第37章「冒険者」
第37章「冒険者」
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王都の城門が、目の前に迫っていた。
八年前に見た時より——いや、記憶の中より、ずっと大きく感じる。
「……でけえな」
「ああ」
サヤが、呆然と城壁を見上げていた。
ティナも、目を丸くしている。
「子供の頃に見た時より、すごく大きく感じる……」
「俺たちが大きくなったはずなのにな」
「不思議だね」
城門をくぐると、喧騒が押し寄せてきた。
人の波。
露店の声。
馬車の音。
八年前の収穫祭とは違う、日常の活気だ。
「——さて」
俺は、二人を振り返った。
「まずは、ギルドだな」
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冒険者ギルドは、王都の中央通りにあった。
石造りの大きな建物。
入り口には、剣と盾を交差させた紋章が掲げられている。
「ここか……」
「緊張するな」
サヤが、珍しく硬い声で言った。
「サヤでも緊張するんだ」
「うるせえ」
「二人とも、行くよ」
ティナが、扉を押し開けた。
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中に入ると、広いホールが広がっていた。
壁一面に依頼書が貼られた掲示板。
カウンターの向こうには、受付嬢が並んでいる。
テーブル席では、いかつい男たちが酒を飲んでいた。
「……本物の冒険者だ」
思わず、呟いた。
傷だらけの顔。
使い込まれた武器。
殺気すら感じる目つき。
村で会った旅の冒険者とは、格が違う。
「おい、新人か?」
声をかけられた。
振り返ると、髭面の大男が立っていた。
腕が、俺の太腿くらいある。
「あ、ああ。登録に来た」
「へえ。——坊主と、嬢ちゃん二人か」
男が、ティナとサヤを見た。
「悪いことは言わねえ。冒険者なんてやめとけ。死ぬぞ」
「……」
「特に女はな。魔物に襲われて死ぬか、仲間に襲われて死ぬか——」
「——襲ってみるか?」
サヤが、一歩前に出た。
槍の柄に手をかけている。
「やめとく。死にたくねえからな」
男が、にやりと笑った。
「いい目してるじゃねえか。——まあ、頑張れよ」
男が、去っていった。
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受付カウンターに向かった。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
受付嬢が、にっこりと微笑んだ。
二十代前半くらいだろうか。
茶色のショートヘアに、人懐っこい笑顔。
胸元が大きく開いた制服から、豊かな谷間が覗いている。
——視線が、勝手に吸い込まれそうになる。
慌てて顔を上げた。
「あの、冒険者登録を」
「新規登録ですね。三名様でよろしいですか?」
「ああ」
「では、こちらの用紙にご記入ください」
受付嬢が、紙を三枚差し出した。
名前、年齢、出身地、得意な武器や魔法——。
「パーティー登録もされますか?」
「パーティー?」
「はい。三名以上で活動される場合、パーティーとして登録しておくと、報酬の分配や依頼の受注がスムーズになります」
「じゃあ、それで」
「パーティー名はお決まりですか?」
俺は、ティナとサヤを見た。
「……決めてなかったな」
「どうする?」
「任せる」
サヤが、そっぽを向いた。
「えーと……」
考える。
パーティー名。
俺たちを表す名前。
「——『暁の剣』で」
「『暁の剣』ですね。承りました」
受付嬢が、にっこりと笑った。
「登録完了です。こちらが冒険者証になります」
銅色のプレートが、三枚。
俺たちは——正式に、冒険者になった。
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ギルドを出ると、日が傾き始めていた。
「……冒険者、か」
プレートを見つめながら、呟いた。
「実感ないな」
「これからだろ」
サヤが、自分のプレートを首にかけた。
「まずは依頼をこなして、実績を積む。話はそれからだ」
「そうだね。——でも、今日はもう遅いし、宿を探そう」
ティナが、空を見上げた。
夕焼けが、街を赤く染めている。
「ああ。そうしよう」
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ギルド近くの宿を見つけた。
『銀の月亭』という名前だ。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
女将が、俺たちを出迎えた。
五十代くらいの、恰幅のいい女性だ。
「ああ。三人で」
「部屋は一つでいいのかい? それとも別々?」
俺は、二人を見た。
ティナが、少しだけ頬を赤くしている。
サヤは、そっぽを向いていた。
「……一つで」
「はいはい。若いねえ」
女将が、にやにや笑った。
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部屋は、思ったより広かった。
大きなベッドが一つ。
窓からは、夕暮れの街が見える。
「……一つのベッドに、三人か」
「狭いかな」
「まあ、なんとかなるだろ」
サヤが、荷物を下ろした。
「先に風呂行ってくる。——覗くなよ」
「覗かねえよ」
「嘘つけ」
サヤが、着替えを持って部屋を出ていった。
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二人きりになった。
「……ハル」
ティナが、俺の隣に座った。
「冒険者になったね」
「ああ」
「……嬉しい」
ティナが、俺の腕に寄りかかった。
柔らかな感触が、腕に伝わる。
「ずっと、こうしたかったの」
「こう?」
「ハルと一緒に、外の世界を見ること。——三人で、冒険すること」
ティナが、顔を上げた。
その目が、潤んでいる。
「あたし、頑張るから。足手まといにならないから」
「……分かってる」
「だから——」
ティナが、俺の胸に顔を埋めた。
「——今夜は、いっぱい甘えさせて」
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サヤが戻ってきて、俺が風呂に入り、ティナが風呂に入り——。
夜が、更けていった。
窓の外では、月が昇っている。
「……寝るか」
俺は、ベッドに横になった。
左にティナ、右にサヤ。
三人で、一つのベッド。
「……狭いな」
「我慢しろ」
サヤが、ごろりと背を向けた。
「サヤ、もうちょっとこっち来てよ」
「これ以上寄ったら落ちる」
「大丈夫だって」
ティナが、サヤの腕を引っ張った。
「——っ、引っ張るな」
「えへへ」
三人の体が、密着した。
ティナの柔らかな体が、俺の左腕に押し付けられる。
サヤの引き締まった体が、右腕に触れている。
「……」
眠れるわけがなかった。
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どれくらい経っただろう。
サヤの寝息が、規則的になっていた。
「……ハル」
ティナが、囁いた。
「起きてる?」
「……ああ」
「……あたしも、眠れない」
ティナが、俺の方を向いた。
暗闘の中、その目が光っている。
「……ねえ」
ティナの手が、俺の胸に触れた。
その一言で、体が熱くなった。
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俺たちが初めて結ばれたのは、村を出る半年ほど前のことだ。
修行の後、二人きりになった夜。
お互いの気持ちを確かめ合って——そのまま、流れるように。
最初は不器用だった。
でも、何度か重ねるうちに、互いの体を知っていった。
サヤとも、その少し後に。
三人の関係は、とっくに「そういう仲」になっていた。
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「……サヤ、起きないかな」
「……たぶん、大丈夫」
「でも——」
「静かにすれば……ね?」
ティナが、俺の上に乗ってきた。
薄い寝間着越しに、柔らかな重みが伝わる。
隣にサヤがいる。起きたらどうしよう。でも、ティナの温もりを感じたら——そんな不安より、今すぐ触れたい衝動の方が強くなっていた。
「……ティナ」
「しーっ」
ティナが、俺の唇に指を当てた。
そして——唇を、重ねてきた。
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「んっ……」
ティナの唇が、甘い。
舌が絡み合い、吐息が混ざる。
「……ハル……好き……」
「俺も……」
ティナの手が、俺の寝間着の中に入ってきた。
俺も、ティナの背中に手を回す。
寝間着の紐を解くと、柔らかな肌が露わになった。
「あっ……」
ティナが、小さく声を漏らした。
「……声、出すなよ」
「だって……ハルが、触るから……」
隣で寝ているサヤに聞こえてしまうかもしれない。その背徳感が、余計に興奮を煽った。
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互いの服を脱がせ合う。
ティナの白い肌が、月明かりに照らされていた。
「……綺麗だ」
「……恥ずかしいよ」
「何回見ても、そう思う」
「……ばか」
ティナが、俺の首に腕を回した。
「……早く……して……」
「……ああ」
俺は、ティナの体を抱き寄せた。
そして——俺たちは、一つになった。
その先は、書けない。書けないけど——静かに、でも確かに、繋がっていた。
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「——うるせえな」
声がした。
心臓が跳ね上がった。
振り返ると——サヤが、こちらを見ていた。
「さ、サヤ……! 起きて——」
「起きるに決まってんだろ。隣でごそごそやってんのに」
サヤが、体を起こした。
月明かりに照らされた顔は——怒っているようには、見えなかった。
むしろ——拗ねているような、寂しそうな。
「……どうせなら、私も混ぜろ」
「え——」
「聞こえなかったか?」
サヤが、俺たちの方へ這い寄ってきた。
「私だけ寝てろってのは、ずるいだろ」
その声が、わずかに震えていた。強がっている。でも——本当は、置いていかれることが怖かったのかもしれない。
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「さ、サヤ……」
ティナが、恥ずかしそうに体を隠した。
「隠すな。もう何回も見てる」
「で、でも……」
「——ハル」
サヤが、俺の顔を掴んだ。
そして——唇を、奪ってきた。
「んっ——」
サヤの唇は、ティナとは違う。
少し乱暴で、でも熱い。どこか必死で、確かめるような口づけ。
「……私のことも、ちゃんとしろよ」
サヤの目が、潤んでいた。
いつもの強気な態度の奥に——寂しさが、見えた。
置いていかないで。私も、ここにいる。
言葉にはしないけど、その目がそう言っている気がした。
「……分かった」
俺は、サヤを抱き寄せた。
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三人の夜が、始まった。
その先は、詳しくは書けない。
書けないけれど——俺たちは、何度も求め合った。
ティナの甘い声。
サヤが見せる、普段とは違う素直な表情。
二人を交互に抱きながら——俺は、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ベッドが軋む音。
絡み合う体温。
窓から差し込む月明かりが、三人のシルエットを照らしていた。
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「……はぁ……はぁ……」
三人とも、息を切らしていた。
シーツは乱れ、汗ばんだ肌が月明かりに濡れている。
ベッドの上で、絡み合うように横たわっている。
「……すごかった」
ティナが、俺の胸に顔を埋めた。
幸せそうな、満たされた表情。
「……ああ」
「……私は、まだ足りねえんだけど」
サヤが、不満そうに言った。
でも——その声には、どこか甘えが混じっている。怒っているふりをしているけど、本当は嬉しいのが伝わってくる。
「……もう一回、するか?」
「……当たり前だろ」
サヤが、俺の上に乗ってきた。
引き締まった体が、俺を見下ろしている。
「今度は、最後まで私にしろよ」
「……分かった」
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その夜、俺たちは何度も求め合った。
サヤが達する時の、普段は絶対に見せない甘い声。
ティナが幸せそうに微睡む顔。
二人を抱きながら——俺は、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
前世では、想像すらできなかった光景だ。
こうして誰かと繋がれること。求め合えること。
当たり前じゃない。奇跡みたいなものだ。
月が沈み、空が白み始める頃——ようやく、眠りについた。
三人で、抱き合いながら。
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【第37章 終】




