「存在」を望んだ少女 1
新章開始です!
一度にアップしてしまうと読みづらいとの指摘がありましたので、分割して投稿していきます。ナンバリングをご参照ください。
グルリと視点を一周回す。
どこを見ても、同じような白。白、白、白一色の世界。
どこから光が入ってきてるのかはわからないが、あまり落ち着く事は出来そうにない。
「それで……」
改めて、前を向く。
視線の先にあるのは、赤いソファと黒の巨大なTV。そして、ソファの背もたれには、片膝を立てて座っている青年がいた。
「あなたは、誰?」
ズキズキと痛み始めた眼を細め、いつもより大分低めの声で尋ねる。
しかし、何が面白いのか、青年はニヤニヤと薄い笑みを浮かべるだけだった。
……まあ、どんなに私が凄んだ所で、力の差は歴然としているのだから、当然と言えるのだけれど。
その質問に、青年は呆れたような微笑と共に両手を広げた。
「やれやれ、人の世界に来ておいて、『アンタ誰?』はさすがに酷いなぁ。最近の子は、礼儀ってものを知らないのかい?」
「人の世界? ……もしかして、ここが全部?」
「そ、ここは僕の、僕による、僕のためだけの世界さ」
何を言ってるんだ、コイツは。
そんな思考が、何よりも先に脳裏に浮かんだ。
それが顔に出たのか、青年は笑みをさらに深くして言ってくる。
「ま、信じる信じないは君に任せるよ。そもそも、そんな事を話すために来たんじゃないだろうしね。さあ、言ってごらんよ。君の望みを」
「……どういう事?」
「おや、都市伝説とかで聞いた事がないかい? この頃はそれで来る子も多いんだけどねえ」
「ある、けど……」
確かに、一度だけ聞いた事がある。
ある時期から、SNSや掲示板で盛んに騒がれ出した、そして今尚衰えを見せない、とある噂。
曰く、強い願いを持つものだけが入る事の出来る、真っ白な世界が存在する。
曰く、そこにいるのは神様で、一つだけ望みを叶えてくれる。
曰く、神様は願いを叶える代わりにある対価を要求してくる。
そんな、ネット社会にはありがちな、嘘くさい都市伝説。私自身は、それを聞いた途端に馬鹿馬鹿しいと感じて、全く調べてはいなかったのだが……。
「本当に、あったんだ……」
「火のない所に煙は立たない、って言うだろ? どんなに馬鹿らしくても、噂が立つのにはそれなりの理由があるのさ。ま、全てが全てそうだとは言わないけどね」
「じゃあ、あなたが神様?」
「正確に言うと、空想を司る神、さ」
肯定の意を示す彼に、私は胸が高鳴るのを感じていた。
望みが、叶う。
この数年悩み続けてきた日々が、終わる。
それだけで、何を失っても構わないとさえ思えた。
だが、理性が必死にブレーキをかける。ネットの情報では、この神は願いを叶える代わりに対価を要求するのだとか。
対価。
ゲームやマンガでしか見ないようなその単語は、ヒートアップしていた思考を一瞬で鎮めるほどに、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「ねぇ。もし私が願いを叶えてもらうとしたら、私は何を要求されるの?」
先に不安を払拭すべく、そう尋ねる。人生の一部、とかならまだ考える余地があるが、身体とかとんでもない物を後で要求されたらシャレにならない。
そんな不信感を表情から察したのか、青年は今までと違うイヤな感じの笑みを口の端に宿した。
「ふむ。それじゃあ、何を要求しようかなぁ……」
ニヤニヤと笑いながら、そう言ってくる。
肌が泡立つのを感じ、私はどうにか逃げる方法はないか、とわりと本気で検討し始めた。
「なんてね。僕は人間の行動に興味はあるけど、人間の女の子には興味がないんだ。安心してよ」
そう言った彼の笑みには、もうさっきのイヤな雰囲気は微塵も残っていなかった。
からかわれたのだ。それを悟った途端、私は顔が真っ赤になるのを感じた。
「ひ、人の事をからかってないで、早く教えなさいよ……!」
私がそう言うと、青年はこれまでのふざけた雰囲気を引っ込めて答えてきた。
「単純さ。君の願いを叶える代わりに、僕は君の人生を見せてもらう、そういう契約だよ。君がどう力を使うのか、どんな人生を歩んでいくのか……それを見せて欲しいんだ」
その言葉に、私は顎に手をやった。
物理的対価がない事を考えれば、願いが叶う対価としては異常に安い。お伽噺や物語なんかではそれ相応の対価を要求されるというのに、だ。
ただ、一つだけ看過できない点もある。
「見るって、二十四時間ずっと、って事? お、お風呂もトイレも……?」
そう、それを考えると、簡単にイエスとは言えなくなる。
そんな質問に、青年はポカンとした表情になり、途端に大爆笑し始めた。
「あっはははははっ! 深刻な顔で何を悩んでるかと思ったら、そんなことか! ははははっ!」
「そ、そんな事じゃないわよ! 女子からしたら一大事だわ!」
「くっくくく……! だってさ、考えてごらんよ。そんな事が目的なら、僕は話なんてせずに君を押し倒しているはずだ」
「む……」
目元の涙を拭いながら言う彼に、言われてみれば、そうかとも思う。
青年は、「まあ、最近はいろんな人がいるから一概に言えないけどねえ」なんてフニャリと言いながら、笑った。
「それに、この姿は僕のお気に入りってだけで、元々僕の形なんて定まってないしねぇ」
そう言って、彼は人差し指を振る。
すると、青年の身体が一瞬だけボヤけ、次の瞬間には髪型も慎重もまるで違う、女性の姿へと変わっていた。
目を丸くした私の前で、幼稚園児、老女、壮年の男性と何度か姿を変え、最後に再び最初の飄々とした青年に姿を戻す。
「わかった? 性別も、性癖も、僕には無縁の物なんだよ。だからまあ、そこまで心配する事でもないんじゃない?」
言いながら神様(さすがにここまでやられて信じない、なんて選択が出来る私ではない)は、元のニヤケ笑いを浮かべた。
そのフニャリと緩んだ笑みを見て、自分の警戒心が薄れていくのがわかる。それを見て取ったのか、神様はおどけた様子で両手を広げた。
「さて、僕がそういう趣味を持ってない事を証明した所で……最初の質問に戻ろうか」
……君は、何を望むんだい?
私は目を閉じて、もう一度自分の心に問いかけた。
だが、聞くまでもない。望みは、心は、すでに定まっていた。
目を開き、自分の望みを告げる。
「 、 」
その願いを聞いて、目の前の神様はクスリと微笑んでこちらへ手を差し出す。
「やっぱり、人間は面白いねぇ……。これまで何百人、何千人と見てきたけど、全く飽きないよ」
そう、笑う。
まるで、限りない慈悲を注ぐ母のように。
そう、嗤う。
まるで、目の前の愚者を嘲るように。
差し出された手の中に、光が灯る。
それは、この部屋と同じように、目に毒なくらいに真っ白な玉。
惹かれるように、私はその力へと手を伸ばす。光球に触れた途端、ドクンと心臓と力が共鳴した。
同時、全身を抗いがたい眠気が襲ってくる。膝を着き、頭を振って持ちこたえようとするも、全く意味はなさそうだ。
急速に薄れていく意識の中、神様は楽しそうに、本当に楽しそうに笑いながら、言った。
「……さあ、それでは新しい人生をお楽しみに☆」
それを最後に、私の普通は消え去った。
今回、二話連続投稿となります。