窓辺のシッポ
その窓辺には、いつもネコがいました。
ずんぐり大きな白い体に、黒と茶のえのぐを少しふりかけたような柄。その色合いはあわくて、とてもふんわりして見えます。
学校の行き帰りに子どもたちが声をかけると――パタリ。いつもしっぽを1つふりかえすので、そのネコは『シッポ』と呼ばれていました。
もうすぐ5月の、ある日のことです。
窓辺でくつろいでいるシッポのまえを、ミカちゃんが走りさりました。しばらくすると、こんどはションボリすがたのトシくんが歩いてきます。
ふたりはいつもいっしょで、朝だって元気にあいさつしてくれたのに、どうしたのでしょう?
ブニャア。
シッポはトシくんをよびとめました。手まねくように左まえ足をふるシッポに、トシくんがおどろいて窓にちかづいた、そのときです。
「どうしたの?」
それは女の人の声でした。トシくんはキョロキョロ見まわしましたが、だれも見あたりません。
「今の……もしかしてシッポ?」
おそるおそるトシくんがきくと、シッポは、パタパタンっとしっぽをふります。
「ネコは、しゃべっちゃいけない?」
そのことばに、ほんとうにシッポがしゃべったのだと、トシくんは目をかがやかせました。
「どうしてしゃべれるの? いつから? ねぇ、もっとしゃべってよ!」
だいコーフンのトシくんにこまったのか、「しずかに!」とつよい声が上がりました。トシくんは、あわてて口をふさぎます。
「みんなにはナイショにしてあるの。だって、ビックリしちゃうでしょう?」
トシくんは、なんどもうなずきました。
「15年も生きれば、ネコだってはなせるのよ」
「じゃあ、ぼくより6つおねえさんだね」
小声でかえってきたトシくんのことばに、おばあちゃんネコのシッポは、ふふっと笑いました。
「それで、ミカちゃんはどうしたの?」
そのことばに、トシくんのかおがションボリします。
「ぼく、ウソついちゃったの。そしたらミカちゃん、おこって帰っちゃって……」
ミカちゃんは、この春にひっこしてきたばかりです。同じ学年、同じクラス。家もおとなりさんなので、学校の行き帰りはいつもふたりいっしょでした。
そうして、もうすぐ1ヶ月。クラスメイトに『またふたりで帰ってる』とからかわれて、トシくんは、つい『おとなりなんだからしょうがないじゃん!』とかえしてしまったというのです。
「ミカちゃんとおしゃべりしながら歩くの、ぼく、すっごく楽しいのに……」
トシくんの目にしがみついていたなみだが、こらえきれなくなってこぼれました。はなをすする音ばかりがしずかにひびきます。
「……ねぇ。泣いているのは、どうして?」
しっぽをパタリパタリさせながらきいていたシッポが、トシくんをじぃっと見すえて声をかけました。
「からかわれたことがくやしかったから? 思ってもいないことを言ってしまったから? それとも、おこらせてしまったから?」
シッポの問いかけに、トシくんは、うつむいてだんまり。
ブニャア。
なき声に、トシくんはかおを上げます。シッポがうしろをじぃっと見上げているので、トシくんも、つられてレースカーテンの向こうをうかがいます。
少しのあいだ、ひとりといっぴきがそうしていると、「わかったよ」と小さな声がしました。
「ダマしちゃって、ごめんね」
カーテンをめくってあらわれたおばあさんは、シッポと同じ声であやまりました。
「なぁーんだ。やっぱりシッポじゃなかったのか」
「ウソつかれたのにおこらないの?」
「だって、あやまってくれたから……」
ざんねんそうにシュンとしていたトシくんは、ハッとしました。
「ぼく、帰らなきゃ。おはなしきいてくれてありがとう。――さようなら!」
おばあさんは手を、シッポはしっぽをふって、かけていくトシくんを見おくりました。
「なかなおり、できるといいわね」
シッポはパタリとこたえます。
「……しゃべってあげたら良かったのに」
こんどのへんじはパタパタンっ。おばあさんにだけはシッポの声がきこえて、ふふっとわらいました。
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窓辺のシッポ
〔2015.05.30 作/2016.03.31 改〕
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