08話 ブチギレたヒロインは……
あれから一週間が過ぎた。
ヒロインの恋愛フラグは誰にも立たない。
むしろまともに会話も出来ていないのだ。
クラスでも伊織に付き纏うが、相手にされていない。
転校初日に色々やらかしたせいかクラスでヒロインは浮いている。
クラスメイトとの仲を仲介しようとしても、私はヒロインの中では恋敵で最低女の悪役令嬢なので拒絶された。
まあ、恋敵は合っていると思うよ?フラグぶち壊してるしね。
あっヒロインから見たら確かに私、悪役令嬢だわ。
このまま諦めてくれたらと思ったんだけど、ついにヒロインがキレた。
「伊織様伊織様~、今日は一緒に帰りましょう!一緒にアメリアに行きたいわ」
おいおい、アメリアは一応秘密機関だぞ?
一般人の前で言う言葉じゃないんだけど……クラスの中では知っている人がいないみたいね。
店の名前ぐらいに思っているのかなー。
「俺は鈴花と帰るから。別をあたってくれ」
あぁー、ヒロイン鬼の形相でこっち見てるよー。
「アンタのせいで……、全部全部アンタのせいよ!!イベントがうまくいかないのも、フラグが立たないのも、ゲーム通りにならないのも全部悪役のアンタのせい!!アンタなんか死ねばいいのに!!」
ヒロインが叫ぶと教室内の机と椅子が宙に浮き上がる。
サイコキネシス――ヒロインの能力だ。
学園内では基本的に授業以外での能力使用は厳禁。
申請を出したり、特別な場合以外は厳しく処分される。
それは社会と人に迷惑かけないことを超能力者として心がけるため。
大きな力は使い方しだいで毒にも薬にもなるだ。
入学する時にヒロインも口が酸っぱくなるほど言われたはず。
私だって授業と仕事以外で学園内で能力を使っていない。
それは能力者として当然だからだ。
浮いた机と椅子が私に狙いを定めた。
教室内に何人か人がいるが……教室の隅に移動している。
目線で大人しくするように言うと、みんなコクコクと頷いている。
微弱な力だったり、戦闘向きじゃない人ばかりみたいだからね。
無理をしない人達でよかった。
「アンタのせいでアンタのせいでアンタのせいでアンタのせいでアンタのせいで」
錯乱しているのか、ヒロインは私の隣の伊織が見えていない。
このままじゃ伊織が危ない。
「あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーー」
ヒロインの咆哮ともに机と椅子が嵐のように飛んできた。
伊織と一緒にテレポートしたら簡単に離脱できる。
でもそうしたら、他のクラスメイトが危ない。
ならば――――
「正面から受けるしかないってわけね!」
私は床を蹴り、伊織から離れる。
するとヒロインは力を私にのみ向けられた。
襲いかかる机と椅子に焦点を合わすと、私はそれらをすべて屋上へとテレポートさせた。
ついでに他に飛ばされそうなものもテレポートさせる。
「何でよーーー!!」
取り乱すヒロインの一瞬の隙を見て、震えるクラスメイトに近づいて有無を言わせずテレポート。
本来は複数人をテレポートさせることが出来るのはかなり上位のテレポーターだけで普通の……ちょっと優秀な学生ぐらいが出来る事ではない。
まったく学園で今まで力を抑えていた努力が水の泡だ。
教室内には伊織と私とヒロインだけ。
投げる物がなくなったのに気付いたのか、ヒロインがこちらを見た。
「どうして!?アンタは家が金持ちなだけのちっぽけなテレポーターでしょ?何でこんなことができるのよ!!」
「あれ?知らなかったんだ。私はアメリアの実動部隊所属テレポーター雪城鈴花よ」
「アメリアって、伊織様と霧島先生だけでしょ!?雪城鈴花がアメリアにいるわけないじゃない!!」
「なら私は貴女の知らない雪城鈴花なんでしょ」
「日向……この世界は乙女ゲームじゃない。俺は攻略対象キャラじゃないし、鈴花も悪役令嬢じゃない。好感度メーターなんて存在しないし、イベントなんて起きない。ここは現実で俺たちは生きた人間だ」
「違う違う違う。そこは優しくあたしを慰めてくれるところでしょう?いつもは冷たいけど、あたしが本当に悲しい時は優しいの。明るいあたしが見せる小さな弱さにあなたは恋をするんでしょう?ねぇ、雨宮伊織はそういうキャラじゃない!!」
「違う!俺は――」
「聞きたくない!!」
念力の刃が伊織を襲う。
それは刃物と同等の切れ味だ。当たったら無事では済まない。
サイコキネシスは使い方を間違えると一気に危険な力となる典型であり、弱い力でも殺傷能力がある。
かつて、戦争では多くのサイコキネシスを持った超能力者が兵器扱いされた。
だからサイコキネシスを持つものは己を律し、力を良いことに使おうとする。
それは兵器扱いされないため。そして戦争の傷跡を治すため。
それだと言うのに、この女は――――
伊織の傍にテレポートしたと同時に突き飛ばす。
瞬時に天上付近にテレポートして伊織の無事を確認。
足がズキズキする――念力の刃が掠ったらしいが今は気にしてられない。
まったく、ペンでもヒロインにテレポートさせたら一瞬で終わるのに。
でもそんなことは一般人にすることはできないよね、面倒くさい!
テレポートでヒロインの背後に回り込み、蓮先輩直伝の手刀をかます。
「もう、ゲームは終わりだよ」
意識が薄れているだろう彼女にゲーム終了を私は告げた。
ヒロインは気絶した。
これで一安心と思ったら右足に激痛が奔った。
「――い、痛い」
「鈴花!」
伊織が駆け寄ってくる。
戦闘中はアドレナリンが出ていたせいか痛みはあまり感じなかった。
緊張が解けた今はすっごく痛い。血だまりが床にできている。
結構深くやっちまったみたいだ。
私は遠慮なく伊織にもたれかかった。
「ごめん、鈴花。俺が役立たないばっかりに……」
「いいよ、別に。気にすんな」
伊織の専門は戦闘じゃないじゃん。
教室のカーテンを破り、伊織が私の足を止血した。
――――ガラッ
勢いよく教室のドアが開け放たれた。
「伊織、鈴花大丈夫ですか!?」
「雪城さん!?」
「うわぁ、鈴花先輩!!」
蓮先輩と星野先輩と南雲くんが来た。
教員じゃなくてみんなが来たのはヒロインがアメリアの管轄だからだろう。
連絡してくれたのはクラスの子たちかな……後でお礼言わなきゃ。
「――――チッ、クズ女が。星野くんは鈴花の治療をお願いします。南雲くんはそこで伸びている女を拘束して、さらに無効化の能力で超能力を封じて下さい。伊織は廊下に出て生徒が立ち入らないように見張りを」
蓮先輩、的確な指示だけどちょっと暴言が入っているよ?
いつもの3割増し怖い。
「判りました」
「了解っす」
「……判った」
伊織が一瞬何か言いたそうにして、教室を出ていく。
あれは……気にしているな。
ぼーっと扉を見ていると蓮先輩が私の顔を無理やり自分の方に向かせた。
怪我人に何をする。
「遅くなってすみません、鈴花」
「本当に……遅すぎだよ。何でもっと早く来てくれなかったの」
「次はもっと早く駆けつけます」
そう言うと蓮先輩は私の頭を優しく撫でた。
幼馴染だし、こんな時ぐらいは悪態ついてもいいよね……。
「では雪城さん、治療を始めますね」
星野先輩の温かな光が私を包み込んだ。