私のステキな夜のとも
「ちょっと抱きしめてもらっていいですか?」
浮気されたあげく、何故か私のほうが振られた夜。止まらない涙がそれで止まるわけではないけれど、今はとにかくそうしてもらいたかった。
真倉さんの腕が私へと伸びる。いつもは優しすぎて、抱くというより触れるだけで終わっていたそれが、今夜は苦しいほどに力強い。
――いや、苦しいのは心のほうか。抱きしめ具合に不快感はなくて、むしろ心が軽くなっていく感覚が心地よかった。
「ねぇ、真倉さん」
呼びかけると、首をかしげるカワイイ気配がする。喋れなくても聴き上手なことが嬉しくて、つい口許がゆるむ。
「ありがとう……来てくれたのがアナタでよかった」
照れくさくて腕の中に収まりながら言えば、真倉さんは、私の背を二度叩いて応えた。
真倉さんは〈抱きまくら〉だ。数年前に売り出された〝抱きしめてくれる〟ほうの抱きまくら。だから、彼にはカカシのように長い腕がある。
会話のできる上位モデルは思った以上に高値の花で諦めたけれど、毎夜そっと癒してくれるこの〈真倉さん〉が私は大好きだ。
「生身の男なんて要らないもん」
振られるたびにそう拗ねて、けれど結局は求めてしまう。そんな寂しがり屋の私に何を思ったのか、少し間をおいて真倉さんは首を横に振る。それがなんだかイジらしくて、そうだねと笑った。
ぎゅうと抱きしめられたまま、トロリと眠りに落ちていく。明日もいつも通り、スッキリ目覚めて仕事に行けるだろう。
ずっと大切にするからね。
そう胸の内でつぶやきながら、ステキな夢への扉をくぐった。
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私のステキな夜のとも
〔2018.05.03 作/2022.11.02 改〕
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