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女性への強姦表現があります。
ご注意ください。
友人に彼女が出来たのは高校二年の時だった。違う学校に通うようになっても僕と友人はしょっちゅう会ったり連絡を取り合っていたが、ある日突然紹介された。本当に何の前触れもなく。
「こいつ、俺の小学生の時からの友達ね」
そう言ってびっくりしている僕を彼女に紹介する友人は嬉しそうな顔をしていた。別に親へのお披露目でもあるまいし。と思ったところで、考える。この子はどこまで友人の秘密を知っているのだろうと。
「あの、初めまして。久弥くんがお世話になってます」
「どうも、こちらこそ」
「何言ってんの。俺がこいつの世話をしてるんだよ」
話のネタにされるのか不服なようで友人が唇を尖らせる。いつも僕より優位な位置に立っていた彼の珍しい一面がおかしくて、僕は彼女と一緒になって笑った。
彼女は同じ学校、同じクラスの女子で告白したのは友人からだったそうだ。小柄で可愛くて素直そうないい子。守ってあげたくなるような雰囲気を持っていて、小学生からの付き合いの僕としては友人なんかを彼氏にしていいのかと聞きたいくらいである。
だが、僕も嬉しかったのは事実だ。人には言えないようなあまりにも重苦しい過去を抱えた友人が、心から好きになれる人と出会えた。ずっと幸せでいて欲しいと願った。
それからは彼女を交えて三人で遊ぶ事が増えた。遊ぶとは言っても、僕は二人の時間を楽しんで欲しいと早めに退散していたが。
一度、彼女とたまたま二人きりになったので、どうして友人を好きになったのかを聞いてみた。
「久弥くんはね、なんか一人にしておけないなあって」
「放っておいても大丈夫だと思うよ」
「そう? 私はたまに寂しそうな顔をする久弥くんを見ると抱き締めたくなるよ。大丈夫だよ、私がいてあげるよって。……どうしてそんな顔をするか分からないけど、久弥くんを守ってあげたいの」
守ってあげたくなるような女の子からそう言われるなんて、幸せなんだか情けないんだか。何となく僕には前者に思えた。
幼少期での経験からなのか小学生の時からどこかおかしいところがあった友人も、やっと当たり前の幸福を手に入れるのだ。それも自分が惹かれた相手と共に。
見た目とは裏腹に強い意志を持ったこの子なら、きっと友人を幸せにしてくれる。そう信じていた、のに。
香織が死んだよ。自殺だってさ。
電話で友人にそう告げられ、僕はその場に座り込んだ。あまりにも予想していなかった言葉に全身から力が抜けてしまった。
自殺、だなんて信じられなかった。ふらつきながら聞かされた病院に到着すると友人が入口の前に立っていた。僕がここに来るとは言ってなかった。無表情でじぃ、と僕を見詰めている。そこから感情を読み取る事は出来なかった。
「香織ちゃんは……?」
「静かに眠ってたよ。香織の寝顔を見るのなんて初めてだった」
彼女は警報が鳴っている最中の踏切の中に入り、そのままやって来た電車に轢かれたらしい。体内からはアルコールが検出され、ある『モノ』も発見された。
「精液が香織の中に残ってたんだって。下着もつけてなかった」
友人が自分の携帯を差し出す。メール画面になっていた。差出人は彼女だった。
自分が同じ学校の男に無理矢理酒を飲まされ、意識が朦朧としている状態でレイプされたという告白文だった。最後には「もう久弥くんとはいられない。ごめんなさい」とだけ必要のない謝罪の言葉があった。
どうして君が謝るの。メールを見ながら呟くと友人は「知らない」とだけ言って僕を置いて病院を出て行った。
彼女をレイプしたのはメールの文面通り、二人と同じ学校の男だった。彼女の親は亡くなった娘の代わりに告訴するそうだ。
「でも、無理かもしれない」
小さな頃、よく遊びに行った小学校の裏山を歩きながら友人は言った。
「香織を強姦した奴、うちの学校の生徒会長でそいつはむしろ逆に香織に酒を無理矢理飲まされてセックスを強要されたって泣いて訴えてるんだよ。頭も良くて人気者で先生からの信頼も厚くて……学校の皆はそいつの言葉を信じてる」
「待ってよ。でも、久弥の所に来たよね!? 香織ちゃんからのメール!」
「あれも……このままじゃ自分が訴えられると思って急いで作成したメールじゃないかって事で片付けられそう。踏切の中に入ったのもわざとで死ぬ気は無かったけど、酒の酔いが残ってたせいで運悪く……」
その先は何も言わずに友人は携帯を握り締めた。色んな感情が胸の中で渦巻いているはずなのに、顔には何の表情も現れていない。目だけがギラギラと光っていた。
「母さんからはね、もう香織の事は忘れろって言われた。俺のためとか言ってたけど、多分ゴタゴタに巻き込まれたくないだけだと思う」
「親に言われたからってそうするのか!? あんなに香織ちゃんが好きだったくせに!」
「……優弥が死んだ時もこんな気持ちだったな」
「……誰それ」
「俺の弟。ろくに避妊もせずにセックスしまくって出来た子供のくせに、名前だけは立派なのを付けてくれたんだよ。首を絞められて動かなくなった優弥を見てる時の気分なんだ。まだ小さかったけど、よく覚えてる。悲しくて悔しくて……」
友人の瞳に昏い光が宿る。体が震え出し、手で覆った口から漏れる声はどこか震えていた。名前をいくら呼んでも聞こえていないようで、ぶつぶつと独り言を続けている。
「死ななくていい人間が次々と消えていく……大好きだった肉親を殺されて……大好きだった恋人を殺されて……次に俺は誰を殺される……? こんなおかしい世界に次は誰を殺されるんだ……」
「久弥、落ち着いて。しっかりしろ。誰も死なないよ。もう久弥の大事な人は誰も死んだりしない」
「次、は……」
友人が僕を見る。僕は大きく頷いた。まだこの歳で二度も大事な人を失った彼が完全に壊れてしまわないように、「大丈夫だ、安心しろ」と強い口調で言った。
言葉がちゃんと届いたのか。友人はゆっくりと笑みを浮かべた。普段に比べたら随分と歪なものだったが、それでも笑ってくれていると安堵する。
「ありがとう……もう大丈夫だよ。そうだね、二人のためにも悲しんでいられない。俺は俺の出来る事をしなくちゃ」
「久弥……」
「俺は宇宙人だから他の人間には出来ない事が出来るんだから」
友人の口からあの懐かしい言葉が聞こえた瞬間、強い風が吹いて僕は反射的に目を閉じた。
「久弥?」
ほんの数秒の出来事だった。なのに、そこには友人の姿はもうなかった。
次でラスト