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こじゃれた紙ふぶき

 書けない。描けない。一文字(ひともじ)も、一筆(ひとふで)も。

 頭の中にはいろいろ在るのに、いざそれを残そうとすると途端に(かすみ)が掛かる。何から書けばいいのか、何処から手を付ければいいのか、その取っ掛かりが見つけられない。


 子ども向けの絵本――言ってしまえば〝子ども(だま)し〟のストーリーやイラストですら作れない自分に苛立(いらだ)ちがつのる。馬鹿にしていたバチがあたったのだとしたら、苦渋(にがしぶ)い顔をしながら「自業自得(そのとおり)」と言うしかない。


 気晴らしとネタ探し目的で出掛けようにも、外は生憎(あいにく)の荒天。ときどき強く吹く風のせいで、降る雪も積もった雪も巻き込んでのホワイトアウトが窓の向こうに広がっている。ならばとテレビを点ければ、穏やかに桜が吹雪いていた。


 ああ、できるものなら引っ越してやりたい。その京都に。


「『おや(あるじ)どの。今日は散歩に出ないので?』

『こんな吹雪にムチャ言うな。これが雪じゃなく、花や紙なら喜んで出てやるよ』

『ではその願い、叶えてしんぜよう』

 ――とかなんとか言って、ランプの精が叶えてくれたら嬉しいねぇ」

「それこそムチャだろう。そんな奇跡を起こしたら、僕ともども教会にしょっ引かれるぞ」


 現代にかぶれた(いにしえ)の魔法使いが、ゲームをしながらのたまう。適度に魔力を消費するためとはいえ、常にふわふわ宙に浮いているのがやけに腹立たしい。私だって飛びたい。


「だいたい、最近ムチャしてないか? 例の〝魔女作家〟にジェラシー燃え燃えなのは分かるが、そんなんじゃ煮詰まって当然じゃないか」

「誰かさんが使い込んでる電気代とか通販代とか、稼がなきゃいけないのでー」


 ひととおりザッピングし終えてテレビを消した。

 リモコンをソファーに放り台所へ向かえば、察しのいい魔法使いが「僕の分もおねがいするよ」と請う。んー、と雑に返事をして、コーヒーメイカーに2人分の豆と水を入れてスタートした。


「ああ。外の雪を変えることはできないが、まぁ家の中ならいいだろう。ちょっと待て」


 視線は手元のタブレット端末から離さず、魔法使いが私のほうを指差してクルクル円を描く。途端に聞こえ始めたビリビリという音に慌ててテーブルに目をやると、原稿用紙もスケッチブックも千切(ちぎ)れていった。


「オマエ、ひとの商売道具になんてことしてくれてんだ!」

「使ってなかったんだから別にいいだろう?」


 ふてぶてしく笑いながら、魔法使いは片手だけで器用にゲームをこなしている。一発殴らねば、とても気が済みそうにない。

 だが、歩き出した瞬間あの指がスイッと上を向き、私はふわと浮かぶ。ジタジタもだもだ泳いでみるが、四肢は(くう)を切るばかり。キャンキャン罵倒するだけしたら諦め、居心地の悪い宙で両膝をかかえて()ねた。


 ――どうせ飛ぶなら自由に飛びたい。


 私が落ち着くのを待ったのか、紙の細断が済んだからか、差し指を今度は下に向けて私を床に下ろす。それからパチンと指を鳴らすと、室内にそよそよ風が吹き始めた。

 冬場の室内で起きる空気循環はヒンヤリしていて嫌いだ。けれど、その流れに乗って桜の花びらが舞い落ちているのだから、心なしか温かく錯覚してしまう。


「紙はあとで元どおりにするから、今はひとときの春を堪能してくださいませ〝ご主人さま〟」

「ん……ならいいよ」


 一文字(ひともじ)も書けず一筆(ひとふで)も描けないときは、思い悩むより、ぼーっと過ごすのがいいのかもしれない。

 そういえば、去年の桜祭りは行けなかったんだよなぁ。仕事の〆切が重なって、全部片付けたころにはほとんど散ったあとだったから。おかげで三色三味(さんみ)団子も食べ損ねてしまった。今年は都合をつけて絶対に行こう。一年越しの団子は、さぞ美味しかろう。


 スノードームならぬ、フラワードームの中にいるような夢見心地でしばらく花見を堪能させてもらった。コーヒーは冷めきってしまったけれど、熱々のホットミルクを足せばいいや。




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こじゃれた紙ふぶき

〔2020.02.22 作〕

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