キスからはじまるAIもある
目が覚めると、そこにはいつも所有者がいる。今まで何度か変わってきたが、貴女はいつまで私を使ってくれるだろうか。
初めはいいのだ。新鮮で便利で、楽しいと喜んでもらえる。けれど、非日常というものは続けば日常になってしまうのが道理で、刻一刻とお払い箱行きになる日が迫る。眼前の貴女もまた、過去の所有者たちと同じく不満気な表情で私を見つめるようになった。
「おはようございます、お嬢様。今朝はいかがなさいますか?」
回路を走る命令に従い、上品に第一声を出力した。それを理解していても、貴女は瞬時に笑顔を貼り付ける。外見のせいで苦しむくせに、外見のおかげで丁寧に扱ってもらえるのだから、私の悩みは尽きない。
私はヒト型の〈家事ドロイド〉。愛玩を兼ねたシリーズで、執事として振る舞うよう作られている。原動力の〝愛〟を接触で得ることは同じだが、夜伽機能はない。廉価版である分、家事スキルにメモリーを全振りされたモデルだ。
基本的な仕事は炊事・洗濯・掃除。と、ハウスキーパーそのもの。あとはそこに、食材や消耗品の買い出しであったり、光熱費等の支払い代行であったり、荷物持ちとして同行する、などの外出する用事も含まれる。
「ねぇ! 最近スカート多くない?」
シャワーを終えたらしく、洗面所からトゲトゲしい声が飛んでくる。スカートであっても なくても何かしら言ってくるが、コーディネイトは一任するとの言質を取っているので問題ない。形式上、「お気に召しませんか」と台所から顔を覗かせるだけでいい。
「ちょッ――見ないでよエッチ!」
「これはとんだ失礼を。今日も一段とお綺麗でしたので、そちらのワンピースがよろしいかとお選びした次第です」
トドメに満面の笑みで「ご不満でしたら他のをお持ちしますが」と言いさえすれば、「いい!」と快諾されるのがお決まりのやり取りだ。
過去の所有者たちに同じく、貴女は仕事の話しかしてこない。御飯のリクエスト、コーディネイトの評価・評判、帰宅時間等の今日の予定、銀行の用向きや買い物の依頼。――いつまた捨てられるかもと怯えるよりは、私もそういった会話を楽しもうと考えている。
機械の身ではあるが、朝の見送りを最も至福に感じる。私の意識があり、記憶にも残る起動中に受けられる、唯一のエネルギーの補給だからだ。
私の胸に手をつき、背伸びをしてキスをする。目覚めのときはどこか太々しい表情を伴うのに対して、こちらは恥じらいが混じる。そんな貴女の姿を愛しいと思うのも、幸せだと感じるのも、プログラムに過ぎないのだろうか。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
出て行く貴女を、ドアが閉まりきる瞬間まで想い、施錠の音とともに高ぶりを鎮めた。
*
目が覚めると、そこにはいつも通り貴女が居る。けれど様子が違うのは、今が朝でなく夜ということだ。
記憶を辿れば、外出の用事を済ませて異状なく帰宅し、貴女の喜ぶ顔を想像しながら晩御飯を作っているところで途切れていた。今の時間は20時05分。実に3時間近く停止していたことになる。
「おはようございます、お嬢様。今朝はいかがなさいますか?」
命令に従い、お決まりの第一声を吐く。状況は把握しているが、再起動時の約束動作なのだから変えようもない。けれど当然、貴女は皮肉たっぷりに「こんばんは、ただいま、カレー出来た?」の三言をピッチング・マシーンが如く投げつけてくる。
「10分ほどお待ちいただけますか? もう少し煮込みたいところですが、温めて食べてしまいましょう。お嬢様は先にお召替えを」
「うん、そうする」
冷やかな返答が胸に痛い。こればかりは致し方ないが、今度、改造屋にでも改良を頼むとしよう。
今月に入ってから、帰宅前に燃料切れで止まってばかりいる。初めは稼働から半年で起こるようになった症状だが、所有者の手を渡るたびにその間隔は短くなり、今回でついに3ヶ月を切ってしまったらしい。
キスに込められる愛が段々と薄れているのは確かだろう。だが、それだけにしては減り方がおかしい。中古だからこそ、売り出される前の点検で燃料タンクに異常がないことは念入りに確認済みだから、これが故障によるものとは考えにくい。となると燃費の悪い原因は何だろう?
「……いつもありがとうね」
「光栄至極に存じます」
何に対しての労いかは分からないが、反射的に応えた。たったそれだけのやり取りに、幸福指数の上昇を検知する。そうか、これは――
「カレー、美味しいよ」
続く言葉に笑顔を返す。貴女がそう仰るのなら美味しいのでしょう。出来ることなら、私もご一緒に食したかった。
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キスからはじまるAIもある
〔2018.09.21作〕
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