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 目を覚ますとまだ夜中だった。室内は闇に包まれていた。携帯を開いて時刻を確認みたが、夜明けには程遠い時間だ。二度寝しようと瞼を閉じようとする。


「郁! 早く起きろ!」


 怒鳴り声と共に父さんが部屋に入ってくる。手には懐中電灯。白い光に照らされたその顔は恐怖で歪んでいた。後を追うように来た母さんは泣いているようだった。


「どうしたの?」

「いいから早く逃げるわよ! こんな所にいたら死んじゃう!」


 ベッドの上で呆けている僕に母さんが叫ぶ。ただ事ではないのだとようやく理解して、軽く身支度をして両親と共に外へ飛び出す。


 そこに閑静な住宅街は存在していなかった。どこの家も全て何か爆発でもあったかのように破壊され、瓦礫の山となっていた。燃えている家もあって、か細い外灯のみが頼りの夜の世界は赤く照らされていた。

 逃げているのは僕達だけではなく、近所の人達がどこかへ向かって走っていた。車からも火の手が上がっており、移動手段は自分の足しかないようだった。

 女性が泣きながら誰かの名前を呼びながら、進行方向とは真逆に走ろうとして男性に止められていた。取り残された者の名前だろう。同じような人や子供が何人もいた。


「隣の町までだ。そこまで行けば自衛隊が待機しているらしいからひとまず安全だ」

「……何? 空襲でもあったの?」

「その方がまだマシかもしれない。家や車が壊れていったんだ。この辺で家が壊れてないのはうちぐらいだった。運がいいのかは分からないけどな」

「テロなのかしら!? でも、どうしてこんな……」

「テロにしても範囲が広すぎるだろ! どこの町でもこうなってるってラジオで言ってたのを忘れたのか!?」

「じゃあ何よ!? とんでもない化物か神様がこんな事をしたって言うの!?」


 発狂しかけている母さんを眺めながらも、僕の頭の中にあったのは友人の事だった。彼女の事件があった直後なのに、こんな事になるなんて神様は彼に何か恨みでもあるのだろう。


「…………………」


 いや、違う。神様が友人に恨みを持っているのではない。友人がこの世界に恨みを持っているとしたら。


 僕は走り出した。隣町とは反対の方向。友人の自宅へと。父さんと母さんが僕の名前を呼びながら追い掛けようとしていたが、人混みに飲まれていく内に二人の声も聞こえなくなった。多分、もうあの人達に会えないだろうな、と思いながら走る。

 辿り着いた友人の家もやっぱり大破していたが、この周辺は火事も起きておらず不気味なくらいに静かだった。外灯も壊されていた。それでも僅かに明るいのは月の光があるからだろう。今まで見てきた中で一番綺麗な満月だった。


「駄目だよ。ちゃんと逃げなくちゃ。こんな所にいたらお前の親が心配する」


 瓦礫の上に誰かが立っていた。見覚えのある他校の制服と聞き覚えのある声。ああ、やっぱり。僕は口を開いて彼の声を呼んだ。


「早く逃げるよ、久弥」

「俺に逃げる必要なんてないよ。俺がこんな事を仕出かしたんだから……」


 こんな時なのに、友人は相変わらずいつもの笑顔を浮かべていた。


「他人にはない力を持っている自分は何者だろうって一時期悩んだ。そしたら、ある日物凄い力を持った宇宙人が理不尽だらけの世界を救うって映画を見て、俺もそうなんだって思うようになった。いや、思い込むようにしたんだ。自分が何者か決めておかないと怖くて仕方なくて」

「宇宙人じゃなくて超能力者っぽいよ」

「あの頃は宇宙人に憧れてたんだよ。この力に気付いたのは優弥を殺したあの女を酷い目に遭わせたいって思った時だった。あいつが苦しそうな声を出す度にぐちゃぐちゃにしてやった。見えない何かがあの女の体を切り刻んでいったよ」

「それって金山と同じ殺され方だ。もしかして……」

「俺が殺した。飼育小屋の生き物と同じ殺し方だったのは単なる偶然。冗談半分で願いを叶えてやるって言ったら殺してくれって頼んでくるからちょうど良かったと思った」

「…………………」

「自分のせいで死んだと思うなよ。俺だってお前に暴力振るってる金山を見るまではどうしようか迷ってた。俺が金山を殺したのはお前を痛め付けるあいつが、このまま生き続けるのが間違っていると判断したからだ」

「……僕が聞いた時は宇宙人は出来ない事があるって言ったくせに」

「お前は僕を殺せるかって聞いたんだ。殺せない……ずっと友達だったお前を殺せるはずがない……」


 少し泣きそうな声だった。月が雲に隠れてしまい、微かな光すらも奪われてしまった夜の空間で友人がどんな顔をしているか分からなかった。泣いているのだろうか。

 少しでも彼に近付こうと足を前へ動かす。「来るな」と友人が焦ったような口調で叫んだ。


「優弥も香織もこの世界に殺されて、次に俺は誰を殺されるんだろうって考えた時に浮かんだのは郁だった。お前は誰も死なないって言ったよ。でも分からないじゃないか。人は簡単に死ぬんだ。いつか殺されるかもしれない。お前以外の人間なんて信用出来ない。そう思ってしまったんだ……」

「……この世界はおかしい事ばかりだけど、全部おかしいわけじゃない。僕よりも価値のある人間がたくさんいる」


 僕はズボンのポケットから小さな折り畳み式のナイフを取り出した。ここに来る途中、拾ったものだ。きっと誰かが護身用に持ち出してきたものだろう。

 再び雲から逃れた月が破壊された町を照らす。月の仄かな光を吸収したナイフの刃が輝きを放つ。


「そして、皆からしたらおかしいのは久弥なんだよ。そんな訳の分からない力で町を壊して人を殺した久弥が異常なんだ」

「そうだね。それが今夜よく分かった。お前以外全員殺してしまおうって思ってたくさん人間を殺してやっとそれに気付いたよ。俺は世界を救う宇宙人になれないって。泣いて怯える人達を見てやっと気付いた……だから」


 友人の全身から赤い液体が吹き出した。まるで見えないナイフに何度も何度も刺されているような、グサ、グチュッと奇妙な音が何度も制服も聞こえた。口からどろり、と血が吐き出した後、友人の体は静かに倒れていった。

 僕はゆっくりと歩いて友人へと近付いて行った。赤く濡れた瓦礫を登っていくと、友人の死体があった。血塗れでなかったら眠っているだけにしか見えない安らかな死に顔をしている。


「馬鹿だな。これだけの事をしておいて死んだだけで罪が償えると思ってるなんて」


 この世界はおかしい。死ぬ必要がない人間が死んで、死ぬべき腐った連中がのうのうと生きているような場所だ。友人は幼い頃にその事実に気付き、どうにかしたいと思っていた。その事を僕以外には知らせずに友人は死んだ。

 恐らく人々はこの夜の出来事が友人によるものだと知れば、彼を恐れ、糾弾するだろう。その事を僕はきっと悲しむ。そして、後悔する。友人が抱えていた闇を知りつつも、完全に理解してやれなかったと。


「君は否定するかもしれなかったけど僕は久弥は死ななくていい人間だったと思うよ、僕なんかよりもずっとさ」


 友人が自ら命を絶つつもりでいると悟った時に取り出していたナイフを見下ろす。恐怖は特には無かった。

 僕も償わなくてはならない。ずっと一緒にいた彼の狂気を拭えなかった罪を。こんな事になってしまっても未だに久弥を友人だと信じている罪を。


「道連れになってあげるよ、宇宙人」


 僕は友人に最期の笑みを送ってナイフの柄を強く握り締めた。

終わりです。

最後に全てを諦めた宇宙人と、最後に友情と世界を天秤にかけた彼の友達の話でした。

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