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第一章

 七月。夏休み前。


 暴力的な暑さで、セミの声すら嫌に思う炎天下のなか、岩国総合高校いわくにそうごうこうこう職員校舎一階にある、放送室で、


『今日も聴いてくれてありがとう! 来週もよろしくぅー!』


 ネオがマイクに向かって叫んだ。


 そして、ゆっくりと音量を下げて、ホッ、と息をつく。


「……よし、今日もバッチリだったね、みっちぃ」


「ああ、おつかれ」


 アコースティックギターを壁に置き、みちるはネオとハイタッチを交わす。今日もひと仕事を終えて、みちるは胸の高鳴りが緩くなった気がした。それはネオも同じだった。


 周りにギャラリーがいるならテンションを楽しくできるのだが、ここにあるのは数々の機材だけ。幅も狭く、自分たち以外は誰もいないので、何回やっても、二人は緊張感を拭うことができないのだ。マイクの先にいる見えないギャラリー――学生たちはどう感じているのか、どんなふうに聴いてくれているのだろう、テレビでアーティストが収録する時もこういう気持ちなのかなあ、とネオは思った。


 とにもかくにも、今週も、この放送教室での活動は無事に終えることができた。


 ――『昼休みのmoment’s(モーメンツ)』


 五月から始まったお昼の放送だ。月、水、金の週三回、この放送室を使っておこなっている。元々は放送部が一二時半から三十分間、クラシック音楽をかけているのだが、ネオとみちるの交渉により、実現することができた。


 だが、幅の狭さと音響機材が十分にそろっていないため、彼女たちだけでやることになったのだ。そのことを健斗けんとは、ブーブー不満をもらしていたが、学校に年功序列ねんこうじょれつの掟がある以上、しょうがないっスね、と不服そうな顔で無理矢理割り切ったとか。そして拍車をかけるように、昼のイメージに合わない激しい曲はダメ! という鬼の先生たちによる注文に、みちるはアコギ、ネオはタンバリンなどの打楽器を叩いて歌うことを余儀なくされた。なので、


「あーあ、でも、もうちょっとテンションの高めな曲を歌いたいのだけど」


 不満が垂れるのも無理もない。始まって二か月経過したが、ネオは、午後からの授業で眠気に学生のために、自分自身のためにもテンションの高い曲で、モチベーションの低下を抑えてやろうと思ったが、理想は高かった。


 moment’sのオリジナル曲を披露しようと思ったらNGだし、代わりに有名アーティストの楽曲をアコギアレンジで歌っても、そこまでテンションが上がらないし。


 元気よく言えるのは、最初と最後のあいさつのみ。


「仕方ないよ、守らないと廃部になりかねないからね」


 そう言いながら、みちるはアコギをギターケースに入れる。このアコギは彼女の母親が昔買ったもので、弦は真新しくギラギラと光っているが、ボディが赤褐色に変色しているため、レトロなものにも見える。


「みっちぃは割り切りが早いね。わたしなんか、お堅い教師をどうすればいいのか、未だに考えてるもん」


「だってさあ、あたしの見る限りじゃあ、あのカタブツたちにはいくら話しかけても無駄だと思うんだ。校長もいるんだしさ、小競り合いはゴメンだね」


「そうよねぇ。しょーがない、かあ……」


 みちるのようになれない自分はまだまだ子供だな、と感じつつネオは機材を片づけた。そして二人は掃除をし、教室を出て鍵をかける。


「ああ、鍵はあたしが職員室に持っていくよ」


 みちるがネオに手を差し出す。


「え? なんで?」


「なんでって、あんた、今日は再検査の日じゃなかったの?」


「あっ!」


 ハッ! としたように、ネオは口に手を当てた。


「そうだ、忘れてた!」


 ――先週、期末試験の全科目が終わった次の時間に学年集会があり、その時に服装検査が実施された。いつもの服装――夏服用の半袖カッターを私服のようにだら~っとスカートの上に重ねて、灰色のスカートは膝よりも上。よくテレビで見る、都会に住んでいる女子校生と同じような服装だ。


 だが、現実はニュースでよく見る映像のように甘くはなく、岩国総合高校の校則規定による服装は、シャツはスカートの中に入れ、そのスカートの丈は、膝よりも下でなくてはならない。


 その校則に基づく検査で、ネオは担任の大嶋おおしま先生に、


「なんで堂々とだらしない格好をしているのよ!」


 これが当然! これがスタンダードよ! と思っているネオは、先生の鬼の形相でガミガミと説教を受け、再検査を昼休みに受けることになったのだ。


 それが今日の昼休み。


「ああーもう! なんでここの学校は校則に厳しいのよー」


「それはどこも同じなんじゃないの?」


「めんどくさいなあ、みっちぃはあたしと同じような格好なのに、なんでひっかからないのよ」


「いつも集会が始まる前に、身だしなみは整えているからね」


要領ようりょうがいいんだから。じゃあ、鍵、お願いね!」

「入る前にちゃんと正せよー」

「わかってるぅー」

 みちるに手を振り、ネオは校舎の奥まで進み、階段を軽快に駆け上がった。

 あっという間に3階にたどり着き、女子トイレで服装を整える。膝より上に裾をあげたスカートは、膝のあたりに調整し、私服のようにしているカッターシャツは、スカートの中に入れる。これがこの学校での本来の着こなし方だ。しかし、ほとんどの女子生徒はほとんどがネオみたいな着こなしなので、なかなか守ってくれない(男子も同じ)。そのための、服装検査ではあるのだが。

「よし!」

 洗面台にある鏡でチェックし、ネオはトイレの隣にある再検査会場――視聴覚しちょうかく教室へと入った。



                   ※※※



「……はぁ」


 二階の職員校舎と学生校舎をつなぐ廊下で、ネオは意気消沈していた。ライブのように爆音でセミたちが鳴くが、それすら耳に入ってこない。


 みちるに言われた通り、校則通りの服装に直し、そのファッションを見せる開場――職員校舎三階にある視聴覚室で、先生にきちんとした姿を見てもらった……までは良かったのだが、検査終了後、すぐに廊下で元のスタイルに戻ったところを担任の大嶋(おおしま)先生に見られて、再びきつーい説教を受けてしまった。その結果、


「なんであんなにしつこいのよ、もう……」


 ペコン、と頭が垂れる。


 自分がアニメキャラクターなら、へこんでいる時の――無数の青と黒の直線で表現されているな、とネオは思う。


 そんなローテンションのままトボトボと廊下を歩き、自分のクラスである二年一組の教室へと入った。


 いつもなら選択授業など多目的に使われる選択教室で、みちるやクラスの友人たちと共に、バカ騒ぎをするのだったが、さすがにこのテンションでは雰囲気を悪くしてしまう。なので、静かに席に座って伏せておこう、と頭から両肩まで重くのしかかる疲れをとることを決めた。


 教室は学生が色々な場所で話したり、遊んだり、男女がデートのような雰囲気になっていたりするような賑やか、ではなく、女子学生が数人が話しているだけでわりと静かだ。みんな、どこか別の教室で遊んでいるのかもしれない。


 この雰囲気のようにゆっくり寝とこ……、とネオが教室のど真ん中にある自分の席に座ろうとしたその時、


「……」


 同じ列の、廊下側に座っている女子に目が止まった。


 ネオよりも小柄で、長い髪はふわふわしており、横から見るとおしとやかなお嬢様のように見える。


 ――確か名前は……ええと……なんだっけ?


 なぜだ、と思う。同じクラスなのに。そんな自分が恥ずかしい。


 ネオの記憶に出てこない女子学生は、何らかの作業をやっているみたいだった。


 彼女が何に夢中になっているのかが気になり、ネオはそっと近づいてみる。すると女子の机の上にはA4サイズくらいの用紙。そして左手には鉛筆が。


 ――何かを描いて、いる?


 ネオの存在に気づく気配は全く感じられない。机上にある紙に向かって、真剣な目でサラサラと描いており、とても話しかけられる雰囲気でもなかった。まさに、一意専心いちいせんしん状態とでも言うべきか。


 とりあえずネオは女子学生の作業をしばらく観察しようと思った。


 しかし5分足らずで、


「うー……」


 と低い声でうめく。


 チーターのように獲物の様子をじっと伺うような状況に我慢できなくなり、己の好奇心の赴くままに彼女の席へと歩み寄る。


 そして、


「ねぇ」


 女子学生に声をかけてみる。


 しかし、


「……」


 無言。


 ――ムッキ――――ッ!!


 人が呼んでいるというのに。ネオはやけになり、寄せつけぬほど夢中になっている女子生徒の耳元に近づく。


 そして、


「わあぁぁぁ――――――っっっ!!!!」


 ライブの時と同じくらいの、張りのある大声を叫ぶ。


「うわぁあああっ!?」


 女子学生の耳が、ネオの罵声ばせいを左から右へと貫通し、あまりの大声にびっくりして、首から頭にかけて電撃が走り、震える。


「……」


 彼女はビクビクしながら、左にいるネオの方へ顔を向ける。


「そ、そんなに怖がらないでよ」


「だ、だって、あ、あまりにも大きな声だった、から……」


「わたしに気づいてくれないんだから、そりゃ大声も出すわよ」


 ちょっとやりすぎたかな、と内心思いながら、ネオは不快顔を見せる。


「あ……ごめん。自分の好きなことをやっていると、つい夢中になって……」


「もうー」


 女子学生は顔を赤くし、視線を下に向ける。どうやら集中していると、いつもあの状態になるみたいだ。


「そ・れ・で、何描いているの?」


「え?」


「何を描いてい・た・の!?」


 ん、とネオはきょとんとしている女子学生の作品に指を差す。


「こ、これのこと?」


 女子学生はチラッと机の上に置いてある紙を一瞥いちべつする。コクン、とネオは頷く。


「まだ途中だよ」


 それにうまく描けていないし、と彼女は見せるのを躊躇ちゅうちょする。


「そんなのいいから、いいから! ね! ちょっと見せて!」


「あっ!」


 ネオはジャイアニズムをむき出しにして、女子学生の机の上にある用紙を強引に奪い取り、


「どれどれー」


 まじまじと彼女の絵を見つめた。


「やっぱり、うまく描けていない……よね?」


 自信なさげにきゅっ、と女子学生は身体を縮こむ。


 しかし、


「!」


 その未完成の絵に、ネオは息を呑んだ。


 ――か、かわいい!!


 ネオからしてみれば、それは黄金のように輝いていた。


 ドレスを着た清廉せいれんな女性が、花畑で穏やかな表情で風を感じている。まだ花畑が完全に仕上がっていないが、この世のどこかに存在しているのかと思えるくらい、すごく生きているように見える。


 ――おおっ! おおおおお…………っ!!


 女子学生の絵に釘付けなり、そして、


「す、す、す、」


「?」


「すっっっっっごぉ――――――いっ!!」


 喉につっかえた言葉を強引に吐き出し、ネオは大絶叫で驚嘆きょうたんあらわにした。それは形となって宇宙に向かって飛んでいき、女子学生の髪を暴風のように大きく揺らした。それはもう、光線を吐く大怪獣のようだ。


 光線が消えた瞬間、時が止まったかのようにシーンとなる。


「……」


 教室内や廊下を歩いている学生全員が声のぬし――ネオをじーっと、注目する。


「あ、あはははははは……き、気にしないで」


 ネオは笑いながら周囲に平謝りして、その場をごまかした。だって、すご過ぎたのだ。大声以外にどんな表現をすればいいのよ!? 


 そんなネオを女子学生は唖然とした表情で見ていた。どんな風な言葉を返したらいいのか、分からない。


 二人の間に微妙な空気が漂う。


「ご、ごめん」


 とりあえず、リアクション芸人並の表現をしてしまったことに、後頭部に手を当てて謝ってみる。


「い、いや、気にして、ない、から……」


 女子学生はドン引きしたような、驚いたような、わけがわからない表情でネオを見つめた。


 そしてまた沈黙が。


 ここから、どういう流れにすればいいんだ? このまま立ち去ったほうがいいのだろうか? いや、このままでいたら、彼女の頭に『うざい女子』というイメージがまとわりつくのでは?


 頭の中で思考がぐるぐると渦巻く。


 よし! ここは強引に!


 ネオは覚悟を決め、左手に持った絵を右手で指を差しながら、


「い、いやぁ~、ホントにすごいよこれ、ほんとに! 生きているみたいでさ! わたし、こんな風に絵が描けないから羨ましくて! それから、え~っと、え~っと……」


 ネオは脳内で必死に言葉を絞り出す。


「あ、そうそう! リアルにいるみたいで! 大自然に生きている彼女が、風を感じながら、友達? か何か、う~ん、人の温かさっていうのかなぁ? それを感じているみたいな? なんか、わたしがやっているものと似たような感覚っていうか、そんなイメージが沸いてきて……あ~もうっ、そうじゃない! えーと、えーと……」


 こーでもない、あーでもない、とネオはぶつぶつ独り言を漏らす。


「あ~っ、もう! どういう風に言えばいいのよーっ!」


 制御不能で大暴れするポンコツロボットのように、顔を下にして頭を抱え、大混乱している。


 そんなポンコツ女子が披露した、不器用丸出しの賞賛劇しょうさんげきを見て思わず、


「ふふふふふ……」


 と女子学生は我慢できなくなり、しまいには、


「あはははは!!」


 腹を抱えて大爆笑。


 こんな笑い方もできるんだ、ネオは呆然と彼女を見つめる。


「あ……ご、ごめんなさい」


 我に返った瞬間、彼女はすぐに顔を赤くしながら謝った。


 ウチのバンドにいる誰かさんにそっくりだ、と思いつつ、ネオは腕組みして、


「まったくよ。すっっっっごい褒め言葉を考えていたのにー」


 むーっ、と顔をふくらませて不満顔。


「本当に?」


 女子学生が冗談っぽくネオに訊ねる。


 しかしその一言は、グサッ! とネオの心臓に射抜かれた。が、そこはネオ。怯まずに、


「ほんとだよ! もう大絶賛だよ! あんたも涙流して大感動だよ! ネオ様ありがとうー、だよ!」


 えっへん、とでかい口を叩く。


「それは、どんな言葉?」


「それは、それは……ひみつ! あんたがあたしをバカにしたからひみつ! 」


「えー、聞きたいなあ」


「だーめ! わたしがそう言っているんだから、これでいいの! ああ、もう! 茶々入れるから収拾がつかないじゃないのよ! どうしてくれるのよ!?」


「え、ええっ!?」


 ネオの――ポンコツの意味不明な申し立てに、女子学生は困惑する。


「あんたが笑ったあとに、わたしに『ありがとう』って言ってくれればすぐに次の展開に……!」


「そ、そんなこと言われても……」


「はぁ!?」


 わあ、わあ。


 ぎゃあ、ぎゃあ。


 賞賛劇しょうさんげきが、収拾つかなかったオチについての議論へと発展していった。




 そして、一〇分が経過。


「――だいたい、あんたが『この先どうする?』って投げかけて、わたしが、『何もなかったことにしよ! てへぺろー』って返せば、すぐに次の話題に行けたのよ!」


「だ、だから、そんなの、私には無理だよ……」


「じゃあ、どうすればよかったのよ!?」


 道端みちばたですれ違う犬の吠えあいのように言い争いが続き、それが廊下に響き渡る。


 その騒がしさに、「何をやっているんだ?」、と二年一組の周りに学生が集まっていく。もちろん、男女関係ない。「ものすごい舌戦だねー」と他人事のように見る学生。「女のケンカってこういうものなんだぁ~」とか、「すげー」と、初めて見る女の喧嘩をまじまじと見つめる男子学生のやり取り。


 そんな周囲に二人は目もくれず、ただただヒートアップしていく。と言っても、それはネオだけ。そして、戸惑う女子学生。


 このまま続いてしまうのかと、ほとんどの学生たちが思ったそんな矢先、『あの女』によってケンカと言う名のショーは終了へと導かれる。


 その女は「あー、はいはい、どいてどいてー」と涼しげな顔で、大勢の学生たちの間をのらりくらりと掻い潜って教室へと向かう。彼女を見て学生たちはおののき、彼女を教室の中へとみちびく。


 そして、


「コラ―――――――ッ! いつまでいじめとんじゃああああっ!」


 ドゴ――――――ン!!


「!」


 女子学生の机が破壊されるほどの鉄槌てっついから発生した電撃が、二人に向かって走る。


 ネオと女子学生はその電撃に痺れたのか、カク、カク、カク! と少しずつ制裁者の方へ見やった。


「フン!」


 腕組みしてそこに立っているのは、


「み、みっちぃ……」


 長里ながさとみちるだった。


 刺々しい漆黒しっこくの髪の毛先が、さらに洗練されたものになっている。その姿はまるでSっ気たっぷりの悪の女王だ。心なしか黒いオーラが背中から見える。


 ネオと女子学生のみならず、周囲にいるギャラリーの皆さんまでもが、女王の怒りに慄く。


 シーン、と者抜けの殻になったかのように静寂につつまれる。


 ややあって、女王みちる様からの、


「おまえらぁ―――っ! これは見せモンじゃねぇんだぞ! とっとと失せな!」


 雷が学生たちを襲う。


「うわあぁぁっーっ!」、「悪魔が現れたーっ!」と廊下にいる学生たちは、一目散にその場から離れていった。


「……ったく、だれが悪魔だって? 失礼にもほどがあるっつーの!」


 廊下を横目で睨みつけ、ふう、と息をつく。


 いやいやいや、悪魔だったよ! 雷が見えたよ! と内心でツッコミしつつ、ネオはキッ、と自分を睨み付けてくるみちるを見つめる。まだ、黒のオーラは消えていない。


「……」


 無言の怒りを抑えてもらうためにネオは、ははは、と笑いながら、


「てへぺろー」


 オチ収拾しゅうしゅう議論で思いついた案を実行してみる。これで少しはなごんだ、とネオは思った。


 しかし、


 ゴチ――――――ン!


 鉄球のような拳で、みちるは無言で頭を叩いた。彼女は強いのだ。中学校まで空手を習っており、その実力は黒帯レベルだ。


「いった~いっ!」


 ネオは、涙目で叩かれたところ擦った。


「バカネオが」


 ふ~っ、とみちるは拳に息を吹いた。


 二人をこうしてみると、妖艶ようえんで肝のわった姉といじっぱりの妹みたいな関係だなと、女子学生は思う。


「だってぇ~」


「だってじゃない! ……ごめんね、ネオが余計な茶々を入れて」


「い、いえ」


 ネオの姉として謝るみちるに、女子学生は思わず両手を振る。


「はあぁー……センコーに怒られるし、みっちぃにも雷を浴びるしー、なんでこんなに運がないのよー」


 そのまま抜けた空気のようにぷっしゅーっ! と膝を床につき、ポンコツは女子学生の机に顔を伏せた。


「あ……」


 それに目を丸くする女子高生。


「はいはい、ご愁傷様しゅうしょうさま。じゃあ、これからはバカなことをしないで仲良くやること! いい!?」


「はーい……」


 ネオの気の抜けた返事を見届け、みちるは漆黒の長髪をパサッ! と揺らし、教室から立ち去った。


「だ、大丈夫?」


 腑抜けになったネオを女子学生は、苦笑しながら見つめる。


「な、なんとか……」


 ネオは女子学生の方へ顔を見上げ、Vサインをする。


 その姿に、ははは、と女子学生は作り笑いするしかなかった。


「あっ、そうだ! その絵の事なんだけど!」


 思い出すかのように、自分の描いたものについて触れる。


「ん? これ?」


 ネオは立ち上がり、絵を彼女の机の上に置く。


「うん……あ、あの、その、ありがとう」


「へ?」


「わたし、絵であんなに大喜びしてめられたの、初めてで。なんて言っていいか分からなくて……」


 ネオに喜びの笑顔を作って見せる。


「あ、ああ、そのことね。うん、分かればいいのよ!」


 うんうん、とネオは満足気に首を縦に振る。


「それにしてもほんと、すごいよなぁ~」


 ネオは改めて、絵を見て目を輝かせる。


「ねぇ? これって、何かのキャラなの」


 そのままの体勢で、女子高生にたずねる。


「うん。月刊『クローバー』って雑誌知ってる?」


「ああ、少女マンガ雑誌の?」


「うん。そこで連載している漫画のキャラクターなの。この話がすごく気に入ってて……」


「その漫画のタイトルは何ていうの? な~んか、見たことあるんだけど……」


「『ミラーマジック』っていう漫画だよ」


「ああー、あの漫画ね! わたしも読んでる!」


「えっ、そうなの!?」


 口元に手を置き、意外、と言わんばかりの表情を見せる。


「わたし、あんまり漫画とか読まない方なんだけど、何故かこれだけはハマったのよ。どこかで見たことあるなーと思ったけど……なるほどねー」


 ネオは納得したような声をあげ、もう一度絵を見つめた。なるほど、やっぱりあのキャラクターだ。


「この漫画、二人のすれ違う恋愛模様を描いているでしょ。その中でいきなり予想できない急展開になるから、『この先どうなるんだろう?』って夢中になっちゃって」


「分かる分かるー。彼の方に実は想い人がいて、その子が何処にいるのか探したいとか、気になるんだよね」


「そうそう、それでね」


 ヒマワリの花が徐々に咲いていくように、会話がはずんでいくが、



 ――キーンコーンカーンコーン。



 時間だ。


「あー、もう終わりなの。せっかくいいところだったのにー」


 首をカクンと下げるネオ。


 自分があの展開に持ち込んでしまったことを少しばかり後悔した。


「5、6時間目の授業は何?」


「数学Ⅱだよ。で、その次が英語Ⅱ」


「あちゃあ、わたしは英語Ⅱで、6時間目が数学Ⅱだよ」


 入れ違いかぁ、と残念そうにネオは額に手を当てる。


 もしかしたら授業の合間にヒソヒソと話すことができるかもしれないと思ったが、案の定、この女子学生は別の科目を取っていた。


 総合高校という名の通り、この学校は普通科や専門学科を設けているそれとは違い、大学のように自分の進路に合わせて科目を選べることができる。そのため、学生によって時間割が違うのだ。


「じゃあ、また後でね」


「うん。できれば帰る前とかに。ええっと、ええっと……ごめん、名前を教えてくれない?」


 あははは、と自分の情けなさに苦笑するネオ。


竹下実緒たけした みおです、麻倉さん」


「ネオでいいよ。じゃあ、また」


「うん」


 実緒に手を振り、ネオは廊下側から二列目の一番後ろにある自分の机へと戻り、英語の教科書とノートを取り出す。


 実緒かぁ……いい友達になれそうね。


 胸を弾ませながら、ネオは自分を呼ぶ友達の下へと向かった。



                  ※※※



「礼!」


 帰りのホームルームが終わる。


 ネオはカバンを持って早速、


「みおっち!」


 ――教科書を鞄の中に入れている実緒の下へと向かった。


 早くもフレンドリーにあだなで呼ばれた彼女は、


「あっ、ネオちゃん」


 何の抵抗もなく、気さくにネオの名を呼ぶ。普段はおとなしいけど親しくしてくれる人には打ち解けることができるのかも、とネオは胸を弾ませる。


「お疲れ~、今から部活?」


「うん」


「やっぱり、美術部?」


「そうだよ」


「なるほど、納得」


「ネオちゃんも今から軽音の活動?」


「そうよ……ってなんで知っているのよ!?」


 こんなに大人しい子は自分のことをあまり知らないのでは、とネオは内心失礼ながらも疑う。


「え? だって、去年、あんなに騒いでいたら、誰もが注目するんじゃな

い?」


「うっ……そ、そうね。あんなに大々的なことをやっていたら、ね」


 あははは、とネオは苦笑を浮かべる。


 本当、あれは色々と迷惑なことをしたなと思う。


 学校のルールに乗っ取った行動をしたら、すんなり創部できたかもしれない。先生たちの説得よりも、先に生徒会とコンタクトを取って、味方になってもらう……とか。


 ――昨年、生徒会や先生の許可もなく、一年から三年までの全クラスに、誰もいなくなったタイミングを見計らって、教卓側の黒板に、「プレハブ小屋でゲリラライブ開催!」のビラを貼ったのだ。


 翌朝は大混乱だった。学生たちは、「おおーっ」、「楽しみだな!」と、感嘆の声をあげていたが、クラスを受け持っている先生たちは驚愕きょうがくした。「何の許可もなく宣伝するな!」と、担任の先生や、軽音の創部を良しとしない教頭にこっ酷く叱られた。そして、それを教えなかったみちるにも。当然、この独断専行どくだんせんこうのライブは中止になった。


 しかし、これが学生全員の注目の的になったのは、不幸中の幸いだった。


 休み時間に、「是非やってくれよ!」とライブの開催をクラスメイトやネオ知る学生にせがまれ、「勝手にプレハブ小屋を開催場所にするのは感心しないけど、少しの時間なら使ってもいいわよ」と友達を通じて、演劇部の部長に許可をもらうことが出来た。そして、生徒会にも話をして、「これで評判が良かったら創部について考えて!」と説得し、生徒会の認可を受けて、先生には内緒でゲリラライブの開催が決定したのだ。


 途中から駆けつけてきた教頭を始めとした、数名の教師たちが止めに入ろうとしたが、それは演劇部や生徒会、そしてプレハブ小屋に集まった大多数の学生たちがネオとみちるの盾となり、大盛況のうちに幕を閉じた。


 その結果、同好会の創部が認められた。


 創部という願いがかなって、ネオはみちるとともに喜びを噛みしめた。本当に心から喜んだ。同時に、色々な方たちに迷惑をかけたことも事実ということを忘れてはいけないと、ネオは思った。ここにいる学生のたちのおかげで、それが成り立っていることを。それを裏切らないために、自分なりに走っていかないと。


「うん、そうだよね……」


 視線を床に向けて、ネオはポツリと呟く。


「ネオちゃん?」


「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと、去年のことを思い出したっていうか……」


 気にしないで! とネオは笑ってみせる。


「あ、そうそう。実緒、わたし、あんたの絵が気に入ったから、いつでもいいからいっぱい見せてくれない?」


「え!? ……で、でも、あまり期待しない方がいいと思うよ」


 自信なさそうな声音で答える。


「いいや! あんたはどんな絵でも上手い! いや、絶対!」


 あまり見せる気がない実緒を、ネオは自信たっぷりに励ます。


「でも……」


 実緒は自信のない表情を浮かべ、うつむく。


 あー、もうっ! とネオは髪をかきながら、


「いーい、実緒! わたしは別にあんたの努力を否定するわけじゃないの! いや、否定なんかできないよ! 人が時間をかけて作ったものをバカにはできない。その人に失礼だし、頑張ることは素敵なことだもん。わたしはどこぞの批判住民とは違うから!」


 自分がどのように思っているか、言葉を探しながら実緒に伝える。


「ネオちゃん……」


 偽りのない強い瞳に引き込まれる。


「じゃあ、こうしよっ! わたしもお気に入りの曲とか部活で歌った音源とか見せるから、実緒も見せるってことで。これなら、おあいこでしょ?」


 初めからこう言えばよかったと思いながら、ネオは提案する。


「ネオちゃんがそういうなら……分かったわ。その代わり、私が持ってきた次の日は、ちゃんと持ってきてよ」


「りょーかい! 約束よ!」


 ネオはこぶしを作り、実緒の前へと出す。


 彼女はそれが何のことか一瞬戸惑うも、


「うん!」


 実緒も拳を作って、ネオのそれとコツン! と当てた。


「それにしても、ネオと実緒……うーん、名前も似ているからなのかなぁ。似た者同士だよね、わたしたち!」


 ね! と太陽のような笑みで、実緒の両肩をガシッとつかみ、顔を覗き込む。


 え、えええええ!! と実緒は困惑しながら、


「そ、そう?」


 と答える。


「うん! 絶対!」


 何を根拠に言っているのか、まったくもって意味不明だが、ネオは感慨深げに腕組みをしながら、うんうん! と頷く。


 そんな彼女に申し訳なさそうに、


「あ、あのー、それって名前だけじゃ、ないかなぁ……」


 それを金魚すくいの達人みたく、


「な、何よーっ! わたしと一緒だってことが嬉しくないの!?」


 スパッ! とすくい上げ、顔を風船のように膨らませて鋭い目つきで実緒の顔に迫る。


「あ、いや……」


「ネオー」


「!」


 ――実緒のピンチに応えるように、みちるが教室へと入ってくる。途端にネオは、急に姿勢を真っ直ぐ伸ばし、彼女を見つめる。


 黒薔薇の女王は、不機嫌な顔をしている。


「み、みっちぃ……」


「……早くしな。みんな、ネオを待っているから」


「え!? まだじゃないの?」


「今日は演劇部が休みだから、昼からやろうって言ったのはどこのどいつだよ?」


 ゴゴゴゴゴ、と揺れるのを感じる。


 え? ちょっと待って! とネオは速攻そっこうで昨日のことを頭の中でふりかえる。


 ――ええっと、夏休みに市内の音楽ホールでやる、『アマチュア・ロック・フェスティバルin IWAKUNI』の音合わせをするのは良いとして、昨日、活動前に演劇部の部長から「明日、休みだから、昼から使っていいよ♪」って言われて……、昼からやれる! いっぱい練習できる! うれしいーっ! ひゃっほぅ――っ! と大はしゃぎしていた……ね。


 ネオの額から冷や汗が垂れる。


「あは、あははははは……ごめんなさい」


 従順じゅうじゅんしているしもべのように、ペコッと謝る。


「まったく、夢中になりすぎなんだよ。見ろ!」


「あ……」


 辺りを見回すと、教室にいるのはネオと実緒だけで、がらんとしている。

 実緒も罪悪感を感じたのか、席から立ち上がって、


「ご、ごめんなさい! 気づいていたけど、ネオちゃんがあまりにも楽しそうに話すから、ついわたしも……」


「いや、謝らなくてもいいよ。悪いのは、迷惑ばっかりかける、こんの、ひ・と・で・な・し!だから」


 みちるはつっつくように、人でなしに向かって指を差した。


 ネオは実緒の足元にある自分の鞄をすぐに持ち上げ、ピンと姿勢を正した。




「じゃあね、実緒!」


 ネオは学校指定の革靴に履きかえ、下駄箱と下駄箱の間から見える実緒に手を振る。


「うん……また、明日」


 実緒も微笑みながら手を振る。


 ネオはすたすたと廊下を歩く彼女に目を疑った。


「……」


「ネオ?」


 呆然とたたずむネオに、みちるが肩を揺する。


「いや、今、寂しそうな顔をしてたような」


「そうかぁ? 至って普通だったけど」


「……」


 ――気のせい、よね。


 どことなく感じた違和感を胸の奥に押し隠し、ネオはみちると一緒にプレハブ小屋へと向かった。


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