水精パーシヴァル
俺は全力で森を駆け抜けて湖までたどり着く、状況のせいなのか心の余裕の無さなのか、昨日とは違い湖の様子もどこか殺風景に見えた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
俺は息を切らしながら湖を見回す。
(水源は……あそこか!)
湖に森のほうから流れ込んできてる小川を見つけ、そこに向かってさらに走る。
(なんだ? 空気が澄んできている?)
草木を掻き分けて進んで行くと、どこか森の中が厳かな雰囲気になっていく気がする。
「ここが……水源か」
たどり着いた場所には小さな湧き水が湧いている窪みがあった。
「頼む! 水精! 俺に力を貸してくれ! 今の俺じゃ何も守れない……だから、だから俺に皆を守れる力を貸してくれ!」
俺は地面に手を付いて頭を下げる。
『それがあなたの願いですか?』
「水精なのか?」
声のした湧き水のほうを見ると水色に光る球体のようなものが浮かんでおり、その球体からレインさんが着ていた水精の巫女の服と同じような格好した女性のイメージが頭の中に送られてくる。
「なんだこれは?」
『私の姿のイメージですね。そのほうが話しやすいでしょう?』
「そんなことよりも水精頼む! 俺に力を貸してくれ! 頼む!」
再び俺は頭を下げる。
『あなたに加護を与えるのはやぶさかではないですが。その前にひとつ答えてください』
「なにをだ?」
『まずあなたに加護を与えると今エルフの領域を襲っている魔獣にも勝てる可能性がでてくるでしょう。ですがあくまで可能性です。もちろん命を落とす可能性もあります。それでもあなたは戦うのですか?』
水精は抑揚の無い声で訊ねてくる。
「当たり前だ。俺はレインさんや女王さんを守る力を借りるためにここに来たんだから」
『それはなぜ当たり前なのですか? この領域は見捨てる事になるでしょうが今は一旦退いて力を付けてからまた挑むこともできるはずです。あなたは救世主として失われた神と戦うためにこの世界にやって来た、もしあなたがここで死んでしまえばその使命を果たす事ができなくなってしまいます。その危険を冒してでも魔獣と戦おうとするのは何故なのですか? タスク・シンドー」
「知っていたのか。俺のことを」
『ええ。精霊達は皆知っていると思いますよ』
「そうか……」
そうして俺は目をつぶって少し考えた後口を開く。
「そうだな。一宿一飯の恩とか。レインさんとの約束とか色々あるけれど。きっと俺の根っこにあるものは一つだけだな」
『それはいったいなんですか?』
水精は興味深そうな声色で訊いてくる。
「簡単な話だ。俺はここでみんなを見捨てて逃げられるような男には。ここで戦えないような男には育てられてはいない!」
俺は自信を持って宣言する。
「もしここで俺が逃げてしまったら俺を育ててくれた向こうの世界の二人に合わせる顔がない。あの二人が俺が孫だった事を誇れなくなる。そんなことになるぐらいならここで戦って死んだほうがましだ!」
『それがあなたの答えですか?』
「ああ。もちろん死ぬつもりはないけどな」
そう言って俺は少しだけ笑う。
『いい答えです。いいでしょう。あなたに水精の加護を与えます』
「ありがとう……パーシヴァル」
『パーシヴァル……』
「ああ。今日からお前の名前だ」
『パーシヴァル……いい響きです。水精パーシヴァル。これよりタスクの力となりましょう』
「これは……」
俺の体が輝きだし体内に力がみなぎってくる。
『水精の加護によりあなたの内在魔力が大幅に増加しました。これで魔法を連発できるようになるはずです。そして』
俺の頭の中に新しい術式構成のイメージが3つ浮かぶ。
「これがお前の術式構成か……」
『タスク。できる事ならエルフの皆を救ってあげてください』
「ああ! 任せておけ!」
俺は魔獣を倒すために再び走り出した。
「水よ……撃て!」
私とお母さんは魔獣に向けて水弾を撃ち続ける。
(タスクさんはきっと来てくれる。だからそれまで耐えないと……)
こちらの攻撃をそんなのも何度撃っても無駄だと言わんばかりに意に介さず魔獣は歩いてくる。
「グアアアアアア!」
魔獣は黒い火弾を連続で放つ。
「水よ……守れ」
水の壁を作り出して火弾を防御する。
「うぅ……」
唸り声に隣を見るとお母さんが苦しそうに水の壁を展開している。
「お母さん? もしかしてもう魔力が……」
「レイン。私が隙を作るからその間に逃げなさい」
「できないよそんなの! それにエルフの使命はどうなるの! 水精様と共に生きていくエルフの使命は」
お母さんの分も水の壁を展開しながら反論する。
「確かにエルフとしての使命も大事です。それでも私はそれを反故にしてでも母親としてあなたに生きていて欲しいの。だからレイン。生きて!」
そう言うとお母さんはもう残り少ないであろう魔力で水弾を撃ちながら魔獣へ向かっていく。
「お母さん! だめえええええ」
向かってくるお母さんに魔獣は口に大きな火弾を作り出して撃つ準備をする。
「いや……」
簡単に想像できるこの後起こることに泣きそうになりながら首を振る。
「誰か……助けて」
口から声が漏れる。
「誰か……お母さんを助けて! 助けて……タスクさん!」
「水撃強襲!」
バンッ!
「ガ! グアアアアアアアア!」
強力な水の魔法のようなものが魔獣に当たりその体の炎によって水蒸気が巻き起こる。
「よう魔獣! お前を倒しに戻って来てやったぞ」
「あ……あ……」
水蒸気の中で母を庇うように魔獣の前に立ち塞がるその人の名を私は叫ぶ。
「タスクさん!」
「もう大丈夫だ。レインさん」
そう言ってこちらを見て笑う彼の姿は、私にとっての救世主そのものだった。




