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最果ての駅にて  作者: 希人
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再会

二章構成です。ジャンルは友情。

第一章 再会


●プロローグ・十年前


「そこの三人組、そろそろ帰らないと親御さんに怒られるぞ」

「あ、はい。はは、流石に喋りすぎましたね。明日も早いですし帰りましょうか」

「おう。……あっと、駅長さん、これ捨てといてください」

「はいはい」

「ありがとうございます、では帰りましょうか」

「そうだな、続きは帰りながら話せばいい」

 学生服姿の三人を見送って、駅長は息を大きく吐いた。長い勤務時間の終わり。ようやく仕事から解放されると思うと、忘れていた疲れと眠気が急激に襲ってきた。家のベッドに今すぐにでも倒れ込んでしまいたい。そうして彼は受け取った空き缶三つを見つめた。

「また同じのを飲んでるな、あの三人」

 ぽつりと呟き、さっきまでその三人がいた場所を見て、続けた。

「本当、仲の良い奴らだな」


***


 揺れが急に激しくなり、目が覚めた。

 電車内には明々と電気が灯されており、窓の外はもう黒に染まっている。果たしてどのくらいの間眠っていたのだろうか。確認しようとして携帯電話を内ポケットから出した。画面の右端に映る時刻よりも先に圏外という文字が目に入る。この表示が出ているということは、目的地に着くまでそう時間が掛からないことを意味する。結局、時刻を確認することもなく、私は携帯電話を元の場所に戻した。

 車内に私以外の乗客は見当たらない。いや、正確にはこの車両には、である。わざわざ他の車両に乗客がいるか、など知る必要がないし、無駄な労力を消費するだけなので、座ったままでいることにする。

四両編成の電車内は外とは違い灯りに溢れている。光の中にいる私からすると、外は木、木、木。そしてその合間を埋めるようにただ闇が浮かんでいる。時折視界に入る民家を見るたび、私の気分は不思議と高揚していた。その理由は目の前に広がる光景に懐かしさを感じたからであり、過去の記憶とさほど変わっていないことに安心したから、だと思う。

「終点、三雪峠。三雪峠です」

 少しばかりノイズがしてからアナウンスがなった。隣に置いてあった愛用の革カバンを手に取り、まだ到着までには三十秒ほどかかるが立ち上がって自動ドアの前に立った。ガラスに映る私の顔が緊張で強張っているのが分かり、思わず笑いが出た。なにを緊張しているのか、私は。ばかばかしい。そう言い聞かせても固い表情は一向に崩れてくれない。

 大きな音が鳴り、目の前のドアが開いた。ゆっくりと、足を電車のホームに降ろす。全身に感じる夜の風と鈴虫の鳴き声が私を出迎える。人を乗せる無機質な箱舟の中とは異なった世界が。記憶に焼きついているあの時と変わらない世界が、今もそこにあった。あって、くれた。

 そして、私の中にあった緊張もすぐに解けることとなったのだった。

「よお、おひさ」

「お久しぶりです」

 後ろから私に掛けられる懐かしい声が二つ。どちらも記憶に残る声より少し低く感じたが、聞き間違えるはずがなかった。十年ぶりの再会を目の前にして私は振り返る。

 高校時代、私が親友と呼べる仲であった二人が、笑顔でそこにいた。


***


「変わってねぇな、ここも」

無人の改札を出てすぐ、私の親友の一人であるゴッチがそう零した。最後に会った時よりも一際体格がごつくなっており、細身である私の一回り大きい体駆となっている。一見すると他人に威圧感を与えかねないが、私は彼がとても心優しいことを知っていた。それが十年経った今でも変わらないことも不思議と確信できた。

「さぁてと」

 人のいない寂れた駅前。乗客を迎え終えた三雪峠駅は役割を果たそうと、今にも切れそうな電灯にちかちかと明かりを灯している。私達は高校時代にしていたように、自動販売機の隣に設置されているベンチに腰をかけた。軋むような音がしたが、それも記憶の中と変わらないものだった。

「このベンチ、あの時のままなのでしょうか。このぎしぎし軋む音が懐かしいですね」

 そう呟いたのは優等生然とした私のもう一人の親友、レージだ。

「流石に十年だぜ。あの時のベンチだとしたら、こいつ相当しぶといけどよ」

「そうですね、一回取り換えられたのか。まぁこの駅の利用客からすると使われることもなさそうですが」

 レージは愛おしげにベンチを撫でながら、そう呟く。敬語口調も相変わらずで時の流れなど無かったかのように、あの時のレージがそこにはいた。変わったことと言えば眼鏡をかけているところだろうか。

「あの時のベンチだろうが、関係のないことだ」

「お前も変わんねぇなぁ。無駄なことには思考を割きたくない、か」

「省エネ思考は十年経っても変わらずですか」

 省エネ思考、とはあの頃よく言われたことだ。変えるつもりもないのだから変わっていなくて当然だろう。私はゴッチとレージが座っているベンチには座らず、横の自動販売機に目をやる。

 薄汚れた値段表示。ガラスの中の隊列を乱したジュースのサンプル。そのどれもが見覚えのあるものだった。

「いつものやつでいいか」

 おう、はい、と同意を得るより先に私はボタンを押していた。聞かずともそう返ってくるのは分かっていたからだ。

「さんきゅ、……っ冷て!」

「ありがとうございます」

 ゴッチはコーラ、レージはコーヒー、私は烏龍茶。いつでもそれらを飲んでいたのかと聞かれるとそうではない、が、ほとんどは今買ったものを各々好んで飲んでいた。それを今でも忘れていないのだから、私の記憶力もまだまだ捨てたものではない。

 隣にいるレージとゴッチからお金を渡される。二人合わせて二百四十円。大人となった私からすれば些細な金であり、奢るつもりだったのだが、友達としてそれを受け取ることにした。

「そういや、レージ結婚したんだってな。はがき、届いてた」

 自然に出た言葉がそれだった。会ったら必ず聞こうとしていたことだ。

「随分前の話ですね。大学出てすぐ結婚したので、六年前のことになります」

「奥さんと仲良くしてるかー」

 にやにや笑いながら問い詰めるゴッチ。

「まぁ、ね」

「今子ども何歳だっけ」

「今は、……五歳になりますね」

 眉を歪ませて喋るレージ。それでも、怒涛のごとく質問攻めをする二人。

その二人、私とゴッチは両方独身なためかこの手の話題には普通より気になってしまうのだ。

「というか、ゴッチはなぜ結婚しないんだ。高校の時、結構モテてたろ」

「結婚はまだ無理だな。実家のこともあるしよ」

 実家、と言われゴッチの親が営む小さい商店が浮かび上がり、若干気分が高揚した。そして、レージが私の言いたいことを代弁してくれた。

「商店、今もやっているのなら入ってみたいですね。おばさんは元気ですか」

「あぁ、ここではもうやってねぇんだ。あの後少ししてから、おふくろもこっちに住むことになったんだよ」

 昔の商店は空き家になって残ってるはずだぜ、と続けて言うが私は少し寂しく感じた。すべてがあの時のまま、というわけではない。分かっていたことだが、いざ変わってしまった証を目の前に見せられるとむなしく感じられた。

「店もすっかり小綺麗になっちまったけどよ、それでも新しい常連とかできて結構繁盛してんだ。小さい店なりに頑張ってるよ」

「店は継いでいるのか」

「ん、……まぁな」

 最後の言葉だけ歯切れが悪かったが、それは心残りからくるものだと勝手に推測する。あの頃のゴッチには既に夢があり、親の後を継ぐことを断固として嫌がっていたからだ。確かあの時の彼の夢は。

「野球選手」

 レージと私の声が被った。どうやら同じことを考えていたらしい。

「おいおい、なんだ二人揃って。あの時の夢とかよく覚えてんな」

「キラキラした目しながら言っていたから特に、な。私は公務員で、レージは学校の先生だったか」

「このなかで高校時代の夢を叶えたのはお前だけか。やるなぁ、公務員になるには大変だったろ」

 そうだった。レージは金融会社に就職し先生にはならなかったと聞いた。つまり夢を叶えたのは私一人、ということになる。

「……そんないいものでもないがな」

 つい、本音が出た。この集まりでこの話はすべきでない、しないと誓っていたのに、だ。せっかくのこの機会を暗い話で埋めるわけにはいかない。

 そう、思っていたのに。

「公務員っていうのも大変だろ」

「人間関係とか、問題は色々付きまとってきますから」

「そんなに私はわかりやすいのか」

 あっさり当てられてしまった。人間関係で悩んでいる。こうも的確に当てるのは流石というべきか。そう思うと同時に、この二人になら腹を割って話せると、改めて確信したのだった。


***


 せっかく故郷に帰ってきたので、駅でずっと留まるのはもったいない。そういうわけでジュース片手に故郷巡りをしてみようということになった。下校途中によく釣りをした池。品揃えの悪い古本屋。ブランコとすべり台しかない公園にはよく、犬を散歩に連れてくる子どもがいた。懐かしい場所を、私達三人で歩いて行く。その間に私の幾分気持ちも楽になり、少し悩みを聞いてもらった。

私が悩んでいたのは一言で言ってしまうと上司との関係である。人付き合いが苦手な私にとって、この上下関係は最も苦手とするものだ。学生時代でも似たようなことで悩むことがあったが、その時はこの二人とここでつまらない話をすれば悩みなんて吹き飛んだ。今でも思い出せる、あの頃の情景。


『今日の英語の宿題全くしてなくてよ。即興でしたら自分でも分けわかんねー和訳になっちまったよ……』


『あぁ、隣の教室から笑い声が聞こえてきたので、何事かと思いましたが、そのせいだったのですね。どんな和訳だったのですか』


『自分でも思い返すと笑っちまうんだが』


 その後、ゴッチの訳があまりにひどくて笑いが止まらなくなったのだ。今でも覚えている。

クラスが一回も同じになったことのない私達三人は、学校ではあまり喋らない。その代わりいつもここで学校終わりに集まっては、そんなことを話していた。私達三人はこの三雪峠駅があってこその関係であり、彼らはどう思っているのか知らないが、私にとってこの時間はとても大切なものだった。今となっては懐かしく穏やかで、遠い日々。

「あっ」

 昔のことを喋りながら歩いていると、レージが何かに気づいたように声をあげた。小走りでそれに近づき指をさす。

「覚えていますか、この大木」

 レージが跳ねるような声で言う。その大木を見た瞬間ゴッチが噴き出した。

「確か鞄が引っ掛かって、取るの大変だったよな」

 私の方を向いて、笑いを噛み殺そうとしている。私も当時のことを思い出し、口元を隠した。


 それはとある夏の日のこと。

 近所の子どもがボールをこの大木にのせてしまったのだ。そこに偶々通りかかった私達三人。その引っ掛かっているボールを見るや私は鞄を降ろした。

『これぶつけたら落ちるだろ、よっと』

 高くあげられた私の鞄はボールが引っ掛かっている枝にかすりもせず、それどころかさらに上まで上昇し。

 そのまま落ちてこなかった。

『なん、だと……?』

『しょうがない奴だ、俺に任せろ』

 おそらくこの時、みんな暑さにやられて判断力が鈍っていたに違いない。

袖を捲る仕草をし、ゴッチも同じように鞄を投げ――


「結局、全員分の鞄が引っ掛かったんですよね」

「馬鹿だな、俺ら」

 全くそうだ、否定できない。

「あの後、近所のおじさんが救援に来てくれて助かったんだよな」

 やはりこの辺りには宝石のような懐かしい思い出が沢山詰まっていて、ついつい感傷に浸ってしまう。

「そして、今回の約束。これもここでしたんですよね」

 レージが続けた言葉に、三人ともがまた笑顔になる。

 その時のこともよく覚えていた。なぜなら、受験が間近に迫った十二月二四日、つまりクリスマスイヴのことだったからだ。


『あの駅――三雪峠駅もだんだん寂れてきて、利用客も少なくなりつつあるようですよ』


 この三雪峠が今よりも少し活気があった頃。耳聡いレージはそう口にしたのだ。そしてある約束を私達に提案した。


『もし、廃駅になるような時がくれば。最後の日にもう一度集まりましょうよ』


 それは本当に、何気ない一言で。きっちりとした約束ではなく、しかも、それ以来この話題が出たことすらなかった。

 でも、覚えていた。

 高校を卒業した後も、ずっと。

 きっとあの駅が私達を繋ぎ留める楔なのだ。大事な、大事な私の場所。

 そして、その三雪峠駅は今日で駅としての役目を終える。

「おっと、そろそろ駅に戻るか」

 時計を見てゴッチは呟いた。その時、自分の顔が曇ったのがはっきりと分かった。

 自分の感覚よりも遙かに時間の流れは速い。もうすぐ、三雪峠駅の終電が出る時間なのだ。解散の時間。しかし、私には帰るつもりなど毛頭なかった。

 帰る必要などない。だって私は。

……私は。

 ――もう既に死んでいるのだから。



第二章へ続く


テーマを決めて書いた過去作です。それが何かは第二章にて。

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