やがて月がでて
もう辺りは完全に暗くなって、月と外灯以外に、僕らを照らすものはない。
さっきまで必至に叫んでいたカラスは何処かへいったのか、もう声はしない。
「そういえば。この匂い、なんていう香水?」
不意に美佳が口を開く。緊張によって喋れない僕を一言でほぐしていく。
「あぁ、これはブルージーンズって香水。」
カバンをあけ、コーラの瓶みたいな、青いボトルを取り出す。
スパイシーで甘いけど、ちょっと男の匂い。
美佳は受け取ると、まるで宝石を扱う様に両手で支え、灯りにかざしたり、匂いを嗅いだりした。
そうして、しばらくボトルとにらめっこした後、美佳は自分の手首にシュッと、香水をつけるとハイ、といって僕に返す。
瞬間、甘い匂いが宙を漂って風に運ばれ何処かに消えた。
「あたし、この香り好きだよ。」
「ん、なんで?」
「なんか、政司って感じの香り。」
僕は、なんだか嬉しくってほくそ笑んだ。精一杯、自分の顔が崩れない様に。今の言葉が、お世辞でも冗談でも、彼女は僕に向けて送ってくれた。美佳は続けた。
「それに、今日クラスの中に香水振り撒いたでしょ?」「あれはカバンの中でこぼれちゃっただけだよ。」
「でも匂いがすごい残ってたわ。お陰でリラックスして寝れちゃった。」
彼女があまりにも真面目な顔で言うので、僕はぷっ、と思わず吹き出してしまった。彼女も、長い睫毛をふせ、静かに笑う。
再び公園に笑い声が響く。
そこで、君がいうんだ。世界中の人間が恋をすれば争いなんて起こらないのに。