「いや、俺はニュース見ないし……」

 どこか呆れたような朝倉の返答に俺は思わず言い訳じみた言葉を返してしまう。五年前五年前……なにかあったっけ? 

 まったく答えが思いつかない俺を見て、トレードマークともいえる長い黒髪のストレートを揺らし彼女は話を続けようとする。しかし、そこに割り込んできた言葉が朝倉の言葉を遮った。

「あ、こっち知ってる。あれでしょ? ドリームパーク閉園」

 話に割り込んできたのはカールした髪が特徴のさかき愛美華えみかだった。彼女は卵焼きを美味しそうに食べながら話を続ける。

「朝、特集組まれてたよね。えっと……『こわれた夢の国の今と昔』……みたいなタイトルじゃなかったっけ?」

「違います。『すたれた夢の国の今と昔』ですよ。もしかして愛美華さん、『廃れた』程度の漢字を読めなかった、なんてことありませんよね?」

 次に話に入ってきたのは、ショートカットの前髪から知的なメガネをのぞかせる佐藤さとう理沙りさだ。彼女の小バカにしたような態度に愛美華は赤面して反論する。

「あ、あるわけないじゃん! ただちょっと忘れてただけだし! いつもはちゃんと読めるし!」

「あはは……今朝は読めなかったんだ……」

 その反論の後に、朝倉の冷静で控えめなつっこみ。その一言で怒りがマックスに達したのか、愛美華はぷくーっと頬を膨らませてテーブル席の向かいに座る俺の足を思いっきり踏む。

「痛ってぇ! なんで俺だよ!」

「はぁ!? こっちに遥や理沙の足を踏めって言うの?」

「んなこと言ってねぇよ! ……ってか、俺の足は踏んでも別にいい、ってことかよ……」

 だがしかし、これ以上言ったらもう一度愛美華に踏まれることになる。俺は痛みと理不尽に対する怒りを心の中に押さえつけた。男の人生はひたすら我慢である。

 しかし、まぁ、世の中往々にして例外というものはあるらしい。その立証例である、一切何も我慢せず自由奔放な男がひょっこりと俺たちが座るテーブルに現れた。

「ドリームパークの話題? マジやばくない? あれ。もう五年だぜ? 五年。ひゃーっ、時の流れって早いわー」

 突然現れた、そいつは俺たちの……ええっと、俺たちのなんだろう。……友達……でもないし、知り合い……と認めてしまうのも嫌だから、俺たちの腰巾着ぐらいにしておこう。紹介する。俺たちの腰巾着、鮎川あいかわつよしである。

 うぃーっす、なんて言いながら、椅子に座るそいつの髪は脱色して明るい色で、制服もかなり着崩している。一見すると、ただの不良だ。

しかしまぁ、おちゃらけた性格でありながら悪い奴ではない……気がする。

 とりあえず、うざい剛は置いといて、俺は話題を戻す。

「えっと、今日であのドリームパークが閉まって五年も経つのか?」

「うん、そう。ちょうど今日が閉園して五年らしいよ」

 俺の問いかけに朝倉が答えかえしてくれる。

 このドリームパークというのは、俺たちが住む町から少し郊外に行ったところにある遊園地だ。多分、ここら辺に住む人々は最低一回行ったことがあるはず。というか、俺たちは小学校の遠足で行った記憶がある。しかし、会話の内容からわかる通り、かなり前に閉園してしまった。その理由は財政難で――ってのが一般的に出回っている理由だが、いろいろと他にも噂があるらしい。

「そうそう、ドリームパークって言えばさ。あの話知ってる?」

 急に剛がテーブルの中央に顔を寄せて、声のトーンを下げる。いわゆる、内緒話とか怖い話するときのあの姿勢なのだが、残念ながら剛の向かいに座る女子二人――愛美華と理沙――は剛が近づいてきた分、体を後ろに引いていた。……つよしかわいそう……。

「なんだよ? その話って」

 しょうがないので俺が剛にそう聞き返してやる。そうすると、彼は生き生きと話し始めた。

「おまえらも多分見てんじゃねぇの? あのLINEのタイムラインで回ってきたヤツだよ」

「あ、あれね。こっちも見た。『ドリームキャッスルの地下室』ってやつでしょ?」

 そこまで聞いて、俺も思い出す。確か昨日、タイムラインに妙な写真と一緒にそういう投稿が回ってきていた。

「私、知らない」

 理沙が興味あり。といった表情で顔を上げる。それに剛は説明を続けた。

「ドリームパークの真ん中にさ。でっかいドリームキャッスルって城があったろ? 実はあの城の地下に地下室がある――っていう噂なんだよ」

「また……そんなの根も葉もない噂だろ?」

「ところがどっこい。これを見てみ」

 そう言って、剛はスマホを取り出し俺たちに向けた。そこに移っていたのは薄暗い部屋。画面の左端の壁に、よくキリスト教の関連で見る十字架の様な物が立てられており、その周りにはいろいろな道具の様な物が落ちているが、よく見ることができない。

「なに? これ」

 朝倉が少し怯えたように言う。

「さて、問題です! この部屋は何の部屋でしょーか!」

朝倉の今にも消え入りそうな声と裏腹に、剛のバカみたいに明るい声が食堂に響く。そのせいで周りの生徒たちが「なんだようっせーな」という目で剛を見ていたが、彼はそんなこと気にしていないようで、謎のクイズ大会的なものを敢行していた。

「はい、愛美華ちゃん。何の部屋だと思う?」

「は? こっち? んー……地下だから、倉庫、とか?」

「ざぁんねん。違います」

 傍目から見ていてもうざさMAXの剛だが、愛美華は何とか怒りのコントロールに成功し、剛への暴力行動へは至らなかったようだ。……その感情制御技術、俺の時にも使ってほしかったなぁ……。

 そんな俺の心の中の独り言も寂しくクイズは進んでいく。

「じゃあ、理沙ちゃん。わかる?」

 その問いかけに理沙は当然とばかりに頷く。

「……簡単です。まず、写真の十字架の四端についているのは腕や足を固定するための固定具。そして、床に散らばっているのは『親指締め機』や『さるぐつわ』など、いろいろですね。このことから、この部屋は……」


「――拷問部屋だと推測します」


 直後、俺たちは凍りついた。いや、剛だけはニヤニヤと笑っていたが、俺、朝倉、愛美華は確実に時間が止まったかのごとく停止していた。

 だって、剛は馬鹿だしクズだがこんな冗談にもならない嘘はつかない。だから、この写真はおふざけで剛が出したものではないのだろう。そして、ドリームランド閉園。ドリームキャッスルの地下室。ここまでの話の流れから察するに、この写真が意味しているのは……。

「わかったか? ドリームキャッスルの地下には拷問部屋があるんだよ」

 そう言って、ニヤリと口角を上げる剛。それに俺はこらえきれず反論をする。

「いや、待て。そのLINEに投稿された写真が本当にドリームキャッスルの地下だって保証はあるのか? というか、その写真がまず本物だと言い切れるか? 合成写真だって可能性も――」

「坂本君。ちょっと落ち着いて」

 必死にまくしたてる俺に横から朝倉が声をかけてくれ、俺は正気を取り戻した。

「……そうだな、すまん。で? どうせ剛のことだからただ話のネタのためにこんな写真見せたんじゃないよな?」

「あぁ。話が速くて助かるぜ、櫂」

「ちょっと待って! 何言ってるの、あんた……もしかして、その……地下室に行こうっていうんじゃ……ないわよね?」

バンと机を叩いて立ち上がり、愛美華はそう剛に言い寄る。彼女の顔にはいつもの気だるげな感じなど一切なく、ただただ必死なようだった。

「まぁまぁ、愛美華ちゃんも落ち着いて。こんなの嘘に決まってるよ。ね、坂本君」

「あ、あぁ。そうだよ」

 朝倉と俺の言葉を聞いて、愛美華も落ち着いたようで、おずおずと席に着いた。

 そして、タイミングを見図って、剛がこほんと咳払いをした。

「俺今晩、ちょっくらドリームランド行ってくるわ」

「は?」

「え?」

「はぁ!?」

「……そう言うと思った」

 説明補足すると、反応の前から順に、俺→朝倉→愛美華→理沙である。

「だから、確かめに行くんだよ、地下室を。どうせ明日も土曜だし、親には適当な言い訳言っとけば遅くなっても大丈夫だしさ」

「いや、馬鹿お前。そういうこと言ってんじゃねぇよ。普通に考えて危ないだろ。夜に廃園になった遊園地に行くなんて」

 俺がそんな常識的な助言をしても、残念ながら剛には届かなかったようだ。彼の目の炎は全く消えていない。

「お前らになんと言われようと、俺は行くぞ。もう決めたからな」

「……私も行く」

 剛に続いた小さな声は、理沙のものだった。彼女は食べ終わった食器を見つめたまま、ちいさく、そう呟いた。

 何考えてんだ、こいつら。大体、閉園になった遊園地に忍び込むなんて馬鹿じゃないのか? あと、もし拷問部屋があったとしても、それは何のために造られた部屋なんだよ。一体、だれを拷問するためにそんな部屋――。

「私も行くよ」

「朝倉?」

「だって、二人だけ行かせるわけにはいかないじゃん。あと、夜の遊園地に忍び込むなんて、ちょっとわくわくしない? 拷問部屋とか、そんなこと置いといてさ」

 そう言って、微笑む彼女の笑みが嘘だということは、俺なんかでもわかった。恐らく、彼女はこの陰鬱とした空気を換えようとしているのだろう。なら、俺は……。

「ったく! 俺も行くよ! あとから剛にドヤ顔されるのもうざいしな」

「よっしゃ! じゃあみんなで行こう!」

「え? 待って。こっちは? こっちも行くの?」

「じゃあ、今日の6時。駅前に集合な! 懐中電灯とか、必要な物は各自持参な!」

「ちょっと待ってよぉ~~~!」

 食堂に愛美華の断末魔じみた絶叫が響いて、俺たちのドリームランド探検は幕を開けた。

 そこはかとない不安と、わずかな興奮。それらの入り混じった心境のなか、チャイムが昼休みの終わりを告げる。



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