Lento ma non troppo
#第一幕
蒸し暑い夏を越えて束の間の秋、劇団『幻日』の稽古場には寒気が舞い戻りつつあった。コンクリートの床から這い上がる冷気はかつて俺が志季と初めて言葉を交わした日の記憶を連れてくる。
だけど今、稽古場に鳴り響くのは舞台監督の怒号ではなく、スピーカーから流れてくるトラジックなショパンの旋律だった。
今回の演目はドイツ映画『Abschiedswalzer』をもとにした脚本、日本では『別れの曲』の邦題で知られているフレデリック・ショパンの生涯を描いた物語だ。
二百年前の、独立に向かってひた走るポーランドで使命に燃える天才作曲家。俺はその主役であるショパンを演じることになった。……なってしまった。
「深雪、もっと絶望して。指先から恋人が零れ落ちていくような、喪失感が足りない」
もっと具体的に演者に伝わるような指示を飛ばさなければ演出家として独りよがりじゃないですか。なんてあくまでも心の中でだけ反駁する。べつに自分とは違う指導方法を否定したいわけじゃない。
ただ日頃セカンド助監督として雑用に駆け回っているこの劇団で、端役ならまだしも主演を務めるというのがどうにもやりにくいのだった。
「深雪! 気が散ってる!」
「はぁい。聞いてまぁす」
俺の間延びした返事に、稽古場の隅で志季が小さく噴き出すのが見えた。愛想の悪いことを気にしていたのに、ずいぶん変わったものだと思う。
天塚志季。俺から見れば、彼のほうがよっぽどショパンをやるのに向いている。幻日での舞台経験を重ね、再びの映画出演も果たし、波瀾万丈な人生の真っ只中にいる志季の表現力はますます磨きがかかっていた。
彼には脚本に歯向かって役を喰らい尽くし、すべてを我がものとする貪欲さがある。それは俺には持ち得ない演者の才能だった。
対する俺は、言われたことは言われるまま素直に受け入れてしまう。このホンが内包する情熱的な悲劇なんてものは、遠い国の神話のように現実味がなかった。
執着が分からないから、断絶の悲劇を演じることができない。
独立だとか革命だとか故郷への未練、それにコンスタンツィアとの恋と別れ、ジョルジュ・サンドとの新たな恋。何かを切り離し、何かを繋ぎ止めることの繰り返し。すべてが俺にとって難解だ。
別れ。別れ。俺が初めて体験したのは小学生の時、母さんと交わした別れだった。
長く病床に伏していた母さんは、自分の命の火が消えかけているのを俺たち兄弟に隠しはしなかった。子供に死など理解できるまいと誤魔化したりせず、自分がもうすぐいなくなることをきちんと伝えて残りの人生を効率的に生きていた。
もうそろそろ、と医者に言われても、海外公演で飛び回っていた父さんを呼び戻そうとはしなかった。
「夏雄はきっと傷つくけど、それが何よりの糧になるから」
そう言って笑った母さんの顔を今でも鮮明に覚えている。そこに未練や執着は一欠けらも見当たらなかった。
「深雪。揺れ動いてもいいの。でもできるなら、縛られては駄目よ」
その数日後、母さんは逝った。
葬儀の日も父さんは結局帰国せず、喪主は中学生だった兄貴が務めてくれた。
後日空港でマスコミに囲まれ、涙ながらに亡き妻への愛を語る父さんの姿は今でも感動の会見としてネットの語り草だ。
画面の向こうに悲劇の夫を演出してみせた。一方でうちに帰ってきた後の父さんは、中身を抜き取られてしまったように呆けていたけれど、それを見ていたのは俺だけだった。
演出家としての玄野夏雄は以降ますます鋭利になっていった。母さんは自分の死さえも父さんの芸術のために差し出したんだ。そしてそのことに、心から満足している様子だった。
次に体験した大きな別れといえば、中学卒業を控えた秋のことだった。兄の太陽が高校を中退してアメリカに留学すると言い出した。
「お前は親父の言われるがままか?」
出立の直前、兄貴は俺に尋ねた。
「まあ、やりたくないわけじゃないし」
俺が呑気に答えると、兄貴は少しだけ悲しそうに、妙に申し訳なさそうに苦笑した。
「そうか。お前は、そうやって何でも飲み込んじまうんだな」
当時の俺は、受験に汲々とする周囲を横目に「まあ、落ちたら父さんの付き人でいいか」なんて考えていた。
だからただジャズをやりたいがために、家族も将来の保証もすべて捨てて身一つで飛び出していった兄の情熱が、純粋に眩しかった。動揺というより感動していた。
なぜ人は罪を犯せるほど誰かに対して熱くなれるのだろう。
俺にとって別れというのは、悲劇でありつつも飛躍の第一歩なのかもしれない。ショパンはどうだったのか。彼を表現するために、俺は彼になってみる必要がある。
#第二幕
稽古の休憩時間に、俺は隅でホンを読んでいた志季に声をかけた。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの彼だが、相変わらず『幻日』の舞台を大切にしてくれている。しかし今回の『Abschiedswalzer』にはスケジュールの都合で出演できない。客観的なアドバイスをもらうには最適、ということだ。
志季は顔を上げると僅かに目元を和らげた。
「なんだ、深雪」
「相談なんだけどさ。俺の恋人になって、手酷く俺をフッてみてくれない?」
「………………は?」
やけに長い間を開けて威圧的に返した志季は、周囲の温度を一気に下げたようだった。室温まで操れるなんてさすが玄野夏雄が見出した天才俳優だ。
「いや、もちろんエチュードとしてね? 役作りのための。お前なら俺を完膚なきまでに叩き潰せると思って」
「……帰る」
志季は手にしていた台本をリュックに叩き込むと、一度もこちらを振り返らずに稽古場を出て行ってしまった。
残された俺は手持ち無沙汰に自分の指先を見つめる。
正直なところ、怒るだろうなとは思っていた。予想通り無言のお叱りを受けて、なぜかちょっと嬉しい自分がいる。
これも一つの小さな別れと言えなくもない。
***
「はあ? お前、そりゃ誰だって怒るだろ。心ってものがないのか」
近況報告がてら兄貴のマンションを訪ねてその時の話をしたら、兄貴は志季よりも率直に怒った。
「役作りのためにフッてくれ、なんて。相手がどんな気持ちになるか考えたこともないだろ」
「志季にとってもいい経験になると思ったんだけどな」
「この鬼畜! 演出家! 玄野夏雄の息子!」
「それ兄貴の中では罵倒なの?」
「一級品の罵倒だ」
少なくとも冗談めかしてこき下ろせる程度には抱えていた反抗心にケリがついたのだろうか。そう思って俺はつい笑ってしまう。
兄貴の部屋は、俺の部屋と違って適度に片づいている。それでいてよく見れば脱いだ靴下が片方だけ丸めて放り出されていたりと乱雑な部分も見受けられる。ずぼらな性格からくるものではなく、計算された隙だと弟の俺は知っていた。
玄野太陽がジャズをやりにアメリカへ渡っていたことを世間は知らず、ただ父親との確執を経て音楽界に鮮烈なデビューを飾った反骨のサラブレッドとして名を馳せている。
兄貴は自分自身の音楽を内に秘めたまま、皆が求めるアイドルを強かに演じ続けている。
俺から見れば兄貴も充分、父さんの血を引く演劇人だ。こっぴどく怒られるだろうから本人にそうとは言わないけれど。
以前は芝居の話なんてできたものじゃなかった。今は、長く離れていた分だけ他人にも似た距離があって、かえって話しやすかった。
俺がショパンをやると言うと、兄貴は意外にも「別れの曲ならフランス語版を見たよ」と笑う。
「クラシックは兄貴の好みじゃないかと思った」
「まあ、ちょっと気が向いて見ることになったんだ。友人と一緒にな」
その“友人”という言葉に何かしら意味ありげなニュアンスを感じる。
「エルスナーやコンスタンツィアのやり口が、好きになれないんだよな。助けるため、お前のため。押しつけがましい」
父さんに反発していた十年前の口調そのままに兄さんは言った。
「ショパンが何を望んでいたかなんて誰も聞いてない。周りが『お前は天才だから、こんな場所で死ぬべきじゃない』って勝手に決めて、背中を押すふりをして追い出したんだ。彼はコンスタンツィアを連れて逃げたかったかもしれないし、ポーランドの土にまみれて一緒に死にたかったかもしれない」
ショパンの師であるエルスナー、恋のお相手であるコンスタンツィア。彼らは独立運動の蜂起にショパンが巻き込まれることを恐れるあまり、嘘をついて彼を突き放し、パリへと送り出した。
ただ、結局のところショパンは彼女との恋を諦めてパリに行ったからこそ作曲家として大成したわけだ。
「その苦しみがショパンの表現を深めた部分もあるんじゃないかな。芸術家なら経験は大事だ」
そういう意味でエルスナーは教師としての役目を果たし、コンスタンツィアはショパンを尊重していると思う。
俺の言い分に兄さんは呆れているようだった。
「お前、危なっかしいな。『芸のためなら女も泣かす』なんてやめとけよ、今時流行らないぜ」
「いないよ、そんな相手」
不意に、志季のあの射抜くような眼差しが脳裏をよぎった。
だけど俺は、どんな傷口から流れ出る血も美しいと思うんだ。耐え難い痛みは確かに他者の目を惹きつける。
#第三幕
数日後、志季が久しぶりに俺の部屋を訪ねてきた。一時は毎日のようにうちにきてごはんを作ってくれていたけれど、最近はお互いに忙しくて稽古場でしか会っていなかったから、プライベートを一緒に過ごすのはなんとなく新鮮な気分だ。
「……これ、返しにきた」
彼は俺が以前貸したままになっていた戯曲の文庫版を差し出した。
「ああ、うん。入っていく?」
ぶっきらぼうに頷くと、志季は勝手知ったる我が家のように玄関をあがってきた。
相変わらず情報の洪水のような俺の部屋を眺めて物言いたげなため息を吐きつつ、志季の視線が『Abschiedswalzer』の台本に寄せられる。
「この役、深雪に合ってるよな」
「え、そう? 初めて言われたんだけど」
脚本家は頭を抱えているし、俺をキャスティングした監督も相変わらず「情熱が足りない」と常に怒っているのにな。
志季は散らかった部屋の中から迷いもせずクラシックのCDを引っ張り出してプレイヤーにセットした。
ショパンの練習曲集。うちには『別れの曲』のドイツ語版もフランス語版もあるけれど、模倣になりかねないから映画は千秋楽を終えるまで見るなと言われているのを知ってるのかもしれない。
楽曲として見れば、別れの曲は10のエチュードの中の第3番でしかない。映画のメインテーマに使われ、邦題から別れのイメージが強烈になっただけ。しかも作品集の最後の曲は皮肉なことに『革命』だった。
甘く物悲しい旋律は途中で俄かに燃え上がり、また途方に暮れたような絶望へと回帰する。すぐさま始まる第4番は打って変わって情熱的な一曲だ。
「自分に降りかかった悲しみも絶望も、気づいたらすべてを糧にしてる。強かで、天性の芸術家だよ、深雪は」
「なんか俺、嫌味言われてる?」
ショパンの旋律に耳を傾けながら、俺を振り向いた志季はやけに挑戦的な目をしていた。
「別れの練習には付き合わないぞ。俺はコンスタンツィアじゃないし、お前をどこかへ送り出すエルスナーになるつもりもない。手に入れた恋を、俺なら絶対に手放さない。手放していいとも思わせない」
「……自分の意志じゃなく別れるはめになるってこともあるんじゃない? 死とか、不可抗力の事情とか」
「その時は、地獄からでももう一度出会いに行く」
志季がふと口角を上げた。かつての不器用な微笑ではなく、獲物を狙う獣のような、神にすべてを捧げる狂信者のような、確信に満ちた勝利の笑みだった。
お前に、と志季は口にしないけれど、その視線は言っているも同然だった。
出会った頃は単に興味深い新人に過ぎなかった彼が、ある時からずいぶんと凄味を帯び始めた。
ただ一つ志季が誤解しているようなのは、俺にとっての彼が今も単なる興味深い新人のままだと思っているらしいことだ。
実際のところ、もし志季と付き合って別れることになったら、俺の心には結構な激流が迸るだろう。その鮮烈な存在感を塗り変えてまた新しい恋人へと向かうのは、俺にとっては至難の業だ。
だからこそ志季との別れが俺の糧になると思ったんだ。
5分足らずの別離のあと、じきに終わりなき戦いのような激発、第4番が始まる。
出会いがあれば別れがあるとは言うが、出会いなくして別れはない。俺はもう天塚志季という嵐に出会ったのだ。後にはいつかくる別れが待っている。
ゆっくりと、ただし度を越さぬよう。次の季節への幕が上がってゆく。
俺もまたショパンそのものにはなれない。だから古い自分と別れ、新しい自分を演じるだけだった。




