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クウソウドライブ  作者: 高空天麻
「存在」を望んだ少女
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「存在」を望んだ少女 5

「うぅ、緊張するぅ……」


 翌朝。

 どうしてかいつもより一時間早く起きてしまった私は、鏡の前で唸っていた。普段なら迷うことなく二度寝を選ぶのだが、今日に限ってはそんな気分にもなれなかったのだ。

 鏡を見て、いつものように制服に着替えた自分の姿を見つめる。

 シワはないか、寝癖はないか、変な着方になっていないか……そんな風に一つ一つきっちり丁寧にチェックを重ねていく。

 最後に、スカートについていた小さなホコリを落として、チェックは完了した。


「……力よ」


 一言呟いて、右手に意識を集中させると、掌に光球が生み出された。昨日帰ってきてから今に至るまで何度も呼び出していたため、もう手慣れたものだ。

 呼び出す度に今すぐ力を使いたいという衝動に駆られたが、必死に感情を押し込めて今現在に至る。

 今日も力が呼び出せる事を確認して安心すると、私はカバンを持って階段を下り、リビングに顔を出した。


「おはよー」

「あら、おはよう。今日は早いのね」

「へへ、たまにはね」


 小さく笑って、自分の分のご飯と味噌汁を茶碗についで、自分の席に持っていく。おかずはすでに席に置かれていたので、箸を持ってチラリと時計に目をやった。

 七時五分。四十分に出れば間に合うので、かなり余裕がある。


「いただきます」


 いつもはギリギリに食べるので丸呑みにするような勢いで食べているのだが、今日は殊更ゆっくりと朝食を摂る。普段は味もそれほど気にしないのだが、改めてきちんと食べると食事のすばらしさが実感できる……ような気がした。


「ごちそうさまでした」


 満腹になる直前で止めた。

 もう少し食べたい所ではあるが、これ以上行くと久しぶりに体重計から警告が来そうだ。

 時計をもう一度見る。

 七時半。まだ少し早い者の、今日は早めに行くぐらいがちょうど良いだろう。


「お母さん、行ってくるね」

「はい、気を付けて」


 弁当を受け取って、家を出た。

 自転車に乗って駐車場の外に出ると、空は澄み渡るほどの青だ。雲が一つも見あたらない。

 眩しさに目を細めながら、いつもの道を自転車で走っていく。十分早いだけなのに、歩いている人々も違うせいかすごく新鮮に映った。

 あっという間に学校に到着する。その頃から、私の胸は異常なほどに高鳴っていた。玄関で靴を履き替えて教室へ向かうと、扉は閉められていた。

 中にはすでに何人かいるのか、いくつか小さな声が聞こえる。

 ……やるなら、ここだろう。

 廊下に誰もいない事を確認して、口の中だけで「力よ」と呟いた。現れた純白の力を手にし、一呼吸置いて唱える。


「……ドライブ」


 途端、どこかでカチリと歯車が噛み合うような音が響き、

 瞬間、世界が、自分が、変質した。


 手の中の光球はいつの間にか消え失せ、傍目から見たらただ教室の前でボーッとしている妙な女の子に見えただろう。

 だが、私には違った。

 今、この瞬間。

 私か世界が、あるいはその両方が、明確に変化した。そんな確信が胸の内にあった。

 ゴクリ、とつばを飲み込み、教室のドアへと手をやる。


「おはよう」


 開きながら、私は中に声をかけた。

 中にいた内の一人が「おはよう」と返してくれたものの、他の人達は一瞬こちらへ目をやっただけですぐにそれぞれの世界へ戻ってしまった。

 ホッとしたような、残念なような、その両方が入り混じった複雑な気分で自分の席に座ると、返事をしてくれた子が私の隣の席に戻ってくる。


「はよー、彩花。珍しいじゃん、こんな時間に来るなんて」

「おはよう、紅音。ま、たまにはね」


 彼女は、私にとって唯一の親友、山下紅音。

 元々色素の薄い茶髪と、男女関係なく物事をハッキリ言う性格のせいでクラスの中では若干浮いているものの、人をしっかりと見る眼を持っており、面倒見もかなり良いので、狭いながらも深い交友関係を築いている。

 かくいう私も、彼女に救われた内の一人だ。


「紅音。宿題終わってる?」

「ん、終わってるよ。……んん?」


 ノートを渡そうとした時、紅音が眉を潜めてこちらをじっと見た。


「え? 何か匂う?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……彩花、化粧かなんかしてる?」

「してない、けど……」


 言うと、紅音は首を傾げながら小さく唸りだした。私はしらを切りながらも、内心を表に出さないようにするのに必死だ。

 話しても彼女なら二人だけの秘密にしてくれると信じているが、そもそもまだ効果が実感できたわけではない。まだ、話すべき段階ではないだろう。


「なんて言うか……昨日までよりも、目を引き寄せられる感覚があるというか……」

「き、気のせいじゃない?」

「んん……ま、いっか。ほい、ノート」

「ありがとう」


 どうにか誤魔化せたらしい。というか、さすがは親友といった所だろうか。こんな短い時間で見破ってくるとは思いもしなかった。

 小さく息を吐きながら、ノートを開く。チラリと教室の中を見てみたが、特に昨日までと変わってないように思えた。

 ……いや、まだわからない。発動してから十分しか経ってないというのもあるし、何より紅音は感じていたのだ。まだ、インチキだったとか決めつけるのには早すぎる。

 昨日の宿題が意外に面倒臭かった事を思い出しながら、自分のノートと紅音のノートを見合わせてわからなかった問題を解いていく。


(……私の実力なんて、大したこともないのに)


 何で目の敵にされてんのかな、なんて考えながら、深い溜め息を吐いた。すると、横側から声がかかる。


「何を朝っぱらから暗い顔してんだ?」

「あ、優也じゃん。おはよ」

「おう、おはよう」


 言って、優也は口元に薄い笑みを浮かべた。少し前まではもっとガキっぽい笑い方をしていたというのに、この数ヶ月でグッと大人っぽくなったように思う。


「それで、どうしたの?」

「どうしたのはこっちのセリフだったんだけど……ま、いいか。またわかんないとこ、教えてもらって良いか?」

「うん、いいよ」


 別の席に遊びに行っている紅音に断りをいれてから、優也が私の隣に座った。

 元々それほど勉強熱心な方じゃなかったのに、どうしてか今年の四月からいきなり熱を入れ始めていた。本人曰く、「受験も近い事だし、今から準備しておかないと俺じゃ間に合わない」だそうだが、噂ではそれまでかなりいちゃラブだった彼女と別れた事がかなり大きい影響を与えているのだとか。


「……どうした?」

「ん〜ん、何でもない。そこ、解き方が違うよ」

「え、マジか」


 横顔をじっと見ていたせいか、優也が怪訝そうに尋ねて来るも、どうにか誤魔化す。

 振られた、のか振った、のかはわからないが、あんなに愛し合っていた彼女と別れたのに、それでも歯を食いしばって前に進もうとする姿勢は、何というか、


(……羨ましい、なあ)


 素直に、そう思う。

 この頃の優也の伸びはすさまじいの一言で、後半は本来教えるはずだった私の方がいくつか教えられる事となった。この分だと、次の定期テスト当たりで抜かれるのではないだろうか。

 嬉しいような、恥ずかしいような、これまた複雑な気分だ。


「ん、そろそろチャイムも鳴るし、戻るわ。ありがとうな」

「ううん、こっちこそありがとうね」


 無事に宿題が終わった事に安堵しつつ、私は答える。

 普段なら、それで彼はさっさと席に戻ってしまうのだが、今日だけは違った。

 こちらを探るような、まるで何か不可解なものでも見るような目で、こちらをじっと見ていたのだ。


「何? どうかした?」

「いや……なんつうか、お前なんか変わったな……」

「……それは口説き文句?」

「ちげえよ。……そうだな」


 と、そこで優也は声を潜めて尋ねてくる。


「お前、神様ってヤツにあった事はあるか?」


 自然な口調で出てきた質問に、しかし私は全身が一気に強張るのを感じた。

 なぜ、どうして、どうやって優也はそれを知ったのだ。

 パニックに陥りそうになりながら、思考は高速で回転し、一つの最適解を弾き出す。


「それって、ネットとかで良く言われてる噂の事?」


 私も、声を潜めて尋ねた。まるで、知識としてだけ走っている、とでも言うように。

 この聞き方からして、優也は私が神様に出会った事を確信してはいない。まだこれは、探りを入れるためのジャブだ。ここで妙な反応をすれば、即バレする。

 逆を言えば、今の段階では上手くやれば、何の問題もない。


「なに、優也ってああいうの信じる人だっけ?」

「まあ、気になったものはな。……ないんだな?」

「あるわけないじゃない。あんなの、噂よウワサ」


 内心では冷や汗をかきまくっているのだが、そんな感情をおくびにも出さずに言い切った。


「そうか……そうだな。悪い、妙な事を聞いて」


 納得がいったのか、もう一度微笑んでから優也は席に戻っていった。少しすると、チャイムが鳴って散らばっていたクラスメイト達も各々の席に座り始める。


「良い雰囲気だったじゃない。優也君ルート攻略中?」

「からかわないでよ、もう……」


 軽口を叩いてくる紅音に答えながら、安堵の息を吐いた。

 どうして彼はあんなに食い付いてきたんだろう。優也にも、もしかしたら叶えたくとも叶えられない願いがあるのだろうか。それとも、もしかして……。

 思考は、突然入ってきた担任に遮られた。


「おーし、お前ら席に着け〜。委員長、号令」

「起立!」


 礼をする時、どうしてか先生と目があった。

 それに、先生が驚いたように目を細めてくる。まるで「あれ、コイツの席ってあそこだっけ」とでも言うように。

 とりあえず、なにもやらかした記憶はないので、気付かなかったふりをして席に着く。紅音も不思議に思ったのか、先生が後ろを向いた隙をついて「あんた何かしたの?」なんて尋ねてきた。

 失礼な。

 人を問題児みたいに言ってくれるが、これでも私は上に飛び抜ける事こそないものの、下の方へ落ちる事もないのだ。……まあ、忘れ物や居眠りで職員室へ呼び出された事はあったものの、それも一回や二回の事。

 それ故に、個性が無い、なんて言われていたのだが、それだけに先生の目を浴びるなんてことも少なかった。

 もしかして。


(……力の効果、だったりしてね)


 そんな事を考えて、クスリと笑う。


「おい、山本。何を一人で笑ってるんだ?」

「へ?」


 気付いたら、またクラス中の視線がこちらへ集中していた。

 あれ、なんでだろう。昨日もこんなことあったような気が……。


「頼むから、話は聞いておいてくれよ……?」

「あ、あはは……すいません……」


 口元が引きつっているのを感じる。隣で紅音が「……バカ」と呟くのが聞こえた。

 これも、もしかして力の影響だったりするのだろうか?

 ……だとしたら、笑えない。




投稿してから思ったのですが、山下と山本の区別がつきづらいですね。

紅音の方は「やました」、彩花の方は「やまもと」です。

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