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聖なる勇者と黒き魔神  作者: ゼイン
第一章 復讐の女神
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第九話 アルベイ

 ティルナノイのダンジョン、アルベイ。異世界のダンジョンにふさわしく、不気味な様相を呈したダンジョン。セフィルとメルは、そんなダンジョンを想像していた。だが、いざ入ってみると、そこは普通のダンジョンとさほど変わらなかった。

 造りはアルビのものと酷似している。ここでは肌を突き刺すような殺気こそ感じるが、他はアルビと変わらない。しっかりとした道があり、部屋があり、階段があった。各部屋で待ち受けている魔物は、スケルトンが主になっていた。

 スケルトンとも戦い慣れてきたので、さほど苦戦せずに三人はアルベイを進んでいく。

 階段を二回下りたところで、セルクが休憩を提案した。

 部屋の中央でたき火を起こし、それを囲むように三人は座った。

「二人とも、結構戦えるんだな。正直驚いたよ」

 セルクが干し肉を火であぶながらそう言った。セフィルとメルも、自分の分を同じようにあぶっている。

 たき火はセルクがキャンプファイアキットというものを使って起こしたものだ。このキット一つにたき火のための道具が全て入っている。使い捨てなのがもったいないが、手軽にたき火を起こせるので旅人の必需品ともされている。

 温まった干し肉を噛みちぎり、呑み込んでからセフィルは言った。

「いろんな人に剣や魔法を教わったから。スケルトンとも結構戦ったし」

「そっか、苦労したんだな……」

「うん。どこかの誰かさんのせいでね」

 笑顔でそう言うと、セルクは気まずそうに口をふさいだ。

 その様子を見ていたメルが、苦笑混じりに言う。

「セフィさん、お気持ちは分かりますけど、そろそろ許してあげましょうよ」

「だめだよ、メル。簡単に許したら、またすぐにいなくなりそうだし」

 ねえ?とセルクに同意を求めると、セルクは目をそらした。一瞬何かを言おうと口を開くが、すぐに閉じられる。そして視線を戻し、真顔で言った。

「それはそうと、ここからは気をつけろよ」

「……話をそらした。心当たりがあるんだ」

「……セルクさん。さすがにフォローできないです」

「…………」

 セルクは沈黙。頬を強張らせ、視線を泳がせる。その分かりやすい態度に、セフィルは逆に諦めがついてしまった。

 ――まあ、また追いかければいいか。

「で、お兄ちゃん。この先に何があるの?」

 セフィル自身で話を振ると、セルクは安堵のため息をついた。

「そろそろガーゴイルが出てくるはずだ」

「ガーゴイル?」

 見たことはない魔物だが、その名前に聞き覚えはある。だが詳しくは思い出せない。メルの方を見ると、こちらは聞き覚えすらないのかきょとんとしている。

「上級の魔族だ。岩のような硬い体に、鎧すら意味を成さない膂力。剣を振り回すだけなら脅威じゃないんだけど、魔法まで使う。スケルトンとは比べ物にならない強敵だから気をつけろ」

「う、うん……。分かった」

「よし、それじゃ休憩はここまでだ。気を引き締めろよ」

 セルクは立ち上がると、たき火の火を消した。セフィルとメルも立ち上がり、それぞれ武器の準備をする。

 ――ここからが、本番。

 メルを見ると、セルクの話で緊張したのか、わずかに震えていた。その手をそっと握り、笑顔を見せる。メルは驚いたようにセフィルを見て、眉尻は下がっていたが精一杯の笑顔を見せてくれた。

「……お前ら、仲いいな」

 その様子を見ていたセルクがつぶやく。

「仲がいいのはいいことだ。ガーゴイルも、お前らは二人で一匹を相手にするといい」

「でも、お兄ちゃんは?」

「俺はあいつらの相手は慣れてるから」

 自信満々にそう言って親指を立てた。そして剣を抜き、歩き始めた。

「……油断しないでよ」

「おう。まかせろ」

 そう言って右手を挙げたセルクの背中は、とても頼もしく大きく見えた。


 セルクの警告通り、初めて見る魔物、ガーゴイルが以降の部屋で待ち受けていた。ガーゴイルが振り下ろす剣は岩の床すらも砕いてしまう。まともに力比べをしても勝ち目はないので、セフィルとメルは、メルが矢で相手を牽制しつつセフィルがその隙をついて仕留めるという戦法を取った。それでも相手の体の予想以上の硬さに、一撃で倒すことはできなかったが。

 セルクの方はガーゴイルの巨大な剣をまともに受け止めていた。その上ではじき返し、全力の一撃を相手に見舞う。筋骨隆々としているわけではないのに、セルクの剣は一撃で相手の体を真っ二つにしていた。

 セフィルとメルが一匹を倒す間にセルクが二匹三匹と倒してしまう。セルクとの力量の差に愕然としてしまうが、

 ――私は、私のできることをしよう。

 そう思い直して、目の前の敵に集中した。


 敵を倒しながらさらに地下に下りる。階段をまた二回下りたところで、今までとは違う部屋にたどり着いた。

 今までよりも広い部屋だった。部屋の奥には重厚そうな扉がかすかに見える。そしてその扉の前には、巨大な石像が二つ置かれていた。ガーゴイルの石像だ。

「悪趣味ですね……」

 思わずつぶやくメル。セフィルもうなずこうとして、

「……違う」

 すぐにその気配を察した。

「よく気づいたな。あれはガーゴイルを模した石像じゃなくて、大きいガーゴイルだ」

 セルクの言葉が聞こえていたのか、二つの石像がわずかに震えた。ゆっくり目を開き、血の色をした瞳を三人に向ける。そして、緩慢な動作で一歩目を踏み出した。たったそれだけで床にひびが入り、部屋全体が震えた。

「さすがにあれは一撃では倒せないな……。セフィ、メル。一匹を引きつけていられるか?」

「倒すよ」「倒します」

 セフィルとメルが同時に宣言。セルクは一瞬驚いた後、すぐに破顔一笑した。

「よし! 左は俺がやる、右は任せた!」

 そして走り出すセルク。セフィルも言われた方のガーゴイルへと走り出した。

 ガーゴイルが相変わらず緩慢な動作で剣を振り上げる。そしてセフィルへと振り下ろそうとして、その腕に矢が突き刺さった。今までのガーゴイルなら、それだけで動きを鈍らせることができた。

 だが、このガーゴイルは痛覚すらもないのか、動きをわずかに鈍らせることもなく勢いよく剣を振り下ろした。隙を見て懐に飛び込もうと思っていたセフィルは、慌てて右へと跳躍してそれを避ける。

 轟音。ガーゴイルの剣が床に激突し、床の破片を四散させる。まるで爆発が起きたような音に、セフィルは首をすくめた。

「っ……!」

 破片が全身を打つ痛みに顔をしかめるが、振り返るとそんなものは一切気にならなくなった。

 床にクレーターができていた。どれほどの力で振り下ろされたのか。あんなものをまともにくらえば、体が粉々になるかもしれない。

「これで魔法まで使われたら、あのオーガより強いね……」

 嫌な記憶を思い出し、わずかに身震いしてしまう。改めてガーゴイルを見据えると、

「……っ!」

 何かを詠唱していた。呪文までは聞き取れないが、マナの流れからして雷系の魔法だろう。

 ――まさか、サンダーっ?

 詠唱を中断させるために、セフィルは一気に敵へと肉薄した。相手が魔法の詠唱中で動けないのを利用して、こちらも詠唱を始める。力を込め、横薙ぎに斬りつける。

 軽い音が響き渡った。セフィルの剣はガーゴイルの体を欠けさせてはいたが、ダメージとはとても言えないわずかなものだ。

 ――……欠ける?

 違和感を覚え、セフィルは眉をひそめた。自然と詠唱の速度が落ちる。

「セフィさん!」

 メルの慌てた声で我に返り、その直後、

「くあ……っ!」

 体を鋭い痛みが襲った。だが耐えられない痛みではない。どうやらサンダーではなくライトニングボルトだったようだ。それでも、痛みで涙が浮かぶ。

 セフィルの詠唱は、悲鳴を上げる直前に終わっていた。練っていた魔力を解き放つと、巨大な火球がガーゴイルへと放出される。そしてそれは、直弾とともに大爆発を起こした。

 セフィルの、目の前で。

「きゃああ!」

 悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、壁に体を打ち付けられる……。そう思ったが、何か柔らかいものが間に挟まって衝撃を和らげた。

「いつ……。何が……」

 振り返り、表情が凍り付いた。

 メルがうつぶせで倒れていた。自分の体で、セフィルが受けるだろうダメージをかばったのだろう。ぐったりと倒れ、動かない。

「メル! メル!」

 慌てて抱き起こし頬を叩く。すると、うっすらと目を開けた。

「だい、じょうぶです……。セフィさんは……?」

「大丈夫だよ……。ありがとう」

「いえ……。それより……」

 メルがセフィの背後を見た。セフィルも振り返り、それを見て、眉をひそめた。

 ガーゴイルの左半身は砕けていた。だが血が流れるわけでもなく、死んでしまっているわけでもない。右半身だけで、片腕と片足だけで二人の方へと迫ってきていた。

「もしかして、これ……ゴーレム……?」

 普通のガーゴイルは確かに岩のように硬い皮膚をしていたが、斬れないわけでも、ましてや血が流れないわけでもなかった。だがこのガーゴイルは、体は正真正銘の岩でできており、左半身を失ってもまだ生きている。

 半身だけになったガーゴイルは、なおも二人を殺そうと這ってくる。だがその動きは遅く、魔法の詠唱には十分すぎる時間がある。

「……ごめんね」

 セフィルはもう一度詠唱を開始した。もう半身を、砕くために。

 そうはさせまいとガーゴイルも詠唱を始める。だがその口は、メルの矢が射抜いた。

「それだけ隙だらけなら……はずしませんよ……」

 メルが薄く微笑み、言う。

 そして、セフィルの詠唱は完了した。


 体の大半を失ったガーゴイルは、その活動を停止させた。それを見届け、メルにヒーリングをかける。そしてすぐにセルクを助けるために振り返った。

 セルクは頭から血を流していた。少なくない血が床へと滴り落ちている。そのセルクと相対するガーゴイルの体は、すでに細切れになって動かなくなっていた。

「手間取らせやがって……」

 悪態をつき、剣を収める。そしてセフィルたちを見て、驚いたように目を瞠った。

「へえ、本当に倒したのか。正直厳しいと思ってたよ」

「そ、そんなことよりお兄ちゃん! 頭!」

 セフィルが慌てて指摘する。するとセルクは頭の血に触れて、自嘲気味に笑った。

「かすり傷だ」

「いいから来なさい!」

「……あ、はい」

 セフィルのあまりの迫力に、セルクは驚きながらも苦笑して、おとなしく従った。

 目の前まで来たセルクの頭に手をかざし、ヒーリングを唱える。すぐに詠唱は完了し、淡い光がセルクを包み込んだ。そして、あっという間に傷はふさがれた。セルクは自分の頭に手をやり、傷口がないことを確認してわずかに目を見開いた。

「驚いたな。話には聞いていたけど、こんな強力なヒーリングを扱えるなんて……。でも、消費する魔力も多いだろ。大丈夫か?」

「うん、平気だよ」

 セフィルは短くそれだけ答えると、すぐにメルの方へと向き直ってしまった。セルクが今度こそ本当に驚愕して口を半開きにしていることに、セフィルは全く気づかない。

「平気って……。そう言えばお前、さっきも破壊力のある魔法使ってたよな。それなのに、まだ余裕あるのか?」

「うん」

 セフィルはメルの手を取り、立ち上がらせた。メルは立ち上がった後もセフィルを支えにしていたが、やがてしっかりと自分の足で立った。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

「よかった。無理しないでね」

 メルの頭を撫でると、メルはくすぐったそうに微笑んだ。

「さて、お兄ちゃん。次に行こう」

「え? あ、ああ……。そうだな」

 セルクは何か考え事をしているように腕を組んでいた。セフィルに声をかけられ、まあいいかとそれを中断したようだ。セルクを先頭にして、三人は部屋の奥へと進んでいった。


 巨大な漆黒の扉。セルクはそれに手をかけ、二人を振り返った。

「準備はいいな?」

「うん」「はい」

 二人の返事を聞き、セルクはゆっくりと扉を開いた。

 扉の奥は、さらに広い部屋だった。天井は見えず、鉄骨で足場が組まれている。左右の広さもかなりのもので、今までの部屋の三倍近い。そして、その部屋の奥の天井付近には、黒い巨大な影が見えた。

「あれってもしかして……」

「ああ。グラスギブネン、だろうな」

 セフィルのつぶやきに、セルクがうなずいて答える。かなり離れているにも関わらず、身が竦んでしまうような威圧感だ。

「よくここまで来たものだ」

 不意に響く声。いつの間にか、部屋の中央に黒い鎧の人間が現れていた。黒い甲冑と兜で、表情は見えない。本当に人間かどうかも疑わしくなる。

「ダークロード……」

 セルクが小さく舌打ちした。それだけで、相手が敵だと分かる。

「邪魔はさせん。ここで滅びるがいい」

 ダークロードが剣を構えた。三人も同時に剣を構え、

「待ってください」

 さらに別の声。今度は女のものだ。見ると、ダークロードの隣に新たな姿が出現していた。黒い翼に白い衣装の女。

「女神様……」

「偽物だぞ」

 メルの震える声のつぶやきに、セルクがすかさず注意する。メルは慌ててうなずくと、弓を構え直した。

 女神の背後にも誰かの姿が見えるが、影になってよく見えない。相手もこちらからは見えないように、うまく隠れているようだ。

「貴方たちには、直接お話があります」

 女神がそう言った瞬間、セフィルとメルの体は吹き飛ばされていた。そのままガーゴイルの破片が散乱する部屋へと戻される。

「セフィ! メル!」

 セルクの叫び声。それと同時に、扉が再び閉まる音。

「お、お兄ちゃん……!」

 もう、セルクの声は聞こえなかった。セフィルは悔しそうに床を叩くと、立ち上がって女神を睨み付けた。

「そこをどいてください」

 セフィルが剣を構え、女神を睨む。対する女神は悲しそうに微笑んだ。

「なぜ、貴方は私に剣を向けるのですか? 人間は滅びるべきなのです」

「魔神の言うことを聞くつもりはありません」

 セフィルが冷たく言い放つと、女神はわずかに驚いたように身震いした。お互いにしばらく無言で睨み合う。その間にメルも立ち上がり、弓を構えていた。

「驚いたな。誰から聞いた?」

 女神の声が激変した。低い、威圧感のある声に。そして姿が蜃気楼のように歪み、全くの別人が現れた。黒いローブに白い翼、顔はフードで分からない。

「貴方が、魔神キホール……」

 メルがつぶやくように言うと、キホールは鼻で笑うように息を吐いた。

「女神の入れ知恵か。とにかく、お前たちをここから先へは行かせん。やつも、ミレシアン一人ならともかく、龍姫まで相手にできるとは思えんからな」

「龍姫?」

 セフィルが怪訝そうに眉をひそめ、メルが首を傾げる。その二人の様子を見て、キホールはしばらく黙り込んだ。考え込むように腕を組み、すぐに、なるほどとひとりごちた。

「どうやら杞憂だったようだな。だがまあ、お前たちにはここで退場してもらおう」

 キホールがゆっくりと右手を上げる。手のひらをセフィルに突き出すと、聞いたこともない呪文を唱えだした。何の魔法が放たれようとしているのかは分からないが、とても嫌な予感がする。

 セフィルは即座にサンダーの詠唱を開始。隣ではメルがキホールへと矢を放つ。放たれた矢は正確にキホールへと迫るが、見えない壁に阻まれて床に落ちた。

 そこでサンダーの第二段階の詠唱が完了。これで魔神を倒せるとは思えないが、詠唱を中断させることはできるかもしれない。そう判断し、魔力を解放。直後に魔神の直上に巨大な雷が出現、落下する。だが、その雷も見えない何かに阻まれ、魔神にダメージを与えることはできなかった。

「そ、そんな……」

 セフィルが愕然としている前で、キホールがわずかに笑った……ような気がした。

 キホールの手から魔力が解き放たれ、二人の足下に黒い魔法陣が浮かび上がった。悪寒がして、セフィルは慌ててメルの手を取り走り出す。だが魔法陣から出るよりも先に、魔法が発動した。

 とてつもない重力が発生し、二人は倒れ、床に縫いつけられた。力を込めて脱出しようとするが、指の一本も動かせない。

「くっ……ああ……!」

 それでも必死に力を入れる。なんとかして腕を動かすが、手を伸ばすだけで精一杯だった。床を掴んで前へと進もうとするが、全く動けない。

「くぅっ……! メル、大丈夫……っ?」

 セフィルが叫ぶように聞くと、か細い声が返ってきた。

「まだ……大丈夫、です……。でも……」

 メルの声は苦しそうだ。このままではまずい。

 ――メルだけでも……。

 そう思い、魔法の詠唱をしようとするが、口が思うように動かない。体を押さえ付けられる痛みもどんどんと強くなる。

 どれほどの時間が経っただろうか。必死になって脱出を模索している間に、不意に体が軽くなった。

「くあ……! はあ……はあ……」

 息を切らしながら立ち上がる。正面を見据えると、キホールが扉へと振り返っていた。

「そろそろだな。グラスギブネンの復活だ」

 キホールが再びセフィルとメルを見る。そして、冷たく言い放った。

「未来を望むなら、自らの手で切り開いてみるがいい」

 そう言い残し、キホールの姿がかき消えた。セフィルは慌てて扉へとかけより、開けようとする。が、扉は固く閉ざされたままだ。

「早く……早くしないと……!」

「セフィさん……」

 メルが沈痛な面もちでセフィルを見る。セフィルは剣を抜いて扉を何度も斬りつけるが、びくともしない。

「どうして……! 早くしないと、お兄ちゃんが……!」

 扉を斬りつけたり叩いたりするが何も起きない。メルは青ざめた表情でおろおろするばかりだ。手段が何も思い浮かばない。

「開けて……。開けてよ……」

 セフィルは崩れ落ちるように膝をついた。力無く扉を叩きながら、知らず涙がこぼれる。


「せっかく……せっかくここまで来たのに……!」

 セフィルの言葉に、メルまで涙が溢れてきた。

「セフィさん……」

 メルが何かを言おうとセフィルに声をかけようとする。その瞬間に、それは起こった。

 轟音。そして巨大な地震のような揺れ。セフィルが驚いて顔を上げ、メルは立っていられずに尻餅をついた。揺れはすぐにおさまった。

「メル、大丈夫?」

 セフィルが振り返ってメルを見ると、涙目になっていたメルがこくこくと何度もうなずいた。

「ちょっと痛かったです……」

「あはは……」

 そんなメルの様子に、セフィルは自然と笑みがこぼれた。メルを助け起こすために、自分が立ち上がろうと扉に手をかける。

「わっ!」

 今度はセフィルが倒れた。扉の、内側に。

 セフィルは何が起こったのか分からずにしばらく呆然としてしまった。メルも唖然として開いた扉を見つめている。その表情は、見る間に青くなっていった。

「メル……?」

 怪訝そうに眉をひそめ、セフィルはメルの視線の先へ振り向き、凍り付いた。

 セフィルのすぐ目の前に、セルクがいた。さらにその前、部屋の中は鉄骨が散乱している。先ほどまではなかったはずのもので、確か天井に張り巡らされていたはずだ。

 その部屋の奥に、巨人がいた。人間と同じような体をしているが、腕は左右に二本ずつ。左右の下の腕にそれぞれ巨大な剣を持っている。巨大な口には牙が並び、その口からは白い息が漏れていた。目は目隠しで覆われているが、はっきりと自分たちの方を睨み付けている。背中には白い翼がある。

 今まで見たこともない、異形の魔物だった。

「グラスギブネン……」

 セルクが忌々しそうにつぶやくのを聞いて、セフィルは息を呑んだ。

「これが……」

 セフィルとメルは立ち上がり、セルクの隣に並ぶ。それを待っていたかのように、グラスギブネンが咆哮を上げた。

 そして、ゆっくりと歩き出した。

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