初めての狩猟
「追いかけてはこないみたいだな……」
後ろを振り返りながら呟く。
(そんなことより今はお金稼ぎだな。うん!)
とりあえず今からやるべきことだけに集中する。
「おや? あんたちゃんと仕事はもらえたかい?」
声のほうを見るとギルドの場所を教えてくれたおばさんが先程と同じように畑仕事をしていた。
「はいおかげさまで。今からハウンドを狩りに行ってきます」
「お? いいじゃないか! がんばるんだよ。ハッハッハッ」
豪快に笑うおばさんの笑顔に俺も思わず笑顔になる。
「お兄ちゃんボウケンシャなの~?」
下から声がするので見ると5歳ぐらいの栗毛の女の子が足元で俺を見つめていた。
「そうだよ。これから狩りにいくんだ」
「お兄ちゃんすごいね! 女の子みたいな格好してるのに」
「あはは……」
苦笑いするしかない。
「こらヒナ! 失礼な事を言うんじゃないよ!」
「いえ。俺は気にしてないですから」
そしてヒナちゃんの目線の高さまでしゃがむ。
「褒めてくれてありがとね。お兄ちゃん女の子みたいな格好だけど結構すごいんだよ」
そう言ってヒナちゃんの頭を撫でた後立ち上がる。
「気を使わせちゃったみたいで悪いね」
「いえそんな――」「そうだ!あんた宿はもう決まってるのかい?」
「まだですけど……」
「じゃあうちにおいでよ。うちは小さいけど宿屋やってるんだよ。冒険者は普段泊めてないけどあんたならいいさね」
「助かりますけどいいんですか?」
「ああ。冒険者は乱暴な奴が多いからね。うちはヒナもいるし危ないからそういう連中は断ってるんだけど。あんたなら大丈夫そうだしね。さすがに無料ってわけにはいかないけど」
「十分です。助かります。お金を稼いだらお世話になりたいと思います」
「そうかい! それじゃあ晩御飯の用意して待ってるからね。それとあたしはハルコよろしくね」
「タスク・シンドーです。よろしくお願いします」
「……あんた貴族様なのかい?」
ハルコが真剣な表情で訊いてくる。
「……いえ違いますけどなんでですか?」
「そりゃあんた家名なんて持ってる人間は貴族様以外にいないだろう?」
「……そうですよね。でも俺の生まれたところじゃ家名を持ってるのが普通だったので……」
「そうなのかい? そんな所もあるなんて世界は広いねぇ」
「ええそうですね。(これからは苗字は名乗らないほうがいいな。でもそうなるとギルドの登録名はまずったかな……)」
「お兄ちゃんうちに泊まるの?」
ヒナちゃんが俺のズボンを引っ張りながら訊いてくる。
「うん。そのつもりだよ」
「そうなんだ~えへへ~」
そのヒナちゃんの笑顔に心が癒される。
「それじゃ。宿代稼ぎに行ってきます!」
「がんばってきな! そういえば武器を持ってないみたいだけど。大丈夫なのかい?」
「ええ。これでも体術には自信があるので(体術と呼べるような上等なものじゃないけどね……)」
「そうなのかい? でも怪我しないように気をつけるんだよ?」
「はい分かってます。それじゃ」
「お兄ちゃんまたね~」
俺は2人と手を振って別れ平原へ向かった。
平原にたどり着いた俺は腕を組んで考え事をしていた。
(アレを狩ると一匹200円……黒い奴だと1万円……)
俺の視線の先には灰色の毛をしたハウンドが平原で寝そべっていた。
(この先精霊を探して旅をすることを考えると……ここは1万円だろ!)
考えをまとめると俺は森に向かうことにした。
森に入ってしばらく歩くと聞き覚えのある唸り声が聞こえてくる。
「ガルルルルルル!」「きた! 1万円!」
俺のその声にヘルハウンドが一瞬たじろんだ気がしたが構わず攻撃を開始する。
「術式構成・貫通」
そうして向上している身体能力に任せてヘルハウンドの前に一瞬で踏み込むと、そのまま右脚でサッカーボールのように蹴り飛ばす。
「ギャ――」
蹴り飛ばされながら絶命して落下したヘルハウンドの死骸に近づく。
「確か犬歯って言ってたよな……」
そう呟いて死骸の犬歯を持つと力任せにそのまま引き抜く。
(しかしこんなことをしてても気持ち悪さや嫌悪感がないのは感情もこの世界に適応するように修正されたからなんだろうな。だからといって気分のいいものじゃないけど……)
そんな事を考えながら犬歯を4本ブチブチと引き抜いていく。
「これで1万円か。これでもう宿代は出せるだろうけど……お金はたくさんあって困るものでもないしな。よし!」
俺は次の獲物を探して森の中を進んだ。
夕焼け空の下、森から出た俺は制服ローブのポケットを犬歯20本でパンパンにしながら村へと歩いていた。
(カバンか何か買ったほうがいいな。そのほうがお金を効率的に稼げそうだ)
「おかえり。長いこと狩ってたんだね? 成果はどうだい?」
村に入ったところで変わらず畑仕事をしていたハルコさんに話しかけられる。
「とりあえずこれくらいです」
そう言ってポケットをポンポンと叩く。
「長いこと狩ってた割にはあんまりたくさん持ってないね? ハウンドだろ?」
「ええ。(ヘル)ハウンドです」
「それで足りるのかい宿代? まぁまけてあげてもいいけれど……」
ハルコさんが心配そうに俺を見つめる。
「大丈夫ですよ。余裕で足りると思います」
「そうなのかい? ならいいんだけどね……」
「それじゃ達成報告してきます。また後で」
納得のいってない顔のハルコさんに別れを告げてそのままギルドへと向かう。
「待ってたぜぇ! オカマ野郎!」
たどり着いたギルドの前にはガインとその取り巻きたちが俺を睨みながら待ち受けていた。
「はぁ……せっかくいい気分で戻ってきたのに台無しだよ……」
俺は溜め息を吐きながらそう呟いた。