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OUTLAW

 不快な目覚ましの音で目が覚めた。教会の鐘の音が大音量で鳴り響く。疲れ切った体を起こし朝食を取るためにリビングに向かう。

「あら、今日は早いのね」とテレビを見ていた母親がこちらを向きながら言った。

「たまには朝から散歩しようかと思って」

「それはいい事じゃない。朝ごはんパンでいい?」

「なんでもいいよ」

 それを聞くと母親はキッチンの方に向かって行った。高校を中退した時はひどく怒られたが最近は特に何も言われる事が無くなった。やや放置気味な扱いに少し不安を覚えると同時に有難い気持ちもあった。テレビを何気なく眺めていると朝食が運ばれて来た。

「あんた最近夜何してるの?」

「特に。映画見たりゲームしたりしてるよ」

「ふーん。まぁやりたい事が見つかったら教えてね」

「うん」

「いつだってあんたの味方だからね」

 ありがとうの言葉が喉に引っかかり、うんとしか言えなかった。

 朝食を済ませて自室に戻り鍵の掛かった引き出しから白い粉の入ったパケを取り出した。小麦粉みたいなそれを古本の上に広げストローみたいな形にしたお札で一気に鼻で吸い上げる。不意に誰かに殴られた様な衝撃が脳髄を駆け回る。心拍数が徐々に上がるのを感じながら鼻の中でドロっとした感覚がした。気がつくと着ていたヘインズのビーフィーに血が垂れシミを作っていた。しかしそんな事が気にならないくらいには気分が高揚していた。近くの大きな公園で散歩でもしようと思いナイキのセットアップジャージに着替えた。

「そういえばさあんた、石井さんって覚えてる? よく庭でゴルフの練習してた」と玄関でスニーカーを履いていると母親に再び話しかけられた。

「あのでかい犬飼ってた近所の人」

「そうそう、ペコちゃんだったかしら。大きかったわよね」

「それがどうかしたの」

「なんか噂によると石井さん亡くなっちゃったらしいわよ。あんたが小さい頃に引っ越したっきりだったけれどその後離婚してたみたいで」

「ふーん」

「あんた忘れちゃったの。昔はそこの娘さんと仲良かったじゃない。綺麗な目の下にほくろがあった美人さん」

「ペコの事しか覚えてないな」

「あらそう。どっか出掛けるなら鍵持って行きなさいよ」

「うん。いってくる」と言って家を出た。

 五分程住宅地を歩くと小金井公園が見えてくる。かなり広い公園だが平日の昼間は閑散としている。公園の入り口に繋がる歩道橋を渡っているとネタがもうあまり無い事をふと思い出した。急ぎ足で階段を下ると近くにある公衆電話で記憶している番号に電話を掛けた。

 レンガ造りの低い塀に腰を掛け本を読んでいると近くの道路に黒塗りの高級車が止まった。中からブランド物のスーツを着てサングラスといったいかにもな男がこちらへとゆっくり歩いて来た。

「おはようございます。伊藤さん。あれ今日は藤本さんと一緒じゃないんですか?」と言いながら頭を深く下げる。

「おはよう。いい天気だな。藤本は若い衆と一緒に後片付けだ。今日はどのくらい引くんだ?」と低い声で言う。

「あんまりお金無いので少しだけお願いしたいです」

「そうか、とりあえず一服でもしよう」と言ってセブンスターを取り出したので急いでライターを出し火を付けた。

「そんな事するな。いつも言ってるだろ」

「いえ、伊藤さんにはお世話になっているのでこれくらいはさせてください」

「そうか、ならウチに来るか?」

「それは考えておきます」と苦笑いで答える。

「そういえばな、お前に今日仕事頼もうと思ってたんだわ」

「仕事ですか……」

「とりあえず吸い終わったら車乗れ」

 車内は病的に綺麗で革張りのシートが輝いていた。

「お前今日食い過ぎだ。瞳孔がん開きだぞ」

「すいません、ちょっと調子に乗ってしまって」

「まあいいけど気を付けろよ。そこにガムのボトルがあるだろそれ持ってけ」

「わかりました」

「あとそれな一人で行くな。万が一の事も考えて誰かツレを持ってけ。不安ならウチのつけてやろうか?」

「大丈夫です。知り合い連れて行きます」

 沈黙の間車の走行音だけが耳に入り、緊張で汗ばむ。

「気をつけろよ。このまま家まで送ってやるよ」

「ありがとうございます」

 法定速度よりも少し遅いスピードで車は自宅の方に向かっていた。

「お前ラップ始めたんだって?」

「なんで知ってるんですか」と思わず大きな声が出る。

「南ってお前の知り合いにいるだろ。えーと、南凛花だよ」と言われ予想しなかった名前に一瞬思考が止まる。

「最近知り合ったばかりですがわかりますよ。彼女がどうしたんですか?」

「あの子のお父さんが俺の叔父貴なんだよ」と少しためらいながら言った。

「そうだったんですね」

「話が変わるが、俺はお前に色々期待してるよ」

「出来るだけ頑張ります」

「わるい、そろそろ定時連絡の時間だ。お前ここで降りろ」

「近くまでわざわざすいません」

「ヘマするなよ。終わったらまた連絡しろ。じゃあな」と言って彼は車で走り去ってしまった。

 帰宅後自室でガムのボトルを開けると中にはパケが二つとメモが入っていた。片方のパケには客とだけ書かれており、メモには待ち合わせ場所と時間、残りは餞別と書かれていた。場所は自宅から少しの所で時間は今日の二十一時と指定されていた。

 期待してるとか言ってる癖に結構人の事舐めてるなあの人と思ったが、餞別を目の前にし文句は言えなかった。

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