第4話 ポテチぱりぱり
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あの日以降、しばらくイカれ研究者からのアクションはなく、執着されることはなくなった。
しばらくは尾行されていないか警戒していたが、特にそんな様子はなく、きっと平穏な日々が戻ってきたんだろう。
その証拠に、俺は戦隊チップスを箱買いして会社で配っている。
もちろんカードは抜いてお菓子だけを渡してるんだけどな。
不定期でラインナップが更新される性質上、更新されたタイミングで箱買いをしてコンプしないと後々後悔してしまう。
レアカードを揃え損なった時は給料の大半がフリマサイトに吸われてしまった。
「また部長に『仕事に関係ないものを持ってくるな』って怒られちゃうよ? 前も怒られてたけどあの時はびっくりしたなぁ」
前回のチップスの時も、前々回のチップスの時も俺は数十ダースのポテトチップスを職場に持って行き、その度部長にお小言を言われている。
だが、同僚たちはお菓子配り賛成派で俺の味方をしてくれている。
今だって、俺のデスクのところにポテチを受け取りに来た同僚が列をなしているし、隣に座る真希先輩は怒られるよなんて言いながらパリパリとポテチを食べている。
「モチベ向上のためにこれは必要なものです! 以上! なんて言って部長にポテチを押し付けた時はさすがに教育係の先輩としては焦ったねぇ」
「その節は誠にごめんなさい……」
確かあの時は欲しいカードが出てなくていらだっていたのに部長に詰められたことが原因で吹っ切れた気がする。
あの時の唖然とした顔の部長は今でもたまに脳内に浮かび上がってくる時がある。
短気なこの人でも思考が止まることあるんだなって思ったっけ。
「にしてもやっといつも通りの陽色くんに戻ってくれて安心したよ。ここ数日、様子がおかしかったからなぁ」
「そうですか? いつも通りだったと思いますけどね」
「いやいやそんなことなかったよ? 常にキョロキョロして周りを過剰に気にしてたし、物音とかにもビクビクしてたよ」
……イカれ研究者を警戒はしていたが、まさか周りに心配されるほど態度に警戒心が出ていたとは……。
「心配かけてすみません真希先輩、ちょっと数日前に色々ありまして」
「それって、退勤後に一緒にいた白衣の女性と関係ある? あの日以降様子おかしかったかなって」
「見られてたんですか?」
「ちょっとだけ残業してたんだよね。それで帰りに陽色くんを見かけたんだけど、綺麗な人に腕を引かれてるのに嫌そうな顔してたからただ事じゃなさそうだなって思ってたの」
真希先輩はポテチの袋を綺麗に折りたたんで小さくしてからゴミ箱に入れて、心配そうな顔で俺を見てくる。
「何があったか聞こうかとも思ったけど、様子が変だったから聞くに聞けなかったの。話聞いてあげれなくてごめんね」
「いえいえ、全然大丈夫です! 特に何事もなかったんで! 俺がちょっと神経質になりすぎてただけでした」
「そう? それならいいけど……辛くなったら相談してね? 頼りないかもしれないけど」
自虐するように微笑みながら真希先輩は仕事に戻った。
心配をかけて申し訳ないな、今度なにか先輩が好きそうな物でもプレゼントしよう。
「あれー、陽色くん♡ 今日も後藤の仲良しごっこに付き合わされてるの? 大変だねぇ♡ あ、ポテチもらうね♡」
「はぁ……どうぞ」
真希先輩に倣って俺も仕事と向き合おうと思ったが、背後からやってきた先輩――綾小路美麗に声をかけられた。
この人、苦手なんだよな。
真希先輩と同期入社らしいけど、俺に丁寧に仕事を教えてくれた優しい真希先輩と違って高飛車だし、社長令嬢だからって人を見下してるしで、人間の嫌なところを詰めた感じ。
なぜか真希先輩のこと敵対視してるし、綾小路先輩と深く関わりたくはない。
「ちょっとぉ♡ 後藤と話すときとテンション違うじゃん陽色くん♡」
「そうですかね、皆さんに同じテンションで接してますよ。不快にさせたならすみません」
「不快ではないよ♡ 美麗、陽色くんと話せて幸せぇ♡」
俺は至極不快だけどな。
「後藤、あんまり後輩くんに色目使うのやめな?」
「私別にそんなこと……それに色目って言うなら綾小路さんだって社内の男性によくボディータッチとか――」
「美麗と後藤じゃビジュが違い過ぎるんだよ? おばさん臭い人に言い寄られて陽色くん可哀想♡」
何だこいつは、厚化粧でおばさん臭いのはどちらかと言えば綾小路先輩だ。
どうしてこの人が社内で人気があるのだろうか。やはり社長令嬢だからか? もしくは尻軽そうだからだろうか?
どちらにせよ、人そのものの魅力では綾小路先輩が劣っているな。どこまでも会話するだけで疲れる人だ。
言いたいことを言って満足したのか、俺が渡したポテチの封を開けながら自分のデスクへと戻って行った。オフィスでながら食いだなんて、品性のかけらもないな。
「ごめんね、陽色くん。色目なんて使ってるつもりないんだけど、嫌な気持ちにさせてたら申し訳ない」
「色目を使われてるなんて思ったこと1回もないですよ。それに、女性から色目を使われたとしても嫌な気持ちになる男なんてほぼいないんじゃないですか?」
あくまで非モテの意見だけどね。
モテとは程遠い生活を送ってきた男からしたら色目使われたらコロっと好きになっちゃうね。縁遠い話だけど。
「陽色くんの言葉で私の心は救われるよ、いつもね」
「大したことしてないですよ、仕事を教えてくれる真希先輩に俺は救われてますけどね。この資料のまとめ方、コツ教えてくれません?」
「ふふ、もちろんいいよ。私に遠慮なく頼ってくれる後輩くんのためならいくらでも教えてあげる」
優しい真希先輩は、どんな初歩的なことでも、前にも聞いたことだって丁寧に教えてくれる。
この人が俺の教育係で良かったと何回思ったことか。
綾小路先輩が直属の先輩じゃなくて助かったな。
俺は今の状況に感謝しながら、先輩に教えてもらって仕事を完遂した――
***
「お先失礼します! たまってる作業はないですし、定時なんで帰ります!」
「お疲れ様、気をつけて帰ってね」
俺はササッと帰り支度を終え、配りきれなかったポテチを1箇所に収束させて目立つ場所に放置してオフィスを後にした。
ご自由にお取りくださいの札は立てたし、明日の昼には全てなくなるだろうな。
今回は難なくコンプリートできて良かった。
出来てなかったら今頃俺は近くのコンビニやスーパーをハシゴして夜を明かすところだ。
コンプした余裕から、フラフラと駅に向かって繁華街を歩いていく。
多くのサラリーマンが仕事を終えた後なのだろう、ジワジワとサラリーマンが居酒屋に流れていっている。
接待や飲み会かな、集団のサラリーマンが多い。ポツポツとソロリーマンもいるな。
1人でしんみり飲むのも楽しいもんだ。俺も1杯飲んで帰ろうかな。
でもなぁ、どうせなら誰かと飲んで楽しい時間を過ごしたいと思ってしまう。
帰る前に真希先輩を誘えば良かったな。
1人飲みの楽しさは分かるが、どちらかと言うと誰かと飲みたい派の俺は、今日居酒屋に行くことは断念しトボトボ駅へ向かう。
居酒屋へ行きたい欲を抑えながら帰路へついていると――
「よぉ兄ちゃん、俺ら酒飲みたいんだけど金無くてさぁ!」
「貸してくんね?」
「いつ返せるか分かんねぇけどな」
「いいだろ? 頼むよぉ」
「リーマン様は必死に働いて稼いでるんだろ? 恵んでくれよ」
なんだコイツらは。
俺は後ろから声をかけられ、気付けば路地裏に追い詰められ5人に囲まれている。
「いわゆるカツアゲかな?」
「理解が早いな兄ちゃん、金くれよ」
他4人より明らかにガタイがよく身に着けてるものも群を抜いているこの男がリーダーか?
厄介な連中に目をつけられてしまったものだ。
「繁華街でのカツアゲは夕方じゃなくて深夜が相場でしょうよ……」
そもそも今どきカツアゲなんてあるんだな。呆れて言葉も出ないや。