「存在」を望んだ少女 4
遅れて申し訳ありません!
「……それじゃ、今日はここまでだ。みんなもあと一年で受験生だから、進路に向けてしっかりと考えてくるように。それじゃ、委員長号令を」
「起立。……礼!」
『さようなら』
帰りのHRが終わるとすぐ、私は怪しまれない程度に、しかし出来る限り早く学校を出た。もっと早くと催促してくる胸の高鳴りに逆らわず、そのまま自転車に飛び乗る。
どこへ行こうか。
一瞬そう考えて、私はすぐに候補を見つけた。ここからそれほど遠いわけでもなく、且つ普通の人が滅多に寄りつかない、そんな絶好の場所。
そこなら、誰にはばかることなくこの力を試せる。
ニンマリと笑って、私はペダルを踏む足に力を込めた。
それから五分ほど後、私はとある公園に立っていた。
「相変わらず寂れてるわね〜……」
思わずそう呟いてしまうほどに、そこには誰もいなかった。
ジャングルジムに滑り台、シーソーに冷水器と必要最低限の遊具や設備は整っているのだが、ここから徒歩五分の所にもっと大きくて設備の整った公園があるせいか子供が殆ど来ない。
そういった公園はホームレスが集まりやすいのだが、この辺は自治体に組織された自警団が毎夜見回っているために、彼らも寄りつく事がない。
結果、こうして殆ど誰も来ない公園が出来上がるわけだ。
(ま、私にとっちゃ好都合だし)
誰も来ない、変な眼を向けられる事もない。
普段の学校生活で、視線に過敏になってしまった私にとっては楽園と言っても良い所だった。
ベンチに荷物を置いて、座り込む。
見上げれば、空は抜けるように青い。まだ五月にさえなっていないというのに、太陽は律儀にクソ暑い光を届けてくれていた。
襟元を緩め、だらしなくならない程度に制服を着崩す。校則違反だという事はわかっているが、こんな熱気の中で校則だからブレザーを着ろと言うヤツは頭がおかしい。
服の中に入ってくる風を感じながら、辺りを見渡す。いつも通り、来訪者はいないようだ。
「さて」
そう一言呟いて、意識を切り替える。
何せ、今からやろうとしている事は私がこれまで全く触れた事の無かった領域の話。何が起きるかわからないし、逆に何が起きてもおかしくない。
一度思考を集中させるために、目を閉じて深呼吸をする。精神をいったんフラットにし、自然体になったと思った所で、私はある事に気がついた。
「……力って、どうやって使うのよ?」
唐突に現れた単純且つ超高難度の疑問に、せっかく落ち着けた思考が完全にフリーズする。
(あ、あれ? そう言えば私、対価の事はしつこく聞いたけど……)
肝心の使い方は全く聞いてなかったような、気が、する。
『さて、そろそろ説明しようか?』
「わひゃぁあああああああ!?」
突然脳裏に響いた声に、思いっきり奇声を上げてしまった。
慌てて辺りをもう一度見渡す。幸い、周りには誰もいない。ホッと胸をなで下ろしてから、もう一度耳を傾ける。
『ええと……そんなに驚かれるとこちらとしても辛いんだけど……』
「あ、ごめんごめん!」
相手は神様だというのに、普通にタメ語で謝ってしまった。
何というか、この神様は力は確かに神様なのに、全く神様らしくない。振る舞いがやたらと人間臭いせいだろうか、不思議と畏怖よりも親近感が沸いてしまう。
「え、と……それで力の使い方は教えてもらえる、のかな?」
『もちろん。これは契約だからね。僕の方だけが一方的に対価をもらうわけにはいかないだろう?』
相変わらず夢の中と同じような、おどけた口調で言ってくる。
人によっては怪しいと思ったりするのかもしれない。でも、私にとっては、どうしてかこっちの方が安心できた。
もっともらしくパッケージされた笑顔を疑ってみてかかるよりも、そもそもからして怪しさ満点の笑顔の方が警戒しやすいからだろうか。
「それじゃ、どうやって使うのよ?」
『まず、自分の利き腕を前に出して。そこに意識を集中させるんだ』
言われたとおりに右腕を前に出して、目を閉じる。
意識を集中させろ、と言われても感覚が掴めないため、とりあえず手に力を込めてみる。すると、頭の中でまた声が響いてきた。
『ん〜、ちょっと違うなぁ……。力を入れるんじゃなくて、自分の中に存在している流れが一点に集中していく、そんなイメージをしてみて』
なるほど、とアドバイスしてくれた声に応えながら、私は言われた通りのイメージを思い浮かべていく。
最初に浮かんだのは、血管のイメージ。
体中を貼り巡り、一度脈打つ度に全身へ血液を送っていく経路。その流れに沿って自分の力がどんどん右手に集まっていく、そんな風にイメージしていく。
頭や足から胸に集まり、そこから右腕に集まっていく。
そう想像していくうちに、いつの間にか時間の感覚が滑り落ちた。ベンチに座っている、という感覚さえ薄れ、ただただ呼吸の音と心臓が脈打つ音だけが、意識の中でやたらと大きく聞こえていく。
暗闇の中、私はどうしてかこれまで感じた事の無いような安らぎに満ちていた。
すると、唐突にカチリと歯車が噛み合うような音が響き、
途端、手の中に温もりを持つ何かが生まれた。
目を開いたら、そこにあるのは毒々しいまでに純白な光の玉。
どこまでも純粋で、どこまでも欲望に満ちた、思いの欠片。
「これが……」
『おめでとう。僕の力と、君の空想が完全に混じり合って発現したのが、その光だ。これで、いつでも君の夢を叶えられる。後は、君がただ一言好きなタイミングで呟けばいい』
ドライブ、とね……。
「空想……ドライブ……」
その若干、いやかなり中二病臭い言葉に、私は小さく笑った。
それを見たのか、空想の神様も楽しげに告げる。
『ちなみに、力がいらなくなったら今度はドライブストップと唱えればいい。そうしたら、力は消えて、君は元の普通の人間に戻る。……さて、それでは良き人生を』
その言葉を最後に、神様の言葉は途切れた。
でも、手の中の光は消えない。むしろ、さっきよりもより強く輝きを放っている。
まるで、私の中に眠る欲望を現しているかのように。
「空想ドライブ……クウソウドライブ……かあ」
その言葉を、何度か口の中で転がす。それはまるで、アメ玉のように甘い言葉だった。
今すぐにこの力を使っても構わない。だが、私はあえて力をもう一度自分の中に引っ込めた。
誰もいないここで使っても、効果のほどはわかりづらい。それよりも、人がたくさんいる学校の方が良いだろう。
一度大きな伸びをして、着崩していた制服を直す。時計を見れば、いつの間にか二十分が過ぎていた。
自転車にもう一度乗って、少し急ぎ目にこぎ始める。
汗が滲むほど暑い中、どうしてか口元は緩んでいた。