†2† 『春のうららと月夜の銀光』
かなり長くなった・・・
PiPiPiPi! PiPiPiPi! PiPiPiPi!
「ん・・・・・・ぐ・・・・・・」
繰り返される目覚ましの音。
そして、開け放たれた窓から入ってくる、暖かな朝日。
「・・・・・・そうか・・・俺・・・」
一瞬ここは何処だと思い、それと同時に『ここは俺の新しい家』という事を思い出す。
そうだった、俺は昨日『この家』に引っ越してきたんだった。
「・・・・・・・昨日、か・・・・・・」
昨日、初めて『夜櫻町』に足を踏み入れた時の高揚感。
これからの生活に対する期待感。
今まで余り、感じた事の無かった上向きな気持ちをリフレインし、かみ締める。
「・・・・・・・・・・・・・・・げ」
但し、目覚ましの針は午前4時を指していた。
今日は入学式なんだが、幾らなんでも早く起き過ぎた。
・・・・・・生活リズムの方はは、まだまだ改善の余地がありそうだ。
「目は覚めてるし・・・起きるか~」
ぬくぬくとしたベッドから這い出て、部屋備え付けのクローゼットを開ける。
そこには黒地に白い刺繍が入ったブレザーと、それと同色のズボン、
そして真っ白なYシャツがかかっていた。
これが、俺がこれから通う高校『夜櫻学園』の制服だ。
真新しい制服に腕を通すと、新品特有の垢抜けない感じの匂いが漂ってくる。
2、3度腕を曲げ伸ばしてみる。
着心地も良いし、何より動きやすい。
「これで・・・良しっと」
最後に真っ赤な布地に白い斜め掛けのラインが二本奔ったネクタイを締める。
普段の――――『暁の会』での服装がダークスーツだった事もあったから、
難無く着替えを済ませることが出来た。
「へぇ・・・・・・結構格好良いな」
元々、ダークカラーが好きな性分なのだ。
白く縁取られ、尚更黒が強調される意匠。
これはいよいよ気に入った。
大事に、大切に、3年間着て行こうじゃないか。
俺、田上執斗の生活はかなり偏っている。
起きるのはとても早く、夜はとても遅い。
朝は簡単――手軽な携行食品で栄養を摂り、夜は逆にガッツリ食べる。
『妖魔と戦う』という特殊な事情を孕んでいても、だ。
そして今日は、うっかりして携行食を買い溜めしておくのをすっかり忘れていた。
仕方なく炊飯ジャーで白米を炊くことにしたが、如何せん時間が掛かる。
家には大きなデジタルテレビが据え置かれているが、見たい番組なんてない。
いや、今まではテレビを意識して見た事なんて一度も無かった。
よって、テレビで暇を潰すという案も不意になった。
トレーニングは・・・・・・折角来た制服が直ぐに汗だくになってしまうので却下だ。
そこで。
「ふ~・・・・・・気持ち良いな・・・」
まだ日が明け切らない薄暗い住宅街を、自転車で疾走する。
まだこの辺の地理には疎いからあまり遠くには行かないが、誰もいない街道を
真新しい自転車で走り抜けるのはとても心地が良い。
「・・・・・・ん、あれは・・・・・・?」
と、進行方向に上まで続く石造りの階段が見えてきた。
上まで伸びる階段の両側には、青青と茂った木々が生い茂る。
何とも趣のある場所だ。
自転車を止め、かなりの段数を誇る階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。
タンタンタンとリズミカルな足音が響き、両側の林が視界の後ろへ消えてゆく。
「っハァ・・・ハァっ・・・ハァ・・・はぁ」
最後の二段をジャンプで飛び越え、踏破完了。
膝に手を置いて息を整え、辺りを見回す。
・・・・・・どうやらここは、神社のようだ。
振り向き様に目線を上に上げると、真っ赤な鳥居が目に映る。
「・・・おっ」
ふと上ってきた階段の方を見ると、住宅地を見下ろす位置にいたことに気が付いた。
遠くの方には大きなビル群が霞んで見え、至る所に桜の木らしき桃色の塊がポツポツと見える。
・・・なんと言うか、写真に収めたいくらい綺麗な風景だ。
(・・・・・・あ、カメラならあるじゃんか)
手持ちのケータイにフォト機能がある事を、今更ながらに思い出す。
「――あの~?」
「・・・んぅ?」
ケータイは何処に仕舞ったかなと胸ポケットを弄っていると、
後ろの方から声がした。
少し遠慮がちな女の子の声。
それは、つい昨日知り合ったばかりの女の子の声。
「まさか・・・・・・村咲さん?」
「田上さんっ!! やっぱり田上さんでしたっ!!」
振り向くとそこには、真っ白な銀髪が印象的で、且つ昨日道案内を頼んだ、
箒を脇に携えた村咲紫さんの姿が。
ただ、昨日と明らかに違う点が、二つほど。
服装が違うのは言わずもがな・・・・・・・・・『巫女』と呼ばれる人の装束だ。
問題は、彼女の頭の上でぴくぴくと動く――――――――猫の耳だった。
「紫さんてもしかして・・・・・・亜人だった?」
「はれ? 言ってませんでした?」
さも驚くように片手で自分の耳(猫耳)を摘まむ。
・・・・・・驚いてるのはこっちなんだが。
「そう言えば、昨日は帽子を被ってましたから・・・」
「あー・・・そうか、合点がいった」
「ところで・・・――――」
と、今度は村咲さんが小首を傾げながら一言。
「――どうして家の神社に田上さんが?」
「ん~・・・まぁその、何つーか・・・・・・」
とりあえず、朝早く起き過ぎた事とご飯が出来るまで外をぶらついてるという事だけ話す。
話を聞いている時も、村咲さんの猫耳が忙しなくピクピクと跳ねる。
「――そうなんですか~」
「っつーか、村咲さんもこんな朝早くにどうしてそんな格好で?」
「私は境内のお掃除をしてたんです、小さい頃からの日課みたいなモノなんです♪」
と言って巫女装束の袖口を摘まんだかと思うと、クルっと身体を一回転させて見せる。
日を受けてキラキラと輝く銀髪と共に、巫女装束がハラリと揺れる。
とても楽しそうに、とても誇らしげに、村咲さんが微笑む。
――――トクンっ。
「・・・・・・?」
そんな村咲さんの姿を見ていると、突然心臓が鼓動を一拍素っ飛ばしたのを感じた。
『ドクドク』とも『どきどき』ともとれる心臓の音。
何となく、顔も熱を帯びている気がする。
・・・・・・風邪・・・な訳はない・・・はずだ・・・・・・多分。
――ぐぅ~ぎゅるるる・・・・・・
「・・・あ」
そんな心臓の音に割り込みをかけるように、別の音が。
大仰に鳴る、空腹を知らせる人間独自のパラメータ。
音源は・・・・・・言うまでも無く、俺の腹からだ。
流石に腹ペコの状態で自転車を飛ばしたのは中々腹に堪えるというか、空腹感が三割増しで襲ってくる。
うぅ・・・・・・腹減った・・・・・・・・・・・。
「あっそうだっ!」
「・・・う?」
と、村咲さんがそうだとばかりにポンと両手を叩く。
「良かったら、家でご飯食べていきませんか?」
「え、わりぃよそれは・・・」
幸い、家まではそんなに時間が掛かる訳じゃない。
それに、ジャーにご飯を炊きっぱなしで行くのは・・・・・・でも腹は減ったし・・・。
「――おやぁ、どうしたんだい紫~?」
「――ん~? そこの坊主は誰じゃあ?」
声のした方へ首を向けると、そこには和服に身を包んだお婆さんが一人。
そして隣には、袈裟を身に付けたお爺さん。
どちらも、壮吉爺ちゃんと同じくらいの歳に見える。
「あ、お爺さんっお婆さーん!」
あ~なるほど、あの二人は村咲さんの身内の人か。
お爺さんの方が坊さんの格好をしてるのが何よりの証拠だ。
「まだご飯とおかずって残ってましたか~?」
「ああ大丈夫だよ、今日は少し多く炊き過ぎちゃってねぇ・・・」
「紫ちゃんや、もしかして~そこの坊主にか?」
「はい、田上さんにお出ししても良いですか?」
「あぁいいよ~」
「さぁ早く、家に上がりなさい坊主」
・・・・・・何と気前の良い人達なのだろう。
結局。
俺は村咲さん家族3人に勧められるがままに家に上がり込み、朝食を頂いた。
感想は・・・・・・・・・とても美味しい、この一言に限る、いやこれしかない。
家の炊飯器の白米は・・・・・・夜にでも食べる事にしよう。
「お待たせしました~っ」
村咲家で朝食を頂いた後、一旦俺は家へと戻って荷物を取り、再び徒歩で村咲家の神社へ。
何故戻ってきたかと言えば、村咲さんのお爺さんが「女の子を一人で行かせるのは不安で不安でしかたがない」との事。
お婆さんの方も「一緒に行ってやってくれませんか?」と頼んできた。
朝飯の件もあったし、それくらいなら幾らでもお安い御用だ。
そして何故徒歩なのかと言うと、村咲さんが通学用の自転車を持っていないと言ってきたから、だ。
「おう、さぁ行こ・・・・・・う」
「? どうかしましたか?」
きょとんとした顔を俺に向ける村咲さん。
・・・・・・・・・正直に表現するなら、見惚れていた。
――白を基調とし、青のラインとアクセントが爽やかなセーラータイプの制服。
――朝日を浴びてキラキラと輝く、雪の様に真っ白な髪。
――そして、眩しいくらいに嬉しそうな笑顔。
「・・・・・・綺麗だな・・・」
「ふぇ?」
「っ!! イいやっ何でもないっ・・・・・・行くか」
「・・・??」
・・・・・・思わず思ったことが口に出ちまった、反省反省。
おまけに心臓の動悸が激しくなってきやがった、別に心臓に持病持ってるわけじゃねぇのに。
(一体何なんだ・・・これは・・・・・・?)
◇◇
「――――で、中学までは女の子だけの学校に通ってたんです」
「ふーん・・・そうだったのか」
日はすっかり昇り、街が明るく照らされる時頃。
車が行き交いだした道路を渡り、街道を進みながら互いの昔話に花を咲かせる執斗と紫。
紫の女子校に通っていた時の話が済む頃には、両側を満開の桜の木が埋め尽くす、
学園までの一本の長い桜並木に差し掛かっていた。
「そういやぁ・・・この街って桜が多いよな~」
「春には沢山の花見客でここら辺の公園が人で一杯になるんですよ~♪」
「へぇ~・・・確かに綺麗だな~」
「でも、お昼ごろの桜はまだ序の口なんですよ?」
と、紫が何か含みのありそうな表情を浮かべる。
「・・・・・・? どういう事だ?」
「実は・・・・・・光るんです♪」
「??? 何が?」
「この季節、夜になると桜の花びらが発光するんです♪」
そう、夜櫻町に咲いている多種多様な品種の桜のその全てが、
夜になると桃色の光を放ちだすのだ。
桃色の光を発しながらひらひらと花弁が舞い散るその光景は、美麗且つ神秘的だ。
「そうか・・・・・・って事は、花見をするなら夜がおススメって訳だ」
「はいっ♪ ・・・・・・あ、見えましたよっ!」
「ん・・・・・・あれか・・・」
紫の指差す方向には、校舎と思わしき大きな建物が現れる。
段々と桜並木が開け、学校を象徴する校門が姿を現す。
「おお・・・・・・」
これまた綺麗だな、と執斗が目の前の光景を目にしながら呟く。
そよ風に桜の木の枝が揺れ、その度に花びらがひらひらと舞い落ちる。
『都立夜櫻学園高等部』
この街に点在する高校の中では、大きい規模を持つ校舎と校庭。
普通科のみではあるが、周辺の高校の中ではかなりレベルの高い講義を受けられる。
――――と、執斗が街へ来る前に取り寄せた学校案内のパンフには書かれていた。
期待やちょっとした不安を胸に、二人は学園の門をくぐって敷地内へ。
周りには二人と同じ、真新しく且つ着慣れていない制服を着て校舎を目指す新入生達が大勢いる。
(こいつ等、皆俺と同い年か・・・・・・)
その人の多さに、そしてその人等の表情の幼さに、執斗は驚きを隠せないでいた。
無理も無いだろう、今までは自分よりも年上の大人に混じり、血生臭く殺気に満ちた戦いを
日夜繰り広げていたのだから。
そしてそんな日常に、笑顔が垣間見える事など、滅多に無いのだから。
――――だが、これからの日常は、その限りではないだろう。
「何だか楽しみですね田上さんっ!」
「ああ・・・・・・!」
返事を返した執斗の表情は、期待と嬉しさで活き活きとしていた。
――ここでなら、今まで生きてきた場所では得られなかった『何か』を得られる。
――今まで体験出来なかった事を学んだり、知ることが出来る。
そんな期待感が、執斗の心を浮き立たせていた。
そして、そんな機会を与えてくれた壮吉ら『暁の会』の皆に、今一度感謝の念を送るのだった。
「は~・・・・・・やっと終わった・・・」
入学式が終わり、割り当てられた教室の席へ腰を下ろすなり、執斗がそうぼやく。
講堂での入学式、学園の長たる学園長の祝辞スピーチ。
そのスピーチが、かなり長い時間に及んだのだ。
本来なら10時には教室に向かっているはずだったが、祝辞が終わっていざ時計に
目を移すと、時計の針は11時を回っていた。
視線を周りに向けると「校長の話、長かったね~」と話し込んでいる女子達が目に映る。
「ここの学園長さん、話好きで有名だそうですよ?」
「・・・話好きな割には言葉に詰まってた気がするのは気のせいか?」
中身の無い無味乾燥な内容だな、と心の中でつけ加える。
やたらと大人でも理解の難しい言葉を使っていたし、何より要領を得ない所か、
簡単な内容を難しく引き伸ばした感が丸見えだ。
あれでは聞いている方が苦になるのは間違いない。
(まぁ明日から授業が始まるし・・・・・・楽しみだな)
一般的な見解では、『学校での勉強』と言うのは人生最大のルーチンワークと言われている。
将来就くであろう大体の職業に於いて、歴史や古典といった学科は不必要であるからだ。
だが、執斗にとって高校での勉強は、公共の教育機関での初めての学習だ。
そんな彼にとってみれば、『学校での勉強』と言う名のルーチンワークでも、
非常に好奇心をそそる対象として目に映るのだ。
◇◇
担任との初顔合わせとクラスメイト同士の自己紹介が済み、直ぐに下校時間となる。
担任は初老の、3年生の倫理の授業を受け持つ男性教師だった。
壮吉爺ちゃんと同い年くらいだろうか、歳を重ねた者特有の気の穏やかさを感じた。
あと二年しなければこの人の授業を受けられない、と言うのは個人的には残念だ。
と、まぁそんな事を考えながら。
「あっあそこですっ」
「お・・・結構デカイな」
俺は村咲さんに、街一番のスーパーマーケットに案内してもらっていた。
今朝は村咲さんの家でご馳走になった関係上、夕食のご飯におかずを作らなければならない。
尚且つ切らしていたエナジーメイト――携行型栄養食品――を箱買いするためでもある。
「エナジーメイトエナジーメイトっと・・・・・・あったあった」
少し奥まった棚に陳列されていたエナジーメイト。
近くには陳列前のエナジーメイトが入っていると思しきダンボール箱が二つ。
「・・・よっと」
「ふえっ!?」
陳列されていたモノと一緒に、箱詰めされたままのエナジーメイト二箱も持ち上げる。
ちょっと重いが、トレーニングと思えばまだまだ軽いほうだ。
・・・・・・横で村咲さんが素っ頓狂な声を上げていたのが、妙に気になったが。
「そっそんなに買うんですか・・・?」
「ん? あぁ、まぁな」
因みにチョコレート味にはかなり長い間お世話になっている。
あのしっとりとした舌触りと仄かな甘みが何とも言えない。
「これ下さい」
「はい、かしこまり・・・!?」
レジに箱をドカッと置くと、店員が目を丸くした。
・・・・・・初めて箱買いをしたときも、店員がこんな顔をしてたっけか。
「あ、代金の支払いはこれで」
そう断りを入れ、財布の中から、照明の光を受けてキラキラと光を放つ真っ白なカードを差し出す。
これは『暁の会』を金銭面で援助しているクレジット会社から発行されている物だ。
『暁の会』は、表向きでは『総合科学技術研究機関』と言う肩書き――もとい隠れ蓑を
持っており、このクレジットカードはその伝手で『暁の会』の職員でも極限られた者しか
持つことが出来ない代物だ。
今回は身の回りの物を揃える為、という事で壮吉爺ちゃんから借りてきたのだ。
「あの~・・・さっきのカードってもしかして・・・」
「あれは爺ちゃんのだよ、俺のじゃない」
買い込んだエナジーメイトやおかずの材料、それと新しい家具等を家まで
配送してもらうように頼んだ後に、村咲さんがカードについて訊ねてきた。
自慢じゃないが、俺はクレジットカードは使いたくない方だ。
お金を使っている感じがまるでしない、奇妙な感覚に襲われるからだ。
「やっやっぱりそうですよね」
「・・・そうだ、村咲さんに今日とこの前のお礼をしないとな」
村咲さんのお爺さん達には後で菓子折りを持っていくとして、だ。
・・・今回はまず村咲さんにこの前と今日の道案内のお礼をしないとな。
そう思って財布の残金(クレジットを除く)を確認する。
・・・・・・うん、何か奢るには十分すぎるくらいにはお金があるな。
「え、そんなっ悪いですよっ」
「そうか・・・まぁしゃあないか、また次の機会って事で」
『何事も強引に進めてはならない』
これは俺がこの生活を送るに当たって、爺ちゃんが教えてくれた事の一つだ。
誰だって――勿論俺だって――強引に何かをされたら嫌だろうからな。
「今日はありがとな村咲さん、もう遅いし家まで送るよ」
「えっもうそんなに遅い時間ですか!?」
「『えっ』て・・・・・・」
かなり長い時間をスーパーのある商店街で過ごしていた。
もう既に太陽は地平線の向こうに隠れる寸前だ。
けれども、辺りはちっとも暗くならないのだ。
街灯に明かりが灯っているのもあるが、一番の原因は・・・・・・・・・。
「・・・桜の木が光りだしたから、空が暗くなったのに気付かなかったんだな」
「もうこんな時間だったんですね~・・・」
「幾ら明るいとは言え、一人で帰るのは危ないからな・・・構わないか?」
「はいっお願いします!」
ペコリとお辞儀をする仕草が、何とも可愛らしくて。
俺の元来硬かった表情も、心なしか少しだけ柔らかな物へと変わった気がした。
◇◇
「そう言えばちょっと気になったんだけどさ・・・」
日もすっかり落ち込み、夜空を星と点在する街灯、加えて発光する桜の木々が家路を照らす。
周囲の幻想的な光景に目を向けながら、執斗が隣を歩く紫に訊ねる。
「村咲さんのお祖父さん達って亜人じゃないよな?」
「はいっ亜人なのは私と、私のお父さんとお母さんなんですよ~」
「亜人なのか?」と言う一種の差別的な意味を孕みそうな問いかけにも、
特に気にする事もなくにこやかに答える紫。
桜の放つ光に照らされた仄暗い家路でも、その笑顔は輝かしく見える。
出会ってまだ幾日も経たない執斗でも、彼女が心の芯から優しく暖かなのが伺えた。
話題を紫の住まう境内の事に替え、暫く談笑をしながら薄暗い夜道を歩く。
紫及び彼女のお祖父さん達の住むあの神社では、刀剣に宿るとされる
九十九神を祀っているそうだ。
そして境内へと続く長階段を昇り切った目の前に建っているお社には、
嘗て戦国の世で実際に使用されていたとされる日本刀が安置されているとか。
自身の信念を貫き徹し、その刀を愛する者の為に振るった一人の侍の遺品だとか、
裏手の倉庫から見つかった古い文献に書かれている、との事。
「カタナか・・・・・・神社にしては随分・・・・・・」
「普通だったら仏具とかなんですけどね・・・あ、着きましたっ」
会話が一区切りついた所で、境内兼紫の自宅へと続く長い階段の前へと到着。
階段の頂上付近がぼんやり明るいが、境内に根を張る桜の木の光だという事は今の執斗にも理解できた。
「それじゃあ、また明日」
「はいっさよなら~」
手を振る紫に釣られて執斗もまた手を降り返す。
それが済むと同時に、紫は執斗に背を向け長階段を駆け足で登りだす。
「さてと・・・俺も帰って飯にするかぁ・・・」
階段の天辺に紫の姿が消えるのを確認し、執斗も来た道を戻ろうと歩み始める。
今夜のおかずは何を作ろうか、などと主夫じみた事を頭の中で考えながら。
Prrrrrrr!! Prrrrrrr!!
「・・・ん、何だ?」
家路を行こうとする執斗を制止するが如く、彼の懐のケータイが着信を告げる。
画面を見てみると、電話の主は田上壮吉。
「・・・もしもし、爺ちゃん?」
〔執斗、簡潔に用件を伝えるぞ〕
直ぐに通話ボタンを押し、壮吉の話す内容を聞き逃さんと耳を傾ける。
――普段のフランク且つ穏やかな声色は感じ取れず、心なしか少々焦っている。
平時とは違うその声色に、執斗も頭の中を瞬時に切り替える。
〔執斗、今すぐ紫ちゃんの神社に急げ、妖魔だ〕
「っ!!?」
『きゃあああああああああっ!!!』
壮吉の簡潔な説明が終わるか終わらないかと言う内に、ソプラノ質の少女の悲鳴が鼓膜を貫く。
「まさか・・・ちぃっ!!」
〔ワシも今から神社に向かう、早く紫ちゃんの身の安全の確保を〕
「っ分かった!!」
乱暴にボタンを押して通話を切り、二段飛ばしで境内へと続く石階段を駆け上がる。
焦りで足をもたつかせながらも、何とか階段を昇り終える。
『グゥウウウウウウウ・・・・・・』
「ええぃこのっこのおっ!!」
「お祖父さんっ危なっかしい真似は止めてくださいな!!」
境内では、清掃用の竹箒を振り回して妖魔を追い払おうと躍起になっているお祖父さん、
そしてそれを止めさせようと必死になっているお祖母さん。
そして、
「はぁっ・・・っはぁっ・・・」
身体の所々に傷を負い、膝をついて立ち上がれないでいる紫の姿が見えた。
「っこの・・・!!」
〈ACTIVATION!!〉
左腕に付けたディバイザーを起動させ、腰のブッカーからカードを取り出す。
紫紺のオーラを纏ったエイ、そしてカードの内枠の四隅に書かれた『黒衣伝承』の4文字。
「変身っっ!!」
〈KOKUI,DENSHO-!!〉
「うおおおおおおおおおっ!!」
『ググアッッ!?!』
ディバイザーの機械質な音声と共に、黒い霧を巻き上げ風が身体を覆う。
全身を漆黒の黒衣が包むと同時に、目標の妖魔に突っ込んで飛び蹴りをかます。
地面を擦り、社の『奉納』と書かれた賽銭箱の前で停止する。
「二人共、早く逃げて!!」
「おぉ・・・お前さんは今朝の・・・!」
「おやまぁ・・・ホントだねぇ」
まず老人二人を先に避難させ、直ぐに無防備な状態の紫を助け起こす。
体中に傷を負っている少女の姿は、見ていてとても痛々しい物があった。
「大丈夫か!?」
「私は何とか・・・お祖父さん達は・・・?」
「先に避難させた、村咲さんも・・・っ!?」
『グゥオオオオオオ!!!』
紫の肩を支え階段を降りようとした執斗だが、怯んでいた妖魔の憤怒に狂った
雄叫びを耳にするなり、紫を抱き抱えて鳥居の陰に退避させる。
「田上さん!?」
「俺が奴を倒す間、そこに隠れててくれ」
「私も戦いますっ・・・・・・っ!!」
立ち上がろうとした紫だったが、足の傷が痛むのか、よろけて執斗に寄り掛かる形になる。
「そこにいてくれ」と念を押し、執斗はこちらを向いた妖魔と対峙する。
『ヴゥグアッ!!!』
「っらあっ!!」
『グウゥゥゥッ!!?』
敵妖魔の突き出した拳を、小盾《バックラー》と化したディバイザーで受け止め、
禍々しいその顔に仕返し《カウンター》と言わんばかりに拳を捻じ込む。
一瞬妖魔が怯んだが、今度は妖魔の方が執斗の肩を引っ掴み、力を込めて投げ飛ばす。
――ズゥゥゥウン!!!
「ぐあっ!!?」
「執斗さんっ!?」
投げ飛ばされた執斗の姿は、木製の戸を突き破って社の中へと消えた。
『グゥゥゥゥゥ・・・・・・!!』
「あ・・・!?」
のそり、のそりと。
緩慢とした動きで、再び無防備になった紫の元に妖魔が迫る――――。
◆◆
「っ痛ぅ・・・・・・!!」
足は何とも無い、が、背中に痛みが奔る。
差し詰め背中から墜落したからだろうが、これはかなり時間をロスした。
早く妖魔を村咲さんから引き離さないと・・・!!
「・・・・・・ん?」
手をついて立ち上がろうとすると、不意に左手の掌に何やら硬い物が当たる。
墜落時に舞い上がった埃が晴れ、手元がはっきりと見えるようになると。
「これは・・・もしかして・・・?」
黒い漆塗りの鞘。
他の武器、刀剣類とは一線を違える流線型のフォルム。
日本刀。
これが村咲さんの話にあった『カタナ』か・・・・・・?
『グゥゥゥゥゥ・・・・・・!!』
「っ・・・何でも良いっ!!」
今は、誰一人として怪我人を出さずに奴を倒すのが先決だ。
今は、村咲さんに近づいている妖魔の殲滅が先だ・・・。
武器を使ったことが無いなんて、言ってる場合じゃない!!
「っはあっっ!!!」
柄を握り、鞘から刀身を抜き放つ。
金属の刀と、木製の鞘の擦れ合う音と共に、刀の刀身が姿を現した。
壊れた社の戸から入る月と桜の光を受けて、白銀に鈍く煌めく刃。
切っ先の腹に刻まれた紋様に、美しさと同時に凄まじく強い力を感じ取る。
――――これならいける!!
「こっ来ないで下さいっ!!」
「!?」
村咲さんの声を聞き、急いで社の外へと出る。
――村咲さんの直ぐ傍に、先ほど俺を社まで吹っ飛ばした妖魔の姿が!!
「村咲さんに――」
地面を滑るように走り抜け、
〈R.K.A,Invoke!!〉
「手を――――」
黒色のエネルギーを纏わせた白銀の刃を、
「――出すなあああああああっっ!!!!」
『グガアッッ!?!』
一閃。
――ザグゥッッ!!!!
『ググゥアアアアアアア!!!!』
両の手に持った刀の刃が、今正に村咲さんに肉薄しようとした妖魔の胴体を、真っ二つに切り裂いた。
斬られた妖魔は断末魔と共に爆散、跡形も無くなった。
・・・・・・どうやら人の身体と精神に寄生するタイプではなかったようだ。
「村咲さん大丈夫か!?」
「あ・・・・・・はひ、大丈夫です・・・あれ?」
切っ先を払って刀を鞘へと収め、村咲さんの傍へ駆け寄る。
ふらふらとよろけながら立ち上がろうとする村咲さんだが、膝が笑っているようだ。
足に怪我は負っていないが、緊張の糸が切れたのだろう、仕方が無い。
「はぁ・・・・・・んしょっと」
「へっふえっ!?」
これで良く、今まで壮吉爺ちゃんの手伝いが出来てたな。
心の中で溜息を付きつつ、村咲さんの華奢な身体を横から抱き抱える。
壮吉爺ちゃん曰く『お姫様抱っこ』と言う抱え方だそうだ。
「えっあのっ田上さん!?」
「家ん所まで運ぶからジタバタしないでくれ、あとコイツも返さないと・・・」
村咲さんを抱えたまま、石畳にそっと置いた刀に目をやる。
月明かりに照らされ、漆塗りの鞘が鈍い光を放つ。
思わず持ってきて、あまつさえこれを使って妖魔を斬っちまったけど・・・今回は
コイツに助けられた・・・ような気がする。
――カタカタ。
「・・・ん?」
村咲さんを抱え、いざ村咲さん宅目指して足を進めようすると、
石畳の上の日本刀が不自然に震えだす。
地震でガタガタ・・・・・・という訳でない。
あくまで独りでに、だ。
『・・・・・・ようやっと・・・・・・戻ってこれた・・・』
「・・・・・・は?」
「うええええええ!!?」
日本刀が勝手に宙に浮き、声を発した。
遥か遠くから、頭の中に響くような声。
――凛とした、女性の声の様にも聞こえた。
『また・・・・・・共に・・・・・・』
~To be continue~
どうも、この小説を書いてます、黒衣と言います。
突然ですが、この小説を読んでいる方にちょっとしたお願い・・・的な事を一つ。
・・・・・・メインキャラ及び小説中のサブキャラの案を募集します!!
主人公は自分で決めたんですが、メインのヒロインをもう少し欲しいんです!!
あと、笑いなんかを取れるサブキャラも!!
『こんなキャラ出してください!!』とか『こんなキャラが足りねぇ!!』とか、そういう人達大歓迎です!!
キャラの募集は感想でもメッセージでも受けますので、是非お願いします。