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騒がしいのは飼育小屋の方だった。昨日より大勢の人間が集まっているようで、様子を見に行こうとする生徒も大勢いた。だが、彼らを通させないように小屋の周りには黄色いテープが貼られていた。もうあそこにはウサギもニワトリもいないはずなのに。誰もがそう思い、大人達の異様な雰囲気に怯えていた。
僕は胸騒ぎのようなものを感じて小屋に近付いていった。もうあそこには二度と近寄らないと誓ったはずなのに足が勝手に動き出す。
黄色いテープの先にどうにか行こうとしていると、僕のクラスの先生が小屋のある方向からやって来て「何をしているんだ!」と怒られた。その顔は紙のように真っ白になっていた。ああ、やっぱり何があったんだなと直感した。
「……どうしたんですか?」
「何でもない。それから今日は学校は休みだ。来たばかりで悪いけど、今日はもう帰れ」
先生の声は震えていた。明らかに何かに対して怯えている。いつも怒ってばかりでたまに優しいくらいの先生が。
脳裏に浮かんだのは何故か金山だった。
「もしかして金山君に何かあったんですか?」
その瞬間、先生は大きく目を見開いて僕の両肩を勢いよく掴んだ。そうして僕にしか聞こえないような小さな声で「誰に聞いた?」と尋ねた。僕は急に怖くなって首を横に振った。
「誰にも……でも昨日この辺で金山君に会ったんです」
「本当か?」
「それで……誰がウサギとニワトリを殺した事をばらしたんだってすごく……怒ってました」
「そうか……」
先生は深く溜め息をついて、僕をじっと見詰めた。僕はすぐに金山に蹴られそうになった事と、友人が来るとすぐに金山はどこかへ行ってしまった事を教えた。すると、先生はその後は金山の姿を見ていないんだなと聞いていたので僕は頷いた。
……すごく嫌な予感がした。今日は半袖でもいいくらい暖かいはずなのに寒気が止まらなかった。
「金山君……どうしたんですか」
先生は答えようとしない。唇を震わせたまま僕を静かに見下ろしている。
「先生?」
「そうだな……どうせ後で全校集会の時には言うからな。最後にあいつを見たお前には先に言っておくか」
「……最後?」
「まだ他の誰にも言うんじゃないぞ」
殺されたんだよ。
その一言に僕は一瞬呼吸をするのを忘れた。殺された。金山が。昨日あんなに偉そうに自分を正当化していた金山が殺された。それを理解してすぐに頭の中に思い浮かんだのは友人の笑顔だった。
友人に僕は「金山を殺して欲しい」と頼んだ。そして彼はそれを簡単に引き受けてくれた。
「どんな風に殺されたんですか!?」
「ど、どんな風にって……」
先生は困惑していた。この時、僕はどうして先生が困っているのかも考えもしないで、どうやって金山は殺されたのかを聞き出そうとした。早く殺害方法を知りたかったのだ。
小学生でも出来る殺し方だったら、とそればかりが頭によぎっていた。我を失っていた僕に先生は訝しげな表情を浮かべた。
「郁、お前……」
「落ち着きなよ郁」
後ろから肩を叩かれる。友人だった。こんな時だというのに普段と同じようににこにこと笑っていた。
「すいません、こいつ。混乱してるっぽくて。多分、どうして金山が殺されたのかって聞きたいんだと思いますけど」
「久弥?」
どうしてそんな事を言うんだと驚く僕に友人は耳元で「しっ」と告げた。
先生は苦々しい表情で友人を見る。疑われているのだと思い、声を上げようとするも友人に黙れと言うように視線を送られて開きかけた口を閉ざす。
「久弥……お前聞いてたのか」
「だって先生声が大きいんですもん。教室に入ろうしたら今日はもう帰れって理由もなしに言われてラッキーと思って帰ろうとしてたら、こいつに先生が怖い顔してるし。てっきりこいつが何かやらかしたと思ったんです」
「そうじゃない。俺はただ郁に話を聞いていただけだ」
「話って?」
友人に怯えの色は全く見えない。それどころかどんどん話に踏み込んでいく。同じ学校の生徒が殺されたというのに笑顔は絶えない。どこか不気味に思えたのは僕だけではなかったようで、先生は狼狽えていた。
「お前ら……昨日放課後にあいつと会っていたんだろ。どこかに行くとか誰かに会いに行くとか言ってなかったか?」
「何も言ってませんでしたけど。僕もこいつを蹴ろうとしている金山に文句を言おうとしたら逃げられてそれっきりでしたもん。ねぇ、郁?」
文句なんて言おうとしてなんかいなかったような気がするが、僕は同意を求める友人に首を縦に振った。何となくこの辺で僕は先生に疑いを持たれていたんだなと気付いた。だから友人は自分達は確かに金山に放課後に会ったが、それ以降は知らないし見ていない事を強調しているのだとも分かった。
それは僕のためなのか、或いは友人自身のためかまでは分からなかったが。
「聞きたい事はこれで終わりなら僕達もう帰りますね。こいつ誘ってゲームするつもりだったし」
「あ、ああ。だけど後からまた話を聞くかもしれないがいいか?」
「いいですよ。ほら、行くよ郁」
「う、うん」
友人に腕を引かれてその場から離れようとすると、先生に名前を呼ばれた。僕ではなく、友人が。
「お前分かっているのか。生徒が一人死んでいるんだぞ」
「分かってますよ。怖いのもあるし、早く帰りたいんです」
「だったら……どうして笑っているんだ?」
「先生だって学校の邪魔者が消えて笑いたいくせに。あいつを殺した奴に感謝してるくせに」
先生は何も答えなかった。答えられなかったのだろう。友人とは違うと思っているならちゃんと言えばいいのに、無言で視線を逸らした。それが何を意味するか僕は分かった。
先生も金山の死を喜んでいると。
「どうしてあそこで殺され方を聞いたの」
いつもより何時間も早い帰り道を歩いていると、友人が苦笑しながら聞いてきた。僕が理由を正直に話そうか迷っていると、返答を待たずに更に続けた。
「普通は『どうして殺された』かを聞くもんなのに。先に殺され方を聞くから先生も怪しんでたじゃない」
「ごめん……」
「別に謝らなくったっていいのに」
「だってそのせいで久弥まで疑われるかもしれないよ」
ひょっとしたら金山を殺したのは本当に友人で、そうしたら僕のせいで友人は悪者になってしまう。僕のせいで人殺しなんかして捕まったりしたらどうしよう。そこまで悩むくらいなら「久弥が殺したの?」って聞けばいいのに聞けなかった。
だって、もし「殺したよ」と言われた時。僕はどう言えばいいか分からなかった。
「……金山はね、ウサギとニワトリと同じように全身を刃物でズタズタに切り刻まれて殺された後、木に吊るされてたみたいだよ」
「そうなんだ……」
「しかも木と言ってもてっぺんの辺りからだって。大の大人だって中々出来るような事じゃないってさ」
先生達の話少し聞いてたんだと言う友人に僕は口を開く。そういえば宇宙人だって証明するために金山を殺すって言ってたね、と言いたい。だけどストレートにそれを言うのは怖かった。これ以上、金山の名前を出すのも嫌だった。
だからこう聞いた。
「久弥は自分が宇宙人だって言ってたけど……もし宇宙人だとしたら久弥は僕を刃物で全身をズタズタにして殺した後に木に吊るせる?」
「……出来ないかな」
友人は困ったように笑いながら首を横に振る。
「宇宙人でも?」
「宇宙人でも出来ない事ぐらいはあるよ」
馬鹿だなお前。そう言って笑う友人に僕もつられるように笑顔になった。
良かった。もし、友人が本当に宇宙人だとしてもそんな風に人は殺せないと分かって僕は心から安堵すると同時に申し訳なく思った。彼を疑うなんてどうかしている。いくら頼まれたからって簡単に人、しかも同じ学校の生徒なんか殺せるはずがないのに。
「どうしたの、さっきまで暗い顔してたくせに」
「ごめん、僕ずっと金山を殺したの久弥だと思ってたんだ。そうだよね、いくら宇宙人でも出来る事と出来ない事があるよね」
安心しながらもそれなら誰が金山を殺したのかと考えても答えは出なかった。だが、そこは大人がちゃんと調べてくれるだろう。友人が犯人ではないと分かっても、やっぱり人間一人を平気で殺せる人殺しが近所にいるかもしれないと思うと怖かった。
殺してくれてありがとう。だなんておかしい事をほんの少しだけ考えながらも早く捕まって欲しいと僕は願った。
あと二、三話で終わります。