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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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トリスタンとの再会

「トリスタン……」

 会いたかった恩人の声に感動とも、懐かしさとも違う、なんともいえない気持ちになりながらそう呟く。

 レインさんも声が聞こえているのか目を見開いて真剣な顔をしている。

 驚いたことにライト君にも精霊の声が聞こえているようで、周囲をキョロキョロと見回している。

 そんな中リナさんだけは、何故かざわついている俺達の様子を見て、不思議そうな顔をしながら首をかしげている。

「いったい皆どうしたの?」

 さすがに黙っていられなくなったのか、リナさんが疑問の言葉を口にする。

「声が聞こえているんです、雷精の」

 そう言うとリナさんは驚いた顔になったあと、再び疑問を口にする。

「じゃあなに? 私以外はみんなその声が聞こえているの?」

 その言葉にレインさんとライト君も、彼女の方を見てはっきりと頷く。

「そんな……」

 リナさんは自分だけ精霊の声が聞こえない事にショックを受けているようだ。

 レインさんは俺と信頼で結ばれているから声が聞こえていると、パーシヴァルが前に言っていた。

 ライト君に声が聞こえているのは、恐らくヒナちゃんに精霊の声が聞こえていたことと同じ理由だろう。

 リナさんの落ち込んでいる様子が気にはなるが、そっちはレインさんが気にかけてくれているようなので、今はトリスタンとの話に集中する。


「トリスタン、久しぶりだな」

『ああ、久しぶり。といっても2週間も経ってないんだけどね。

 でも思っていたよりも早く来てくれて嬉しいよ。それに水精も一緒みたいだしね』

 トリスタンがそう言うと、周囲にパーシヴァルの気配が強くなる。

『久しぶりね、雷精。

 今はトリスタンだったわね。私は水精パーシヴァルよ、改めてよろしくね』

 パーシヴァルは軽い感じでそう話しかける。とても精霊同士の会話に聞こえない。

 そして突然聞こえてきた別の声に、ライト君はさらにキョロキョロと周囲を見回している。

 ちゃんとパーシヴァルの声も聞こえているようだ。

『そうか、君も名を貰ったんだね。いい名だね』

 その言葉にパーシヴァルは、『ありがとう』と言うと、もうすべき会話が終わったのか、その気配が希薄なっていった。

「トリスタン、教えてくれ。

 この街はいったいどうなっているんだ? なぜこんな因習が続いている?

 お前が望んだわけではないんだろう?」

 俺は未だにキョロキョロと周囲を見回しているライト君のほうを見ながら、トリスタンにそう尋ねた。


『もうずっと昔からこの街は、ロスト教団による廃竜の封印を解くための仕組みに組み込まれているんだ。住人達もそうとは知らずにね』

 そう話すトリスタンから、悲しい感情が伝わってくる。レインさんとライト君も、それを感じたのか俯いている。

「這竜の封印?」

『違うよタスク。君が考えている地を這う竜ではないんだ。

 廃竜。

 終わりを迎えた竜、死竜とも呼ばれているね』

 俺の言葉のイメージが伝わったのか、それを否定して、廃竜の説明を始めるトリスタン。

『もう何百年も昔。帝国がこの街に攻めてきたことが全ての始まりでね。

 その時にこの街の人間と一緒に戦ったのが、君が思い浮かべていた這竜なんだ』

「一緒に戦った? じゃあ、その這竜は味方だったのか?」

『うん。這竜は人間と共にこの地に住んでいた。

 だけど彼は帝国に捕らえられて、その魂を神に捧げられてしまった』

 帝国が絡んでいる時点で嫌な予感しかしないが、そのまま話に耳を傾ける。

『そうして神に魂を侵された結果、生まれたのが廃竜さ。

 帝国はその廃竜の力を使って、僕の祠諸共ツヴァイトを一気に滅ぼそうとしたんだ。

『だけど街と共に生きてきた這竜がやられた事で、ツヴァイトの人間達は怒り、結束はより強固になった結果。

 廃竜を擁する帝国を退けることができた』

「それほどの力があったのか、このツヴァイトに……」

 今のツヴァイトからは想像できない話に驚きながら呟く。

『今とは違って、当時は強い冒険者や魔術師がツヴァイトに居た事も大きな要因ではあったけどね。

 それに退けたといっても長い時間はかかった、10年、20年じゃ足らないぐらいにはね。街の近くにある砦もその時の戦いで建てられたものだよ。

 その長きに渡る戦いの中でたくさんの人が死んでいった。

 そして結果的に多くの人が死んだことで人があまり寄り付かなくなり、今みたいに辺境と呼ばれるようになったんだ』

 トリスタンは当時を思い出しながら話しているのだろう、言葉から悲しい感情が伝わってくる。


「廃竜も倒したのか?」

『うん、倒したよ。倒しただけだったけどね……』

 トリスタンはこちらの質問に、より一層悲しそうな感情を浮かび上がらせてそう告げる。

 俺はトリスタンの言葉を意味が分かったような気がして、思いついたことを口にする。

「殺せなかったのか……」

『うん、ツヴァイトの人達は廃竜を殺す術を見つけることが出来なかった。

 だから封印することにしたんだ。その岩にね』

 その言葉に祠の後ろの岩を見てみる。

「何か居る……」

 恐ろしく邪悪な何かがそこにある。見えはしないが、どす黒いもの気配に全身の毛が逆立っていくような感覚に陥る。

 俺の中に在る精霊の力が、これは敵だと告げていた。

『封印が解けかかって、空間にほころびが生まれている。

 生贄は関係なしにもうすぐ出てくると思う』

「解けかかってるって、さっき言ってた封印を解く仕組みっていうやつか?」

『うん……そうだよ』

 そう話すトリスタンから伝わってくる感情はとても悲痛なものだった。


『戦い負けた帝国の邪教徒たちは、それでも僕への信仰を削ぐことを諦めなかった』

 トリスタンはそう言って自分が畏怖されだした経緯を話し始めた。

『まず邪教徒達は信仰を恐怖にすりかえることを思いつき、街に住人として入り込んだんだ。

 そして長い年月をかけて街に伝わる伝承を変えていった。

 まず廃竜封印の伝承を消し去り、廃竜復活のための儀式をこの祠で行うように仕向けた。

 その結果元々あった信仰が、僕が生贄を欲しがっていることへの畏怖の感情に変わり、定期的にこの場所に生贄が送られてようになってしまったんだ。

 完全な恐怖にすり替わらなかったのは、奴らにとって誤算だったみたいだけどね』

「えらく回りくどい方法だな……」

 率直に思ったことを呟く。

『確かにね。

 でも長年続く伝統を消すために、新たな伝統で上書きするというのは理には適っていると思うよ。

 現に邪教徒がこの街から居なくなっても、その伝統は続いているわけだからね』

 トリスタンから伝わってくる感情は、その口調にわりに怒りと悲しみを含んでいた。

「居なくなったって、何でだ?」

『この国全体でロスト教排斥の動きが高まって活動しづらくなったというのもあるだろうけど、放っておいてもこの街はいずれ廃竜復活によって滅ぶと確信を持っていたからじゃないかな』

 俺の問いに答えてくれたトリスタンに、もう一つ質問をする前に一旦唾を飲み込む。


「その儀式っていうのは……」

 その先を聞いてしまうのが怖くて、途中で言葉に詰まる。

『それは彼に聞いてみるのがいいかもね。

 ライト君、君はここで何をしろって言われて来たんだい?』

 トリスタンは自らの言葉に耳を傾けているライト君に、そう尋ねる。

 その言葉にライト君はピッと背筋を伸ばした後、懐から小さなナイフを取り出し口を開く。

「はい。

 これで自分の喉を刺すように言われてきました。

 そうすれば雷精様は怒りを静めてくれるんですよね?」

 彼はトリスタンの質問にハキハキと答える。

「な……」

「酷い……」

「…………」

 俺達3人はライト君の発言に言葉を失うことしか出来なかった。

 そしてその言葉を聞いて俺はある事実に気が付く。

「……トリスタン、お前ずっとそれを見てきたのか? 今日までそれをずっと……」

『…………』

 トリスタンは黙ったままだ。

 だけどそこから伝わってくる感情は、悲しみと怒りと後悔の気持ちをごちゃ混ぜにしたようなものだった。

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