†3† 『刻印刀・鬼灯』←執筆中
「・・・・・・ふぅ」
あの神社での戦いから一夜が明けた、翌日の朝。
ぬくぬくと暖かな布団の誘惑から逃れ、ベッドから体を起こして一息。
学校へ行くために制服へ着替え、腕時計――戦闘用ディバイザーを着けようと
手を伸ばすが、その手を止めてしまった。
「・・・大丈夫、だよな・・・?」
疑いの眼差しを腕時計にたっぷり10秒くれてやり、漸く左手首に装着する。
取り扱いマニュアルを見ながら色々と機能を弄ってみて、やっと大丈夫だと確認でき、
ほっと一安心――――。
〈――何をビクついている主?〉
「おわあっ!?」
――――出来なかった。
いきなり腕時計が喋り、数十センチ程飛び上がってしまった。
・・・そして、どうやら今日からは俺の思い描く『平穏な日常』を送れそうに無いようだ。
そう、俺が今朝から腕時計を着けるのを躊躇していた理由はこれだ。
――村咲さん家の神社に奉納されていた刀が、俺のディバイザーと同化してしまった。
――オマケに、武器であるはずの刀が『言葉』を喋った。
・・・登校時間まで余裕があるので、意を決して話しかけてみる事にした。
「・・・普通、腕時計が喋ったら驚くモンだぞ」
〈そういうもの・・・なのか?〉
「そういうモンなんだよ、現代はな」
〈ふむ・・・・・・なら仕方ない〉
どうやら順応性は高いようだ。いきなり喋りだす点を除けば、だが。
ふと壁の時計に目を移すと、時間はまだ6時半を回った所だった。
とりあえず朝食を済ませ、この正体不明の謎の刀『鬼灯』と会話を試みることにした。
「とりあえず・・・お前の名前は『鬼灯』《ほおずき》で間違いないか?」
〈ほぉ、覚えていてくれたか〉
「昨日あんな事があって、騒ぎの発端である張本人(?)の名前を忘れられるかっての」
上から目線な上にマイペース、って感じか。
・・・・・仕事の上司には絶対したくない性格だな。
「・・・とりあえず、俺のディバイザーの格納スペースから出てくれ」
〈嫌じゃ〉
即答だった。 キッパリと、スッパリと、拒否された。
流石に引き下がる訳にもいかない、なので。
「えーっと・・・・・・これをこうすれば『召喚』だったな」
〈ごっごごご主人っ!!? まさか無理矢理っ!!?〉
「ここを・・・・・・こうだっ」
腕時計型のディバイザーには、幾つもの摘みやらボタンやらが色々付いている。
その中には、ディバイザーに挿入されているカードの中に収納されている物品を、
ワンプッシュで外に出す事が出来る機能がある。
CMで流れていた、壮年の男性用の白髪染めのようだ。
てな訳で、いざポチっと。
〈いやあああああああああっ!!〉
説得が効かないなら、ディバイザーの持ち主たる俺がそこから追い出せばそれで良し。
程なくしてディバイザーの表面に小さな光の渦の様なモノが現れ、
そこから柄頭を上にして、漆塗りの鞘に収まった見事な日本刀が競り上がってくる。
ここでは非常に危ないで一旦庭先に出てから、刀を抜き放つ。
刀身と鞘が擦れる音と共に、『鬼灯』の反り返った刃が剥き出しになる。
青く晴れ渡った空に浮かぶ太陽の光を受け、刀身が眩い銀の光を放つ。
〈こっこんな所で身包みを剥ぐなああああっっ〉
「鞘から抜かれた位で何言ってやがる」
変な声を俺の頭の中に響かせてくるが、関係ない。
柄を両手で持ち、上段に構える。
斬るのは・・・・・・あの近所の庭からはみ出してる木の枝でいいか。
「っセイッッ!!!」
ザシュッっと音を立て、硬そうに見えた枝がいとも簡単に斬れ、地面に落ちる。
ウン十年ウン百年と、あの境内の古い建物の中に保管されていたとは思えない。
保存状態が良かったのか、はたまたこの刀が世に言う『妖刀』の類なのか。
『暁の会』の大元の研究所で調べる価値大いにアリ、だな。
〈さっ鞘に収めるなら刃を払ってから・・・〉
「あ~はいはい」
小慣れた動作で右へ左と刀を振り、カチリと音を立てて鞘へ収める。
・・・両手で扱うならまだしも、左腕にディバイザーがあるから右手一本で
扱えるように鍛えないとな、うん。
〈・・・ご主人、随分と刀の振りが様になっていたな〉
「気のせいだろ、刀持つのなんて初めてだ」
カチャカチャと鍔を鳴らす鬼灯をリビングのソファに寝かせながら答える。
――実の所、一般常識と一緒に、素手以外での戦い方も学ばされたのだ。
俺は素手で殴ったり足で蹴ったりする方が良かったのだが、爺ちゃんが、
「武器を使った戦い方も学んでおきなさい」と、頑として譲ってはくれなかった。
・・・まぁ、確かに昨日はコイツのお陰で村咲さんを無事に助けられたから、
学んでおいて良かったと思っている。
でも、だからって銃器とか『ガン・カタ』まで教えられる羽目になるとは
思いもよらなかったんだけど、飛び道具なんて性に合わないんだけど・・・・・・。
・・・・・・あ、早く朝ご飯食って学校行かないと。
〈・・・ってご主人、何故部屋の隅に隠すように私を置くのだ?〉
「隠しておきたいから隅ん所に置いてんだけど」
〈何で一緒に連れていってくれない!?〉
「今の俺には――――」
「必要ないからだ」と言いかけて、そこでふと考えてみる。
・・・確かに、持ち歩いていた方が良いのかも知れない。
家に泥棒が入る、という事を考慮したわけでは毛頭ない。
単純に、放課後に研究所に寄って調べてもらうためだ。うん、そのためだ。
ただ、さっきみたいにディバイザーと一体化されているのは気味が悪い、そこで。
「そうだな・・・外に連れてってやるよ――」
〈本当か!?〉
「――ただし、これの中に入っててもらうからな」
〈??? これは・・・札か?〉
お喋りな刀を手で制し、懐からある物を取り出す。
――表面が漂白されたみたいに真っ白な、一枚のカード『ブランクカード』。
その名の通り中には何も入っておらず、『器』として使われる。
カードの中へ入るように促すと、柄頭を先頭にして刀が表面に触れる。
と、触れられた部分が波打ち、見る間に刀が波へ呑まれていく。
刀全体がカードの中へ入ると同時に、まっさらだったカードにボンヤリと紋様が浮かび始める。
次第にその形が鮮明になっていき、四隅に梵字をあしらったデザインへ変わる。
話では、中に入れた物の『性質』や『印象』を表面に絵柄に反映させるらしい。
爺ちゃんにも理屈は良く分からないらしいが、中に入れた物がすぐに判別できるから便利なモンだ。
――――俺が戦闘で使っている、『黒衣伝承』の武装符。
不気味な赤目の独眼のエイと、闇色の意匠が描かれた黒いカード。
あれは一体何を意味しているんだろうか・・・?
◇◇
「あ、おはようございます田上さん!」
「おはよう村咲さん」
大通りの交差点近く、信号機の傍で知った顔を見つけた。村咲さんだ。
黒革で作られた手提げのバッグを手に、周囲の通行人同様に信号が変わるのを待っている。
「あれから、あの刀さんはどうしてますか?」
「ん・・・この中だよ」
『矢鱈と狭いがな、あと私の名前は鬼灯だぞ?』
「ひゃわ!?」「うおっ」
腰に付けたキャリーブッカーが独りでに開いたかと思うと、見えない手でもあるかの様に一枚のカード――刀が仕舞われている筈の――が、俺と村咲さんの目の高さにスウッと浮いてくる。
この刀・・・何かスゴイな。
「鬼灯お前・・・心霊現象か何かと勘違いされるぞ」
『良いではないか・・・折角目覚めているんだから、あれから日本がどのような発展を遂げたか興味がある』
鬼灯の言う『あれから』とは、恐らく江戸時代辺りの事なのだろう。
この街も距離は離れているとはいえ、電車を乗り継げば直ぐに旧江戸城の跡地である皇居に出られる。
・・・そう思うと、ここも昔は町人や商人で賑わっていたのかもしれないな。今も十分人口は多いと思うけど。
「でしたら、私がこの辺を案内しましょうか? 田上さんも一緒に!」
「それは良い。俺もこのへんの土地勘がサッパリだからな~・・・宜しく頼むよ」
『その時は必ず、書物の沢山置かれている場所へ行きたいぞ』
本の沢山ある所に行きたいとせがむ鬼灯を胸ポケットへ仕舞い、青へと変わった信号を村咲さんと並んで渡る。・・・だったら放課後に学園の図書室にでも寄っていくか。
あと、コイツはブッカーに入れてても勝手に姿を見せるから、なるべく肌身離さず持っていよう。うん、そうしよう。
『ぉぉぉおおおおおお!!!』
ポケットに入った妖刀(?)が奇声を発する。
時刻は既に4時を回り、校舎の中は教師以外人は疎らだ。
だからと言って、この正体不明存在自体が謎の妖刀が声を上げては、周りに目立つ(勿論、悪い意味で)。
が、俺はその声を咎める気にならなかった。何故なら・・・、
「これは・・・凄いな・・・」
目の前に並ぶ棚の中には、本、本、本の山。
『暁の会』のデータベースもかくや、と思えるほどに膨大な蔵書の数々が、そこには鎮座していた。
これには、俺でも吃驚して感嘆の声をあげてしまいそうだった。
因みに蔵書数は国立国会図書館に次いで多く、蔵書のジャンルはそれこそ多岐に渡るそうだ。
『れれれれっ歴史の文献はどの辺りに置いてあるのだ!?』
「ハイハイ、今から案内しますから、待っててくださいね?」
興奮気味で多少呂律が回らないのか(口に相当する部位はないが)、噛みまくりだ。
そんなに自分が嘗ていた江戸時代の事が知りたいのか・・・不思議な奴だな。
「新聞はどの辺りに置いてある?」
「あぁ、それでしたら・・・」
と、村咲さんが示した所は、貸出や返却の為に図書委員が常駐しているカウンター。
よく見るとカウンター脇に、経済や芸能、スポーツ等のジャンルに細かく分かれた新聞が4,5紙、掛けられている。
鬼灯を村咲さんに預け、長机に取ってきた経済関係の新聞を広げる。
十分かけて隅々まで目を通してみるが、目当ての記事――ドリーマーズ社絡みの記事は見つからない。
音沙汰無し、と考えるべきか・・・それとも別の事件に水面下で絡んでいると見るべきか。
「・・・・・・・・・」
「あの・・・田上さん?」
「・・・ん?」
思慮に耽って反応が遅れてしまった。新聞紙に張り付いていた体を上げると、浮かない顔をした村咲さんが傍にいた。
「江戸時代後期の事を話してたら、黙り込んじゃって・・・」
と言ってカードを――鬼灯を手渡してくる。
確かにここに来たばかりの時は、引く位にテンションが上向きだったのに対し、今は目に見えて下降気味だ。
見た目は変わらないのに、どことなく漂わせている雰囲気が、どんよりしている。