表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

プロローグ

 四月末日。

「いそげ、いそげ、いっっっそげぇ――――っ!」

 ゆっくりと夕日が沈んでいく空の下、 岩国総合高校いわくにそうごうこうこう二年の麻倉音緒あさくら ねおが、学校の校舎前まで続く急こう配な坂――通称・総合坂を全速力で走っている。自慢のポニーテールが風に揺れる。


 今日は待ちに待った日。


 昨年、『軽音楽同好会けいおんがくどうこうかい』という部活を創ったネオにとっては、その日と同じぐらい夢にまで見た特別な日だ。


 自分と親友、そして新たに入部した二人の一年生部員で結成されるのだ。


 そんな、重要かつ、スペシャルなイベントがあるっていうのに、


「もう、なんで、なんでねてたのよ――っ!!」


 部活で使うプレハブ小屋は、先に演劇部が使うということになっている。なので、実際の活動は6時あたりから始まる。


 本来なら学校にいて、いつものように親友と図書室で本を読んだり、今日の活動について話したかった。しかし、『あるもの』を忘れて家に戻らないといけない事情があった。なので家に帰り、その重大なものを手にした……までは良かったのだが、「まだ時間がある」と余裕をこいでいたため、カーペットの上でボーっとしていたら、時の流れは急加速した。


 マジで自分を責めたくてしょうがなかった。部長としてなんたる失態を犯してしまったんだ。


 腕時計は六時三〇分を知らせている。おそらく時間にうるさい親友が、今にも鬼と化そうとしているかもしれない。


 頭の片隅で親友の頭を冷やす方法を考えつつ、ネオは校門を突破し、さらに急になる――校舎前までの坂を、飛んでいるみたいに軽快に駆け上がる。こう見えて彼女は中学時代、陸上部に所属しており、日が暮れるまで毎日走っていたのだ。なので、この二段階坂もネオにとってはお手のもの。あっという間に校舎前。


「あと少し!」


 最後の力を振り絞り、昇降口を横切り、裏にあるプレハブ小屋の戸を開ける。


 ガラガラガラ!


 中には、二人の一年部員が待っていた。


「お、おっまたせぇー……う、うわあああっ!?」


 全力で走ったせいで足がもたつき、ネオはビターン! と這いつくばるように倒れ込む。殺人現場で見る死体そのものだ。


「せ、先輩!」


 先輩の無惨な姿を一年生部員、ドラム担当の野上健斗のがみ けんとが慌てて近寄る。


「だ、大丈夫……っスか?」


「うん……なんとか」


 ネオは親指を立てて、少なくとも死人ではないことをアピールした。


 健斗に手を貸してもらい、ゆっくりと立ち上がる。中学時代は坂を登るのもへっちゃらだったけど、ブランクがあるか。体力の衰えにちょっぴり寂しさを感じた。


「ごめんねー、遅れてしまって」


 ネオは改めて新入部員――健斗と、彼の隣にいる無表情を保つもう一人の――背が高く、顔が整ったイケメン、ベース担当の伊藤巧いとう たくみに向かって手を合わせる。その姿に巧は黙ったまま彼女を見つめ、それに対し、健斗は、ハァ、とため息をついて、


「まったくスよ、そのおかげでみっちぃ先輩が」


「みっちぃがどうかした……って、まさか!」


「ね―――お―――」


「ひゃああああっ!?」


 今すぐにでも呪いをかけるような声音に、ネオは驚いたように思いっきり裏声を発した。背中から悪寒がぞくぞくと走る。目の前にいる健斗の顔はこわばり、冷や汗がでている。親友があのモードになる瞬間をおそらく見たのだろう、とネオは思った。


 ――間に合わなかったか……。


 ネオは覚悟を決め、後ろにいるその人のほうへと振り返る。


「あ……」


 死線を見てしまった。この目で見るのは何度目になるのだろう。四、五回目だと思う。


 そこにいたのは自分の遅刻でカンカンになっている、副部長で親友の長里(ながさと)みちる、いや、みちる様であった。ちなみにギター担当。


 左手に持っている飲みかけのドリンクが、メキメキ、と音を立て、茨のとげのように鋭くなった漆黒の髪の毛先は、ネオが兄のゲームプレイを見たときに出てきた、妖魔メデューサの髪のようだった。長い髪がうねうねと動き、すぐにでも部長――ネオに突き刺そうとしていた。


「ご、ごごごご、ごめん、みっちぃ! ここここ、これには、ふかい、ふっか――――い、わけが!」


「うるせえ! どんなにちっさい理由があってもなぁ、連絡ぐらいよこせっつーの!」


「電話しようとしたわよ! だけど、充電が切れているのにまったく気づかなくて! だから、だからね、元のみっちぃに戻って冷静にわたしの話を……」


「問答無用!」


「きゃああああああっ!」


 バチ―――――――ン!!!!!


 たまりにたまったストレスを開放したその音は、部屋全体に響いた。


 健斗は思った――みっちぃ先輩には、すぐに謝ろう、と。



                 ※※※



「――それじゃあ、四人揃っての初めての活動ということで、今日はミーティングをしまーす」


 苦笑を浮かべて腫れた右頬を抑えながら、ネオが活動の始まりを告げた。


「う、うっス」


 彼女の目の前に座っている健斗は、その形相に苦笑する。逆に彼の隣にいる巧は、「……はい」とロボットのように表情を一つも変えない。


「で、どんなことをやるんだよ、ネオ」


 モードチェンジしたみちるが何事もなかったかのように訊ねる。先ほどまでキレていた面影はどこにもない。


「うーんとね、うーんと……えへへ、なにがしたかったんだっけ?」


「あ、あ、あんたねぇ……」


 ネオのとぼけ発言に、みちるの拳が唸る。


「じょ、冗談だってば!」


「まったく、真面目にやりなさいよ」


 どうやら部活の真の指揮者はみちるのようだ。部長であるネオですら、頭が上がらない。


 彼女はコホン、と軽く咳払いして仕切り直す。


「さて! 今日が新入生含めた初めての活動ということで、まずは今年の活動方針について発表するわね。今年の軽音楽同好会は一年生が無事に二名加入したので、新たなステップとして、この四名でバンド活動をしたいと思います! 先生や演劇部などへの交渉は今からだけど、学校でのお昼の時間、そして放課後にはミニライブを定期的にやろうと考えています。そして、岩国でのアマチュアのライブフェスにももちろん参加します!」


 おおっ! と部長の活動方針の発表に、


「いいねぇー、腕が鳴るよ」


「燃えるっスね」


「……楽しみですね」


 みちる、健斗、巧が、それぞれの反応を示す。


「もちろん、ここにいる四人で活動ね。ちなみにバンド名は……わたしが考えたわ!」


「ええっ!? バンド名、もう決まってんスか!?」


 健斗が落胆を混ぜた驚きをあげる。


「何よ、文句があるの? わたしが部長なんだから、決めるのはもちろん、わ・た・し! でしょ! どうせあんたが決めてもナルシな言葉だもんね、ナル


「な、ナル男じゃねぇっスよ!」


 健斗は思わず立ち上がる。それを彼女は「はん!」と鼻であしらい、


「何よ、面接で、『俺がいないと、星たちが輝くことができないぜ』とわけのわからんイタイことを言ったのは、どこのだれよ?」


 ネオのイヤミな言い回しに、カチンときた健斗は彼女に接近し、顔を近づけ、


「あ、あれのどこがイタイっスか! 俺がいないと先輩や生徒が輝くことがないぜと言っただけですよ!」


 ネオもそれ対抗するかのように、バン! とその場で大きな足音を立て、


「そうよ! だからナルシスト男――ナル男って呼んでるんじゃない。自覚しなさいよ!」


「認めんっス! 先輩であろうがなんだろうが、俺はナルシストじゃあないっス!」


「認めなさいよ!」


「絶対に違うっス!」


「認めろってば!」


「ああーっ、もう! うるさ――――――い!」


 ゴチ――――――ン!!


 みちる様の天罰が二人の脳天に突き刺さった。


「ったく、バカなことをする暇があんなら余所でやれよ!」


「ごめんなさい……」


「すんませんっス……」


 鬼の鉄鎚てっついに二人の熱は一気に冷めた。


「……で、バンドやるのはいいけど、どういう編成でやるのよ。あたしはギターしかできないよ」


 通常モードに戻ったみちるがネオに訊ねる。こういう切り替えはうまいなあ、とネオは思いながら、


「うん。一年生二人は面接での希望通り、健斗はドラム、タッくんはベース。みっちぃはもちろんギター兼バックコーラス。そして私がボーカルということで。もちろん、異論は認めないわよ、健斗」


「わ、わかってるっスよー」


 釘を刺された健斗がうんざりしたような声を出す。


「そして、バンド名なんだけど……ここに書いてあるわ!」


 ネオは床に置いてある『あるもの』――折り曲げた画用紙を手に取る。そして、ネオは再び立ち上がり、


「この名前にはね、今しかないこの時――高校には常に、楽しい、辛い、悔しい――一日の日々に、たくさんの人が色々な感情が飛び交っているよね。それらをわたしたちの手で、ここにいる『瞬間』を等身大で伝えていく、そして、『前を向いて行こう』と後押しをする、そんな思いが込められているの! これは、この高校だからこそ言えるバンド名よ! その名はあー……」


 ネオは深呼吸し、勢いよく画用紙を広げた。



「moment’s(モーメンツ)!」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ