ICE
二十時を過ぎる頃にシャグは自宅へとやって来た。軽く挨拶を済まし時間になるまで近くの公園で一服をして待つ事になった。今回の仕事の待ち合わせ場所の近くにある浴恩館公園は小金井公園に比べ、人も少なく全体的に薄暗いため夜に一服をするには最適な場所であった。
「今日の仕事って?」とシャグはピースを咥えながら聞いた。
「今日は運びだね。初めて行く所だからそんなにジャンキーじゃないと思うけどあんまり気を抜くなよ」
「いつも散々連れ回されて慣れてるからな。心配しないでくれ。いざって時はチンパケかダッシュだろ?」
「そうだね。今まで通りやれば問題無いさ」と言いハイライトに火を付ける。
ポケットからパケを出すと中には氷砂糖の様な輝く結晶が入れられていた。
「こんなんで人がぶっ壊れるなんて面白いよな」とパケを眺めながら言った。
「流石ジャンキー、目の付け所が違うね」とシャグが関心した様子で答える。
「勘弁してくれよ。俺のはただの暇つぶしだ。そこらへんのジャンキーとは違う。舐められてたまるかよ。俺達ァ、健康優良不良少年だぜ」
「さっきからずっと煙草プカプカ吸ってる奴が言うセリフかねそれ」と言って二人で笑った。
「そう言えば、伊藤さんから少し餞別貰ったよ。仕事終わったらキメてうちでスマブラでもやろうぜ」
「いいね。久々にやるか」
親に誕生日プレゼントで貰ったG-SHOCKを見ると約束の時間が迫っていた。
「そろそろ行くか」
「そうだね。一発ぶっこりカマそう」とシャグは吸っていた煙草を池に投げた。
公園を出て十五分程歩くと住宅地の中に寂れたアパートが見えた。そしてそのアパートの向かいにある電柱に人影がある事に気が付いた。
「たぶんあの人だな」と言い、だんだんと近づくとその人影は小さくなり目の前に現れたのは六歳前後の小さな女の子だった。
「おい、シャグこの人じゃないよな?」と冗談気味に聞いた。
「まさか。流石にありえないだろ」と言うとシャグはしゃがんで話しかけ始めた。
「はじめまして。こんな時間にどうしたのかな。お父さんやお母さんは?」
「ママは遠くにお出掛けしてるからまだ帰って来ないの。パパは寝ててお腹空いて暇だから遊んでた」と小さい声で女の子は答えた。
その子は痩せ細り、小学一年生前後には見えない程小さかった。そして首元に火傷の様なアザがあるのが長い髪の隙間からチラリと見えた。
「すみません。藤本さんのお連れの方ですか?」と不意に後ろから声を掛けられた。そこには頬が痩せこけ日焼けした中年男性が立っていた。
「そうです。濵田さんですか? 今日持ってますけど引きますか?」と聞くと男は頷き、ポケットからくしゃくしゃの万札を取り出した。
「はい。確かに四万円。これ吸ってください」と渡された万札を数えパケの入ったハイライトを手渡した。
「パパお腹空いた」と小さな女の子が男の元に駆け寄ると鬱陶しそうにあしらい、煙草に火を付け吸い始めた。女の子はその場にしゃがみ泣き出してしまった。
「うるせぇな、いちいち泣くんじゃねぇ」と男は髪を掴み女の子を投げ飛ばした。
「おい、そこまでする事はねぇだろ」と思わず声が出る。
「お前に関係無いだろ。金は渡したんだからさっさと帰れよな」と男はイライラしながら大きい声で答えた。
「そうかよ。毎度」と反射的に答える。
一服を終えると男はこちらを睨みそそくさと家の中に入ってしまった。
「クソみたいな奴だなあいつ」と言い捨てた。
「お腹空いた? なんか食うか?」とシャグは女の子に聞いた。するとグズリながらもうんと頷く声が聞こえた。
女の子を落ち着かせ近くのコンビニまで三人でグリコをしながら向かった。イートインで食事を済ませ外に出ると虫の声が鮮明に聞こえた。家の近くまでシャグがおんぶして歩いていると彼女は安心したのか寝息をたてて眠ってしまった。
自宅の前で起こすとまた遊ぼうねと女の子はお土産に渡した飴の袋を大事そうに抱えて中に入って行った。
「可哀想だなあの子」と俯いて言った。
「仕方無いさ。俺らにはどうにも出来ない」
「あんな仕打ちは無いよ。まだ小学生くらいだろ? どうにか出来ないもんかね」とあてもなく呟く。
「そうだな…… とりあえず気分転換にもう一度公園で一服でもしようか」とシャグは言い、無言で公園へと向かった。
公園は真っ暗で静かだった。池のほとりにあるベンチに座り、黙ったまま煙草に火を付けた。
「こんなんで人がぶっ壊れるなんてくだらねぇ」と言い餞別で貰ったパケを開け、中身を池に投げ捨てた。
「ああ、俺のパキパキドンキーが…… 楽しみにしてたのに」と言うシャグの声だけが辺りに響いていた。
※ドンキー。ドンキーコング。大乱闘スマッシュブラザーズの参戦キャラクター。