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ウサギとニワトリは金山が殺した。だから僕が友人に頼んだ事は「金山を殺して」と同じ意味を持っていた。それぐらいは友人だって理解出来ていたはずなのに、彼は驚く程あっさり頷いてみせた。
本当にやるつもりなのだろうか。僕はそのまま自分の教室に戻ろうとする友人の腕を掴んだ。
「ま、待ってよ」
「ん?」
「本当に、するつもりなの?」
「約束したからね」
友人はウサギとニワトリに何の愛着を持っていなかった。僕の願いを聞き入れたのは、自分が宇宙人だと照明するためだ。
次の授業を知らせるチャイムが鳴り始める。先生が早く席につくようにと叫ぶ。友人はそっと僕の腕を離して自分の教室に戻って行った。呆然と立ち尽くしていると、先生に怒られて座った。
だが、先生は僕の顔を見て表情を和らげた。
「どうしたんだ郁」
「え……」
「顔が真っ青だ。具合でも悪いのか」
「そんなんじゃないです……」
僕がそう答えると先生は「無理はするなよ」と優しく言ってくれた。他のクラスでも体調を崩して保健室で休んでいる子が何人もいるらしい。きっと飼育小屋の件があるからだ。
授業を受けている間、僕はウサギの事を思い出していた。ふわふわの真っ白な体と苺のように赤い目をしていた。抱き上げても暴れたりしない人懐っこい子だった。
どうしてあの子が殺されたりしたんだろう。考えると視界が滲んだ。
放課後、僕は飼育小屋に行った。朝はたくさん人が集まっていたのに、もう誰もいなかった。
何もいない小屋。よく見ると網や床が赤黒く汚れていた。血が出るという事はその分痛みも伴うと僕は知っていた。転んで少し血が出ただけですごい痛かったからだ。
「おい」
後ろから呼ばれたと同時に髪を引っ張られた。驚きと痛みで背後を振り向くと金山が物凄い形相で僕を睨み付けていた。
「お前か、学校と親にチクったの」
「なに、を」
「俺がウサギとニワトリ殺した事に決まってんだろ!」
僕は首を横に振った。信じてもらわなければ何をされるか分からなかった。心臓がドクドクと音を立ててうるさい。
「言って、ない。言ってません」
「本当か!?」
「だって、今初めて知ったから」
これは嘘だ。僕は友人から金山がやったと聞いていた。どんな風に殺したのかも。だからこそ僕は余計に金山が怖かった。事前に話を聞いていなければ、驚くばかりだったはずなのに。
「ちっくしょう!」
金山は舌打ちをすると僕を地面に叩き付けた。口の中に砂が入ってくる。
「だよな、お前じゃないよな? 俺がやってる時に聡史達に見張りやらせてたんだからお前が知ってるはずないもんな?」
聡史は金山の取り巻きだ。僕達の学年の中では体格が良い方で乱暴者の金山は何人も引き連れていた。取り巻きは口を揃えて金山はかっこいいと言っていたが、それが一緒にいる理由ではない事ぐらいは皆分かっていた。
金山はどんな悪さをしても先生には怒られない。一度、度が過ぎた悪戯をして流石に怒った先生がいたが、その人は一週間後に別の学校に飛ばされたと聞く。そんな金山のお気に入りになれれば、いい事がたくさんあると分かっていたのだ。
そうでなければ、少しでも気に入らない事があるとすぐに暴力を振るう金山なんて誰も好きにはなれない。
「なあ、お前俺がかわいそうって思わねぇ? 俺すっげー親に怒られたんだぜ? たかがウサギとニワトリぐらいでよぉ!!」
「……でも、どうしてそんな事したの?」
「女子がむかつくにきまってんだろ。綾香はこの俺が好きだって言ってんのに嫌いだって言いやがるし、小夜子は俺なんていなくなれって騒ぐし……あいつらの大好きなウサギを殺して泣く顔が見たかったんだよ」
「本当に……そんな理由だったの?」
「当たり前だろ! 別に俺は殺してみたいなって思って殺したわけじゃねぇんだよ。なのに親共は人間相手には刃物は絶対向けるなって言うし……な? かわいそうだろ俺」
涎と共に砂を一生懸命吐き出している僕に、金山が同意を求めるように笑いかける。ここで肯定すれば僕は金山から解放される。否定すれば逆上した金山に何をされるか分からない。答えは決まっていた。
「かわいそうだって……」
視界の端に小屋が入り込んだ。あのふわふわと可愛かったウサギがいた飼育小屋。
金山への恐怖が怒りに変わった。
「かわいそうって……思わない」
「何だと!? 俺を馬鹿にしてんのかよ!」
金山が起き上がろうとしていた僕を蹴ろうと足を振り上げる。
「何してるの?」
その声に足は動きを止めた。小屋の横にはいつの間にか友人が立っていた。いつからそこに、なんて声は出なかった。驚いて「うわっ」と僕から離れた金山に友人はもう一度同じ事を聞いた。金山は自分より背が高い友人が苦手なようで、逃げ去って行った。
「い……良いところで出てくんじゃねーよ、親無し!」
奇妙な捨て台詞を吐き捨てて。聞いていなかったのか、友人は僕が起き上がるのを手伝ってくれた。
ありがとう、と言おうとしたところで気付いた。友人は笑っていなかった。かと言って怒ってもいない。ただ、無表情で金山が逃げた方向をずっと、ずっと見詰めていた。
「駄目だよお前。犯人っていうのは必ず犯行現場に戻るって言うでしょ?」
「刑事ドラマの見すぎだよ……」
「でも、戻ってきたよ」
友人は自慢気に笑った。いつも彼だ。だが、僕の頭の中には金山が残した言葉が何度も蘇った。
親無し。僕はそんなはずないと否定した。だって僕は友人の家に遊びに言って優しいお父さんとお母さんに会っている。何が親無しだ、ちゃんといるじゃないか。
そう思っているのに、昨日の友人からの告白のせいで十分に否定しきれない。もし、友人が宇宙人だとしよう。彼の両親は洗脳されて宇宙人を自分達の子供だと思い込んでいるかもしれない。つい最近そういう映画がやっていた。宇宙人ではなくて超能力者だったが。
金山はその事を知っていて、だから友人を恐れているのかと。そこまでぐるぐる考えていた所で、僕の目の前でパチンと友人が両手を叩いてみせた。
「大丈夫? ボーッとしてたけど」
「うん」
「じゃあ、帰ろうか」
優しい声に促されて飼育小屋から離れていく。昨日から色々考えて過ぎて頭がおかしくなってしまったのだろう。この日僕はいつもより早く布団に潜り込んだ。僕の住んでいるこの町が何か爆発があったかのように建物が全部壊れ、瓦礫の山になっている夢を見た。誰かの死体を踏みつけながらタコのような宇宙人が呆然とする僕を嘲笑っていた。化け物、と怯えながらも安堵した。僕の町を破壊してたくさん人を殺したのが友人ではなかったからだ。
次の日、僕は夢の内容が忘れられず息苦しさを感じながら学校に行った。
昨日とは比べ物にならないくらい騒がしかった。校門の前には何台もパトカーが停まっていた。
もうちょい続きます。