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異世界唯一の男性魔術師《ウォーロック》  作者: 時好りを
三章 惨聞の雷精
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ツヴァイトの暗雲

「タスクさん! 大丈夫ですか!」

 気持ちも落ち着いたので竜車に戻ると、レインさんが心配げな表情で声を上げながら近づいてくる。

 その手にはリナさんから借りたのだろう、魔導具のランプを持っていた。

「大丈夫です。怪我なんてしてませんから」

 軽く腕を回して体がなんともないことをアピールする。

 これで心配げな表情から戻ってもらえると良かったのだが、彼女の表情はそのままだった。

「でもタスクさん……すごく疲れた顔をしてます」

「え?」

 レインさんの言葉に顔を触ってみる。もちろんそんな事をしても、自分がどんな顔をしているか分かりはしないのだが、彼女の言葉を肯定するかのようについ触ってしまった。

「タスクさん、何かあったんですか?」

「いえ、本当に何にもないんですよ。これからもっと頑張らなきゃいけないと、改めて思っただけですから」

 俺は笑顔を作りながらレインさんにそう話した。今度はちゃんと笑えてるような気がする。

「タスク君、もう盗賊はいないのかい?」

 荷車から出て来たマルコさんが、恐る恐る訊ねてくる。

「ええ、全滅したと思います。

 警戒は続けますけど周囲に人の気配はないので、ひとまずは安心していいと思いますよ」

 俺の言葉にマルコさんはほっとした表情をした後。

「それにしても、Cランクの冒険者ともなると目が良いんだね。

 こんな視界不良の場所でも敵が来てるのがわかるなんて」

 そう言ってマルコさんは、男が魔法使っているとは考え付きもしないのだろう。

 俺の視力を男の冒険者特有の身体強化の一種だと思ってくれているようだった。

 前に聞いたパーシヴァルの話と照らし合わせると同じものかもしれないが。

「ええ、この目を持ってて良かったと思いますよ。それよりも急いで出発しましょう。

 あんまり遅くなると夜になっちゃうかもしれませんから。マルコさん御者をお願いします」

「あ、ああ、そうだな。急ごう」

 俺達は竜車に乗り込むとツヴァイトに向けて再出発した。

 俺の隣にランプを持って座っているのがレインさんに変わっている違いはあったが、些細なことだった。


「抜けた!」

 マルコさんが歓喜の声を上げる。

 あれから特に問題もなく霧の森を抜けれたので俺はそれほど喜びはしなかったが、視界のほとんどない状態で御者をやり続けたマルコさんからすれば、緊張の連続だったろうから声を上げたくもなるだろう。

「眩しいな」

 何時間ぶりだろうか、久々に日の光を見たので思わず声を出す。隣では俺の言葉にレインさんが頷いていた。

 霧の森を進むには慎重になる必要があったので、太陽は南中から少し西に傾いていた。

 このままツヴァイトへは日が落ちる前にたどり着けるといいのだが。

 しかしマルコさんと行動を共にして結果的に良かった。竜車に乗れたおかげで予定よりも1日早くツヴァイトにたどり着けそうだ。

「リナさん! 森を抜けました!」

 荷車に乗っているリナさんに伝えるため、少し声を張って話しかける。

「ええ! 大きな声が聞こえたからわかってるわ!」

 先程のマルコさんの声が聞こえていたのだろう、リナさんは荷車の中から俺と同じように声を張って返事をする。

「あとどれくらいかかるんでしょうか?」

 レインさんがもう使う必要がなくなったランプを置きながら訊ねてくる。その顔は長いこと竜車に乗っていたせいだろうか、疲れているようだった。

「日没までには着くとだろうね。確か地図だと霧の森を抜けてからそんなに距離はなかったはずだよ」

 俺の代わりにマルコさんが答える。彼の表情はレインさんとは対照的に、緊張から解放されたせいか元気そうだった。

(今日は落ち着いた場所で眠れそうだな)

 竜車はツヴァイトに続く街道を軽快に進んでいた。


「あれが……石の街ツヴァイト」

 森を抜けてから体感で1時間程度経ったあと、遠くに街らしきものが見えたので俺は声を上げる。

 その街は石の街という名の通り、ここから見ても全体的に灰色をしている。

 さらにこっそり偵察を発動して見てみると、後ろには削り取られた崖のようなものが見える。あれが石切り場だろうか。

(ここにトリスタンがいるかもしれない……何事もなく見つけられればいいが……)

「タスクさん?」

 また考えが表情に出てしまっていたのだろうか、レインさんがこちらに話しかけてくる。だが今回は心配げな表情はしていなかった。

「大丈夫ですよ、タスクさんなら大丈夫です」

 笑顔でそう告げてくるレインさん。その言葉に本当に何があっても頑張れるような気がした。

 美人に笑顔でそう言われるだけでそんな気になるなんて、男というのはなんて単純な生き物だろう。

 それとリナさんのときもそうだったが、女性に気を使わせてしまっている自分が情けなくて左右に頭を振ると口を開く。

「ありがとうございます」

 そうこうしてる間にツヴァイトはもうすぐそこまでの距離に近づいていた。


「まずは宿屋ですよね?」

 ツヴァイトに入った俺達は街の中央通りを進みながらマルコさんに尋ねる。

 この街はやはり辺境で来る人などいないせいだろうか、アスト村と同じように入り口に見張りのような人間は見当たらなかった。

「そうだね。できれば厩舎があるといいんだが……」

 確かにこの脚竜をそのまま置いておくわけにはいかない。

 俺は街を見渡しながら宿屋を探す。そんな中ツヴァイトの住人と思われる人達が俺達の事をチラリと見ていくが、すぐに興味がないように視線を外していく。

(なんだろう……)

「タスクさん……おかしくないですか?」

 俺と同じ疑問を持ったのだろう、レインさんが怪訝そうな顔をして訊ねてくる。

 辺境というわりにこの街は通行人が結構歩いている。だがその雰囲気が皆死んだように暗いのだ。

 そのせいで街の空気も何故かどんよりしたように感じる。

「何か……あるんでしょうね」

 レインさんの問いにそう答えた時、竜車は宿屋と思わしき建物の前に止まった。建物の裏手のほうに厩舎のらしき建物も見える。

「宿代は私が持つよ。お礼は改めてするつもりだが、今はこれぐらいさせてくれ」

 そう言ってマルコさんはこちらの返事を聞かずに、竜車を降りて宿屋の中に入っていった。

「あ! ちょっと……ありがたいけど、ん?」

 不意に空を見上げると、街に隣接している山に黒い雲がかかっているのが見えた。

「……嫌な雲だ」

「……そうですね」

 その雲を貫くように見つめながら、これから何かトラブルが起こるような嫌な予感がした。

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