第5話 戦えリーマン
「ゴチャゴチャ言ってねぇで金出せよおい!」
下っ端みたいなやつのうち、1人が声を荒げて俺の胸ぐらを掴む。
「顔が近い」
「あぁ!? 舐めてんのかテメェ!」
「おい兄ちゃん、置かれた状況が分からないほど馬鹿じゃねぇだろ? 大人しく金を渡しな、怪我したくないだろ?」
「おいこらクソリーマン! 俺たちは早く飲みてぇんだ! 金出せ!」
どっしりと構えるリーダーと、吠える4人。
俺の時間をこんなやつらに奪われるのはいたたまれないな。
こんなことになるなら、真希先輩の仕事を手伝って残業したほうが有意義だったな。手伝わせてくれるかは別として。
「ある程度ボコれって言われてるんでしょ?」
「もうやっちゃいましょうよ!」
「さっさとボコってちゃちゃっと金くすねて飲みいきましょう!」
「そうだな、ここで時間を使っても無駄だからな。こいつから巻き上げた金と達成報酬でパーっといくか」
言われてる……達成報酬……?
「あの女ヤバそうな雰囲気だったし言われた通りやって早く関わりを終わらせましょうよリーダー!」
「ああ、あいつは不気味で危険な香りがプンプンしたからな。ササッとケリを付けようか。ナリは良いのにもったいねぇ女だ」
あの女、言われた通り……不気味で危険。ナリは良い……?
なるほど、そういうことか。まだあのイカれ研究者は諦めて無かったようだ。
「理解したツラだな。本当に理解が早いな兄ちゃん、そういう事だ」
リーダーは俺の目を見ながら不敵にほほ笑む。
「俺たちはお前、赤井陽色をボコボコにしろってある人物から頼まれてるんだ。成功報酬は50万円。お前、相当恨まれてるのか?」
俺を50万でボコらせるために半グレまで雇うのかよあのイカれ研究者。
どこまでも自分のしたいことしか見てないんだな。俺の意見は求めてないってか。
「だが悪く思うなよ、俺たちは仕事をするだけだからな。お前ら、やれ」
「了解リーダー! ひゃっはぁ!」
リーダーの指示で下っ端の1人が拳を構えて俺へと突進してくる。
「やめとけよ、失敗に終わるんだから稼げないぞ。回れ右して帰ってくれ。飲み代くらいはあげるからさ」
軌道が読みやすいパンチをバシッと手のひらで受けると、下っ端は驚いた表情を見せ、リーダーは眉間にシワを寄せる。
「悪いけど君らの計画通りにはいかないし……」
俺はこいつらの動きに警戒しながら後ろに少し視線を向けると、はためく白衣の裾が建物の影に消えていくのを視認する。
ボコボコにするのは力が必要な状況を作って変身させるため。だから当然そこにいるよな。
きっとその先にいるイカれ研究者に向けて、俺は言葉を放つ。
「イカれ研究者、お前の思い通りにはならない」
その言葉の直後、建物の影から微かに聞こえる。
「マジダマンファンで戦闘もできる。こんないい実験体、ボクは諦めないからね」
「どこまでも舐めてるなあいつ……」
「舐めてるのはテメェもだろぉ! ボコボコにしてやる!」
今度は下っ端が一斉に俺へ飛びかかってくる。
だが生憎、俺は少しジークンドーをかじっている。
理由は単純、マジダレッドがジークンドーの使い手だからだ。
憧れから子供の頃に習ったきりだが、時たまストレス解消として自主練もしてたし、身体が思うように動く。
迫りくる下っ端4人の動きを冷静に見透かし、サッと攻撃を避けては隙をついて自分の身を守るための攻撃を繰り出す。
「チッ、ただのリーマンだって聞いてたのにちげぇじゃねぇか。お前ら、退くぞ! 勝ち目がねぇし利益もねぇ、あの女とコイツには関わらないのが得策だ!」
「で、でもリーダー! やられっぱなしは良くねぇよ!」
「黙って言うことを聞けバカが、このままいけば俺らは潰される。この件からは手を引く、これは決定事項だ」
俺に一撃を食らわそうと必死な下っ端4人に比べて、冷静に撤退を選ぶリーダー。
下っ端は相手の力量を測る能力が欠如しているが、リーダーは長けているようだ。
この様子だともうこいつらは変な絡み方をしてこないだろうし、イカれ研究者の思い通りにもならなかった。
一件落着だな。
「お前何者だよリーマン」
「必死にお金を稼ぐただのリーマンだよ」
「そうかよ、情をかけられたこと……礼は言わないからな」
「何のこと?」
リーダーは気付いてたみたいだな、致命傷になりそうな攻撃はせずに防衛の延長線上として最低限の攻撃だけしていたことを。
悪態をついて舌打ちをするリーダーは、下っ端を引き連れて路地裏の奥へと消えていった。
下っ端は困惑していたが、リーダーの決めたことにはちゃんと従う従順なやつららしい。大人しくリーダーの後ろについて路地裏の奥へと消えた。
「あのイカれ研究者め、絶対思い通りにならないからな」
ここまで来たら意地だ。そこまで必死に拒絶する理由もないが、やり方が気に食わない。
こそこそ情報を嗅ぎ回らず、リスクの説明をされたうえで素直に実験に付き合って欲しいと頼まれたら引き受けても良いと思えただろうな。
好きな作品の本物なんて楽しそうでしかないんだから。
ちょっと文句を言いに行こう。
このままでは俺の怒りが収まらない。
***
「おいこらイカれ研究者! 何考えてるんだ! 危ないだろ!」
俺は与えられた権限を使用し、無断でイカれ研修者のラボへ殴り込む。
直観的な操作で簡単に侵入出来て、まるで誘い込まれているかのようだ。
「やぁモルモットくん、さっそくラボに来てくれて嬉しいよ」
「あれはどういうつもりだ? 何を考えてるんだよ」
「君は理解してるんだろう? 彼らに君を襲わせ、窮地にボクがホンキチェンジガンを届けて変身させる。そして研究を続けようと考えているのさ」
そんなことは知っている。あの状況でイカれ研究者も現場にいれば誰でも分かる。
「だが君があそこまで戦えるなんてのは想定外だったね、彼らには荷が重かった」
「バカか! この際俺をどうこうとかはどうでもいい! 相手はヤベー男5人だぞ、そんな相手とヤベー取引なんてやめとけ、危ないだろ!」
相手は平気で人に殴りかかれるやつらだ、多勢に無勢の優位で相手が女研究者、集団でボコられてもおかしくない状況だ。
今回はリーダーのあいつがまだまとも寄りだったからそうなってないものの、相手の力量を見誤るやつが相手なら襲われてもおかしくない。
まぁ、このイカれ研究者なら対策はしてるだろうが、報復などがあれば危険だ。
「自分のしたいことを追求するのはいいけど、自分を軽視するのは違うだろ。何かあったら研究も出来ないんだぞ?」
俺にこいつを守る義務はない、守ろうとも思わないだろうし、こうして注意してもなぜ注意してるかが分からない。
ただ、きっとマジダマンならどんな人でも安全に暮らせるよう、こうするんじゃないかな。
「忠告ありがとうモルモットくん。優しいんだね、やはり君こそがマジダレッドだ」
俺の言葉は全くこいつに響いていない気がする。
「さすがに今回の件は自分でも反省しているよ、そこらにいる金欠のチンピラ集団を金で雇うのはいささかリスクがあるね。だからボクは考えたんだよ」
「すごく嫌な予感がする……」
「1人の強くて金欠な男を治験のバイトとして雇えばいい。素のままでも強いが念のため、モルモットくんの強さを凌駕する改造手術を急いで施したんだ。君がここに来るのは予想できたからね」
ペラペラと喋りながらイカれ研究者がスマホを操作すると、壁だと思われていたところが動き、奥から筋肉の塊のような男が現れる。
男は、心ここにあらずといった様相で、うわ言のように「潰す……全て……」と繰り返している。
「イカれ研究者これはさすがにライン超えだろ……人格死んでるんじゃねぇか?」
「生きてるさ。ただ急な肉体の変化に精神がまだ定着していないんだろうね。さぁ、モルモットくん! 彼の強さを試す実験に付き合ってくれ」
ウキウキした顔でホンキチェンジガンを渡そうとするイカれ研究者。
改造された男の強さを試す実験とは言うものの、本心はホンキチェンジガンの実験で、実験体にしたいのはあくまで俺だってことが見て取れる。
この改造された人、どうやったら助けれる? ただ倒すだけで解決するような事態じゃないよな?
イカれ研究者は、同意の上だと言わんばかりに同意書と改造された本人の署名をヒラヒラと見せつけてくる。
だからって言いわけじゃないだろ。限度を知らないのかアイツは。
こんなのどうしろって言うんだ。
「潰す……全部……うおぉぉおお!!」
バキッと地面が軽く割れる音とともに、凄まじい風圧をまとって男が拳を構えて突進してくる。
なんだこの瞬発力……! 距離があったのにもう目の前にいやがる!
「ぐあっ……! ぐっ!」
「何をしているんだいモルモットくん、生身では敵うわけがないだろ? 早く受け取りたまえ」
高威力なパンチに体を吹き飛ばされる俺へ近付いて、ホンキチェンジガンとマジ色ストーンを手渡そうとするイカれ研究者。
「嫌だね、こんなうやむやな感じで俺はお前の実験体になるつもりはない!」
「まさか君がここまで強情だとは思ってなかったよ、もう少し君を知ってから行動に移すべきだった!」
俺とイカれ研究者が言い合いをしていても、男は止まる気配が一切無かった。
「潰すぅ! 全部ぅ!」