09話 そして動き出す……
ヒロインご乱心事件(勝手に命名)から3日経った。
私の怪我は星野先輩により傷ひとつ残ることなく治癒した。
ヒロインは警察の未成年超能力者をあつかう部署に拘束されている。
これからの処遇は現在協議中らしい。
まあ、特殊な案件だしね。
まあ、ヒロインのことはいいんだよ。
問題は……
「蓮先輩、伊織があたしのこと避けるぅ」
現在アメリアの寮の自室にて蓮先輩と一緒にいる。
ちなみに私は怪我が治っているのに療養中。
蓮先輩は私がどこか行かないように監視中だ。
伊織は普通に登校している。まあ、怪我もしてないしね。
「許してあげなさい。女の子に守られてプライドがズタズタなんですよ」
「伊織にプライドなんてあったんだ」
「そう、あんな伊織にも男のプライドが最低限ですがあるようです。尤も、自分の不甲斐なさを鈴花にぶつけるのは筋違いですが」
「ふーん。伊織が戦闘向きじゃないだけなのにね。私、気にしてないのに」
「あんまり言ってあげないで下さいね?」
「伊織を庇うんだ」
「同じ男ですしね。それに伊織にとって鈴花は特別ですから」
「幼馴染だし?」
「それもありますが。同い年で鈴花だけですからね、伊織が安心して傍にいれるのは。伊織は誘拐される危険があったので家族ですら距離を置きがちでした。だからこそ、社会的な権力のある実家と世界トップレベルの資質を持った鈴花が伊織にとっては救いだったんですよ」
「……それは私が想像するよりずっと、伊織にとって嬉しいことだったんだろうね」
「ええ、きっと。だから鈴花が傷つくのが嫌なんですよ」
「久しぶりの怪我だったしねー。伊織も動揺してるのか」
「別に特別伊織に優しくしなくていいですよ?やっていることは子どもそのものですから」
「うん、何時も通りにしてる。……ねぇ、暇だしゲームしようよ蓮先輩!」
「いいでしょう、何か賭けますか?」
「夢菓子堂のとろとろプリン!この間雑誌に載っていて美味しそうだった」
「いいでしょう」
格闘ゲームでいざ尋常に勝負!
蓮先輩に負けたら、学園から帰って来た伊織と勝負して押し付けよーと。
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<日向梓視点>
水滴が落ちる音が聞こえる。
あたしがいるのは簡素なベッドにトイレがあるだけの鉄格子付きの部屋。
出ようとサイコキネシスを使うけど何も起こらない。
たぶんこの銀色の腕輪がいけないんだと思う。
なんでヒロインのあたしがこんな目に遭わなきゃいけないの!?
こういうのは悪役令嬢の雪城鈴花の役目でしょう!
目が覚めてから何度も大人に事情を聴かれたわ。
あの女のせいだって言ったら、みんな変な目であたしを見るの。
『どうして力を使って襲ったんだ、死ぬかもしれなかったんだぞ』って聞かれたから、悪役のあの女が死んだって別におかしくないでしょ?って答えたら、怒られた。
オバサンだったから、美少女のあたしを苛めたかったのね。美しいって罪。
こんな展開、ゲームにはなかった。
新要素ってところかしら?
つまり迎えが来るのを待てってことね。
なんだろう?遠くで悲鳴が聞こえたわ。
「やあ、遅くなったね。大丈夫かい?ヒロインさん」
「あなたは――。なんでもっと早く迎えに来ないの!」
「ごめんね。これもゲーム要素なんだよ、ヒロインさん。とりあえずここから出ようか」
「そう、やっぱり。これから新シナリオね」
「ヒロインさんには色々聞きたいことがあるけど……今はここから出るのが先決だね」
差し出された手に真っ赤な液体が着いているけど……ここで嫌とか言ったら失礼よね。
握ってあげるなんて、あたし心が広いわね!
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<雨宮伊織視点>
「俺って最低だな……」
思わず呟いた言葉に今日は答える人がいない。
蓮と鈴花はアメリアの寮にいるからだ。
ヒロインが暴走した時に俺は何も出来なかった。
全部鈴花が対処してくれた。
俺はそれを見ているだけ。大切な幼馴染が傷つくのを見ているだけだった。
能力が戦闘向きじゃないからしょうがないって言われればそれまでなんだろう。
テレポーターは本来サポート向きの能力。
でも鈴花は圧倒的な資質と応用力と判断力そして蓮に叩き込まれた純粋な戦闘能力により、サポートも戦闘もこなすオールラウンダーの超能力者になった。
方や俺は珍しいだけの能力で戦闘能力も一般人より強いぐらいだ。
非力な俺。その不甲斐なさを鈴花を避けることで見なかったことにしたんだ。
2時間並んで買った夢菓子堂のプリンを見る。
先日、寮のロビーに放置されていた雑誌に鈴花の筆跡で『必ず買う!』と書かれていた。
これで許してもらえるか判らない。
物で釣るなんて最低と言われるかもしれない。
だけど、許してもらえるなら土下座でも何でもしよう。
場合によっては蓮に頭を下げて仲裁してもらう。
蓮と鈴花は大切な幼馴染だ。
ふたりと一緒にいれるなら、俺は何だってする。
「いたいた、伊織様」
明るく、聞き覚えがある声がした。
誰だっただろうか……。
振り返るとヒロイン――日向梓がそこにいた。
「どうして、捕まっているはずだろ……」
「ああ、警察イベントなら終わりましたよ?だから伊織様を迎えに来ました♡」
意味が分からない。
それよりもどういうことだ?
今日は鈴花も蓮もいないから雨宮の護衛が俺についていたはず。
ヒロインとの接触なんてことは絶対にさせないはずだ。
やばい――そう脳内で警報が鳴る。
どうにか逃げなければ。幸い人通りは少ない。
俺は臨戦態勢になった。
「逃がしませんよ?」
「ぐぁぁ……」
駆け出す寸前、ヒロインのサイコキネシスにより拘束される。
抵抗するが、逃れることは出来ない。
「よくやったね、ヒロインさん」
呑気な言葉が聞こえたかと思うとピリッとした衝撃が一瞬にして体をめぐり、俺の意識は落ちていった。
ごめん、蓮、鈴花……